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第二章 近づく距離と彼女の秘密
2-2 蝶とホラー映画
しおりを挟むそうして。
約束の土曜日がやってきた。
休みの日に制服を着ることに違和感を覚えつつ、汰一はいつものようにバスに乗る。
映画を勧めたのは自分だが、一緒に観るつもりはなかった。
まさかこんなことになるとは……
……と、蝶梨のために選んだ映画の口コミを、スマホで眺める。
結構本格的なスプラッターホラーを選んでしまったが、彼女はどんな反応をするだろう?
怖い思いをさせるのは可哀想だが……怖がる彼女を見たいという気持ちも多分にあることは否めなかった。
そういう個人的な楽しみもあるが、一番の目的は彼女の"癖"を明確にすることだ。
そのためにも、どんなシーンに反応するのか、よくよく見極めなければな……
……なんて、シリアスな表情を作ってみるが。
内心は、単純に彼女と一緒に休日を過ごせる喜びでいっぱいなのだった。
──予定した通りの時間に学校へ着くと、校庭から運動部の掛け声が聞こえてきた。
休みの日まで練習なんて殊勝なことだと他人事のように思いながら、上履きに履き替え校舎へ入る。
知り合いに鉢合わせたら厄介なので警戒していたが、誰にも会うことなく無事に三階の生徒会室へ辿り着いた。
廊下側には窓がないため、中の様子はわからない。
汰一はコンコンとノックをし、先に彼女が来ているか確認する。
と、中から「はい」という聞き覚えのある声が返ってきたので、汰一は扉を開けた。
生徒会室に入るのは、これが初めてだった。
汰一は思わず、その部屋の中を見回す。
中央に置かれた会議用の長机。役員ごとの席が決まっているらしく、名前が書かれた三角形の札が置かれている。
部屋の両端には、本やファイルが収納された棚がずらりと並んでいる。この学校の様々な資料が保管されているのだろう。
正面には校庭を臨む広い窓、その下に小さな冷蔵庫とポット、カップなどの食器類が置かれていた。さすが生徒会、一般生徒にはない高待遇である。
そんな、広い生徒会室の中。
蝶梨が、鞄を肩にかけたまま、長机の前に立っていた。
「おはよ。彩岐も今来たところか?」
扉を閉めながら、汰一が尋ねる。
すると彼女は、目を泳がせて、
「お、おはよう……私も、さっき来た」
……と、どこか落ち着かない様子で答えるので、汰一は「どうした?」とその顔を覗き込む。
蝶梨は、肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握り……
内股にした足をガクガク震わせて、
「せ……先生に、『生徒会の仕事がある』って、嘘ついて鍵借りちゃったから……今頃になって、ざざざ罪悪感が…………」
言いながら、目に涙を浮かべ始める。
どうやら生徒会室を私的に利用する罪悪感に飲まれ、座りもせず立ち尽くしていたらしい。
汰一は、あまりの可愛さに吹き出しそうになるのを必死に堪える。
この真面目さと責任感の強さは、後天的な演技によるものではなく、彼女自身の生まれ持った性格だ。
そんなところも好きだと、汰一はあらためて思うと同時に……
この戸惑った顔を見ると、さらに追い詰めたくなってしまう。
「そうだな……まさか彩岐が『映画を観る』なんていう超個人的な理由で生徒会室を利用しようとは、先生方も夢にも思わないだろう」
「う゛っ……」
「彩岐……悪い子だな」
瞬間、『ガーン!』という顔をして、蝶梨はドアの方へと駆け出す。
「ややややっぱり鍵返してくる!!」
「うそうそ、冗談だよ。嘘が嫌なら、こういうことにしないか?」
その反応に笑いを堪えつつ、汰一は引き止める。
そして、指を立てながらこう提案した。
「『今年の文化祭で、二年E組は"デスゲーム屋敷"をやろうと考えている。もちろん本当に死ぬわけではないが、あまり怖すぎても問題なので、生徒会役員である彩岐に意見を求めた。その参考に、映画を観ることにした』……これなら正当な理由になるだろ?」
しかし蝶梨は、釈然としない顔で俯く。
「……でも、それも嘘だよね?」
「大丈夫だ。今度の文化祭の出し物会議で、俺がちゃんと『デスゲーム屋敷』を提案する。そうすれば嘘ではなくなる」
「……なるほど」
「な? だからそんなに自分を責めないでくれ。じゃないと、いつまで経っても"クールで優等生な彩岐蝶梨"から脱却できないぞ?」
「……そうだね」
納得したのか、蝶梨は踵を返し、出て行くのをやめた。
汰一はほっとして、長机に鞄を置く。
「別に誰に迷惑をかけているわけでもないんだし、俺も共犯者だから。気楽に観よう」
「……うん」
「ま、宣言通りめちゃくちゃ怖いの選んできたから、気楽に観られるかはわからないけど」
「え゛っ」
顔を強張らせる蝶梨に、汰一はにやりと笑いながら、鞄の中を漁る。
「あと、ポップコーンとコーラも買ってきた。映画と言えばこのセットは欠かせないからな。あ、炭酸大丈夫だったか?」
と、蝶梨の分のペットボトルを机に置くと……
彼女は、驚いたように目を見開いてから、少し頬を染めて……
「……じ、実は……」
どん、と。
自身の鞄から、まったく同じコーラのボトルとポップコーンの袋を取り出し、机に置いて。
「……映画館では、いつもクールぶってコーヒーだけ飲んでいるから、ずっとこのセットに憧れてたの。今日は思い切って用意しようと思って買ってきたら……被っちゃったね」
と、はにかんだ笑みを浮かべ、言う。
その笑顔と、机に並んだ四本のコーラ、そして二袋のポップコーンを眺め……汰一は同じように笑みを浮かべた。
苦手なジャンルの映画を観ることになって、嫌な思いをさせていないかと心配だったが……
彼女は彼女で、今日のことを楽しみにしていてくれていたのだろうか?
なんて、自惚れた考えに頬が緩むのを堪えられないまま。
「……よし。じゃあ今まで我慢してきた分、これ全部彩岐にやるよ」
「えっ?! さすがにこれ全部は無理だよ!」
「そう遠慮せずに。彩岐なら余裕だって」
「刈磨くんは私のこと一体なんだと思っているの?!」
どんどん声を荒らげ、ムキになる彼女に……
この生徒会室で、彼女のこんな顔を見たことがあるのは自分だけだろうな、と……
得体の知れない優越感に浸りながら、汰一は「冗談だよ」と微笑んだ。
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