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〜幕間〜

天秤を揺らす風 3

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「──ぶはっ! 痛いではないか、この式神!!」



 顔からカマイタチを引き剥がし、小さな"福神ふくのかみ"が叫ぶ。


「早うぬしの主人あるじを呼べ! あのデカブツを退治するのじゃ!」


 その細長い身体をガシッと掴み、ガクガク揺すりながら言うが……
 カマイタチは、「キュウゥ……」と力のない声で鳴くのみだ。
 しかし、


「……なに? 『を呼んで来てほしい』、じゃと?」


 その鳴き声から、彼女はカマイタチの意志を聞き取る。
 聞き取った上で、カマイタチをさらにぎゅうっと握り、


「ぬしの主人あるじなどぬしで呼べばよかろう! 何故われが……!!」


 目を吊り上げ言い返すと、カマイタチが再び「キュウ、キュウ」と鳴く。
 それを聞き、彼女は……目を見開く。


「ぬしの主人あるじは、あの人間……? それはまことか?」


 鎌鼬かまいたちの言うことが本当ならば……
 人間を境界こちらへ呼ぶには、神の導きが必要になる。

 そして、主人あるじと式神が力を合わせなければ、あの巨大な"厄"は倒せない。

 倒せなければ……
 すぐそこにいる"エンシ"にも危害が及ぶだろう。

 そうしたら、"エンシ" の保護と育成に余念がないに咎められるのは、間違いなく自分だ。


 彼女は……怒られるのが苦手だった。



「……仕方ない。呼ぶだけ、呼ぶだけじゃぞ! あのデカブツの始末はお前らがやれ!!」


 小さな"福神ふくのかみ"はそう言い捨てると、カマイタチをパッと離して。

 大鳳おおとり学院高校の校舎内へと、飛んで行った。





 ♢ ♢ ♢ ♢





 ──ガタガタと揺れる教室の窓。

 突然荒れ模様になった天候に、汰一と蝶梨は驚いて窓の外を見上げた。


「……なんか、急に嵐みたいになってきたな」
「……そうだね」


 校舎全体を揺らすような豪風と、窓に打ち付ける大粒の雨。
 まだ夕方と呼べる時間のはずが、分厚い雲のせいで夜のように暗かった。


 まさか……と。
 真っ黒な空を見上げる汰一の胸に、一抹の不安がぎる。


 昼と夜の狭間の時間……"逢魔刻おうまがとき"。
 日暮れ前のこの時間は、この世ならざるものの動きが活発になる、らしい。

 この嵐も、自分が呼び寄せた"厄"のせいだったりして……

 ……いや、そうだとしても、カマイタチがいてくれる。
 あいつを信じて、嵐が過ぎ去るのを待とう。


 そう自分に言い聞かせると、汰一は蝶梨に向き直り、


「これじゃしばらく帰れそうにないな。ちゃんと勉強終わるまで帰るなっていう、神からの天啓だったりして」


 そう、冗談っぽく言う。
 蝶梨はくすりと笑って、


「そうかもね。次の章の定理をマスターするまで、雨止まないかもよ?」


 と、どこか楽しげに返した。
 すぐ隣で見せるその悪戯な笑顔に、汰一はドキッとする。
 それを誤魔化すように、参考書に目を落としながら、


「……明日は晴れるといいな。花壇の手入れができないと、彩岐の『ときめき』の謎についての調査が進まないだろ? こんな風に勉強していたって、特にときめいたりしないだろうし……」


 窺うようにそう尋ねると……
 蝶梨は、すぐに頷いて、


「うん。むしろ私の本性を知っている刈磨くんといると、家にいるみたいに落ち着く」


 さっぱりと、即答した。

 ……そうはっきり言われると、悲しむべきか喜ぶべきか悩むな。

 と、汰一が複雑な心境を抱えていると、蝶梨が続けて、


「いっそ刈磨くんと二人の時は好きな髪型にしようかな。本当は三つ編みとかツインテールとか、可愛い髪型が大好きなの。でも、そんなの私らしくないから……普段はできなくて」


 言いながら、長い髪の先をくるくると指で弄ぶので……汰一は考える。


 確かに彼女の髪型と言えば、結ばずに下ろしているか、体育の時にポニーテールにしているくらいだ。
 それでも十分過ぎるくらいに魅力的なのだが……


 ……俺の前でだけ、三つ編みとかツインテールにしようかな、だと?



 汰一は鼻血が垂れそうになるのをグッと堪えながら、キリッとした表情で、一言。


「ぜひお願いします」
「刈磨くん、なんか目が怖いよ」


 警戒する蝶梨の視線に、汰一はふるふると首を振る。


「俺は真剣なんだ。それもの彩岐を徐々に出していく"練習"になるだろ?」
「まぁ……たしかに」
「ゆくゆくは周りの目を気にせず、自分がしたい格好ができるようになるのがベストなんだから。俺の前では好きな髪型にしてくれ。三つ編みでもツインテでも、ハーフツインでもおだんごでもドンと来いだ」
「なんか候補が増えてない?」
「とにかく、その調子でどんどんを出していこう。俺が見たいからとか、そういう本音は一旦置いておいて」
「本音言っちゃってるけど。そして置いておくんだ」
「…………置かずに、本音を言うならば」
「……言うならば?」
「………………そういう髪型、絶対似合うと思う」


 ぼそっ、とこぼした汰一の本音に。
 蝶梨は、思わず目を見開き……少し頬を赤らめる。


「……そう、かな?」
「うん、絶対似合う。俺が保証する」
「……刈磨くん、髪型フェチなの?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ……何が好きなの?」


 急な質問に、汰一が「え?」と聞き返すと……
 蝶梨は、やはり髪の先をくるくると弄りながら、



「……刈磨くんなら、どんなことにときめくのか……参考までに教えてよ」



 そう、目を逸らし尋ねた。
 汰一は驚きながらも、その質問について考える。


 俺が、何にときめくか……
 その問いの答えは、数学の問題よりも明らかだった。

 俺がときめくのは、胸が高なるのは。
 シチュエーションや、よそおいによるものではなく……


 "君だから"。



 ……なんて、さすがに言えるわけがないので。



「……俺が、好きなのは…………」


 と、代わりの答えを探し、目を泳がせた──その時。




『やい、そこの小僧!!』




 ……という幼い声が、何処からか聞こえ。
 汰一は、きょろきょろと周囲を見回す。


「……どうしたの?」


 が、蝶梨にはその声が聞こえなかったのか、周囲を気にする汰一を不思議そうに見ている。

 ……今のは、一体……?

 と、首を傾げると、




『でっかい"厄"が上空に迫っておる! 式神を……鎌鼬かまいたちを使って祓え!!』




 同じ声が、再び頭に響く。


 でかい"厄"? カマイタチ?
 ってことは、この声の主はあちら側の誰かか……?
 俺にカマイタチを使うよう呼びかけているということは……
 カマイタチだけでは祓えない"厄"が、この高校に近付いているということだろうか?


 ……彩岐が、危ない。



「……っ」


 ガタッ、と立ち上がる汰一を、蝶梨は驚いた様子で見上げる。


「か、刈磨くん……?」


 それを、汰一は見つめ返し、



「……三つ編み」
「え?」
「三つ編みが、特に好きだ。彩岐によく似合うと思う」



 と、先ほどの問いの答えを、咄嗟に返してから。


「……ちょっとトイレ行ってくる」


 彼女の方を振り返らないまま、足早に教室を出た──





 ♢ ♢ ♢ ♢





 ──教室の引き戸を閉めた瞬間、汰一の視界がモノクロに変わった。

 その景色に……汰一は既視感を覚える。

 色のない、うつろな世界。



「……"亡者たちの境界"」



 先日、達磨だるまのような形をした巨大な"厄"を倒したことを思い出し、そう呟くと……



「──ほう、この境界に来たことがあるのか? ならば、あの式神の主人あるじがぬしだという話はまことのようじゃな」



 そんな声が、すぐ横から聞こえる。
 先ほど頭に響いたのと同じ声だ。

 そちらを向くと……声の主は、想像よりもずっと小さかった。

 艶々のおかっぱ髪に、額から生えた一本の角。
 巫女のような袴を身に纏った…… 五、六歳くらいの幼女。


「……君は?」


 汰一が尋ねると、彼女は……
 口の端を、ニィッと吊り上げて。




「われの名は、艿那与になよ比咩神ひめのかみ。泣く子も笑う"福神ふくのかみ"じゃ」




 その御名を、高らかに告げた。
 
 
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