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24 甘すぎる攻撃

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 そんな波乱だらけの幕開けから、僅か十五分後。


「………………」


 私は、目の前の光景に、絶句していた。


「どうしたの? 好きなのから食べていいんだよ?」

 そう言って、テーブルの向かいに座るクロさんは、可愛らしく小首を傾げた。


 私たちは、街で唯一残っているケーキ屋さんに来ていた。
 以前ローザさんがケーキを買って来てくれた、あのお店だ。
 持ち帰りだけでなく、店内のカフェスペースで食べることもできるらしい。

 まずはおやつを食べようと、クロさんはこの可愛らしいお店に私を案内した。
 不安しかない始まりだったが、こうして二人でカフェに来るなんて……デートっぽくて、逆に緊張する。

 そんなことを考えながら、しばらくケーキのショーケースを眺めていると、

「どれにするか決められないなら、全部頼んじゃいなよ。買ってあげるから」

 なんて、ドSの国の王子様とは思えないような寛大なお言葉を賜わり、私は耳を疑った。
 また私を貶めるための作戦なんじゃないか? と少し疑ったのだが……

 今、目の前のテーブルには、色とりどりのケーキがところ狭しと置かれていた。
 本当に全部、ショーケースの端から端まで、クロさんが買ってくれたのだ。

 目の前でキラキラと輝く、おいしそうなケーキ。
 本当なら今すぐにでも食べたいところだが……どうにも裏がありそうで怖くて、手をつけられずに絶句している、というわけだった。

「しょうがないなぁ。それじゃあ……」

 なかなか食べようとしない私を見かね、クロさんはいちごの乗ったケーキをフォークで掬うと、


「はい、あーん」


 それを、私の前に差し出し……そう言った。

 …………え??

「あーん」って、もしかして、あれ?
 恋人にものを食べさせてあげるという、あの伝説の行為……??
 それを今、クロさんが……私にしてくれているっていうの……??!!


「ほら……早くお口、あけてごらん?」


 お く ち 。

 やめて……そんな可愛い顔で、そんな言い方しないで……頭おかしくなる……!!

 これは、絶対に何か裏がある。
 この人が、無条件のデレを連発するわけがないのだから。

 ……そう、思っているのに。


「はい。あと五秒でこのケーキは僕が食べちゃいまーす。五、四、三……」
「わぁああっ! あ、あーんっ! あーんっ!!」

 カウントが始まり、私は咄嗟に口を開けてしまう。

 くぅっ……こんなの、絶対に罠に決まってるのに……っ!

 弄ばれるのを覚悟し、私はぎゅっと瞼を閉じる。
 そして、クロさんの言葉を待つ………………が。


「──んむっ?!」


 目を瞑る私の口に広がる、甘い味。
 思わず目を開けると……クロさんが手を伸ばし、ちゃんと私に食べさせてくれていた。

 いちごの甘ずっぱい香りが、ほっぺたをきゅんとさせる。
 呆然としながら咀嚼すると、彼は小首を傾げ、

「どう? おいしい?」

 まるで、お伽話の王子様のような笑顔で聞いてくる。
 その微笑みに、口の中の甘さも相まって、私の胸がきゅっと高鳴る。

「とっても……おいしい、です」
「ほんと? よかった。じゃあ、次はこっち。はい、あーん」
「あーん……」
「おいしい?」
「ん……おいしいです」

 なにこれ……なにこれナニコレ?!
 やばい、呼吸が……ドキドキしすぎて、酸素が上手く取り込めない……っ!!

 極上に甘いケーキと、特上に甘い微笑みを交互に食らい、私は爆発しそうになる。

 なんなの……? いつもならこの辺りで冷たく突き放されるはずなのに……
 ただひたすらに優しく、「あーん」され続けているなんて。

 むり……
 こんな優しくて甘いの、耐性がなさすぎて、逆にむり……っ!!


 ……と、私がぐるぐる目を回していると、クロさんがくすりと笑って、


「──好き?」


 そう、尋ねてくる。

 その問いに、私の心臓が、一瞬止まる。


 そんな……「好き?」、だなんて……
 そんなの、今聞くのは反則だ。

 だって私、クロさんに「あーん」されて、こんなにドキドキして……
 今すぐにでも、降伏宣言してしまいそうなのに……っ!


 ケーキを飲み込むことすら忘れ、クロさんの視線に硬直していると……
 彼は、にこっと目を細め、


「──ケーキ。そんなに好きなの?」


 ……そう、続けた。

 それを聞いた私は……私は…………


 あ……あぁ、ケーキ! ケーキね!!
 そうだよね! うんうん、知ってた!!


 ……と、勘違いしていた恥ずかしさに、脳内で大いにのたうち回った。
 そのことを悟られぬよう、私は平坦な口調でクロさんにこう返す。

「……はい。好きです、ケーキ」
「よかった。まだまだあるから、たくさん食べてね」
「あの……」
「ん? なにか他に頼む?」
「いえ、そうじゃなくて……クロさんも食べてください。私ばっかり食べて、なんだか悪いです」

 我ながら、棒読みになってしまった。
 しかし、彼に食べてほしいのは事実だった。なんだかもう胸がいっぱいで、上手く飲み込めない。なんなら、味もちょっとわからなくなってきた。そうでなくたって、こんなたくさんのケーキ、一人では食べ切れないのだから。

 私の言葉に、クロさんは素直に頷くと、

「うん。それじゃあ……」

 何故か、私の方に手を伸ばし……
 私の唇を、親指で、つぅっとなぞった。

 突然のことに、私が目を見開くと、


「……お言葉に甘えて」


 彼は、指に付いたクリームを──私の唇から拭い取ったそれを、見せつけるようにして。


 ──ぺろっ。


 ……と。
 躊躇いもなく、舐めてみせた。


「うん、おいしい……甘くって、僕好みの味だ」


 なんて、低い声で、囁くように言う。
 刹那……私の身体が、震え出す。


 クロさんが、私の唇に付いたクリームを取って、舐めた。
 それって……つまり……つまり…………

 かっ……間接、ディープキ…………


 ──そこで。


「…………あ」


 クロさんが、声を上げた。
 見れば、彼は驚いたように私の顔を見つめている。

 今度は何を言われるのかと、もはや恐ろしくなりながら待っていると……

 ──すっ、と。

 彼は、私に紙ナプキンを差し出し、


「レンちゃん…………鼻血、出てるよ?」


 ……と。
 優しく、心配そうな声音で、言った。



 それまでのドキドキと、初デートにあるまじき醜態を晒したことに…………

 私の心臓は、いよいよ停止した。


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