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18 悪魔の素性
しおりを挟む「──と、いうわけなの」
「ほーん。あのちびっこがねぇ」
その日の営業終了後。
ここ二日間で起きたクロさんとのあれこれを相談するため、私はローザさんを自室に招いていた。
ローザさんは、私がクロさんのフォローをすることになった件を申し訳なく思っていたらしく、この街に唯一残っているお菓子屋さんでケーキを買って来てくれた。
嗚呼、ケーキなんて久しぶり過ぎて、涙が出そう……なんて甘い。なんておいしい。
「で……あの人、何者だと思う?」
フォークを咥えたまま、私はローザさんに尋ねる。
彼女は持参したお酒を一口飲むと、宙を仰ぎ、
「そーだなぁ……やつの特徴を整理すると、オーナーの知り合いで、成人男性で金持ち。そんで魔法上級者で……たぶん、サディスト」
その言葉に、私は、ぱちくりと瞬きをする。
「さ……さでぃすと?」
「そ。どう聞いたってド級のサドでしょ。あんた、完全に遊ばれてるよ」
な……
なるほど。あれが、いわゆる"ドS"という人種……
噂に聞いたことはあったが、実際はあんなカンジなのか……
と、聞きなれないワードにドギマギする私を、
「…………」
まるで、珍しいものでも見るような目で見つめるローザさん。
思わず、私は聞き返す。
「……な、なに? その目は」
「いやぁ? あんたってしっかりしているように見えて、ちゃんと中身は十六なんだなぁって思ってさ」
「え……?」
「サドだマゾだって話題くらいで目を泳がせるなんてね。あーあ、顔が真っ赤だ。可愛いなぁ」
「ちょっ……からかわないでよ!」
「こんなウブな生娘が色酒場で働いているんだから、ほんと世も末だよ。お母さんは悲しい」
い、いつからお母さんに……?
……という不毛な会話は置いといて。
「──で、結局どう思うの? クロさんの素性」
私は話を戻すべく、そう切り出す。
ローザさんは、お酒のグラスを一度傾けてから、ため息混じりにこう答える。
「そりゃあ、どっかの貴族のおぼっちゃんだろうね」
やっぱり……と、私は納得する。
実は、私も同じ予想を立てていた。
まず、元は良家の出身だったヴァネッサさんの知り合いだという点。
次に、平民の金銭感覚では持ち歩かないような厚さの紙幣を、こんな寂れた街の酒場でためらいもなく出せる点。
そして、あの魔法の使い方。
貴族なら高等な魔法教育を受けているはずだから、実戦的な使い方を知っていてもなんら不思議はない。
十分な年頃なのに徴兵されていないのが、何よりの証拠である。
あと……見た目もなんか、いかにも高貴で、王子様みたいだし……
……それはともかく。
ローザさんの意見を聞いて、ようやく確信できた。
彼はどこぞのおぼっちゃんで、ヴァネッサさんが貴族だったころの知り合いで……
ヴァネッサさん同様、複雑な経緯の中で育ったため、少し性格が歪んでいるのだ。
……たぶん。
「でも、そしたら……」
「……オーナーには、詳しく聞かない方がいいよな」
ローザさんも同じことを考えていたらしく、私の言葉を途中から継いだ。
直接聞いたわけではないが、きっとヴァネッサさんは昔のことを……一族に腫れもの扱いされていた貴族時代のことを、あまり思い出したくはないはずだ。
クロさんのことを尋ねれば、自ずとヴァネッサさんの過去についても触れることになる。
あの人を悲しませることだけは、避けたい。
きっとあの人は、嫌な気持ちを表に出さずに、いつもの明るいノリで話してしまうだろうから。
「ま、これが今のところ一番有力な予想だな。どこの貴族かまではわからないけど……あいつにもきっと、何か事情があるんだろ」
「そうだね、私もそう思う。にしても……」
ケーキの最後の一口を頬張り、私は首を傾げる。
「あのひん曲がった性格……どうしたら直せるかなぁ?」
「いや、無理っしょ」
「えぇー、そんな身も蓋もない」
「他人の影響を受けるような人間なら、成人を迎えるまでにもうちっとマシな性格になってたはずだ」
「それは……確かに、そうかもしれないけど」
「性格直す、っていうよりは、さ」
とぷとぷと、自分でグラスにおかわりを注ぎながら、
「そいつが本当に腹の底から笑って、心を開けるような場所を、あんたが作ってやりゃあいいんじゃねーの? そうしたら……何か変わる部分があるかもよ?」
「ローザさん……」
そんな彼女の言葉に、心がじんわりと温かくなる。
いつもそうだ。何気なく、だけどその時に必要な言葉をかけてくれる。
そうか……そうだよね。
私が、ローザさんやヴァネッサさん、ルイス隊長やあの隊のみんなに笑顔をもらったように……
今度は私がそんな存在になれれば、あの人も……クロさんもいつかきっと、優しい気持ちで笑えるようになるはず。
「……その前に、あんたの方があいつに溺れないように気をつけなきゃいけないけどな」
……と。
ローザさんが釘を刺すように言うので、私はドキッとする。
「ま、まさか……それはナイナイ」
「どうかなぁー。聞いている限り、あんたにはマゾの素質があるみたいだから? お母さんは心配なのさ、可愛い娘が」
……え。
今、なんて……?
う、うそでしょ……そんなはずない。
まさか私が……
「ま……まぞ?! 私が?!」
「あら、自覚なかった?」
「ぜんぜん……てゆうか、どこが?!」
「だってそうだろ? あいつにいじめられて振りまわされて、不愉快なはずなのに気になってる。挙句、もっと笑顔にしたい! 喜ばせたい! なんて思っちゃってる。それを世間ではドMと呼ぶんだ」
「いや……いやいやいや。絶対違う!」
「もしくは、ダメ女とも言う」
「ちがーうっ! だってそんな……それじゃまるで、私……変態みたい」
「そーだよ」
「いやーっ!」
「いいじゃーん、楽しいよ? 自分の癖を自覚した方が、いろいろと……いろいろと、ね」
「その含みのある言い方、やめてくれる?!」
……という、くだらない会話に。
「…………ぷっ」
私たち二人は、同時に吹き出す。
そして、大声でひとしきり笑うと、
「とりあえず、毎日二十二時からはヤツのために空けておくって件、あたしからもオーナーに話しといてやるよ。またなんかあったら言いな。いつでも聞いてやるから」
ぽん、と。
彼女は私の頭に手を乗せ、優しい声でそう言った。
……もう。
本人は「お母さん」なんて嘯いているけれど、本当は面倒見の良い、お姉ちゃんみたいな存在なんだから。
……なんて、密かに思いながら。
「うん……ありがと、ローザさん」
心からの感謝と共に、私は笑顔を返した。
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