10 / 37
10 新しい私
しおりを挟む「──まぁ、なんて可愛らしいお嬢さんなの!?」
「ママから事情は聞いたわよ。一人だけ生き残ったんだって? 大変だったねぇ」
「お名前はなんて言うのかしら?」
……結果として。
私の心配は、杞憂に終わった。
だって、目の前にいる女性たちは皆……
私がイメージしてたホステスとはほど遠い、おばちゃんたちだったから。
「フェ……じゃなかった。レン、ていいます」
「レンちゃんね。お名前まで可愛らしいのねぇ!」
「これ、あめちゃんあげるから後で食べなさい!」
「クッキーもあるわよ? 今食べなくてもいいからとっておきなさい! ね!」
おばちゃんたちがわらわらと集まって来て、一斉に話かけられ、目を回していると、
「こーらみんな! 彼女困ってるじゃない、ゆっくり一人ずつ自己紹介して!!」
パンパンと手を叩き、ヴァネッサさんが言う。
その言葉に彼女たちは「はーい」と答え、横一列に整列して、一人一人自己紹介をしてくれた。
あらためて見ると、その数は八人。
最後の一人が名乗り終えると同時に、ヴァネッサさんが頬に手を当て、ため息をついた。
「本当はもう一人いるんだけど……まだ来てないのよね。何してんのかしら」
その言葉に、「もう一人?」と小首を傾げると同時に……
まるで、そのセリフを聞いていたかのようなタイミングで、
「ういーっす、おはようさ~ん……あー頭いたー……」
そんな気怠げな声と共に、店のドアが開いた。
「あらら、もう始まっちゃってた? ごめんごめーん」
そう言って店に入ってきたのは、若い女性だった。
二十代前半くらいだろうか。
輝く金色のショートヘア。
切れ長で涼しげな、エメラルドグリーンの瞳。
手脚がすらりと長い、スレンダーな身体。
もう、誰がどう見ても美人だった。
格好からして、彼女もホステスのようだが、この中ではダントツに若い。
そんな綺麗なお姉さんは、ゆっくりと私に近付き、
「……ふーん」
私の顔をまじまじと覗き込み……ニッと、口の端を吊り上げた。
「なかなか可愛い新人じゃん。あたしローザ。よろしくねん」
「れ、レンです。よろしく……」
近くで見るとますます美人さんだ。顔ちっさ。
しかし……ちょっと酒くさいぞ。
「こぉらローザ! 今日は十五時までに集合って言ったでしょ!? なに堂々と遅刻してんのよ!!」
声を張り上げて怒るヴァネッサさん。ローザと名乗る美人さんは耳を塞ぎながら眉間にシワを寄せ、
「あーもう、声も顔もでかい……頭に響くー……しゃーないでしょー? 昨日はお客さんと朝まで飲んでたんだから。文句ならお客に……あーもう無理。お水ー」
と、ふらふらしながら店の奥へ消えて行った。
……なるほど。なかなかにマイペースな人だ。
「もう……ごめんね、レンちゃん。あれでもいちおうウチの指名ナンバーワンだから、仲良くしてやってね」
呆れた様子で言うヴァネッサさん。
ということは、ここはお客さんがホステスを指名するお店なのか。
「さぁみんな、レンちゃんにはさっそく今夜から働いてもらうから、いろんなこと教えてあげてね」
「「はーい」」
「ローザも返事!!」
「あーい」
手を上げるおばちゃんたちと、奥にあるキッチンと思しき場所から手だけを覗かせるローザさん。
そのアットホームな雰囲気に、私はさっきまでいた、ルイス隊長のあの隊を思い出す。
きっと隊長は、私のことを考えて、この職場を選んでくれたんだ。
そう思うと、ちょっと泣きそうになる。
──本当はあの時、隊長にすがって泣きたかった。
「離れたくない。一緒にロガンス帝国へ連れて行って」と、子供のように喚きたかった。
兵士Aと別れる時だってそう。つられて泣きそうだった。
それを、今日はずっと我慢してたから……
緊張が解けた途端に、溢れてしまいそうで。
……やだな。私、強かったはずなのに……
いつからこんなに、泣き虫になったんだろう?
「…………みなさん」
私は、目に溜まった涙を拭いながら、
「今日からここで働かせていただくことになった、レンといいます。未熟者ですが……あらためて、よろしくお願いします」
深々と、頭を下げる。
そして顔を上げると、みんな穏やかな顔で微笑んでくれていて。
だから、私も……とびきりの笑顔を返した。
──この日から。
私の、"レン"としての生活が始まった。
そして、この場所で……
私は、出逢ってしまう。
気まぐれに私を翻弄する、意地悪なあの人に──
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き
待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」
「嫌ですぅ!」
惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。
薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!?
※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる