上 下
36 / 42
第五章 続・否定形の呪い

変態おまじない男

しおりを挟む


 ──そして、二週間後の土曜日。
 雷華の呪いを解くべく、座橋市へ赴くその日がやってきた。


(……泊まりがけで出かけるのなんて、何年ぶりだろう)

 待ち合わせ場所であるターミナル駅に降り立ち、海斗は考える。
 記憶が確かなら、両親が存命だった小学一年の夏休みが最後だったはずだ。

 さらに言えば、友人同士で……それも、同級生の女子と旅行に行くのはこれが初めてである。
 年頃の男子ならば気持ちが浮つくのが普通なのだろうが、海斗の胸は戦地に赴く軍人の如く、緊張感と使命感に溢れていた。

(……よし。約束の三十分前に着いた。予定通りだ)

 改札を抜け、待ち合わせ場所へと向かいながら、海斗はスマホで時刻を確認する。

 他の三人とは、駅の中央広場で待ち合わせをしていた。
 連休でもない普通の土曜日だが、新幹線が発着するターミナル駅なだけあって、構内は大勢の人でごった返している。

 だからこそ海斗は、誰よりも早く待ち合わせ場所に着き、待機すると決めていた。
 三人とも立っているだけで声をかけられるような美少女だが、特に雷華はナンパ男の言葉を全否定し、トラブルを起こす可能性がある。極力一人にはしたくなかった。

 そもそも、ここへ来るまでにナンパされていなければいいが……

 ……と、海斗が考えていると、


「──はぁ? あんたたちになんかついて行くわけないでしょ?」


 今まさに想像した否定の声が聞こえ、海斗はうんうんと頷く。

「そうそう。そうやってナンパ男たちをキツく否定して……って、え?」

 声がした方に目を向けると……雷華が、男たちと対峙していた。
 自分より先に雷華が来ていたことに驚きつつ、海斗は状況を確認する。

 大学生だろうか。派手な見た目の三人組が、壁際に立つ雷華を囲むように立ち、ヘラヘラした笑みで見下ろしていた。

「えぇー? 俺たちと遊ぶの、そんなにイヤ?」
「イヤじゃない!」
「じゃあいいじゃん。一緒に行こ?」
「行かない!」
「何このコ。さっきから言ってることめちゃくちゃなんだけど。ウケる」
「顔は良いけど中身は不思議ちゃん的な? 面白いね」

 やはりナンパのようだ。
 聞こえてきた男たち言葉に、海斗は……自分の身体が、静かに熱を持ち始めるのを感じる。
 そして、

「──俺の連れに、何か用か?」

 自分でも聞いたことのないような低い声で、男たちに呼びかけた。
 三人組は、顔を顰めながら振り返る。

「なにお前。このコの知り合い?」
「冴えないツラして、まさかこんなのが彼氏じゃないよな?」

 ケラケラと笑う三人。
 それまで強気な表情でいた雷華だが、海斗を見て安堵したのか、泣きそうな顔をする。口では否定しているが、本当は怖くて堪らなかったのだろう。

 その表情に気付いた瞬間……
 海斗の中の何かが、切れた。

 そのまま、男の肩を掴んで引き離し、雷華を護るようにして立ち塞がる。

「彼氏ではない。友人……いや、隊員だ」
「はぁ? よくわかんねーけど、このコぶっちゃけ中身が残念系じゃない? 俺たち大人がしっかり矯正してやるから、ちょっと貸しなよ」

 ツンと鼻を刺す、酒の香り。朝から酔っているらしい。
 海斗は鋭い視線で男を見据えると、やはり低い声で答える。

「……失せろ」
「は?」
「彼女は、今のままで充分魅力的だ。お前らみたいな連中に矯正される必要はない。お引き取り願う」

 きっぱりと言い切る海斗の後ろで、雷華は頬を染め、息を止めた。
 まったく動じる様子のない海斗に、男たちは苛立ちを露わにする。

「あぁ? ガキがイキッてんじゃねーよ。いいから早くその女よこしな」
「……冷静な話し合いは無理か。仕方ない。こうなったら……」

 ──すっ。
 と、海斗は人さし指を立て、

「……おまじないに頼るしかないな」

 そう言い放った。
 男たちが「ハァ?」と顔を顰めるが、海斗は答えずに目の前にいる男のパーカーの紐を左右とも引っ張る。
 そして、それを自分のパーカーの紐と結び合わせると……


「──らぶりんめろりん・らんらんぷぅ☆」


 裏声で、可愛らしく呪文を唱えた。
 瞬間、男たちだけでなく、雷華までもが凍り付く。

 海斗は、穏やかな笑みを浮かべると、

「……これで、俺たちは結ばれたはずだ」
「へ?」
「感じないか? 俺との間に、赤い糸が繋がっていることを……」
「な、何言ってんだお前?」

 引き気味の男に、海斗はにこっと微笑み、

「今かけたのは、両想いになれるおまじないだ。実は、ひと目見た時から、あなたのことを『いいな』と思っていた。彼女ではなく、俺を遊びに連れて行ってくれないか……?」

 うっとりした表情で言うので……
 男は慌ててパーカーの紐を振り解き、額に青筋を立てる。

「こいつ、マジでヤベーやつじゃん!」
「気持ち悪っ。早く行こうぜ!」

 口々に言いながら、男たちは逃げるようにその場を去って行った。

 すっかり見えなくなったことを確認し、海斗は息を吐く。

「……ふぅ」
「ふぅ、じゃないわよ。この変態おまじない男」

 振り返ると、雷華が腰に手を当て、ジトッとした目で海斗を見上げていた。
 怯えた表情が消えたことを確認しつつ、海斗は肩をすくめる。

「おまじないのお陰で平和的に解決できたというのに、酷い言い草だな」
「ぜんぜん平和的じゃないわよ。ただキモがられただけじゃない」
「俺はあいつらが鮫島にしたのと同じことをしたまでだ。見も知らぬ相手に無遠慮に距離を詰め、連れて行こうとするなんて……己がどれだけ気持ち悪いことをしているのか、これで思い知ったことだろう」

 言いながら、海斗は自分の身体から熱が引いていくのを感じる。
 雷華を侮辱され、相当頭に血が上っていたらしい。これほどまでの怒りを覚えるのは、人生で初めてだった。

 もう一度息を吐き、気持ちを落ち着かせながら、海斗は言う。

「まぁ……とにかく、鮫島が無事でよかった」
「よくないわよ、ぜんぜん」
「確かに、俺がもっと早く来ていれば、鮫島に嫌な思いをさせることもなかった。悪かった」
「別に……あんたは悪くないでしょ」
「鮫島は楽しみな用事があると、異様に早く行動するもんな。これまでだって、朝イチで俺の家に来ることがしばしばあったし……その習性を考えれば、三十分前では遅すぎた」
「はぁ?! そんなことないし! ってか習性って言うな!」
「今後こういう機会があったら迎えに行かせてくれ。家を出るところから一緒に行動しよう。でないと、いつどのタイミングでナンパされるかわかったものではない」
「却下! なんであんたと一緒に行動しなきゃいけないのよ!」
「心配だからに決まっているだろう」
「心配とかいらないから! 余計なお世話!」
「……すまん、図々しい申し出だった。これでは、さっきの男たちと変わらないな」
「ちがっ……そういう意味じゃ……!」
「やはり弓弦に協力してもらおう。女子だけなのは不安だが、一人でいるよりは……」
「だから、違うってば!」

 雷華の必死の否定が、海斗の言葉を遮る。
 海斗が驚いて見つめると、雷華は頬を赤く染め、


「あんたは、他の男とは……ぜんぜん、違うわよ。だから別に……一緒にいるのが、イヤってわけじゃ……」


 目を泳がせながら、か細い声でそう言った。
 そのセリフと表情に、海斗の鼓動が加速する。

 ……わかっている。
 これは、呪いに則って、否定を返しているだけ。

 そう自分に言い聞かせるが……
 これがもし、彼女の本心だったなら……なんて、考えそうになって。

 何と返すべきかわからなくなり、そのまま雷華と見つめ合っていると……


 ──ピロン。


 ……という電子音が、横から聞こえた。

 見れば、いつの間にかすぐ側に翠が立っており、スマホのカメラを向け、二人をビデオ撮影していた。
 その隣には、ニヤニヤと笑う未空もいる。

「ちょっ……来てるなら声かけなさいよ!」
「いやぁ、ちょうど今着いたんだけど、なんか声かけちゃいけない雰囲気かなーと思って」
「……いい資料が撮れた」
「なんの?!」

 ニヤつく未空と、カメラを向けたままの翠に、雷華が犬歯を露わにしてツッコむ。

「あぁもうっ、とりあえず全員集合ね。じゃあ、さっさと駅弁買いに行くわよ!」

 赤い顔を誤魔化すように歩き始める雷華を、未空が「待ってよー」と追う。
 海斗は、妙な場面を二人に見られた気恥ずかしさと、未だ胸を打つ鼓動に、小さくため息をつく。
 そして、残された翠と共に、雷華たちの後へ続いた。

「……呪いが解ければ、ナンパが拗れることもなくなると思う」

 ふと、隣を歩く翠が口にしたそのセリフに、海斗はハッとなる。
 確かに、呪いが無事に解ければ、異性とのやり取りがあそこまで拗れることはなくなる。
 海斗がわざわざ家から同行し、雷華を護る必要などなくなるのだ。

「そうだな……むしろそのために呪いを解きに行くっていうのに……重ね重ね恥ずかしい。というか、どこから聞いていたんだ?」
「それどころか、呪いが解けた途端に恋人ができるかも。そしたら温森くんは、お役御免だね」

 海斗の質問を無視して言う翠。
 その指摘に……海斗の胸が、少し騒つく。

「……温森くんは、それでよかったの?」
「え?」
「呪いが解けたら、雷華ちゃんは温森くん以外の男の子とも仲良くなる。それでもいいのかな、って……ここまで来てする話じゃないかもしれないけど」

 それを聞き、海斗は雷華の背中を見つめ……彼女に、恋人ができることを想像する。

 想像の中の雷華は……
 とても嬉しそうに、笑っていた。

「……いいに決まっているだろ。俺は鮫島に、何も気負うことなく、友だちや好きな人を作ってほしい。そのために、呪いを解きに行くんだ」
「でも、温森くんのお陰でこのツアーが企画されたことすら雷華ちゃんは知らないんだよ? それって、なんかこう……寂しくない?」
「別に感謝されたくてやっているわけじゃない。これは恩返しなんだ。見返りなんて、最初から求めてはいない」
「……温森くん、いい男だね。でも、損するタイプ」

 じっと見上げ、翠が言う。
 しかし海斗は、自嘲するように笑って、

「いい男なんかじゃない。俺は……ただの『変態おまじない男』だからな」

 そう、茶化すように返した。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

感情とおっぱいは大きい方が好みです ~爆乳のあの娘に特大の愛を~

楠富 つかさ
青春
 落語研究会に所属する私、武藤和珠音は寮のルームメイトに片想い中。ルームメイトはおっぱいが大きい。優しくてボディタッチにも寛容……だからこそ分からなくなる。付き合っていない私たちは、どこまで触れ合っていんだろう、と。私は思っているよ、一線超えたいって。まだ君は気づいていないみたいだけど。 世界観共有日常系百合小説、星花女子プロジェクト11弾スタート! ※表紙はAIイラストです。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

入社した会社でぼくがあたしになる話

青春
父の残した借金返済のためがむしゃらに就活をした結果入社した会社で主人公[山名ユウ]が徐々に変わっていく物語

処理中です...