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第四章 二番目の呪い

予備の二番目

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 未空の行き先の可能性としてまず頭に浮かんだのが、教室だ。
 台本を作るのに必要な資料を、自席やロッカーに取りに行ったのかもしれない。

 階段を上り、渡り廊下を抜け、一年B組の教室に辿り着くが……しかし引き戸を開けた先に、未空の姿はなかった。

 であれば、昼食でも買いに出かけたのだろうか?
 ちょうど昼時だ、外の運動部も休憩に入ったのか掛け声が止んでいる。
 ……いや、未空に限って、そんな個人的な理由で単独行動を取るとは考え難い。

 なら、どこかで体調を崩し、戻れなくなっている、とか……?

 海斗が最悪のケースを予測し、焦り始めた……その時。


「…………好きだ!」


 どこからかそんな声が聞こえ、海斗は足を止めた。

 男子生徒の声だろうか。
 一階の方から響いているようだ。

 海斗は足音を立てないよう階段へ近付き、耳をそば立てる。
 すると、続けてこんな声が聞こえてきた。

「俺、弓弦のことが好きだ。よかったら、付き合ってほしい」

 思わず息を止める海斗。
 この階段の下で、今まさに、誰かが未空に告白をしているらしい。
 恐らくこの声の主に呼び出され、未空は席を外していたのだろう。

「えっと……私たちってクラスも違うし、話したことないよね? どうして好意を抱いてくれたの?」

 続けて、未空の声。
 いけないと思いつつ、海斗はそのまま会話を聞く。

「最初は、鮫島のことが好きだったんだ。見た目がすごくタイプでさ。でも、性格がヤバイって噂を聞いて、ちょっとないなぁって。それで、気付いたんだ。鮫島といつも一緒にいる弓弦もよく見たらすごく美人だって。鮫島と違って常にニコニコしているし、物腰も柔らかで優しそうだし、付き合うなら弓弦が良いと思ったんだ」

 勝手に盗み聞きをしておきながら、海斗はそのセリフに眉を顰める。
 好意を抱いた経緯を正直に話しただけなのだろうが、未空にも雷華にも失礼な物言いである。

 男子生徒の告白に、未空は少し間を置いてから、

「……ごめんなさい。君の気持ちには答えられない。私の親友を……雷華を悪く言う人とは、付き合えないから」

 嫌味のない声で告げた。
 見ていなくとも、あの完璧な微笑が目に浮かぶ。

 玉砕した男子生徒の「えっ、あの……」という情けない声を残し、未空が階段を上ってくる足音が聞こえる。
 海斗は咄嗟に隠れようとするが、すぐ近くの教室は鍵がかかっており、入ることができず……

「……あれ、温森くん?」

 階段を上ってきた未空に、あえなく発見されてしまった。
 海斗は内心冷や汗を流しながら、

「……弓弦。こんなところにいたのか。なかなか帰って来ないから心配した」

 平静を装い言うが、上手くない芝居だった。
 未空は、くすりと笑って、

「もしかして、今の聞いてた?」
「……すまん。たまたま居合わせて、つい」
「盗み聞きなんて、あまり褒められた趣味じゃないね」
「……返す言葉もない」
「あはは。うそうそ、冗談だよ。探しに来てくれてありがとう。戻ろうか」

 ショートボブの黒髪を揺らし、爽やかに言う未空。
 そのまま図書室へ向け歩き出すので、海斗も隣をついて行った。

「サッカー部のマネージャーやってる子に呼び出されてね。会わせたい人がいるって言うから、しばらく待っていたら、サッカー部の男子が現れて……さっきの流れ、ってわけ」

 渡り廊下を歩きながら、未空が困ったように笑う。
 つまりは、未空に好意を抱いたサッカー部員が、未空を呼び出すよう女子マネージャーに頼んだのだろう。

「……失礼なやつだったな。弓弦にも、鮫島にも」

 告白の言葉を思い出し、海斗が呟く。
 それに、未空は驚いたように海斗を見上げ……嬉しそうに目を細めた。

「やっぱり、そう思う?」
「あぁ。随分と上から目線な告白だった」
「……うん。温森くんがそう言ってくれて、なんだか安心した。好きって言ってくれているのに腹を立てるなんて、私って心が狭いのかなぁって、ちょっと自己嫌悪してたから」
「いや、あれは怒っていい場面だった。鮫島を悪く言うのも理解できないし、何より『鮫島が駄目なら弓弦』みたいな移り気な思考も、不誠実極まりない。弓弦に失礼すぎるだろう」

 声に、思わず熱がこもった。
 そんな海斗の顔を、未空はまじまじと見つめ、

「……温森くん、本当に変わったね」
「え? 何が?」
「知り合ったばかりの頃は、他人と深く関わろうとしなかったじゃない? それが、今では私や雷華のためにこんなに怒ってくれるんだなぁって。ちょっと嬉しくなっちゃった」
「それは……」

 雷華に、『呪い』を解いてもらったから。

 そのことを、海斗はあらためて認識するが、口にはしなかった。
 何故なら、未空が話題をすり替えようとしていることに気付いたから。

 未空はいつもそうだった。
 気配り上手で、面倒見が良くて、自分のことは二の次。
 それは、未空の長所と言えるのかもしれないが……こんな時くらい、もっと自分の気持ちを出してくれても良いのにと、海斗は思った。
 だから、

「確かに俺の感性も変わったかもしれないが……そうでなくとも、さっきのあれは怒っていいと思うぞ」

 今一度、未空の気持ちに寄り添おうと話を戻す。
 未空は困ったような顔をしてから、何かを思い出すように天井を仰ぎ、

「まぁ……これが初めてじゃないからね。最初は雷華が好きだったけど、望み薄だとわかったから私に切り替えた、みたいなパターン」
「……最低だな」
「仕方ないよ。いいの。私は……『予備の二番目』だから」

 その言葉に、海斗は違和感を覚え、

「……予備の、二番目?」

 おうむ返しで聞き返すが……
 未空は、からっと爽やかに笑い、

「なんでもない。今の話、雷華には内緒ね。さて、あの二人は仲良くマップを描いているかな?」

 そう言って、図書室の扉を開けるので……
 海斗は、それ以上追求することができなかった。
 
 
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