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第13蝶 影の少女の解放と創造主
溺れるサメと胎内戦
しおりを挟む『にしし、これで後はマスターだけじゃん。あ、でもその前に、工房が稼働してるならぶっ壊してくるよう、タチアカにも頼まれてたじゃんね』
裏切り者の処分と言う、任務の一つを終えホッとするメーサ。
灼熱の砂漠の中を進みながら、次なる任務を思い出す。
それは、マヤメのマスターの処分と、その工房の破壊だった。
『それにしても、マスター共々、マヤメもバカじゃんね? 組織を抜けたら、こうなるって決まってるじゃんよ』
今更なにを言っても遅いが、一応同僚だった故に、こう考えてしまう。
あのまま組織に残っていれば、もう少し長生きできたかもと。
エナジーの供給を交換条件に、もう暫くは活動出来ていただろうと。
但しそれが、生きていると言えるか否かは、人それぞれだが。
『それでもこうやって消されるよりはマシだったじゃんよ。きっとマスターも草葉の陰で泣いてるじゃん。ま、そのマスターを処分したのはタチアカだから、それを言うのは酷ってもんじゃんね』
細かい詳細は知らないが、Rシスターズのリーダータチアカがそう明かした。
出奔したマスターをおびき出し、自らが処分したと。
その後、茫然自失で、大陸を彷徨うマヤメを見つけ、エナジーをエサに組織に入れたと。
『……今思うと、まるで悪魔のような所業じゃんね? でもそれを言ったら、そのマヤメを捕食した、アタイも悪魔って事になるじゃんね。にっしっし』
そんな二人に同情はするが、そこに罪の意識はない。
裏切り者を断罪した事実の方が、罪の意識を遥かに上回るからだ。
『あ、そう言えば、あのウサギ忘れてたじゃんよ。ほっといても何も出来ないだろうけど、一撃もらった借りがあるから、アイツも捕食するじゃんね』
子サメが戻ってない事にふと気付き、あの兎族を思い出す。
このまま次の任務に向かってもいいが、それでは自分の気が済まない。
『なら早速地上に戻るじゃんよ。これでマヤメの仲間もろとも、アタイが全員始末したって、他のシスターズにも自慢できるじゃんよ』
組織への報告を楽しみにし、地上を目指すメーサだったが、
ゴプッ
『ん? なんかまだ中にいるじゃん?』
胎内に違和感を感じ、すぐさま移動を中止する。
『…………なんか、消化してないのが二つあるじゃん? しかも………… 動いてるじゃんっ!』
腹部に意識を集中して驚愕する。
未だに胎内で生存し、しかも活動しているものがいる事に。
ゴプ、ゴププッ――――
ゴン、ゴゴゴゴゴンッ!――――
『な、なんじゃんっ! なんか突然暴れ出したじゃんっ! そもそもなんで消化されてないじゃんっ! こんなこと有り得ないじゃんっ!』
胎内で起きた衝撃が、波紋となって全身に響き渡る。
鈍くて重い振動が、巨大な津波となって、喉元まで押し寄せる。
ゴプッ
ガン、ガガガガガガガンッ――――――
『うっぷ、このままでは、捕食したモノと一緒に中身が出ちゃうじゃんっ!』
慌てて両手で口を抑え、吐き気を我慢する。
何せ、自分の胎内を満たしている液体は、ただの消化液ではない。
金や白金をも溶かす王水に、硝子や樹脂を溶かす、フッ化水素酸を混合し、更に、強力な酸や毒性を持つ魔物の体液を加えたものだ。
但し、その強力な溶解性故に、通常の方法では保存が不可能だったのだが、マジックバッグの原理を一部解明したマカスが、メーサの胎内へと融合することができた。
そんなメーサの正体は、化学と魔法と魔物を組み合わせた、創られた存在だ。
胎内に疑似ブラックホールを宿す、強力なハイブリット種だった。
『そ、そんなもの、ここで吐いたら、アタイ自身も消化されちゃうじゃんっ! それはヤバいじゃんよっ!』
地下と言う、密閉された空間では、中身を吐き出す事が出来ない。
一滴でも浴びれば、自身もただでは済まないからだ。
その効果を知っているからこそ、メーサは取り乱す。
吐き出すならばせめて、地上でしかないと。
ザッ、ザッ、ザッ――――
『うっぷ、能力が使えないから、全然上に進まないじゃんっ!』
だがメーサは捕食ではなく、砂を手で掻き分け、バタ足で地上を目指す。
口を開けたら最後、中身をぶちまけてしまうからだ。
ゴプ、ゴププ――――
ドガン、ドガガガガガ――――――ンッ!
『うぐぐ、な、なんでこんな事になってるじゃんっ! 一体中(胎内) でなにが暴れているんじゃんよっ!』
訳が分からないまま、衝撃と吐き気に耐え、懸命に手足と身体を動かす。
このような事態、初体験どころか、想定した事もなかった。
『う、く、はぁ、はぁ―――』
そんなメーサは、今まで地下という地下を、水中のように移動してきた。
環境や物理法則さえも無視し、悠々と泳いできた。
だが、今のメーサにそんな面影は残っていなかった。
ザッ、ザッ、ザッ――――
『うぇ~、うっぷ、はぁ、はぁ、もう少し、もう少しじゃん……』
息を切らし、手足をバタつかせ、地上を目指すその姿はまるで――――
『あ、ちょっと明るくなってきたじゃん……』
――――まるで、泳ぎや呼吸を忘れた魚のように見えた。
捕食という機動力(エラ) を奪われ、海の底で藻掻いているサメのようだった。
――――――――
一方、メーサが地上に出る直前の、スミカがいるその胎内では、
ゴプッ
『『………………ザ、ザザ――』』
「コイツ………… 間違いない」
見るからに異形な姿を見て確信する。
突如、この液体の中に落ちてきたモノは、あの白い人型だった。
この正体不明な人型は、ジーアたちと蝶の魔物の討伐に向かった最中、突然現れ、雄叫びだけで森の大部分を更地にし、その後に姿を消したアイツだ。
頭部はあるが、目や鼻や口などのパーツがない。
胴体や手足はあるが、関節や手首や足首がない。
その姿はまるで、子供が粘土細工で作った、不出来な人形のようだった。
「…………一応隠れてて?」
『ケロロッ!』
警戒しながら桃ちゃんに声を掛け、フードの中に戻ってもらう。
仕掛けてくる素振りはないが、それは前回でも一緒だった。
『『………………ザ、ザザ――』』
『一体、なんだってこんなところに?』
原因や目的がわからない。
仮に私を追ってきたならば、すぐさま仕掛けてくるはずだけど。
『いや、それも変か。私がまだ生きてたとは知らないだろうし、外から探知できるとも思わないし。それか、間違って喰われちゃったとか?』
チラと人型を一瞥するが、何の反応も見せない。
それどころか、何を考えてるか、何処を見ているかさえ不明だった。
『そもそも顔のパーツがないから、視線も感情も読めない。敵か味方で言えば、明らかに敵の筈なんだけど、その真意がわからない』
不思議・不完全・不穏・不運・不覚。
この不気味な人影を前にし、不の感情しか浮かばない。
それだけで敵と断言できるが、それでも敵意を感じない。
まるで本当の人形を相手にしているようだった。
『『ザ、ザザ、――――』』
「ん?」
カパッ
「って、ヤバいっ!」
不意に、顔の部分に穴が開き、無造作にこちらに向けてくる。
恐らく開いたのは口であろうが、それは森を更地にした攻撃と一緒だった。
「やらせないってっ!」
ギュン――――ッ!
衝撃波を発する前に、透明壁スキルを全力で口に投げ込む。
ズボッ
『『!ッモ”クヨ” ?!ッオグ』』
すると、理解不明な叫びをあげながら、薄暗い液体の奥に消えて行った。
「ふう、動作の起こりも、感情も読めないから、正直かなり焦ったよ。にしても、どうやら泳ぎは苦手みたいだったね?」
無抵抗のまま、慣性の法則に従い、暗闇に消えて行った人型。
ダメージを与えた感触はないが、それでも弱点らしいものを知れたのは大きい。
「でもあの調子だとまた戻って来るかも。ならこの隙に、何か対策を考えようか、って…… 何? この音?」
微かな音と振動が、スキルを通して伝わってくる。
その方向は、人影が消えて行った方角だったのだが、
ギュルルルル――――
「な、何あれ? 一体どうなって…… って、そんな、噓でしょっ!?」
その正体は、直立不動のまま、液体の中を突っ切ってくる人型だった。
膝から下を背後に折り曲げ、まるでスクリューのように回転させていた。
『『!ッ”モクヨエマ”オ――――』』
「うるさいっ!」
ドガンッ!
突っ込んでくる勢いそのままに、カウンター気味にスキルを叩きこむ。
『『!ッワヨワヨ』』
ところが、ダメージを与えるどころか、勢いさえも殺す事が出来なかった。
「ち、だったら――――」
ドガンッ!
『『ッ!?フ”ブ』』
横っ面にスキルを叩き付け、更に、
ドゴンッ!
『『?!ッウ”』』
間髪入れず、頭上からも叩き付け、ようやく目の前から沈んでいったが、
ギュルルルル――――
『『!ッーオグ』』
すぐさま態勢を整え、再度突っ込んでくる。
「はっ!? ノーダメっておかしいでしょっ!」
この環境で活動できる以上、頑丈だとは思っていたが、これには驚いた。
何せ、2発目のスキルは、最大重量200tの一撃だからだ。
「だったら――――」
人型の周囲に、透明スキルを10機展開する。
その形状は、全長5メートルほどの『長槍』。
「全弾発射っ! それと――――」
次に、なんちゃって両手剣を展開し、重さを最大にして振りかぶる。
ブフォンッ!
「これならどうだっ!」
打撃の効果が薄いのは今のでわかった。
なら、刺突と斬撃のコンボを、同時に喰らわすだけだ。
グサササササササササ――――ッ!!
ズバ――――――ンッ!!
『『!ッ――――イダイダイダイダイ』』
ゴププッ
すると、これには流石にダメージを受けたようで、奇声を上げながら後退する。
「まだだってっ!」
スキルを操作し、人型を追いかける。
ダメージこそ受けてはいるが、その不気味さは衰えてはいない。
そもそもこの人型は謎が多過ぎる。
正体も目的もそうだが、生物か無生物かも不明だ。
そんなデタラメな存在を、ここで逃がすわけにはいかない。
見た目やその能力ではなく、プレイヤーとしての勘がそう告げている。
コイツはここで消滅させないと、必ずまた姿を現すと。
その時には今以上に、厄介なモノに変化していると。
幸い、この空間の中なら、周りに被害を出さずに駆逐できる。
「しっ!」
ズガンッ!
『『!ッオグ』』
ボゴンッ!
『『!ッ”フゴ』』
「まだっ!」
ドガンッ!
『『!ーッアグア”』』
「まだまだっ!」
ザシュッ!
『『縺昴◎莨ッ!?』』
「まだまだまだ――――っ!」
ズババババ――――――ンッ! ×100
『『――――ッ!?○ヹ×△☆♭●♯⒥▲★※』』
三桁を超える連撃を受け、言語化不能な叫びをあげる、白い人型。
防御も回避もままならないまま、その手足は全て飛び散っていった。
『『――――ア”ア”ア”ア”ア”ア”』』
これで残るは胴体のみ。
「………………」
見た目は戦闘不能だが、それでも手を緩める事は出来ない。
こんな死に体の姿でも、得も言われぬ悪寒だけは残っている。
ゴボボボボ――――
「はっ!? って、なにっ!?」
止めを刺そうと、スキルを展開したところで、周囲の液体が急激に動き出す。
「これは…… 流されてる!?」
排水溝に吸い込まれる水のように、周囲の液体が巨大な渦となり、その中心に強く引っ張られた、直後――――
ザッ
「ま、眩しいっ!? って、ここは―――― 砂漠?」
極度の明暗の差に、一瞬目がくらんだが、周囲の景色と、照り付ける日差しで、ここが外だと把握できた。
「……なんで出られた? それよりもアイツは――――」
周囲に視線を巡らせながら、急いでMAP画面を開く。
今は出られた理由よりも、白い人型の行方が気掛かりだった。
「澄香っ!」
その矢先、聞きなれた声が、背後から聞こえる。
「あ、良かった~。無事だったんだ――――」
マヤメの声と姿を確認し、安堵したのも束の間。
「ん、澄香っ! 早く――――」
「………………」
「え?」
その緊迫した表情と、抱いているものを見て、言葉を失う。
「――――を助けてっ!」
「………………」
いつもの無表情ではなく、マヤメが必死に訴え、守るように抱いているもの。
それは――――
「早く、早くトテラを助けてっ!」
「………………」
それは、右足の膝から下を失くし、マヤメの胸で気を失っているトテラだった。
一応止血はしているようだが、かなり顔色が悪い。
そして更に、その背後には、
「うは~、間一髪だったじゃんっ! もう少しでアタイも消化されそうだったじゃんよっ! お前ら覚悟するじゃんねっ!」
恐らくその元凶であろう、サメのフードを被った、一人の少女がいた。
ザ、――――
「…………マヤメ。トテラをお願い」
サメの少女を横目に、マヤメにリワインドポーションを手渡す。
「ん、これは?」
「それは欠損部分を修復するアイテム。きっとそれで大丈夫」
「ん、わかった…… でも澄香は?」
ポーションを受け取った後で、私の顔を覗き込む。
「だって、アイツでしょ?」
「ん」
「ならわかってるよね? 私の性格」
拳を強く握り、サメの少女を強く睨む。
「ん、でも……」
「大丈夫だって。アイツは私に任せて、マヤメはトテラを看てて」
「んっ! でも、メーサの能力は――――」
「いいから、どうせそんなの聞いたって、あんまり意味ないから」
「ん? 意味、ない?」
ポーションの蓋に手を掛けたまま、目を丸くするマヤメ。
「そう、たいして意味ないんだよ。だって、どんなに強力な能力を持っていたとしても、私がその能力を知ったとしても――――」
アイツのターンは一生来ないから。
私の仲間を傷付けるって事はそういう事だから。
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