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第13蝶 影の少女の解放と創造主
裏シスターズと急造タッグ
しおりを挟む「ん、澄香。そろそろ着く」
「え? って、うふぁっ!」
眼前に飛び込んだのは、大量の砂塵が渦巻く、巨大な砂嵐。
その圧倒的な、砂の濁流を前にし、思わず変な声が出た。
トテラの事を考えていて、不意を突かれたとは言え、さすがにこれには驚く。
そもそも砂嵐なんて、知識はあっても、映像の中でしか見た事ないし。
「うは~、めっちゃ大きいじゃん。でもこの中なんだよね?」
「ん、この中の地下にある」
そう。ここが今回の旅の目的地。
マヤメの本拠地にして、マヤメのマスターが眠る工房跡地。
「あ、あのぉ~、もしかして、あの中に入るの?」
砂嵐を見渡す、私とマヤメに声を掛けてくるトテラ。
「そうだよ。あそこの中に用があるから、ここまで来たからね」
「ん」
マヤメと二人、顔を見合わせて頷く。
「それじゃ、アタシも連れ――――」
「ん、ダメ」
トテラが何かを言いかけたが、マヤメがバッサリと切り捨てる。
「あのさ、トテラの探しているお宝って、もしかしてあの中にあるの?」
「ん、澄香?」
聞くタイミングがなかったので、この際だから聞いてみる。
「うん、そうだよっ! そういう噂があるんだっ! あそこから何者かが出入りしてるのを、見たかもしれない人がいるって、知らない人から聞いたから、きっとあの中にあるんだよっ!」
長耳をピンと立て、如何にも自信ありげに語るトテラ。
どこで仕入れた情報かは知らないが、かなり曖昧な部分が多い。
そもそも、出入りしてた何者かって、マヤメとかマスターじゃないの?
“かも”とか“きっと”とか、多いけど、結局出所はどこなの?
「マヤメ。どうせここまで来たんだから、トテラを連れていこうよ。ここに残すわけにもいかないし、発情条件もわかったんだから」
「ん、でも…………」
「それに、そんな噂が流れてるんだったら、今はまだいいとして、今後誰かに荒らされるかもしれないよ? なら、お宝があるかどうか、ハッキリさせた方がいいと思うけど」
「ん」
「で、あったらあったで回収して、なかったらなかったで、その噂を流せば、その内誰も近づかなくなるよ」
「ん…… わかった。澄香の言う通りにする。でもなんで早口?」
少しの逡巡の後、マヤメは私の提案を受け入れてくれた。
けど、ただちょっとだけ胸が痛んだ。
トテラの為とはいえ、マヤメの大事なものを、引き合いに出しちゃったから。
「それじゃ、一旦地上に行こうか? さすがにあの中は空から進めないしね」
私たちの乗ったスキルを、砂嵐から少し離れたところに移動させる。
「ん、ウサギ。一緒に来るはいいけど、大人しくしてる」
「な、なんでそんなこと言うのっ! アタシは大人しい方だよっ!」
「ん、それはウサギの思い込み。澄香もうるさく感じてる」
「えっ! そうなのっ!?」
「あのさ、いつまで続けてんの。私は先に行くから、早く降りてきなよ?」
言い争いを続ける二人を残して、トンとスキルから飛び降りる。
『はあ~、やっぱりあの二人は相性悪いみたいだね? マヤメの心配してた件は、もう解決したも同じなのに、相変わらず突っかかるしね。この道中で、少しでも和解できれば良いんだけど……』
口数も表情も増え、言いたい事を言えるようになったマヤメ。
仲の悪さに目を瞑れば、これはこれでいい傾向だと思う。
きっとマヤメにとって、トテラは対等に近い位置づけなのだろう。
だからか、遠慮することなく、自分を出す事が出来るのかもしれない。
「まあ、それでも、本当の喧嘩になりそうだったら、さすがに止めるけどね」
なんて、上から聞こえてくる、二人の騒ぎを耳にしていると、
「んっ! 下に何かいるっ!」
「スミカちゃんっ! もの凄い速さで、地面の中をっ!」
言い争いとは違う、緊迫した二人の声が、頭上から聞こえた矢先に、
「下? えっ!?――――」
バクンッ!
突如、砂の中から飛び出した、巨大な口に飲み込まれた。
「んっ! 澄香っ!」
「ふぅ~、やっと見付けたじゃんよ、マヤメ」
「んっ!?」
スミカを飲み込んだであろう、何者かがマヤメを見上げている。
「んっ! メーサっ! なんでここにっ!? それと澄香はっ!」
「あの人間、スミカって言うのか? 随分と弱い奴とつるんでるじゃんね。あ、そこの兎族も仲間とみなしていいじゃんか?」
「んっ! このウサギ関係ないっ! それよりも澄香を何処にやったっ!」
トテラを自分の後ろに隠し、メーサと呼んだ何者かに声を荒げるマヤメ。
「今更何を言ってるじゃん。マヤメはアタイの通り名知ってるじゃんよ。アタイは『悪食のメーサ』。アタイは何でも飲み込むし、アタイに喰われたものは、全部消化しちゃうじゃんね」
得意げに答えながら、目深に被っていた、青色のフードを上げる。
丸く碧色の瞳に、同じく碧色のショートヘア。
少女のような丸顔でありながら、開いた口には、無数の鋭い牙が覗いていた。
そして見るからに、サイズの大きい青いパーカーを羽織り、フードと袖の部分には、ある海洋生物の頭部が描かれており、その背中には、背ビレのような物が付いていた。
その見た目はまるで『サメ』のような風貌だった。
いや、正しくは、サメのコスプレをした、痛々しい少女に見えた。
「マヤメちゃん、あの変な子と知り合い?」
マヤメの背中から、ヒョイと顔と耳を出し、メーサを指差すトテラ。
「ん、知り合い違う。アイツは敵。澄香が食べられた。早く助け出す」
「だよね? ならアタシも手伝うよ」
「ん、ウサギの実力だと邪魔。直ぐに食べられる」
後ろを振り向くことなく、マヤメはトテラの提案を断る。
「いや~、そんな事ないと思うよ? なんか起きてから調子がいいんだよね」
「ん? 調子?」
「あれかな? スミカちゃんにご馳走して貰って、お腹が一杯だからかな? 今ならサンドワームにだって、勝てそうな気がするんだよね?」
満面な笑みを浮かべながら、マヤメの脇で屈伸運動をするトテラ。
「ん、それはウサギの気のせい。だけど……」
そんなトテラを見ながら言葉に詰まる。
ここで否定するのは簡単だが、今は何よりも戦力が欲しい。
自分と、あの澄香さえも翻弄した、あの暴走時のトテラの実力が。
『ん、でもどうする? トテラの耳にメーサを触れさせ発情させる? でもそれは危険。トテラまで喰われたら、マヤ一人では勝てない。でもそれ以外に――――』
妙案が思いつかない。
足りえそうな戦力があっても、それを生かす方法がわからない。
「あのさ、あの子って、魚が好きなの? なんかそれっぽい格好してるけど」
悩むマヤメとは裏腹に、能天気な事を聞いてくるトテラ。
「ん、あれはサメ。メーサはなんでも飲み込んで消化する」
「な、なんでもっ!? じゃ、じゃあ、スミカちゃんはっ!」
「ん、きっと無事。あれぐらいじゃ平気」
全く悩むことなく、マヤメはトテラに即答する。
「で、でも、なんでも消化しちゃうんでしょ?」
「ん、それと地面の中も水中のように移動できる。正確には飲み込んでる」
「え? それって、砂を食べながら潜れるって事っ!?」
「ん、そう。それと口の大きさは自由自在。腕は伸びる」
「な、何それっ! もう殆ど化け物じゃんっ! ここの魔物より怖いんだけどっ!」
ピンと耳を直立させ、メーサの実力に驚愕するトテラ。
そんなトテラの反応は当たり前だった。
訳あって、マヤメはトテラには話していないが、ここにいるメーサの正体は『リバースシスターズ』の一員だからだ。
リバースシスターズは100人を超えるエニグマ内の組織で、その中でも、取り分け戦闘に特化した者には、その実力に見合った一桁のナンバーが与えられる。
目の前のメーサに与えられたナンバーは『8』。
もちろん、その強さは化け物級で、ジェムの魔物をも凌ぐ、戦闘力の持ち主だ。
「ん、ウサギが驚くのもわかる。それでも手を貸して欲しい」
メーサを見たまま固まっている、トテラにマヤメは頭を下げる。
「はあっ!? マヤメちゃん、なに言ってんのっ!」
「マ、マヤが無茶を言ってるのはわかるっ! でもっ――――」
一人では到底敵わない。
でもトテラの心情もわかる。
散々恐怖を植え付けておいて、手を貸せだなんて、どの口が言うんだと。
今まで無遠慮な態度で接してたのに、今更都合が良すぎるだろうと。
きっとトテラじゃなくとも、大半の者はそう思うはずだ。
「そんなの当たり前に決まってるじゃんっ!」
だが、トテラの答えは、マヤメの予想と違っていた。
「ん…………」
「だってアタシは、スミカちゃんとマヤメちゃんに助けられたんだよっ! 本当だったら、サンドパルパウに食べられて死んじゃったんだよっ!」
「ん?」
「それと、こんなアタシに、美味しいご飯とお風呂も服もくれたし、こんな親切な人族は初めてだったんだっ! だから手を貸すのは当たり前だよっ!」
戸惑うマヤメをよそに、一気に想いを吐き出したトテラ。
メーサに臆するどころか、鋭い視線を眼下に放つ。
だが、それだけでは終わらず、更に続けて、
「あとね、出来ればご褒美貰えないかな? あ、もちろん、スミカちゃんを助け出してからでいいよ? アタシ今無一文なんだよね?」
片耳だけを折り畳み、顔の前で両手を合わせて、お金欲しいアピールする。
「ん、ならマヤが払う。だからよろしくトテラ」
そんなトテラらしさに、微かに笑みを浮かべながら、マヤメは片手を差し出す。
「やったーっ! これで契約成立だねっ!」
ギュッとマヤメの手を握り、トテラも笑みで返した。
こうして、捕らえられたスミカを救うべく、陽キャ代表のトテラと、陰キャ筆頭のマヤメが、即席で手を組むこととなった。
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