上 下
547 / 576
第13蝶 影の少女の解放と創造主

黄色マスク男VS蝶の英雄の妹ユーア その3

しおりを挟む



「ヤ、ヤベエなアイツッ! メチャクチャしてんぞッ!」

 ダダダッ――――

 審判役のルーギルが、慌ててナジメたちの元に駆け寄る。
 メチャクチャとは、ユーアの驚くべき行動の事だろう。

 何せ、ユーアの対戦相手の黄色マスクは、10本の指と両手首を折られ、既に戦意を失っているのにも関わらず、そんな相手を前に――――


「う、うむ。しかも今度はハンドボウガンを取り出したのじゃっ!」
「あ、あと残ってるのは、両肘と足だけ。まさかまだやるつもりなのかっ!?」
「今のユーアちゃん、ちょっと怖い、なんで…………」


 ――攻撃の手を緩める気配がないからだった。 


 ナジメ、ロアジム、ゴマチはそんなユーアの行動に、驚愕すると同時に、困惑する。
 ルーギルも含め、何故あのユーアがここまで、事をしているのだろうと。

 



「さ、さすがユーアねっ! まさかあんな一方的にやっつけるなんて思わなかったわっ! もうあの変態も懲りたんじゃないっ!」

 一方、ルーギル達の隣では、上擦った声で、ラブナが歓喜の声を上げていたが、

「でも一方的過ぎて、あまりいい傾向ではないわ……」 
「それに、いつもと違って怖いもんな、今のユーアちゃん……」

 だが、ラブナの師匠のナゴタとゴナタは、言葉尻を濁していた。
 普段のユーアからかけ離れた行動に、揃って表情を曇らせていた。

 
「なあ、ナゴ姉ちゃん、このままだと――――」

 今のユーアの姿に、何かを感じたゴナタは、姉のナゴタに振り返る。

「そうね、このままだと、私たちみたいになってもおかしくないわ。大事なものを守る想いが暴走して、目的を履き違えた、過去の私たちみたいに」
「だ、だよな、でも止める方法がないよ。お姉ぇもここにはいないし……」
「そうね、お姉さまは、今…………」

 姉妹は互いに目を合わせた後で、不安げな表情をユーアに向ける。


 そんな過去のナゴナタ姉妹は、同業者を狩る冒険者狩りだったが、スミカと出会いによって道を正された。

 その結果、現在でも冒険者稼業を続けられている。

 多少の遺恨は残っているだろうが、それでも大半の冒険者たちには許され、今では新人冒険者たちの指導役を任されるほどに、信頼は回復してきている。
 
 冒険者を守って死んだ、憧れの両親を罵倒され、冒険者そのものを憎んだ姉妹。
 その行動が間違っていると気付いても、止める事は出来なかった。

 大切なものを罵られ、卑下されれば、その想いが強いほど周りが見えなくなる。
 それを知っているからこそ、ナゴタとゴナタは懸念する。

 あれ以上踏み込めば、自分たちと同じ道を辿ってしまうと。
 笑顔も生き甲斐も何もかも失くし、憎悪だけが育っていったあの過去を。





「ま、待てっ! 待ってくださいっ! 今、参ったって言うからっ!」

 武器を構え、冷めた目で見下ろすユーアに、黄色マスクは懇願する。  
 あの気持ち悪い言動も、自信に満ちた態度も、とうに霧散していた。


「でもその前に約束してくれる?」
「わ、わかりましたっ! 何でも約束するよっ!」

 ユーアの話にブンブンと、首を縦に振って即答する黄色マスク。

「もうあんな事しない?」
「あ、あんな事?………… わ、わかった。ぼ、僕はユーアちゃんに今後タッチしない、ぎゃあ――っ!」

 恐る恐る答えたと同時に、絶叫する黄色マスク。
 見ると、右の足首がおかしな方向に曲がっていた。


「違うよ? ボクの事じゃないよ? やっぱりわかってくれないんだね」
「ななな、何がっ!」
「おじさんはね、ボクの大好きな人を馬鹿にしたんだよ?」

 スチャ

「ひっ!」

 説明しながらおもむろに、2丁のハンドボウガンを向けるユーア。
 その行動に、更に恐怖に顔を歪め、短い悲鳴を上げる。

 そんな黄色マスクなど眼中にないかのように、更にユーアの話は続く。

「それでね、こっちは当たると痺れるんだっ! だから逃げようとしてもダメだよ? それでこっちは爆発するんだっ! これ全部スミカお姉ちゃんに貰ったんだっ!」

「ひ、ひぃ――――っ!」

 何の脈絡もなく、嬉々として、武器の説明を始めたユーアに恐怖する。
 冷めた笑顔から一転して、無邪気に話す姿に、黄色マスクは錯乱する。


 ズザザ――――

「うひぃっ! だ、だからもう降参だってっ! もうやめてっ!」

 目の前の恐怖から逃げようと、半狂乱になりながら黄色マスクは後退りするが、

 トコトコ

「それで、この鎖もね――――」

 離れた分の距離を、ゆっくりと笑顔で詰めてくるユーア。


『な、なんだ、何なんだこの子供は――っ! 蝶の英雄本人じゃないだろうに、なんでこんなに強いんだよっ! もしかして僕たちは、手を出しちゃいけないものに手を出したのかっ!』 

 正直舐めていたし、侮っていた。

 蝶の英雄なんて、殆ど無名に近い英雄の事なんて。
 そして、その英雄を支持する仲間なんて、大したことないと。

 だが蓋を開けてみれば、その真逆だった。
 一番無害に思えたこの少女でさえ、手も足も出せず、追い詰められている。


「どうしたの? もう逃げないの?」

「ひぃっ!?」

 動きを止めた黄色マスクに、不思議そうに首を傾げるユーア。 
 戦う前なら、その仕草にキュンときたが、今はその一挙手一投足が、恐怖を煽る仕草にしか映らなかった。


 だからこそ、一秒でも早く、この苦痛と恐怖から逃れようと、

「ま、参ったっ! いや参りましたっ! 今後、蝶の英雄の名を騙る事はしません。許して――――」

 記憶を頼りに、負け宣言の口上を叫んでいる最中、それは起こった。 


『ガウッ!』

 ドガンッ!

「がはっ!」
「えっ!?」


 強烈な一撃を背中に受けて、黄色マスクはユーアの前から吹っ飛んでいき、ルーギル達がいるベンチの前に落下し、そのまま気を失った。

 そのユーアと黄色マスクに、割り込んできた犯人は、


「ハラミっ! なんで?」
『がう~』 

 ペロペロ

「くすぐったいよぉ~っ! じゃなくて―――― え? ボクが変だった?」
『がう』

 それは、ギルドの屋根からずっと、ユーアを見守っていたハラミだった。


「あれ以上は危なかったの?」
『がうっ! がうっ!』
「そうだよね、ボクもちょっと怖かったんだ…… なんか一杯怒っちゃって、ボクがボクじゃないみたいになっちゃったんだ」

 柔らかいハラミの身体にボフと抱き着き、心の内を吐露する。
 幾度も大事なものを乏しめられ、怒りで我を忘れた、そんな自分が怖かったのだと。


「あ~、ちょっといいかッ? お前ら」

「え?」
『がう?』

 二人が抱き合っている最中、ルーギルがユーアとハラミの元に歩いてくる。
 その後ろには、気を失った黄色マスクを放置して、残りの仲間も付いてきていた。 

 恐らく、模擬戦の結果を説明しに来たのだろう。
 勝利の条件の中には、対戦相手黄色マスク男の気絶も含まれているからだ。

 だが、そんなルーギルの表情は、何処か浮かない顔だった。


「はい、なんですか? ルーギルさん」
『がう』

「あのよ、ちょっと言いにくいんだがよッ……」

「うん?」
『がう?』

 いつもと違い、歯切れの悪いルーギルに、若干戸惑う二人。
 そんな二人を前に、ルーギルは話を続けるが、


「お前ら反則負けだわッ」

「え?」
『がう』
 
 衝撃的な知らせを聞いて、更に戸惑う二人。
 互いに抱き合ったまま、ルーギルを見て固まってしまう。


「あー、その訳は今から話すけどよッ」

 キョトンとしている二人と、黄色マスクの仲間を前に、ルーギルが説明を始めた。 
 
 その理由とは?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目
恋愛
婚約者であるギスランは、他の男と喋っていただけで「閉じ込めたい」という怖い男。こんな男と結婚したくないと思っていたが、ある時、命を狙われてしまった。そこから、ギスランの行動はどんどんと常軌を逸脱し、エスカレートしていく。 自己中悪役系お姫様カルディアとヤンデレ尽くし系貴族ギスランが喧嘩っぷるしながらメリバへ突き進む話。 (1章まではなろう様に同じものがあります。また現在3章までをムーンノベルズ様で投稿しています。年末頃まで更新をお休みさせていただきます。よろしくお願いします)

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

贖罪の救世主

水野アヤト
ファンタジー
剣と魔法の世界ローミリア大陸。 戦乱絶えないこの世界に迷い込んだ、一人の男がいた。 迷い込んだ先で彼を待っていたのは、帝国と呼ばれている小さな国と、残酷な戦争の足音であった。 滅亡に瀕した小さな帝国。その国で彼は、一人の少女と出会った。 彼は少女と約束を交わし、大切なその少女のために、世界の全てと戦う決意をした。 集う仲間達と、愛する者達と共に、大陸全土を舞台にした彼の大いなる戦争が始まる。 その戦い続けた先に、何が待っているのかを知らぬまま・・・・・・。 ファンタジー世界を舞台に繰り広げられる、王道にして邪道なる物語。 剣や魔法の時代を終わらせる、圧倒的な戦力の蹂躙と共に、彼の狂気が戦場を染め上げる。 「ファンタジー世界の住人に教えてやる。これが現代戦だ!!」

ビキニアーマーで殺意を込めて 〜元アサシンは巨乳の夢を湯煙の彼方に見る〜

メーギ・F・ツネコ
ファンタジー
私はアサシン。 てんこ盛りおっぱいに憧れるペチャパイアサシン。 私は拾われた先が暗殺者組織だったからねぇ…毎日毎日厳しい訓練してたんだ。 だからついてほしい脂肪は消費されること消費されること…。 正直、無理な夢だと思ってた。 でも、ある日。 組織のブラックっぷりにキレて反逆し、ラスボスと刺し違えた後。 …転生しました。イヤマジで。 これはチャ〜ンス♪ 巨乳にいたるノウハウは研究済み!さあ、頑張っておっぱい育てて! ビキニで胸ゆっさゆっさ揺らすんだ〜! え?ビキニがない? ならビキニアーマーがあるじゃないか! この物語は。 巨乳とビキニアーマーを求めて旅をする元アサシンの物語です。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...