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第13蝶 影の少女の解放と創造主
出立と悪巧みする冒険者たち
しおりを挟む「それじゃ、私たちは行くよ。戻ってくるのは多分3日後だから、それまでにジーアは決めておいて」
「は、はいでしゅっ!」
クロの村のみんなには手を振り、ジーアには決断を促して、マヤメと一緒に透明壁スキルに乗る。
「スミカさん、色々とありがとうございましたっ!」
「どうかこの旅先でもお気をつけてっ!」
「クロ様のお声をお聞かせ下さり感謝しますっ!」
「マヤメさんも頑張ってっ!」
「………………」
空に向かって上昇する私たちに、みんなが揃って声援を送ってくれた。
ただジーアだけは、どこか心あらずで、小さく手を上げるだけだった。
――――――――
「ん、澄香。計算間違ってる。3日じゃ足りない」
「なんで?」
クロの村が見えなくなった頃、マヤメがそんな事を言ってきた。
今の私たちは、元々の目的地『トリット砂漠』に向かい、空を移動中だ。
それはマヤメのマスターを回収するっていう、本来の目的があるからだ。
クロの村に立ち寄ったのは本当に偶然だ。
マヤメの偵察用ロボ(ロボカラス)が、魔物に襲われている村を発見したことから、マヤメの同意を得て、通りすがりに立ち寄ったに過ぎない。
けど、そこがナジメのもう一つの領地だと知れたし、ジーアを含め、優秀な魔法使いがいる村だと知れたのは大きい。それとそこで育てていた多種多様な作物にも、気になるものがあった。
だから、たまたまとか偶然なんかって、簡単な言葉で片づけたくない。
私がこの世界に来れた事と一緒で、きっと意味があるんだと思う。
そう考えた方がこれからも楽しいし、全ての出来事を軽視しなくて済む。
何気ない出来事や出会いも、何かに通じてる可能性を否定できないからね。
だから今回の、ジーアとの邂逅もきっと―――
「ん、澄香。クロの村に戻るのは、早くても5日はかかる」
「なんで? って、あ、もしかして往復の時間考えてる?」
村を出る時に、3日後ってみんなに伝えたのを、まだ気にしているようだ。
「ん、そんなの当たり前。マヤの計算だと行くだけで3日かかる」
「計算?」
ああ、ノトリの街からクロの村までの距離とかかった時間から、これから行く『トリット砂漠』までの時間を逆算したって事か。
確かに、当初の私の見積もりでもそのくらいはかかる。
それでもこの世界の移動手段より、5、6倍は早いんだけどね。
「なら往復分の時間は考えないでいいよ」
「ん? なぜ?」
「帰りは恐らく一瞬だから」
「ん? ん?」
「それに着くだけが目的じゃないよね? 向こうで何があるかわからないし」
「ん?」
私の話を聞いて、メトロノームの様に、右に左に首を傾げるマヤメ。
きちんと説明してないから、混乱するのは当たり前なんだけど。
まぁ、新しい能力が増えた事、マヤメは知らないしね。
裏世界と、こっちの世界のジェムの魔物を倒したこと自体、教えてないから。
なにせ『裏』と『表』合わせて、ジェムの魔物を20体以上倒した。
そのおかげで今まで欲しかった、移動系の能力を手に入れる事が出来た。
『本当は今すぐに教えてもいいんだけど、マヤメには色々と驚かされてるから、たまには仕返ししないとね、にっしし』
なんて、澄まし顔のマヤメの横顔を見て、悪巧みしていると、
「ん、ジーアはどうする?」
ふと思いついたように、私と目を合わせてくる。
「えっ! あ、ああ、どうだろうね? 私が出来る事はしたから、後はジーア次第じゃない? もうこれ以上、口を挟む事は出来ないよ」
「ん、澄香の言う通り」
私の返答を聞いて、流れる景色の後方に視線を向けるマヤメ。
その方角は、今はもう見えないが、さっきまで私たちがいたクロの村だ。
実はあの後直ぐに、もう一度ナジメに連絡をした。
今度は私ではなく、ナジメと直接話すように、ジーアにヘッドセットを持たせて。
「ク、クロさまっ!? は、はい、わたし、ジーアでしゅっ!」
緊張し、萎縮しながらも、ナジメと通話するジーアの顔は、今まで見た事もないほど蕩けていた。口元を緩め、目元も下がり、視線は定まらず、そして鼻をヒクヒクさせていた。
何も事情を知らない人が見たら、何かの発作か、ア〇顔に見える。
だらしなく、緩み切ったその顔は、それでも私には幸せに見えた。
話の内容は、ジーアが水飲み鳥のように、しきりに頷くだけだったので、最後までわからなかった。
けど、ジーアの望みをナジメは知っている。
だからその事を言われたのは間違いない。
その為ジーアには、考える時間として、3日間の猶予を与えた。
長年暮らしていた、クロの村を離れて、ナジメの元に行くか否か、ゆっくり悩んで欲しいと。
「ん、澄香はどっちがいい?」
視線を私に移して、少し神妙な顔で聞いてくるマヤメ。
どっちとは、ジーアがコムケの街に来るか来ないかの話だろう。
「ああ、そうだね。ユーアたちも同年代…… じゃなく、同性の友達が増えて喜ぶかもね? ナジメも同じ種族だし、村の話を色々聞きたいだろうしね。それと――――」
ここにはいない、みんなの顔を思い浮かべて、ちょっと楽しくなる。
「ん、違う。みんなじゃなく、澄香は?」
「あ、私? 私は来て欲しいよ。みんなの喜ぶ顔が見たいしね」
「ん、なんか違うけど、澄香らしいからいい」
「そう? だってそれが一番でしょ?」
「ん」
ジーアの一番の望みを叶えたい、クロの村のみんな。
憧れのナジメと、一番一緒にいたい、ジーアの願い。
全てが一番なら、一番それがいい。
二番や三番も悪くない。けど、一番には遠く及ばない。
やっぱり一番いたい人といるのが一番だ。
だからジーアには真剣に悩んで欲しい。
どれが本音の一番か。
何が本心での一番か。
見栄や義務感などの、余計な柵は取っ払って、純粋で素直な気持ちなままで、ジーアには決めて欲しいと。
こうして私とマヤメは、クロの村を後にした。
今度はマヤメの為に、マヤメの一番に会いに行く為に。
――――――――
時はちょっと遡り、スミカたちがクロの村を出る二日前。
フーナたちとの戦いを終えた、その次の日。
とある街の中を、ガラの悪そうな男たちが歩いていた。
「おい、どうする? 今度はどの英雄に取って代わるんだ?」
大通りを歩く、一人の冒険者の男が、背後に振り返り声を掛ける。
その後ろには、屈強な4人の男たちが、街の中を眺めながら付いてきていた。
ここはナジメが治めるもう一つの領地。
スミカが本拠地とし、ユーアたちが住むコムケの街だ。
その5人の冒険者たちは、商店街を歩きながら、更に会話を続ける。
「あん? そうだな、この前の『沼地の泡姫』って奴は、全く稼げなかったしな」
「………………」
「ならよ、最近噂の『蝶の英雄』って奴はどうだ?」
「はん? 蝶の英雄って、こんなか?」
仲間の一人の提案を聞き、ヒラヒラと両手を振る一人の男。
恐らく蝶が羽ばたいている真似をしたのだろう。
「わははっ! そんなんで蝶に見えたら苦労しねえぜっ! 沼地の泡姫みてえに、全身に泥を塗りたくるまでやんねえとなっ!」
「いや、いや、あれは失敗でしたよ。そこそこ知名度があったようで、直ぐに偽物だって、看破されちゃいましたから。そもそも泥なんて塗ってなかったようですし」
「なら今度は葉っぱで羽根でも作るか? それこそ胡散臭いぜっ!」
「お、ちょうどそこに面白そうな店があるじゃねえか」
一番後方を歩いていた男が、ある一軒の店の前で立ち止まる。
「はん? お、確かに面白そうじゃねぇかっ! おあつらえ向きに、蝶に化けられそうなモノがあるじゃねぇかっ!」
「でしたら、ここで調達しましょうか? 幸いにもここは大陸でも辺境にある街。人口も少なく、近くの街からもかなり離れてますから、誰も蝶の英雄の姿なんて知らないでしょうし」
「だな。ならここで買ってこうぜ。そんで街の中歩けばわかんだろ。蝶の英雄って呼ばれる奴が、どんだけ名が知れてるってことがよ」
こうして、この街に突如来訪した5人の冒険者は、ある一軒の店に入っていった。
ただし、店の2階に掲げてある看板には目もくれずに。
そして更に、
「な、なんだアイツら。なんでスミカ姉ちゃんの悪口言ってたんだ? なんか怪しいから、オヤジとユーアちゃんに急いで知らせないと」
タタタタ――――
そして更に、その様子を見ていた少年、ではなく、少女にも気付かなかった。
その少女の名は『ゴマチ』
とある想いのすれ違いで、父親の『アマジ』とは幼少の事から絶縁に近い状態になるが、ユーアとスミカとの出会いによって、誤解が取れ、長年のわだかまりから解放された。
その結果、父親の代わりに、長年ゴマチの面倒を見ていた、貴族で祖父の『ロアジム』とも、親子関係が修復され、一家総出でスミカたちの事を大恩人だと思っている。
そんなスミカたちとは深く関わりのある少女、ゴマチに見られてたとは、つゆ知れず、5人の冒険者たちは――――
「お、このマスクいいんじゃねえかっ!」
「そうですね、それとこの背負い袋もいけそうですよ」
「ならついでに買っていくかっ!」
「だな」
「………………」
この街出身の『蝶の英雄』になりすます為に、蝶の英雄を推している『黒蝶姉妹商店』で、何も知らずに買い物を続けるのであった。
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