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メドの入ったお風呂と本能と
しおりを挟む「メドぉ~っ! どこに行ったのぉ~! メドぉ~~っ!」
ガチャッ
メドの姿が消えていったドアを勢いよく開ける。
お風呂から出てきて、確かにこっちに行ったから。
「メルウちゃんには念話みたいなもので謝れるんだけど、メドには会ってちゃんと謝らないとねっ! このまま嫌われちゃったら悲しいもん…… もっと一緒にいたいからねっ!」
なので優先的にメドを探して謝る事にした。
怒った理由はきっと、メルウちゃんとの会話で勘違いしちゃっただけだと思うし。
「あれ? そう言えばメドは確か「もう寝る」って言って出て行ったのに、なんでこっちに行ったんだろう?」
そう。
こっちの扉はエントランスの階段の下。
奥にはメドから聞いた話だと、大きなお風呂と、大広間、キッチンと使用人の部屋しかないはず。
寝るのであればエントランス横の廊下に並ぶ部屋に入らなくちゃおかしい。
「あれ? ここにも廊下と目の前が大広間? グルッと回って伸びる廊下の先が大きなお風呂? その手前がキッチンと使用人さんの部屋かな?」
廊下にから見える範囲で、そう予想を付けた。
それでもこのままでは、メドが見つからない。
なので片っ端っから探し始める事にした。
「ねぇ~~メドぉっ! さっきはごめんねぇ~っ! きちんと謝るからっ」
そう声を上げながら「スゥ―っ」と廊下を進んで行く。
微妙に空中に浮いたままで。
きっと走ったら10歩で「コテンッ」となる。
だからそのまま探していく。
端から見たら、まるで幽霊みたいに見えるけど。
「うん、こっちだっ!」
まず最初に、メドが入ったお風呂を見に行く。
決してメドのダシが出た残り湯を、どうかしようとは思ってはいない。
絶対に匂いを嗅がないし、絶対に飲まない。
そして全身に塗りたくらない。
私はそう決めた。
今はそれどころじゃないのだ。
欲望を優先している場合じゃないのだ。
だったら、
『さっきお風呂から上がったメドを見てたじゃない。なんでお風呂を探すの?』
というツッコミも聞かない。
留守だからってこれを機に、なんて思わない。
「メドぉ~~~~っ」
広い脱衣所を超えて、ガラッとお風呂場の扉を開ける。
ムワっとお風呂場の蒸気が出てくるが、それを思いっ切り吸い込む。
決してメドの残り香を吸い込んだわけではない。
ちょっと喉を潤したかったからだ。
「メドぉ。ここだよねっ!」
いそいそと服を脱衣所に脱ぎ捨て、ワクワクしながらお風呂場に入る。
「ん~、やっぱりいないかぁ~」
素っ裸で広いお風呂場と浴槽を見渡すがメドの姿は見えない。
「おっ!」
浴槽からモワモワと湯気が立っているのを見付ける。
さっきまであの可愛いメドが入っていたせいだろう。
「きっとお湯の中だよねっ! きっと隠れてるんだよねっ! さっきの事で顔を合わせずらくてさっ! メドったらそんなところも可愛いよねっ!」
自分に言い聞かせるように話しながら、湯気の立つメドの残り湯に入っていく。
脱衣所に誰の脱いだ服もなかったのだから、メドがいない事はそれだけで明らかなのだが、それを突っ込む人物が誰もいなかった。
――
ちゃぽんっ。
「♪♪」
小さくて短い脚を、ゆっくりと湯舟に沈めていく。
んだけど、
ズルッ
「あっ!」
ボチャンッ!
「あっ熱い~っ! そして深っ! ガボガボッ――――」
後ろ脚を滑らせて湯船にダイブする。
普段の私は、こんなおっちょこちょいじゃない。
きっと、幼女に変わった影響があるんだろう。そう信じたい。
「あっ熱い! 熱すぎて死んじゃう~っ! ぶくぶくっ――――」
熱い、限りなく熱い。
もしかして、メドみたいなドラゴンには適温だったのだろうか?
でも私は普通の人間…… じゃないけど、熱いものは熱い。
いくら頑丈な体でも痛覚は一般人なのだから。
「ぶっ『ふりーずッ!』、ガボボッ!」
溺れながら、メルウちゃんから渡された魔法書の呪文を唱える。
パキッ
パキッ
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキッッッ!!
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキッッッ!!
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキッッッ!!
『えええええ――――っ!!』
それは氷の呪文だった。
熱湯を冷まそうと必死に唱えた呪文は私の溺れている熱湯のみならず、この大浴場の全体を凍らせていた。
因みに私も氷漬けになっている。
『さ、寒いっ! 冷たいっ! 今度は凍え死んじゃうっ!!』
な、なら今度はっ!
「『ふぁいあ』て、それはダメだっ!」
氷を解かす為、火の呪文を口にするがそれは途中で止める。
だって絶対に、
『炎上するもんっ! 屋敷ごと焼き払うもんっ!!』
そう確実に結果はそうなる。
だから私は、
「ふんっ!」
バキバキバキッ!!
全身に力を入れて、体の周りの氷を砕く。
「よっとっ!!」
氷の淵に手をついて、ヒョイと体を持ち上げて脱出する。
「ヤ、ヤバい、お風呂場が――――」
氷の上に立って、その惨状を目の当たりにして絶句する。
浴槽のお湯だけならまだしも、洗い場も壁も天井も、
そして大浴場一面の全てが凍り付いている。
「あわわ、って思ったけど、壊したわけじゃないからいいかっ! 溶ければOKだもんねっ! それよりも―――― はっくしょんっ!」
大きなくしゃみが出てしまう。
そりゃそうだろう。
幼女が素っ裸で氷の上にいるんだから、誰だってくしゃみが出る。
幼女の部分は関係ないけど。
「さ、寒いっ! 火を出して温ま…… あ、火はダメだったっ! ってか、あの初心者向けの魔法書って意味あったのっ! 全然直らないんだけどっ! 相変わらずの大惨事なんだけどっ! あ、なら服を着ればいいんだっ!」
そう、あの女神特製の服ならば、寒暖差を防いでくれる。
「え~と『ほば―』」
足元を浮かせる魔法を唱える。
これなら滑って、また何かをやらかす心配がない。
そうして浴槽を降りて、後ろを振り返る。
「ううう~、メドが入ったお風呂のお湯が凍っちゃった……」
辺り一面が氷の世界に変貌してしまった。
これじゃお風呂じゃなくて、冷蔵庫だよ。
「あっ! 氷の欠片見つけた……」
目の端に拳大の塊を見付けてそれを手に取る。
「ちょっと冷たいけど、これがメドの入っていた……」
キョロキョロ
ヒョイッ
バクッ!
迷わずにそれを口に含む。
もの凄く冷たくて、ちょっと大きかったけど。
だってそれはメドの成分が溶け込んだものだったから。
「って、ただの氷だっ! 味しないしっ!」
でも、これにメドの成分が入っているかと思うと……
「ん、私はメドと――――」
『一つになれた気がする』
そうきっとお互いにわかりあえる存在に。
二人はかけがえのない存在だと、そう感じる事が出来る。
あくまでも一方通行だけど。
「んん~♪」
全裸で寒いのも忘れて、その至高の氷をゆっくりと舌で転がす。
こんな氷を今後食べられる可能性が低いから、ねっとりと味わう。
「う~ん、デリシャスっ!」
なんて、そんな至高な氷を味わっていると、
ガラガラガラ――
「ん?」
誰か入ってきたみたい。
「…………ご主人様。何してるの?」
「え"っ!?」
そこにはさっきいなくなったメドが扉を開けて私を見ていた。
その目はいつものジト目どころか、更に瞼が下がっている。
半目を通り越して薄目だった。 ちょっと怖い。
「な、なんで、メドがここに?」
「ん、ご飯持ってきた。でもここに置いておく……」
「えっ?」
ガラガラガラッ ピシャンッ!
「あっ」
そう言って凍ったままの床に、暖かそうな串焼きと柔らかそうなパンを置いて、さっさとお風呂場を出て行ってしまった。
最後に振り向いて私を見たメドは、まるで虫けらを見るような蔑んだ目だった気がするけど。
もしかして私の為に買ってきてくれたんだろうか?
裏口から出てこっそりと。さっきまで怒ってたはずなのに。
「メ、メドぉ~~っ!」
そんな優しいメドの姿を追うが、
トテテ――
ツルッ
ゴチンッ!
「あ、痛たぁっ!」
盛大に滑って転んでしまう。
ホバーを使うのを忘れていた。
「メ、メドぉぉぉ~~っ!!」
素っ裸で氷の上に倒れながらメドの名前を呼ぶ。
が、もうそこにはメドがいない。
諦めて「スク」と立ち上がる。
また探しに行こうと。
そしてきちんと謝ろうと。
「あれ、そう言えば、お風呂場に入る前の取り決めは?」
1.絶対に匂いをかまない。
2.絶対に口に含まない。
3.絶対に全身に塗りたくらない。
今思い出すと見事にその取り決めは破っていた。
意識的なのか、無意識なのかはわからない。
湯気を思いっ切り吸いこんだり、メドの残り湯の氷を口に含んで味わったり、メド成分が溶けた熱湯と氷を全身で浴びたりしていた。
きっとそれは本能がなせる業だろう。
百合好きの変態の。
「だから、きっとバチが当たったんだ……」
そう勝手に決めてメドの後を追う為に、いそいそと服を着るのだった。
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