【R18】さよならシルバー

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051 8月7日 秘密の場所 1/2

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 私が通っている総合病院から少し離れた場所に陸上競技場はある。陸上競技場の周りは広場になっていて、時々フリマや地元野菜を販売するといったイベントがよく開かれていた。そして広場を挟んだ隣に目的の緑の多い公園がある。

「今日はフリーマーケットしているんだ。お昼だけど結構人が多いね。あっ屋台みたいなのが出ているからかな」
 広場の入り口には立て看板ががあり、フリーマーケットが開催されている事が分かった。
「ほんまやねぇ。あっ、かき氷! ジェラートも。美味しそうやなぁ~」
 七緖くんと私は広場の方を見て沢山の人がいるのを見つめた。フリーマーケットはそっちのけでスイーツの屋台に興味があるのは七緖くんらしいかも。

 私はその七緖くんの雰囲気に和んだ。

 沢山の人が行き交っている中、七緖くんは前髪を上げたままだったのでチラチラと見つめられているのが分かった。特に女性からの視線は多い。七緖くんが前髪を上げると琥珀色の瞳が見える。そして鷲鼻に白く透ける様な肌。整っている顔が晒され皆の注目の的になる。

(うん。格好いいよねぇ……背も高いしさ。ノルウェー出身というお祖父さんの血がもろに出ているって思うし)

 でも当の本人は相変わらず猫背で、ポケットに手を突っ込んだまま歩く。ちょっと残念な男前といった感じだ。


 目的の公園は広くて森林があり、人工的に作られた池もある。池は小さな船に乗る事も出来るし、春になれば池周辺に桜が咲いて見応えがある。池の周辺はジョギングをしている人や散歩を楽しむ人、デートを楽しむ人と様々で、老若男女が集まる場所だ。

 私と七緖くんはバス停から歩いて陸上競技場側の広場を横切ろうとした。陸上競技場は色々思い出のある場所だ。私の今までの全てが詰まっていると言っても過言ではない。でもそれもなくなってしまった。

 だからその側にある公園に行こうと言った私に、七緖くんは驚いたのかもしれない。

「巽さん、遠回りやけど大通りから行った方が良いんちゃう?」
 このルートだと完全に陸上競技場を見ながら横切るので、嫌でも目に入る事になる。だから七緖くんは足を止めて大通りの方を指さした。

「ううん大丈夫だよ。こっちが近いしね」
 私は首を振って、自ら陸上競技場をなぞって歩くルートを選択した。

「……大丈夫なら、ええけど」
 七緖くんはぽつりとそう言うと、私の後ろをついて来てくれる。

 私は引っかかっていた事があった。あの、最後の陸上大会で怜央にかけた電話の事だ。

(気持ちの整理か……つかないなら自分でつけないといけないよね)

 公園に行くつもりで来たけれども、陸上競技場のとある場所に行きたくなった。七緖くんが側にいてくれると思うと、元気が出ると言うか勇気が出るからだろう。

「ねぇ、せっかくだから少し寄っていきたい場所があるの」
 私は七緖くんを陸上競技場の一番端にある──秘密の場所に誘った。



 ◇◆◇
 陸上競技場はかなり古い建物で、妙な建て増しや補強をしたせいで複雑な造りになっていた。だから妙な空間が出来てしまって、人が寄りつかない場所があった。

 建物の奥。一番端なのだが二階建ての観戦席の真下にも関わらず、一階は打ちっぱなしのコンクリートでトンネルの様になっている場所がある。

 グラウンドに向いて席が設置されている二階と違い、端っこなのもあってここからグラウンド……トラックを見るには遠すぎるので人が寄りつかない。グラウンドの端と広場が吹き抜けとなっている。もちろんグラウンドへは入れない様に高い柵がしてある。

 フリーマーケットで賑わっている広場を背にして、私達二人はそのトンネルの中に入った。トンネル内は少しひんやりして涼しい。風も通り抜ける事が出来て日陰に入りホッと一息ついた。

 私はついて来てくれた七緖くんに振り向き、肩にかけた鞄をかけ直した。制服のプリーツスカートが風で揺れた。

「ここね、私の秘密の場所。ジメジメしているけれども、一人になれる場所で落ち着くし。この場所で競技が終わった後、一人で過ごしていたの」
 トンネルの様になっているので、少し声が響く。

「……」
 七緖くんは私の後ろで無言のまま足を止め耳を傾けていた。私は天井を見上げながらコンクリートの間から水が染み出た後を見つめる。

「七緖くんも知っている通り、私は万年二位でね。毎回二位でもさ……負けた後それなりに心を切り替える必要があってね」

 監督とコーチとの反省会の後、インタビューに答えた後。何とか歯を食いしばって無表情で対応した後に一人になれる場所はないかと探してたどり着いた。天井のシミを見つめた後、冷たいコンクリートに背中つけてずるずるとその場に体育座りをする。

「悔しすぎて人前で泣く事が出来なくてね。歯を食いしばって、この場所でこうやって膝に顔をつけて……」
 声が響くのは分かっているでも涙が止まらなくて呻き声を上げて泣いた日々。悔しさで泣くと汚い泣き方になる。人の呻き声は結構怖い。だって自分の呻き声ですら怖くて気持ち悪いと感じるのに。

「うん……」
 七緖くんは小さく頷いて私の話を聞いていた。

「特に最後の大会なんて、膝は壊れるしやっぱり二位だし。もう泣きわめいちゃってさ。丁度大泣きしている時に雨がザーザー降ってきてくれたから良かったけど。もう、かっこ悪いったら」

 あの時は泣く前に、どうしても辛くて怜央に電話をかけた。声を聞きたかった。怜央が打ち上げなのは知っていたから、水を差したくなかったけれども。一人でいつも乗り切るのに膝が故障した事は予想以上に堪えたのだ。

 でも、五コール目に電話に出たのは──萌々香ちゃんだった。

(そうよね。萌々香ちゃんの洋食屋さんで怜央のバレーボール部の打ち上げをしているけど、怜央の電話なのに萌々香ちゃんが出る必要はないはずなのにね)

 怜央がどんなタイミングでスマホを自分の身から離したのかは分からない。でも、萌々香ちゃんは怜央のスマホだと知っていて、更に私からの電話だと分かって手に取ったのだ。

 薄々感じていたが、萌々香ちゃんは私の事が好きではないのだ。

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