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034 7月31日 瞳を隠す理由
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「そんな事って」
私はぽつりと呟いた。すると七緖くんは優しく笑ってくれた。
「一人は慣れとるから気にならんけど。ほやけど結構堪えたわ」
「……」
私はじっと七緖くんの顔を見つめる。
(一人が慣れているのはそうかもしれない。でも、親友だと思っていた人が離れるのは辛いはずだ)
七緖くんはコーヒーのカップを持ち上げて一口含む。それからゆっくりとカップをテーブルに戻す。
「ほん時からかな。髪の毛で目を隠す様になったんは。この身長と変な関西弁。ほれに低い声で話せば表情は読めんし、大抵の同級生は気味悪がる。見た目で判断したがる人には最適や。まぁ……この歳になるとほんなに気にせんでもええんやけど」
「そうだったんだ」
何故、瞳を隠すのか理解出来て私は溜め息をついた。
「ほう言う生活とか人との接し方をしていると、僕……気がついたら友達とつき合うんに距離をつける癖が出来て。ほやから……ほの、えっと、巽さんみたいに友達と喧嘩とか意見が違うなとか、とにかく気まずくなっても『あーこれはアカン。嫌われるし面倒くさいからもうちょっと距離とっとこ』ぐらいにしか感じん様になって」
「うん」
(さっき七緖くんに『今日は帰り』と突き放したのがそうなのかな。あ、それって午前中に紗理奈が話していた事と似ているかも)
それに比べて私の距離感のなさと言うか近さに呆れるとか。でも褒めているのだとも言っていた。
(もしかして紗理奈や七緖くんが出来ない事が私に出来てるって事かな。でも距離が近いと嫌がられるはずだ。それは私は相手によってそんなに態度が変わらないから? 側にいても良いのかな)
「もしかして私、距離感ない?」
相づちから一転、呟いた言葉に七緖くんが振り向いた。
長い前髪で瞳が見えないけれども、苦笑いをしながら口の端を上げる。
「うん。ほやね距離が近くてびっくりしたわ。雑誌とかでは『シルバーメダルコレクター、無表情・無冠の女王』って、嬉しくないやろうけどあだ名つけられてるのに。巽さんって大層なクールなのかと思うたら。バスではこけるし、塾に現れるし。ほんで泣き出すし、穴の話になるし……」
「塾は偶然でしょ? ま、まぁ。確かにそうだけど」
七緖くんの表情は長い前髪で分からないが、私の事を変な女子だと思っていたのだろう。
私が小さく肩を落とすと、七緖くんが私の頭の上で優しく笑っていた。
「僕、距離が近い事は確かに苦手やけど、何や巽さんって気がついたらスルスルと側におるって言うか」
「うっ……図々しくてごめん」
「ううん。ええんよ、ほれで。だって巽さんは態度を変えたりせんし。きっと同じ場所で育ってきたから人との付き合い方が僕とは根本的に違うんやろね。ほやからさっき『髪の毛を垂らしてずっと視線を合わせてくれなくなるのが辛いし嫌だ』って言ってくれて、先に謝ってくれて。僕はめっちゃ嬉しかったし、ほんまに助かった」
「助かった?」
私が七緖くんの顔を覗き込む。髪の毛の間から琥珀色の瞳が見える。優しく弧を描いたのが見えた。
「僕、距離を取って諦めてばかりやったから。謝るのなかなか出来んの。ほやけど巽さんは出来るんやね。僕も見習わないとあかんなぁ。ほやって僕も巽さんと一緒におりたいし」
そう言って長い首を傾げて笑ってくれた。
二重の瞳が細くなってにっこりと笑ったのが髪の毛の奥に見えて、私は不覚にも泣きそうになった。
だって『一緒におりたい』って、とても嬉しい。
(嬉しいって? まさかね)
その答えを私は少し濁した。もう少しだけ曖昧な感じでいたい。その距離で過ごしていたい。
「うん、私も」
私も微笑んで返した。
(私も一緒にいたいと思う)
どうやって一緒にいたいかなんてそんなのどうでも良い。ただ、こんな風に知らない事や自分の事を相談しながら意見を言えるのがとても心地良いと思った。
私はバッグの中から猫の顔がついた小さなバンスクリップを取り出した。銀色と金色の猫で一つずつ持っている。お出かけ用には金色を持っていた。
「はい。私は銀色の猫を持っているの。だから金色の猫を七緖くんにあげるね」
「ほれは何なん?」
「これはね、こうやって前髪を上げて留めるクリップなの」
私は自分の前髪を上げてクリップで留めてみせる。それから、七緖くんの前髪を触ろうと手を伸ばした。
女の子の友達に、紗理奈に触れるのと同じ様にしようとして思わず手を引っ込める。
「あの。触ってもいい?」
「……うん。ええよ」
少しだけ間があって七緖くんが笑った。頭だけを私に向ける。
私はゆっくりと七緖くんの前髪に触れる。
「柔らかい……」
とても細くてウエーブのかかった髪の毛。柔らかくてしっとりとしている。七緖くんはされるがままだ。どうやら瞳を閉じている様だ。
(すっごい。こんなに柔らかいなんて。よく輪ゴムなんかで縛っていたなぁ。もったいない)
ゆっくりと前髪を優しく上げてねじる様にしてクリップで留める。金色の猫が金色の髪の毛の中に埋もれた。
「うん! 出来た」
私の声に七緖くんはゆっくりと長いまつげを持ち上げて瞳を開く。くっきりとした二重に琥珀色の瞳。黄色と金色の瞳が私を捕らえる。鷲鼻で彫りの深い顔。確かに素敵で魅力的な男の子だ。でもね、七緖くんの本当の魅力は顔ではない。
「似合うてる? 変やない? 禿げてるとこない?」
何故か心配そうに揺れる顔。見える訳でもないのに自分の頭上を必死に見ようとしていた。
「禿げてる? そんなところはないよ。凄く似合ってる」
「ほんまに? よかったぁ。さっき輪ゴムを引っ張ったらブチブチっと髪の毛切れてん。ほな今度から巽さんとおる時はコレを使う事にする」
そう言って笑った七緖くんの顔が思ったより近くにあって、ドキッとした。
「あっ」
「うっ」
私と七緖くんはその距離に思わず息をのむ。
それから恥ずかしくなって少し頬を染めてゆっくりと二人距離を取った。
「ま、まぁ一階に博もおるし……うん」
「そ、そうだね。気をつけろって注意されたばかりだし」
何だか甘酸っぱい。二人、横目で観察してその雰囲気に吹き出してしまった。
「もー何か色んなことあり過ぎや。疲れたわ」
「ほんとほんと。あーあ、何か疲れた。やっぱりチョコケーキ一口貰えば良かった」
「アカン! もう僕のお腹の中やし。返品は出来んよ」
「分かってるってば」
それは返品されても困ると、私達は笑い合った。
優しい時間が過ぎて、気がつけば夕方になっていた。
今日の勉強はお休みになってしまったけれど、全てを理解しているのか博さんも微笑むだけで何も言わなかった。
私はぽつりと呟いた。すると七緖くんは優しく笑ってくれた。
「一人は慣れとるから気にならんけど。ほやけど結構堪えたわ」
「……」
私はじっと七緖くんの顔を見つめる。
(一人が慣れているのはそうかもしれない。でも、親友だと思っていた人が離れるのは辛いはずだ)
七緖くんはコーヒーのカップを持ち上げて一口含む。それからゆっくりとカップをテーブルに戻す。
「ほん時からかな。髪の毛で目を隠す様になったんは。この身長と変な関西弁。ほれに低い声で話せば表情は読めんし、大抵の同級生は気味悪がる。見た目で判断したがる人には最適や。まぁ……この歳になるとほんなに気にせんでもええんやけど」
「そうだったんだ」
何故、瞳を隠すのか理解出来て私は溜め息をついた。
「ほう言う生活とか人との接し方をしていると、僕……気がついたら友達とつき合うんに距離をつける癖が出来て。ほやから……ほの、えっと、巽さんみたいに友達と喧嘩とか意見が違うなとか、とにかく気まずくなっても『あーこれはアカン。嫌われるし面倒くさいからもうちょっと距離とっとこ』ぐらいにしか感じん様になって」
「うん」
(さっき七緖くんに『今日は帰り』と突き放したのがそうなのかな。あ、それって午前中に紗理奈が話していた事と似ているかも)
それに比べて私の距離感のなさと言うか近さに呆れるとか。でも褒めているのだとも言っていた。
(もしかして紗理奈や七緖くんが出来ない事が私に出来てるって事かな。でも距離が近いと嫌がられるはずだ。それは私は相手によってそんなに態度が変わらないから? 側にいても良いのかな)
「もしかして私、距離感ない?」
相づちから一転、呟いた言葉に七緖くんが振り向いた。
長い前髪で瞳が見えないけれども、苦笑いをしながら口の端を上げる。
「うん。ほやね距離が近くてびっくりしたわ。雑誌とかでは『シルバーメダルコレクター、無表情・無冠の女王』って、嬉しくないやろうけどあだ名つけられてるのに。巽さんって大層なクールなのかと思うたら。バスではこけるし、塾に現れるし。ほんで泣き出すし、穴の話になるし……」
「塾は偶然でしょ? ま、まぁ。確かにそうだけど」
七緖くんの表情は長い前髪で分からないが、私の事を変な女子だと思っていたのだろう。
私が小さく肩を落とすと、七緖くんが私の頭の上で優しく笑っていた。
「僕、距離が近い事は確かに苦手やけど、何や巽さんって気がついたらスルスルと側におるって言うか」
「うっ……図々しくてごめん」
「ううん。ええんよ、ほれで。だって巽さんは態度を変えたりせんし。きっと同じ場所で育ってきたから人との付き合い方が僕とは根本的に違うんやろね。ほやからさっき『髪の毛を垂らしてずっと視線を合わせてくれなくなるのが辛いし嫌だ』って言ってくれて、先に謝ってくれて。僕はめっちゃ嬉しかったし、ほんまに助かった」
「助かった?」
私が七緖くんの顔を覗き込む。髪の毛の間から琥珀色の瞳が見える。優しく弧を描いたのが見えた。
「僕、距離を取って諦めてばかりやったから。謝るのなかなか出来んの。ほやけど巽さんは出来るんやね。僕も見習わないとあかんなぁ。ほやって僕も巽さんと一緒におりたいし」
そう言って長い首を傾げて笑ってくれた。
二重の瞳が細くなってにっこりと笑ったのが髪の毛の奥に見えて、私は不覚にも泣きそうになった。
だって『一緒におりたい』って、とても嬉しい。
(嬉しいって? まさかね)
その答えを私は少し濁した。もう少しだけ曖昧な感じでいたい。その距離で過ごしていたい。
「うん、私も」
私も微笑んで返した。
(私も一緒にいたいと思う)
どうやって一緒にいたいかなんてそんなのどうでも良い。ただ、こんな風に知らない事や自分の事を相談しながら意見を言えるのがとても心地良いと思った。
私はバッグの中から猫の顔がついた小さなバンスクリップを取り出した。銀色と金色の猫で一つずつ持っている。お出かけ用には金色を持っていた。
「はい。私は銀色の猫を持っているの。だから金色の猫を七緖くんにあげるね」
「ほれは何なん?」
「これはね、こうやって前髪を上げて留めるクリップなの」
私は自分の前髪を上げてクリップで留めてみせる。それから、七緖くんの前髪を触ろうと手を伸ばした。
女の子の友達に、紗理奈に触れるのと同じ様にしようとして思わず手を引っ込める。
「あの。触ってもいい?」
「……うん。ええよ」
少しだけ間があって七緖くんが笑った。頭だけを私に向ける。
私はゆっくりと七緖くんの前髪に触れる。
「柔らかい……」
とても細くてウエーブのかかった髪の毛。柔らかくてしっとりとしている。七緖くんはされるがままだ。どうやら瞳を閉じている様だ。
(すっごい。こんなに柔らかいなんて。よく輪ゴムなんかで縛っていたなぁ。もったいない)
ゆっくりと前髪を優しく上げてねじる様にしてクリップで留める。金色の猫が金色の髪の毛の中に埋もれた。
「うん! 出来た」
私の声に七緖くんはゆっくりと長いまつげを持ち上げて瞳を開く。くっきりとした二重に琥珀色の瞳。黄色と金色の瞳が私を捕らえる。鷲鼻で彫りの深い顔。確かに素敵で魅力的な男の子だ。でもね、七緖くんの本当の魅力は顔ではない。
「似合うてる? 変やない? 禿げてるとこない?」
何故か心配そうに揺れる顔。見える訳でもないのに自分の頭上を必死に見ようとしていた。
「禿げてる? そんなところはないよ。凄く似合ってる」
「ほんまに? よかったぁ。さっき輪ゴムを引っ張ったらブチブチっと髪の毛切れてん。ほな今度から巽さんとおる時はコレを使う事にする」
そう言って笑った七緖くんの顔が思ったより近くにあって、ドキッとした。
「あっ」
「うっ」
私と七緖くんはその距離に思わず息をのむ。
それから恥ずかしくなって少し頬を染めてゆっくりと二人距離を取った。
「ま、まぁ一階に博もおるし……うん」
「そ、そうだね。気をつけろって注意されたばかりだし」
何だか甘酸っぱい。二人、横目で観察してその雰囲気に吹き出してしまった。
「もー何か色んなことあり過ぎや。疲れたわ」
「ほんとほんと。あーあ、何か疲れた。やっぱりチョコケーキ一口貰えば良かった」
「アカン! もう僕のお腹の中やし。返品は出来んよ」
「分かってるってば」
それは返品されても困ると、私達は笑い合った。
優しい時間が過ぎて、気がつけば夕方になっていた。
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