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<回想> 5月29日 嘘つき
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そこへ怜央がシャワーを浴びて髪の毛をタオルで拭きながら入ってきた。
グレーのスエットに黒のTシャツ姿だった。Tシャツの裾がめくり上がり、怜央の割れた腹筋が見えてドキリとしてしまう。私は視線を外して何もなかった様にストレッチを再開する。
しかし怜央の視線を感じる。じっとショートパンツを穿いた腰の辺り、そして足、私の背中を見つめているのが分かる。
(まずい。別に怜央の方に向いて大股を開いている訳ではないけれども。ショートパンツだったし)
何故、私は着替えにショートパンツを選んでいたのだろう。少し後悔した。
しかし、怜央はそんな視線で見ていた訳ではない様だった。
「げぇ。よくそれだけ身体が前屈でつくよなぁ」
私のストレッチ風景を見ながらげんなりした声を上げた。
(何だ。身体の柔軟さの話か)
私はふぅと溜め息をついて身体をねじって振り向いた。
「怜央は身体が硬いの?」
「バレーボール部では柔らかい方だけれど、そこまでベタベタにつかねぇよ。ほれ」
そう言いながらペットボトルを私に投げてくれた。私はキャッチしながら「ありがと」と声を上げる。そのまま怜央は歩いて自分のベッドに腰をかけた。
「雷が鳴っていたな。落ちるんじゃねぇの?」
そう言いながらベッドサイドに置いてあったテレビのリモコンを手にすると、部屋にあるテレビをつけた。ニュース番組では豪雨についての実況中継の真っ最中だった。
「え~? ホントに? 嫌だなぁ」
私は落ち着かなくなってペットボトルの水を飲み、立ち上がる。そしてゆっくりと怜央の部屋の窓に歩いていきカーテンの隙間から外を覗いた。
外の様子が分からない程、雨が窓に叩きつけられる音が聞こえる。そして遠くの空で稲妻が光っているのが見えた。
「あっ、ホントだ雷──」
そう私が呟いた途端「ドン!」と大きな音を立てて雷が落ちた。
同時に部屋の電気がプチンと音を立てクーラーやテレビ、灯りといった電気が全て落ちてしまった。
「……あ」
私は隙間を空けたカーテンを閉めて、肩を上げる。
(真っ暗になってしまった)
その場から動けず立ちすくむ。
「あーやっぱり落ちたか」
暗い中怜央の声がベッドの方向から聞こえた。どうやら雷が落ちて停電が起こった様だ。
(やだな。怜央と二人きりなのに何かこんな真っ暗になられたら。なんか、その)
色々状況が整いすぎの様な気がして、私はぎゅっとカーテンを握りしめる。
黙り込んでしまった私の背中に怜央が声をかける。
「……怖いか?」
少し間を置いて尋ねる。低くて少し掠れた声だった。
(怖いって。何の事を聞いているのだろう。この暗闇の事なのか。私は幼い頃から別に雷とか停電とか怖がる方ではないし。それを怜央は知っているはずだ。だから怖いと尋ねているとしたらそれは、きっと)
「怖くはない、と思う」
私はカーテンを握りしめていた手を緩めて肩の力を抜いた。私が答えてから怜央が息を吐くと、ゆっくりとベッドをきしませて立ち上がる音が聞こえた。
一歩一歩、怜央の部屋のじゅうたんを歩いて、窓際の私に近づく気配がする。
「明日香」
気がつくと怜央は私の真後ろに立っていて、私の身体を後ろから両手でゆっくりと抱きしめた。
「!」
まさか包み込む様に抱きしめられると思っていなかったから、私は身を固くする。
ボディーソープの香りがする中、怜央の熱い息が私の首筋にかかった。怜央の高い鼻が触れて唇が私の首の後ろ辺りに当たった。
(温かい)
そんな事をぼんやり考えていると、怜央が私の身体をゆっくりと回転させて、向かい合う様にする。
部屋の中は真っ暗だけれども目がだんだん慣れてきた。見上げると怜央の顔が見えた。
ギラギラと光る一重の目。黒々とした瞳が私を捕らえて放さない。
「明日香……」
もう一度私の名前を呟くと、ゆっくりと顔を傾けてきた。
「怜、央」
怜央の名前を呼んだ時には、怜央の唇が私の唇を塞いでいた。
(優しいキス)
唇だけを柔らかく吸い上げると、一度離れて何度もついばんでいく。
怜央は最近キスが深くなる時がある。怜央の肉厚な舌がぬるりと入り込み、私の舌と絡まって唾液を吸い上げて離れていく。
学校の屋上とか人がいない場所で突然キスされる時は驚いてしまい目が丸くなる。
そういう時は大抵、頬に手を添えて腰に手を回され逃げない様に捕らえられる。私が「びっくりした」と抗議をすると、怜央はいたずらが成功した様な顔をして笑っていた。
だけれど今は違う。優しくて私の頬を大きな手で撫でる。かさついた手だけれど温かくて心地が良い。思わずうっとりしてしまう。更に片方の手は私の背中を上から下へと何度も撫でる。手のひらが背中をこするととても気持ちが良い。
何となく流されてうっとりした頃、急に大きな口を開けて私の口内を貪り始める。
「んっ……」
思わず声を上げて首を振ると、怜央の唇が離れていった。真っ暗な中怜央が私の顔をのぞき込む。漆黒の瞳が見える。
突然、カーテンが薄く透けるほど雷が外で光る。一拍遅れて大きな切り裂く様な音が聞こえた。
雨音だけに戻った時、怜央がぽつりと呟いた。
「……好きだ」
掠れた喉から絞り出す様な小さな声。すぐに雨でかき消されそうなほど小さな声。でも耳元で囁かれると腰が砕けそうな程だ。
(な、に、これ。この声)
聞いた事のない艶っぽい声に私は思わず怜央にすがりついてしまう。すると怜央が小さく笑ったのが聞こえた。
温かい怜央の体温。大きな手、優しく撫でる手は何処を彷徨って良いのか最初から知っている様だった。
(これってもしかして)
皆が言っていた話より、ずっとスムーズな事に驚きを覚える。
(皆、突然だったとか、急に始まって、あっという間に終わってとか……まるで嵐だった、とか。そんな話を聞いていたのに)
そのまま怜央に手を引かれて私はベッドの方まで歩いていく。怜央が私をゆっくりとベッドに倒すと私の上にまたがってきた。
(何だかゆっくりとしてズムーズな動き。まるで練習してきたみたい)
そこで萌々香ちゃんの顔が浮かぶ。あの日、手を振って別れた笑っている萌々香ちゃん。
(そうだよね。経験済みの怜央には何て事ないよね)
私は心が黒に近い灰色になっていく。
怜央は私の頬を撫でて、おでこをつけて、もう一度呟いた。
「明日香が好きだ」
こんな時だけ、好きって言うのね。狡いよ怜央。
私は怜央の頬を包み込みながら、聞きたかった事を一つだけ尋ねた。
「あのね、怜央」
「ん?」
怜央は私の動いた唇の横に小さくキスをした。
「怜央は……誰かとシタ事ある?」
(萌々香ちゃんとしたんだよね?)
怜央の動きが少し止まった。真っ暗な部屋の中、エアコンが止まっているせいで気温が上がる。そして、私の声だけが響いた。
怜央がゆっくりと私のシャツの下に手を入れる。それから唇を耳元につけて私にだけ聞こえる小さな声で呟いた。
「明日香と付き合うのが初めてだから」
吐息と似た声。そのまま耳朶を口に含む。
(返事になっていないよ怜央)
その迷わない、よどみない行動がすでに嘘を物語っていると思う。
「つ、付き合わなくてもあるかもでしょ」
(萌々香ちゃんは付き合っていないから? カウントに入らないの?)
私の方が何故か動揺してしまう。心臓が大きな音を立て始める。この先の答えを聞くのが怖い。
怜央は一度シャツの下に入れた手を外すと、両手で私の背中に手を回した。優しく抱きしめてくれた。私の大きな身体も怜央の前ではすっぽりと収まる。心地が良い事を初めて知った。
だけれど。
「……ないよ。誰とも」
(嘘つき)
怜央の言葉に私は一粒涙がこぼれて、震える手で怜央の身体を押し返した。
グレーのスエットに黒のTシャツ姿だった。Tシャツの裾がめくり上がり、怜央の割れた腹筋が見えてドキリとしてしまう。私は視線を外して何もなかった様にストレッチを再開する。
しかし怜央の視線を感じる。じっとショートパンツを穿いた腰の辺り、そして足、私の背中を見つめているのが分かる。
(まずい。別に怜央の方に向いて大股を開いている訳ではないけれども。ショートパンツだったし)
何故、私は着替えにショートパンツを選んでいたのだろう。少し後悔した。
しかし、怜央はそんな視線で見ていた訳ではない様だった。
「げぇ。よくそれだけ身体が前屈でつくよなぁ」
私のストレッチ風景を見ながらげんなりした声を上げた。
(何だ。身体の柔軟さの話か)
私はふぅと溜め息をついて身体をねじって振り向いた。
「怜央は身体が硬いの?」
「バレーボール部では柔らかい方だけれど、そこまでベタベタにつかねぇよ。ほれ」
そう言いながらペットボトルを私に投げてくれた。私はキャッチしながら「ありがと」と声を上げる。そのまま怜央は歩いて自分のベッドに腰をかけた。
「雷が鳴っていたな。落ちるんじゃねぇの?」
そう言いながらベッドサイドに置いてあったテレビのリモコンを手にすると、部屋にあるテレビをつけた。ニュース番組では豪雨についての実況中継の真っ最中だった。
「え~? ホントに? 嫌だなぁ」
私は落ち着かなくなってペットボトルの水を飲み、立ち上がる。そしてゆっくりと怜央の部屋の窓に歩いていきカーテンの隙間から外を覗いた。
外の様子が分からない程、雨が窓に叩きつけられる音が聞こえる。そして遠くの空で稲妻が光っているのが見えた。
「あっ、ホントだ雷──」
そう私が呟いた途端「ドン!」と大きな音を立てて雷が落ちた。
同時に部屋の電気がプチンと音を立てクーラーやテレビ、灯りといった電気が全て落ちてしまった。
「……あ」
私は隙間を空けたカーテンを閉めて、肩を上げる。
(真っ暗になってしまった)
その場から動けず立ちすくむ。
「あーやっぱり落ちたか」
暗い中怜央の声がベッドの方向から聞こえた。どうやら雷が落ちて停電が起こった様だ。
(やだな。怜央と二人きりなのに何かこんな真っ暗になられたら。なんか、その)
色々状況が整いすぎの様な気がして、私はぎゅっとカーテンを握りしめる。
黙り込んでしまった私の背中に怜央が声をかける。
「……怖いか?」
少し間を置いて尋ねる。低くて少し掠れた声だった。
(怖いって。何の事を聞いているのだろう。この暗闇の事なのか。私は幼い頃から別に雷とか停電とか怖がる方ではないし。それを怜央は知っているはずだ。だから怖いと尋ねているとしたらそれは、きっと)
「怖くはない、と思う」
私はカーテンを握りしめていた手を緩めて肩の力を抜いた。私が答えてから怜央が息を吐くと、ゆっくりとベッドをきしませて立ち上がる音が聞こえた。
一歩一歩、怜央の部屋のじゅうたんを歩いて、窓際の私に近づく気配がする。
「明日香」
気がつくと怜央は私の真後ろに立っていて、私の身体を後ろから両手でゆっくりと抱きしめた。
「!」
まさか包み込む様に抱きしめられると思っていなかったから、私は身を固くする。
ボディーソープの香りがする中、怜央の熱い息が私の首筋にかかった。怜央の高い鼻が触れて唇が私の首の後ろ辺りに当たった。
(温かい)
そんな事をぼんやり考えていると、怜央が私の身体をゆっくりと回転させて、向かい合う様にする。
部屋の中は真っ暗だけれども目がだんだん慣れてきた。見上げると怜央の顔が見えた。
ギラギラと光る一重の目。黒々とした瞳が私を捕らえて放さない。
「明日香……」
もう一度私の名前を呟くと、ゆっくりと顔を傾けてきた。
「怜、央」
怜央の名前を呼んだ時には、怜央の唇が私の唇を塞いでいた。
(優しいキス)
唇だけを柔らかく吸い上げると、一度離れて何度もついばんでいく。
怜央は最近キスが深くなる時がある。怜央の肉厚な舌がぬるりと入り込み、私の舌と絡まって唾液を吸い上げて離れていく。
学校の屋上とか人がいない場所で突然キスされる時は驚いてしまい目が丸くなる。
そういう時は大抵、頬に手を添えて腰に手を回され逃げない様に捕らえられる。私が「びっくりした」と抗議をすると、怜央はいたずらが成功した様な顔をして笑っていた。
だけれど今は違う。優しくて私の頬を大きな手で撫でる。かさついた手だけれど温かくて心地が良い。思わずうっとりしてしまう。更に片方の手は私の背中を上から下へと何度も撫でる。手のひらが背中をこするととても気持ちが良い。
何となく流されてうっとりした頃、急に大きな口を開けて私の口内を貪り始める。
「んっ……」
思わず声を上げて首を振ると、怜央の唇が離れていった。真っ暗な中怜央が私の顔をのぞき込む。漆黒の瞳が見える。
突然、カーテンが薄く透けるほど雷が外で光る。一拍遅れて大きな切り裂く様な音が聞こえた。
雨音だけに戻った時、怜央がぽつりと呟いた。
「……好きだ」
掠れた喉から絞り出す様な小さな声。すぐに雨でかき消されそうなほど小さな声。でも耳元で囁かれると腰が砕けそうな程だ。
(な、に、これ。この声)
聞いた事のない艶っぽい声に私は思わず怜央にすがりついてしまう。すると怜央が小さく笑ったのが聞こえた。
温かい怜央の体温。大きな手、優しく撫でる手は何処を彷徨って良いのか最初から知っている様だった。
(これってもしかして)
皆が言っていた話より、ずっとスムーズな事に驚きを覚える。
(皆、突然だったとか、急に始まって、あっという間に終わってとか……まるで嵐だった、とか。そんな話を聞いていたのに)
そのまま怜央に手を引かれて私はベッドの方まで歩いていく。怜央が私をゆっくりとベッドに倒すと私の上にまたがってきた。
(何だかゆっくりとしてズムーズな動き。まるで練習してきたみたい)
そこで萌々香ちゃんの顔が浮かぶ。あの日、手を振って別れた笑っている萌々香ちゃん。
(そうだよね。経験済みの怜央には何て事ないよね)
私は心が黒に近い灰色になっていく。
怜央は私の頬を撫でて、おでこをつけて、もう一度呟いた。
「明日香が好きだ」
こんな時だけ、好きって言うのね。狡いよ怜央。
私は怜央の頬を包み込みながら、聞きたかった事を一つだけ尋ねた。
「あのね、怜央」
「ん?」
怜央は私の動いた唇の横に小さくキスをした。
「怜央は……誰かとシタ事ある?」
(萌々香ちゃんとしたんだよね?)
怜央の動きが少し止まった。真っ暗な部屋の中、エアコンが止まっているせいで気温が上がる。そして、私の声だけが響いた。
怜央がゆっくりと私のシャツの下に手を入れる。それから唇を耳元につけて私にだけ聞こえる小さな声で呟いた。
「明日香と付き合うのが初めてだから」
吐息と似た声。そのまま耳朶を口に含む。
(返事になっていないよ怜央)
その迷わない、よどみない行動がすでに嘘を物語っていると思う。
「つ、付き合わなくてもあるかもでしょ」
(萌々香ちゃんは付き合っていないから? カウントに入らないの?)
私の方が何故か動揺してしまう。心臓が大きな音を立て始める。この先の答えを聞くのが怖い。
怜央は一度シャツの下に入れた手を外すと、両手で私の背中に手を回した。優しく抱きしめてくれた。私の大きな身体も怜央の前ではすっぽりと収まる。心地が良い事を初めて知った。
だけれど。
「……ないよ。誰とも」
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