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<回想> 7月11日 別れたい、別れたくない
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「え? 今何って言った?」
私が発した言葉を理解できなかったのか、怜央は聞き返してきた。
怜央はお昼から部活に参加する為の準備をしていた。大きなスポーツバッグに着替えやタオルを詰めていた手を止めてドアのそばに立つ私を振り返る。
私は怜央の顔をまっすぐ見つめてもう一度一を吸い込みはっきりと伝えた。
「別れたいの」
二階にある怜央の部屋に入るのは久しぶりだった。
前に来たのは梅雨時だ。その時驚くほど深いキスをしたっけ。
別れたいと告げに来たのに、キスの事を思い出してしまった私は忘れる為に首を左右に振った。
二度目の私の言葉をはっきりと聞いた怜央は、切れ長の瞳をこれでもかと見開き、手にしていたテーピングを床に落とした。何事にも自信のある怜央はいつも余裕のある動きを見せるのに、珍しく動揺しているのが分かった。
テーピングを床に落とした音で我に返った怜央は、いつもの調子を取り戻す。ゆっくりと身体の向きを変え部屋の中央からドアの側に立っていた私をじっと見つめる。
「何で?」
「何でって……」
私は思わず口ごもる。
そこで怜央がチラリとベッドを見つめた。怜央の部屋着が布団の上に散らかっている。
「この間押し倒したのが嫌だったのか? あれは思わずでさ。俺が悪かったよ」
怜央がゆっくりと口を開いて瞳を細め、ばつが悪そうに呟いた。
私が必死に思い出す事をかき消したキスの続きをあっさりと怜央に口にされ頬を赤くした。
「ち、違う」
肩まで伸びた髪の毛を一つに縛るんじゃなかった。これでは顔が隠れない。
私の慌てふためく顔に溜め息をついた怜央は落としたテーピングを拾い上げてスポーツバッグに改めて詰めた。
「違うなら別れたい理由は何だよ」
「理由は……」
私はうつむいて自分の足を見つめた。
別れたい理由はある。だけれどそれ伝える勇気がない。だって別れを告げているこの瞬間もやはり怜央が好きだったと思うから。
怜央は部活に行く準備を終えスポーツバッグを自分の肩にかけると、ドアの側に立つ私の真正面まで歩いてきた。
私の身長も百六十七センチと女子の中では高いが、怜央の身長に比べたら何でもない。あっという間に影になる。
怜央は身体を倒して俯いたままの私の耳元で小さく囁いた。
「押し倒したのが理由ではなければ、もしかして足……膝の事が原因か?」
「……」
「膝の事に気がつかなかった俺が嫌になったか?」
「!」
私はうつむいたまま目を大きく見開いた。私の膝に黒いサポーターが巻かれている。先日痛めた膝はすぐには元に戻らない。
私は小さく溜め息をついて顔を上げる。上半身をかがめた怜央と視線が合った。私は怜央から視線を逸らす。そうしないと怜央の鋭い視線の前では、屈服してしまいそうだったから。
「膝の怪我は私のせい。怜央とは幼なじみの関係に戻りたいなって。だから別れて欲しい」
私は出来るだけ声が震えないように、苦しい胸の内を知られないように声を抑えて話した。
怜央はそんな私の様子を知ってか知らずか大きな溜め息をついて腰に手を当てて私を見下ろした。
「そんなの理由になるかよ。幼なじみに戻りたいなんて。原因は膝の事に気がつかなかった俺と押し倒したのが原因か。でもそれなら『却下』だ『却下』」
怜央はひらひらと私の前で手を振った。怜央はかなりモテるので幼なじみの私に執着する必要はないはずなのに、全く取り合ってくれない。
「違うから。膝の事は違うし、押し倒された事も気にしていないの。私は怜央とは恋人ではなくて友達に、幼なじみに戻りたいの」
押し倒された時に怜央の事を拒否をしておいて「気にしていない」と答える自分も矛盾している。
決定的な言葉を言えたらどんなに楽だろう。でも言えない。未練たらたらだから嫌いになったなんて言えない。
怜央は私の肩を大きな手で握りしめると強く呟いた。焦げ茶色の瞳が私を貫く。瞬きしない瞳で見つめられると動けなくなる。
「嫌だ。俺は幼なじみに戻りたくない」
「……」
私は何も言えなくなってしまう。小さな頃からの積み重ねがこんなところで私を縛り付ける。幼なじみも考えものだ。だって、何故か強く言う怜央の前では従うしかなくなってしまう。そういう風に出来ている。
怜央はそれから瞳をすっと細めて優しく囁く。
「俺は明日香が好きだ。明日香だって俺が好きだろ? 単純な理由だ」
普段、私に好きと言う事のない怜央。付き合おうといった時だって好きだとは言わなかったのに。こんな時だけとびきりの言葉で私を優しく包み込む。
明日香だって俺が好きだろう? だなんて、自信たっぷりだね。
そうよ。好きよ。格好いいからとか運動神経がいいからとかそれだけではないの。幼い頃からの積み重ねで怜央が好き。怜央こそ──走る事しか能のない私の事を好きだって思ってくれるなら、それならどうして?
それならどうして、最初に怜央の瞳に映るのが私ではなかったの。
私は怜央の肩に置いた手をゆっくりとほどく。そして怜央から視線を逸らして呟いた。
「私は……怜央は幼なじみとして好きなの。怜央もきっと同じだよ」
そう言って唇をかみしめた。
だめだこれ以上話したら涙がこぼれそう。自分から別れ話を切り出したのに泣き出すなんて訳が分からないよね。そう言って耐えていた時、一階の玄関のチャイムが鳴った。
勢いよく玄関のドアが開き怜央の部活仲間の声が聞こえた。
「おい! 怜央~ いるんだろ。迎えに来たぜ~」
まるで遊びに来た小学生の様だ。何人か玄関で靴を脱ぎドタドタと家に上がってくる音が聞こえる。
「くそっ。早いなあいつら」
怜央は歯ぎしりをして嫌そうな声を上げた。
「おっ。女物の靴って、もしかして巽さんがいるんじゃね?」
「あー! 怜央の奴エチエチな事しているのかっ」
「何だとぉ。美人の巽さんに何て事を突撃じゃぁ」
「馬鹿。ホントにそういう場面だったらどうするんだよ」
そう言って二階に駆け上がってくる数人の足音。
まずい。泣いている場面なんか見られたら何を言われるか。
「とにかく私は別れるから。却下なんて言わないで」
怜央の部活仲間の前で涙をこらえる為に出来るだけ小さな声でそれでも強く言葉にした。
怜央はそのクールと言われる一重で私を見下ろす。まるでバレーボールの試合で相手コートのライバルを見つめる様な刺す視線だった。
二階の階段を上って怜央の部活仲間が顔を出す。そこに無言で睨み合う私と怜央の雰囲気を察して小さく後ずさりをしていた。
「あらら~もしかして俺達ヤバいところに立ち会った?」
ぽつりと仲間の一人が呟くと、怜央が溜め息をついて首を左右に振った。
「話にならないな。明日香、何度も言うけれど『却下』だ。じゃぁ俺は行くから、鍵をかけておいてくれよ」
「怜央!」
ちっとも動揺する素振りを見せない怜央に私は肩を落とすしかなかった。
これを機に、学校で別れた、別れないの話が広がってしまったのだ。
私が発した言葉を理解できなかったのか、怜央は聞き返してきた。
怜央はお昼から部活に参加する為の準備をしていた。大きなスポーツバッグに着替えやタオルを詰めていた手を止めてドアのそばに立つ私を振り返る。
私は怜央の顔をまっすぐ見つめてもう一度一を吸い込みはっきりと伝えた。
「別れたいの」
二階にある怜央の部屋に入るのは久しぶりだった。
前に来たのは梅雨時だ。その時驚くほど深いキスをしたっけ。
別れたいと告げに来たのに、キスの事を思い出してしまった私は忘れる為に首を左右に振った。
二度目の私の言葉をはっきりと聞いた怜央は、切れ長の瞳をこれでもかと見開き、手にしていたテーピングを床に落とした。何事にも自信のある怜央はいつも余裕のある動きを見せるのに、珍しく動揺しているのが分かった。
テーピングを床に落とした音で我に返った怜央は、いつもの調子を取り戻す。ゆっくりと身体の向きを変え部屋の中央からドアの側に立っていた私をじっと見つめる。
「何で?」
「何でって……」
私は思わず口ごもる。
そこで怜央がチラリとベッドを見つめた。怜央の部屋着が布団の上に散らかっている。
「この間押し倒したのが嫌だったのか? あれは思わずでさ。俺が悪かったよ」
怜央がゆっくりと口を開いて瞳を細め、ばつが悪そうに呟いた。
私が必死に思い出す事をかき消したキスの続きをあっさりと怜央に口にされ頬を赤くした。
「ち、違う」
肩まで伸びた髪の毛を一つに縛るんじゃなかった。これでは顔が隠れない。
私の慌てふためく顔に溜め息をついた怜央は落としたテーピングを拾い上げてスポーツバッグに改めて詰めた。
「違うなら別れたい理由は何だよ」
「理由は……」
私はうつむいて自分の足を見つめた。
別れたい理由はある。だけれどそれ伝える勇気がない。だって別れを告げているこの瞬間もやはり怜央が好きだったと思うから。
怜央は部活に行く準備を終えスポーツバッグを自分の肩にかけると、ドアの側に立つ私の真正面まで歩いてきた。
私の身長も百六十七センチと女子の中では高いが、怜央の身長に比べたら何でもない。あっという間に影になる。
怜央は身体を倒して俯いたままの私の耳元で小さく囁いた。
「押し倒したのが理由ではなければ、もしかして足……膝の事が原因か?」
「……」
「膝の事に気がつかなかった俺が嫌になったか?」
「!」
私はうつむいたまま目を大きく見開いた。私の膝に黒いサポーターが巻かれている。先日痛めた膝はすぐには元に戻らない。
私は小さく溜め息をついて顔を上げる。上半身をかがめた怜央と視線が合った。私は怜央から視線を逸らす。そうしないと怜央の鋭い視線の前では、屈服してしまいそうだったから。
「膝の怪我は私のせい。怜央とは幼なじみの関係に戻りたいなって。だから別れて欲しい」
私は出来るだけ声が震えないように、苦しい胸の内を知られないように声を抑えて話した。
怜央はそんな私の様子を知ってか知らずか大きな溜め息をついて腰に手を当てて私を見下ろした。
「そんなの理由になるかよ。幼なじみに戻りたいなんて。原因は膝の事に気がつかなかった俺と押し倒したのが原因か。でもそれなら『却下』だ『却下』」
怜央はひらひらと私の前で手を振った。怜央はかなりモテるので幼なじみの私に執着する必要はないはずなのに、全く取り合ってくれない。
「違うから。膝の事は違うし、押し倒された事も気にしていないの。私は怜央とは恋人ではなくて友達に、幼なじみに戻りたいの」
押し倒された時に怜央の事を拒否をしておいて「気にしていない」と答える自分も矛盾している。
決定的な言葉を言えたらどんなに楽だろう。でも言えない。未練たらたらだから嫌いになったなんて言えない。
怜央は私の肩を大きな手で握りしめると強く呟いた。焦げ茶色の瞳が私を貫く。瞬きしない瞳で見つめられると動けなくなる。
「嫌だ。俺は幼なじみに戻りたくない」
「……」
私は何も言えなくなってしまう。小さな頃からの積み重ねがこんなところで私を縛り付ける。幼なじみも考えものだ。だって、何故か強く言う怜央の前では従うしかなくなってしまう。そういう風に出来ている。
怜央はそれから瞳をすっと細めて優しく囁く。
「俺は明日香が好きだ。明日香だって俺が好きだろ? 単純な理由だ」
普段、私に好きと言う事のない怜央。付き合おうといった時だって好きだとは言わなかったのに。こんな時だけとびきりの言葉で私を優しく包み込む。
明日香だって俺が好きだろう? だなんて、自信たっぷりだね。
そうよ。好きよ。格好いいからとか運動神経がいいからとかそれだけではないの。幼い頃からの積み重ねで怜央が好き。怜央こそ──走る事しか能のない私の事を好きだって思ってくれるなら、それならどうして?
それならどうして、最初に怜央の瞳に映るのが私ではなかったの。
私は怜央の肩に置いた手をゆっくりとほどく。そして怜央から視線を逸らして呟いた。
「私は……怜央は幼なじみとして好きなの。怜央もきっと同じだよ」
そう言って唇をかみしめた。
だめだこれ以上話したら涙がこぼれそう。自分から別れ話を切り出したのに泣き出すなんて訳が分からないよね。そう言って耐えていた時、一階の玄関のチャイムが鳴った。
勢いよく玄関のドアが開き怜央の部活仲間の声が聞こえた。
「おい! 怜央~ いるんだろ。迎えに来たぜ~」
まるで遊びに来た小学生の様だ。何人か玄関で靴を脱ぎドタドタと家に上がってくる音が聞こえる。
「くそっ。早いなあいつら」
怜央は歯ぎしりをして嫌そうな声を上げた。
「おっ。女物の靴って、もしかして巽さんがいるんじゃね?」
「あー! 怜央の奴エチエチな事しているのかっ」
「何だとぉ。美人の巽さんに何て事を突撃じゃぁ」
「馬鹿。ホントにそういう場面だったらどうするんだよ」
そう言って二階に駆け上がってくる数人の足音。
まずい。泣いている場面なんか見られたら何を言われるか。
「とにかく私は別れるから。却下なんて言わないで」
怜央の部活仲間の前で涙をこらえる為に出来るだけ小さな声でそれでも強く言葉にした。
怜央はそのクールと言われる一重で私を見下ろす。まるでバレーボールの試合で相手コートのライバルを見つめる様な刺す視線だった。
二階の階段を上って怜央の部活仲間が顔を出す。そこに無言で睨み合う私と怜央の雰囲気を察して小さく後ずさりをしていた。
「あらら~もしかして俺達ヤバいところに立ち会った?」
ぽつりと仲間の一人が呟くと、怜央が溜め息をついて首を左右に振った。
「話にならないな。明日香、何度も言うけれど『却下』だ。じゃぁ俺は行くから、鍵をかけておいてくれよ」
「怜央!」
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