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006 7月23日 補習授業の後で
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夏休みに入っても私は学校に通う必要があった。なんせ成績がひどいので補習授業を受ける事になっていた。
私はスポーツ科の生徒数人と一緒に補習授業を受ける。私の様に来年普通科に転科する予定の人もいれば、各種部活の大会で良い成績を残したが、学業がおろそかになっている人もいる。
補習は午前中のみだ。午前中が終わり皆言葉は少なく教室を後にする。私は窓際の席に座ったままグラウンドを見下ろしていた。補習の為に使用する教師は五階の教室だったからグラウンド全てを見渡す事が出来る。
その補習授業が終わったのは数十分前だ。
誰もいない教室で私は椅子に座ったままぼんやりとグラウンドを見つめる。一番奥に陸上部用のトラックが見える。見知った部員が午前練習の片付けをしている。お昼休みを挟んで室内に移動するのだろう。今日は夕方から雨になる予定だが、それを感じさせないぐらい空は晴れ渡っていた。
昨日の診断で私は右膝の黒サポーターを取っても良いという事になった。取ったら取ったで心許ない。何だかいつも以上に右膝が気になってしまう。病院通いは続くけれども、概ね問題なくなった。激しい運動は無理だが近々軽いランニングも出来るそうだ。
(でも走るのはいいかな)
離れていたい。それが正直な気持ちだ。
気持ちを切り替える為に挑んだ補習だが全く頭に入ってこない。何だかぼんやりしたまま進んでいく。これではまずい。夕方から紗理奈が紹介してくれた塾に行く事になっているけれども。それもこのままだったら何にも身につかないままだ。
「集中力がないのはまずいなぁ」
ぽつりと呟いて外を見たまま頬杖をつく。このまま教室でぼんやりしても始まらない。一度帰って眠れば気持ちも切り替わるかな。
私は立ち上がり帰り支度を始める。教科書やペンケースを鞄の中に片付ける。すると教室の入り口で可愛い声が聞こえた。
「もしかして巽さん? あ、もしかして補習だったの?」
同じクラスの安原さんがドアを押さえて立っていた。白いTシャツと紺色のハーフパンツ。両足首にはバレーボール用のサポーターを下ろしていた。
安原 緑さんは女子バレーボール部に所属している。二年になってレギュラーになったと聞いている。男子と女子、分かれてはいても同じバレーボール部なので、怜央の部活での様子を私に教えてくれるクラスメイトだった。
安原さんは瞳を細めて首をかしげる。私と同じぐらいの身長だが、瞳が大きくてくせ毛のショートカットがとても愛らしい。安原さんは微笑んで肩にかけたスポーツタオルで汗を拭っていた。
「うん。もう一学期の成績が散々でさ。悲惨なの」
私は苦笑いをしながら鞄の蓋を閉じた。辞書が入っているから今日は重たい。
「えー悲惨なのは私も一緒だよ。部活の合宿があるから、夏休み後半に補習を受ける予定。しかも昨日タオルを忘れて、あった。最悪~臭うし。カビは生えていないかな」
安原さんは忘れ物を部活の休憩時間に忘れ物を取りに来た。教室の後ろのロッカーからタオルを取り出し鼻の頭にしわを寄せていた。確かにこの季節汗をかいたタオルを忘れるのは臭いだけではなくカビ問題もある。
私は安原さんのくるくる変わる表情に微笑みながら鞄を肩にかける。
「女子バレーボール部はこの夏休み、全国ベスト4の強豪校と合同合宿するんだよね?」
私は肩にかけた鞄に手をかけて、安原さんの横を通り過ぎる。
「そうなんだよね。合宿はお盆直前だから、今から飛ばしすぎるとバテそうだよ」
安原さんは私を目で追いかけながら、昨日の忘れ物のタオルをくるくると丸めて小脇に抱えた。
「そっか。頑張ってね」
私は小さく手を振って教室の出口に向かう。
夏休みに入ればスポーツ科の生徒は当然部活漬けの毎日だ。むしろいつも以上に早い時間から学校に登校して練習に励む。
隣に住む怜央もそうだった。今日も朝早くから学校に登校して、一日中練習漬け。そして週末なる度に他校へ出向いて合宿というスケジュールのはず。別れ話がこじれている怜央に会うのは気まずい。私も補習で学校に登校しなくてはいけないが、登校のタイミングも違うし会う機会が少ないから助かっていると言えるだろう。
すると突然私の背中に向かって安原さんが声を上げる。
「巽さん、本当に陸上部辞めちゃうの?」
「!」
可愛い安原さんの声が教室にやたら響いた。私はストレートに尋ねられた事に足を止める。
部活のメンバーに辞める事、リタイアする事を告げたのは昨日の終業式が終わってすぐだ。皆残念そうにしていたが、故障で離脱する私にどんな声をかけて良いか分からない様子だった。更に怜央との別れ話がこじれていると言う噂もあるので、悲惨だと思っているのだろう。
あっという間にその話がスポーツ科の生徒に行き渡った。知らないところでメッセージアプリグループの話題を提供しているのかも。
「うん。色々考えたんだけどね。おかげでこの夏は普通科への転科を考えて勉強漬け」
隠しても仕方ないが重たく聞こえても嫌なので、さらりと伝える。
「そっか、あの、その、部活を辞めるってきっと悩んだと思うし。それに右膝の事ももちろん心配だったから」
もごもごと安原さんが言葉を選んでいる。どこかで面白おかしく噂話を聞いているのかもしれない。だからなのか、安原さんの声も複雑そうだ。
心配だったから、か。
友達と呼べるほど仲が良い訳ではないから、本当にそう思っているかどうかは分からない。でも、今の私にはうれしい言葉だった。
私はスポーツ科の生徒数人と一緒に補習授業を受ける。私の様に来年普通科に転科する予定の人もいれば、各種部活の大会で良い成績を残したが、学業がおろそかになっている人もいる。
補習は午前中のみだ。午前中が終わり皆言葉は少なく教室を後にする。私は窓際の席に座ったままグラウンドを見下ろしていた。補習の為に使用する教師は五階の教室だったからグラウンド全てを見渡す事が出来る。
その補習授業が終わったのは数十分前だ。
誰もいない教室で私は椅子に座ったままぼんやりとグラウンドを見つめる。一番奥に陸上部用のトラックが見える。見知った部員が午前練習の片付けをしている。お昼休みを挟んで室内に移動するのだろう。今日は夕方から雨になる予定だが、それを感じさせないぐらい空は晴れ渡っていた。
昨日の診断で私は右膝の黒サポーターを取っても良いという事になった。取ったら取ったで心許ない。何だかいつも以上に右膝が気になってしまう。病院通いは続くけれども、概ね問題なくなった。激しい運動は無理だが近々軽いランニングも出来るそうだ。
(でも走るのはいいかな)
離れていたい。それが正直な気持ちだ。
気持ちを切り替える為に挑んだ補習だが全く頭に入ってこない。何だかぼんやりしたまま進んでいく。これではまずい。夕方から紗理奈が紹介してくれた塾に行く事になっているけれども。それもこのままだったら何にも身につかないままだ。
「集中力がないのはまずいなぁ」
ぽつりと呟いて外を見たまま頬杖をつく。このまま教室でぼんやりしても始まらない。一度帰って眠れば気持ちも切り替わるかな。
私は立ち上がり帰り支度を始める。教科書やペンケースを鞄の中に片付ける。すると教室の入り口で可愛い声が聞こえた。
「もしかして巽さん? あ、もしかして補習だったの?」
同じクラスの安原さんがドアを押さえて立っていた。白いTシャツと紺色のハーフパンツ。両足首にはバレーボール用のサポーターを下ろしていた。
安原 緑さんは女子バレーボール部に所属している。二年になってレギュラーになったと聞いている。男子と女子、分かれてはいても同じバレーボール部なので、怜央の部活での様子を私に教えてくれるクラスメイトだった。
安原さんは瞳を細めて首をかしげる。私と同じぐらいの身長だが、瞳が大きくてくせ毛のショートカットがとても愛らしい。安原さんは微笑んで肩にかけたスポーツタオルで汗を拭っていた。
「うん。もう一学期の成績が散々でさ。悲惨なの」
私は苦笑いをしながら鞄の蓋を閉じた。辞書が入っているから今日は重たい。
「えー悲惨なのは私も一緒だよ。部活の合宿があるから、夏休み後半に補習を受ける予定。しかも昨日タオルを忘れて、あった。最悪~臭うし。カビは生えていないかな」
安原さんは忘れ物を部活の休憩時間に忘れ物を取りに来た。教室の後ろのロッカーからタオルを取り出し鼻の頭にしわを寄せていた。確かにこの季節汗をかいたタオルを忘れるのは臭いだけではなくカビ問題もある。
私は安原さんのくるくる変わる表情に微笑みながら鞄を肩にかける。
「女子バレーボール部はこの夏休み、全国ベスト4の強豪校と合同合宿するんだよね?」
私は肩にかけた鞄に手をかけて、安原さんの横を通り過ぎる。
「そうなんだよね。合宿はお盆直前だから、今から飛ばしすぎるとバテそうだよ」
安原さんは私を目で追いかけながら、昨日の忘れ物のタオルをくるくると丸めて小脇に抱えた。
「そっか。頑張ってね」
私は小さく手を振って教室の出口に向かう。
夏休みに入ればスポーツ科の生徒は当然部活漬けの毎日だ。むしろいつも以上に早い時間から学校に登校して練習に励む。
隣に住む怜央もそうだった。今日も朝早くから学校に登校して、一日中練習漬け。そして週末なる度に他校へ出向いて合宿というスケジュールのはず。別れ話がこじれている怜央に会うのは気まずい。私も補習で学校に登校しなくてはいけないが、登校のタイミングも違うし会う機会が少ないから助かっていると言えるだろう。
すると突然私の背中に向かって安原さんが声を上げる。
「巽さん、本当に陸上部辞めちゃうの?」
「!」
可愛い安原さんの声が教室にやたら響いた。私はストレートに尋ねられた事に足を止める。
部活のメンバーに辞める事、リタイアする事を告げたのは昨日の終業式が終わってすぐだ。皆残念そうにしていたが、故障で離脱する私にどんな声をかけて良いか分からない様子だった。更に怜央との別れ話がこじれていると言う噂もあるので、悲惨だと思っているのだろう。
あっという間にその話がスポーツ科の生徒に行き渡った。知らないところでメッセージアプリグループの話題を提供しているのかも。
「うん。色々考えたんだけどね。おかげでこの夏は普通科への転科を考えて勉強漬け」
隠しても仕方ないが重たく聞こえても嫌なので、さらりと伝える。
「そっか、あの、その、部活を辞めるってきっと悩んだと思うし。それに右膝の事ももちろん心配だったから」
もごもごと安原さんが言葉を選んでいる。どこかで面白おかしく噂話を聞いているのかもしれない。だからなのか、安原さんの声も複雑そうだ。
心配だったから、か。
友達と呼べるほど仲が良い訳ではないから、本当にそう思っているかどうかは分からない。でも、今の私にはうれしい言葉だった。
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