【R18】普通じゃないぜ!

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62 月曜日 朝

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 月曜日──週末に崩れた天気を引きずったまま、生憎の曇り空。いつ雨になってもおかしくない天気が今週は続くそうだ。
 それでも土曜日に和馬の実家で聞いた雨音は、心地が良くて優しく感じた。そう、たとえ悪天候だったとしても気にならなかったと思う。和馬と過ごした甘い時間は、私の事を甘やかしてピンクに溶かしたままだったからだ。

(私は和馬が好き。結局どはまりしたのは私なのよね。だけど……ま、いっか)
 私のアダルト動画を見るという趣味を黙って貰う為の契約だったけど、結局白旗を揚げたのは私だった。

 好きという言葉を和馬から聞き出したわけじゃないけど、それでも土曜日の濃厚なセックスは多分、恐らく、いや、絶対に! 和馬も私を好きでいてくれるはず。うん、そう思う……

(だってさあそこまで言い合ってからの──なんだからさ)
 今更『やっぱり好きって言われてないから、違うかもしれないし~』等と思う鈍い私でもない。ようやく私にも、素通りされない人が現れたのだ。地味で目立たないけど、私の事を見てくれる人がいた。それだけで私の人生は全て救われた気がしたのだ。

(こんなにうれしい事ってないよ)

 だからこれからの人生はバラ色──なんて事を少しだけ夢見たのだけど、やっぱりそうはいかないものだ。好きだと思ったら、次には何かと沢山の事を無意識にしてしまう。愛とか恋とか感情に振り回されるのは疲れると分かっているのに。だけど、それもまた人生だと、心地よい幸せの頂点にいる時点では暢気に思っていた。



 ◇◆◇

 月曜日恒例の課内全体朝礼を聞いて私は思わず「えっ」と小声を上げてしまった。池谷課長から市原くんチームのメンバー追加の発表があったからだ。もちろん私が属しているチームだ。

「市原チームに百瀬をメンバー追加する事にした。市原のチームは今週末の発表で忙しいと思うが、各メンバーしっかり自分の仕事を全うする様に。百瀬は直原のアシスタントをしてくれ」
 静かに話を聞く二課員の前で、いつも以上に背筋を正し力強い声を発した池谷課長だった。二課員は皆「はい」と短く返事をして承服する──私だけを残して。

  寝耳に水、そんな言葉がピッタリだった。私の心の中は今日の曇り空と同じになる。
(何故突然そんな話になるの? この一週間は地獄っていうぐらいプレゼンの発表に向けて忙しいのに。アシスタントって私一人に三人の内勤営業を押しつけておいて、突然そんな事を言われてもそんなの──)
 文句が次から次へと不満が吹き出て、最後には焦燥感にかられる。

 池谷課長との金曜日のやりとりを考えると、私にとって良い事ではないと感じてしまった。だから、池谷課長から月末に向けての目標を改めて課員に説明があったが私はぼんやりとしか聞いていられなかった。

「──という事で後少し頑張らないと今月の売り上げ目標が厳しい。各自目標を見直す様に。では解散!」
 パンと手を叩き解散を促す池谷課長。その拍手に私はようやく悪い夢から覚めた様にハッとなる。そんな私の様子を知ってか知らずか池谷課長が手招きをする。

「チームリーダの市原。それに直原に百瀬はこのまま課長室に来てくれ。詳しく説明をする」
「「「はい」」」
 市原くんと私、そして百瀬さんは声を合わせて返事をした。私の声は二人よりはるかに小さかったと思う。

(だってさ、今の時点で百瀬さんを追加するなんてまるで私が邪魔みたい──)
 そう思うと課長室に向かう足取りも自然と重くなってしまった。



 ◇◆◇

 市原くん、私、百瀬さんの順にパーティションで区切られた課長室に入る。最後に入った百瀬さんに池谷課長は軽く声をかける。
「扉は閉めたか?」
「はい、閉めました」
 百瀬さんの丸い声が狭く仕切られた部屋に響く。少しだけ間延びした答え方だったけど。それでも百瀬さんなりに上司に対して失礼のない返事の仕方だった。

 二人が付き合っているという事を知った今二人の会話を聞くと、私としては内心むず痒くなる様な、胃の辺りがキリキリと痛む様な、表現しがたい気持ちになる。おかしな想像と不安な気持ちが隣り合わせだからなのだろう。

 金曜日に私の作った企画書が、本来の佐藤くんのプレゼンを乗っ取るつもりなのではないか? と、池谷課長が誤解していた。誤解は解けたみたいだけど、それでも私に対し何か思うところが合って、監視をつけたいのかもしれない。

(そう。私と和馬が週末一緒に過ごしたみたいに、池谷課長と百瀬さんも過ごしたとして。仕事の話になって──)

 私は視線を上に天井の模様を見つめる。



 薄暗いラブホテルの部屋。池谷課長は百瀬さんの白い肩を抱きながらベッドの中で呟く。
「もしかしたら直原は佐藤を罠にかけるつもりかもしれない」
「罠って……直原先輩がですか。何の為に?」
 大きなバストを池谷課長の体に押しつけながら百瀬さんは驚く。
「そもそも佐藤の直原への態度はひどいものだ。直原が不満をため込むのも理解出来る。プレゼンを乗っ取るつもりではないか?」
「そんなぁ~先輩はそんな事しませんよ。それでも心配だったら私が様子を報告しましょうかぁ? 私、先輩と仲がいいんですよ?」
 と、百瀬さんは甘えた声で呟いた。そして再び池谷課長は百瀬さんの豊満なバストを持ち上げ──



(なーんてね──って、あり得そうよね……って………………あるわけねーだろそんな事!)
 恋愛経験に乏しい私の想像は陳腐なものだった。あまりの混乱でとうとう頭の中までおかしくなったとしか思えない。馬鹿馬鹿しい妄想が膨らみ私は一人頭をブルブルと左右に振った。

(こんな風に馬鹿な想像をしてしまう人間がいるから、同じ課内での恋愛って禁止したがるのかな)
 この会社には社内恋愛禁止というルールはない。しかし、所属する課や部署によっては禁止している場合もある。そんな事、いちいち気になったりしないけどな──と思っていたけど。実際深い関係のある相手だと、何とも複雑な気分になる事を初めて知った。それと同時に自分も和馬と付き合っている事で、想像されているのだろうと思うと複雑な気分になった。

(色々気をつけないとだわ……)

「どうした? 直原」
 突然首を左右に振った私に目の前の自分の席に座っていた池谷課長が首を傾げていた。

「い、いえ! 何でもありません」
 私はゴホンと咳払いをして池谷課長の説明に耳を傾けた。私の様子を確認してから、池谷課長はゆっくりと話し始めた。
「プレゼン前の大切な一週間だが、今後の企画展開も考慮すると内勤営業が直原一人だけというのは厳しくなると考えている」

(いや、今、それを池谷課長が言う?!)
 私は心の中で拳を握りしめて激しく突っ込みを入れる。中村先輩が辞めてしまって内勤営業が人員不足なのは分かっている話なのに今更感がありすぎる。
「そこで市原のチームにいる、佐藤、山本をよく知っている同期の百瀬なら、きっと馴染むのも早いと思っている。質問を受け付ける。何かあるか?」

(ですよねー恋人なんだから色々都合も知っているでしょうし!)
 心の中の悪態は止まらない。私の顔がニコニコ笑っているのが不思議なぐらいだった。『何かあるか?』だなんて、大ありだけど上手く言葉に出来ない。それぐらい動揺と怒りが混沌としている。

 そんな私の横で市原くんが一歩前に出て、冷静に尋ねる。
「しかし池谷課長。突然のメンバー追加は動揺します。緊張が続くプレゼン前の一週間に、変な気を遣う可能性が高いです。それは不安でしかありません。せめてプレゼンが終わってからメンバーの追加は出来ませんか?」
 市原くんはいつでも冷静だ。彼の意見から察するに市原くんに事前の相談もなかったのだろう。チームリーダとしての意見を冷静に伝えている。
 池谷課長は椅子の背もたれに背をつけないままピシッと背筋を伸ばすと低い声で呟いた。
「市原、本当に不安だとメンバーは感じていると思うか?」
「え?」
 市原くんが困惑した声を上げる。
「特に佐藤は問題がある……まぁこれは後から話そう。不安や不満があるのとすれば、直原だけだろう」
「!」
 言い当てられて私は口を真一文字に結んでしまう。その様子を見た百瀬さんが隣で、心配そうに私の顔を見上げていた。一歩前に出た市原くんは後方に控える私に振り返った。困った様に垂れた眉の市原くんがそこにいた。
(二人とも……そんな心配そうにしなくても。でもさ……何かあんまりだよね。ないがしろって言うか)
 心配される自分も惨めだと思った。だって池谷課長を始め社員の二人ですら、私の事を『大変で可哀相ですよね~』と、思っている様なものだ。

 だから私は精一杯の笑顔を作って見せた。
「不安より不満は確かにあります。そもそもメンバーの追加をして貰えるならもっと早いタイミングでして欲しかったです」
 意地っ張り──それ以外の言葉は当てはまらないだろうが、これ以上の話は腹立たしくて出来そうになかった。
 私の静かな怒りが池谷課長に伝わった様子だ。池谷課長は静かに瞳を伏せた。
「本来なら追加の予定はなかった。だが──佐藤のプレゼンの件を考えるとそうもいかなくなったんだ」
「「え?」」
 まさかの佐藤くん絡みでの追加とは。私と市原くんは顔を合わせて首を傾げてしまった。

 すると池谷課長はとんでもない事を言い出した。
「直原にはもっと佐藤のプレゼンについて企画自体を揉んで貰いたいと考えている。つまり佐藤専属だ。その分、市原と山本の資料作成作業のフォローに百瀬を追加したい」
「…………え」
 私はたっぷりと間を開けて眉間に皺を寄せて池谷課長を睨みつけてしまった。
 
 何て事! あの、言う事を聞かない、問題新入社員の専属になれと?! 私が付き合っている相手が和馬──社長の息子と聞いて「それならプレゼン楽勝っすね」と言い放った佐藤くんの専属になれって。池谷課長は、私を追い詰めにかかってません?

 私は自分が白く灰になるのが分かった。
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