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51 自分の手で掴め 1/3
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桂馬さんが玄関に向かって歩いていたのは、車から荷物を運ぶ為の台車を取りに来たからだった。荷物というのは今日バーベキュー(と、言う名の野外焼き肉)で、皆で食べるお肉だ。わざわざ精肉店に取りに行っていたのだとか。そんな時に、迎門からのろのろ歩く和馬と私に出会ったから、思わず会話に聞き耳を立てたそうだ。
(何で普通に声をかけてくれないのかしら。聞き耳なんて。たいして恋人らしい会話なんてしてなかったけどさ……恥ずかしい)
社内であっという間に話題になった和馬と私だ。桂馬さんは私達二人に興味津々なのだとか。しかも、何故かやたらと私の事を桂馬さんは知っている。私の出身地や出身大学も知っていたし、和馬と一緒に仕事をしていた頃の話もよく知っていた。
和馬曰く、社内外の情報網の凄さは桂馬さんの右に出るものはいないらしい。情報通を通り越して探偵並みなのだとか。
(一体どのぐらい社員の事を把握しているのだろう。私なんて和馬と付き合わない限り、ただの地味な社員の一人でしかないのに……)
あまりにも私の事を知っている事や、先程の『情報が武器になる』と言う桂馬さんだ。私は何だか不気味だと思ってしまった。
◇◆◇
「精肉店の兄ちゃんさ、車の後ろからぶつけられたんだってさ。今日の配達は俺の家だけだったから配達には影響ないってさ。でも、二台しかない配達車両が一台が修理になるなって、ぼやいてたよ」
「それは災難だな。車の心配より、精肉店の兄ちゃん、怪我とか大丈夫なのか?」
「平気そうだったけど、もしかしたらむち打ちとか後で来るかもしれないって言ってた」
「だよなー……それで桂馬が精肉店に直接取りに行ったのか」
「一番近いの俺だからな。こうしてお肉を運んできたってわけ」
桂馬さんは車のバックドアを開けて、持ってきた台車に段ボール箱を一つ、二つと積み始める。台車を押さえているのは和馬だった。
お肉の段ボール箱って……内容量がどれぐらいなのか想像がつかないが、かなりの人数分だと思われる。その量に私は口を開けたままになってしまう。保冷剤が入っているのか段ボールの周りには白いもやが見える。
「お肉の量、凄いですね」
私がお肉の箱を見つめながら呟くと桂馬さんが「だよねー」と笑った。
「今日は親父と母親の知り合い──つまり、ほとんどおっさんばっかりの集まりなんだけどさ。肉が好きな人達ばっかりで。集まる時は結構いい肉を食うんだよ。俺達兄弟が子供の頃からの集まりなんだけど、家が広いからなのかいつもうちの家に集まるんだ。確か親父と同じ大学の同窓会……いや会社を興した仲間達? だったかな」
「え」
私は思わず目が点になる。
私の様子をチラリと桂馬さんは横目で見ていた。反応を見ているのだろう。しかし、そんな事を気にしている場合ではなかった。
(親父と母親の知り合いって、社長と副社長の知り合いって事よね。お家に集まるぐらいなのだから、友達……だよね。更に会社を興したってさ、何だかんだで人生成功した人達ばかりなのでは。何でそんな集まりに私は来てしまったの?)
ガチンと固まる私をよそに、荷台に積まれた箱を覗き込みながら和馬が暢気に呟いた。
「集まる人数は、全員で二十人ぐらいか? 那波、俺達も負けないで肉を食おうぜ~」
「ま、負けないで、肉を、た、食べるって」
(馬鹿言ってんじゃねーよ! 和馬は何でこんな集まりに私を連れてきたしー!)
私がギロリと地味に和馬を睨みつけるも、全く和馬は意に介さない。和馬は鼻歌を歌いながら積んだお肉の箱を見つめていた。
「いい肉なんだからさ食わないと損だよ~親父達の仲良し会は興味ないけど、おこぼれで肉が食えるならさ。だって肉に罪はないしね。よし。これで全部積み終わりだ台所に運ぼうか。タエさんが待ってる……って、直原さん。フフフ、何? その面白い顔」
歯ぎしりをして和馬を必死に睨みつけている私の顔を見て、桂馬さんは心底面白そうに笑った。
当の本人である和馬は、ようやく私の顔に気がついたみたいでニヤリと笑っていた。
(和馬の嫌な笑い方……これは私がこんな顔をする事を予想していたわね……のこのこついてきて馬鹿みたい。やっぱり断固として断ればよかった。ってどうしてこんな場所に呼んだのよ! まさか本当にお肉だけが目的なの?)
社長とご対面させたいのか、させたくないのか……益々分からなくなってきた。いや、別に対面とか、紹介とかして欲しいとか。そういうわけじゃないけど。まだ付き合って一週間だし……とか、そういう事じゃないですけど。
和馬の行動が理解出来なくて私は口を尖らせてしまう。視線を逸らしながら小さな声で呟こうとした。
「……顔が面白くても内心は面白くな」
面白くないですよ──そう言おうと思ったのに、和馬が突然大きなはっきりした声でこう言い出した。
「──アダル」
明らかにアダルト動画と叫ぼうと、和馬は顎を上げ大きな声を張る。無駄に滑舌の言い声が早坂邸に響こうとしていた。だから私はとっさに和馬の声に被せる様にして叫ぶ。
私は必死に大きな声で応戦する。
「わだし、お肉楽しみですっ!」
アダルト動画の『アダル』まで言いかけた和馬の上に、被せて叫んだ。だから『わたし』が『わだし』になって、変な訛りがついてしまった。
だけど、そんな事を気にしてはいられない。
いきなり大声を発した和馬と私に、桂馬さんはポカンと口を開けた。そして、必死な私の顔が更におかしかったのか、天を仰いでゲラゲラと笑った。
「アハハハ! いいねぇ、素直でいい! そんな必死な顔をして、肉が食いたいって面白いな。それにさ、媚びを売ろうとか全く考えていない事がよく分かったよ。益々良いじゃん。そうだよ楽しく肉を食おうぜ」
そう言って桂馬さんは私の頭をバシバシ叩いた。
「こ、媚び? とにかく食べます。そうだよね。和馬、食べようねっ」
私は桂馬さんに頭をバシバシ叩かれながら、隣の和馬の袖を引っ張った。すると和馬はにっこり笑顔で笑っていた。
「そうだな。口で溶ける肉だしな」
それは美しい悪魔の微笑みだった。
(何で普通に声をかけてくれないのかしら。聞き耳なんて。たいして恋人らしい会話なんてしてなかったけどさ……恥ずかしい)
社内であっという間に話題になった和馬と私だ。桂馬さんは私達二人に興味津々なのだとか。しかも、何故かやたらと私の事を桂馬さんは知っている。私の出身地や出身大学も知っていたし、和馬と一緒に仕事をしていた頃の話もよく知っていた。
和馬曰く、社内外の情報網の凄さは桂馬さんの右に出るものはいないらしい。情報通を通り越して探偵並みなのだとか。
(一体どのぐらい社員の事を把握しているのだろう。私なんて和馬と付き合わない限り、ただの地味な社員の一人でしかないのに……)
あまりにも私の事を知っている事や、先程の『情報が武器になる』と言う桂馬さんだ。私は何だか不気味だと思ってしまった。
◇◆◇
「精肉店の兄ちゃんさ、車の後ろからぶつけられたんだってさ。今日の配達は俺の家だけだったから配達には影響ないってさ。でも、二台しかない配達車両が一台が修理になるなって、ぼやいてたよ」
「それは災難だな。車の心配より、精肉店の兄ちゃん、怪我とか大丈夫なのか?」
「平気そうだったけど、もしかしたらむち打ちとか後で来るかもしれないって言ってた」
「だよなー……それで桂馬が精肉店に直接取りに行ったのか」
「一番近いの俺だからな。こうしてお肉を運んできたってわけ」
桂馬さんは車のバックドアを開けて、持ってきた台車に段ボール箱を一つ、二つと積み始める。台車を押さえているのは和馬だった。
お肉の段ボール箱って……内容量がどれぐらいなのか想像がつかないが、かなりの人数分だと思われる。その量に私は口を開けたままになってしまう。保冷剤が入っているのか段ボールの周りには白いもやが見える。
「お肉の量、凄いですね」
私がお肉の箱を見つめながら呟くと桂馬さんが「だよねー」と笑った。
「今日は親父と母親の知り合い──つまり、ほとんどおっさんばっかりの集まりなんだけどさ。肉が好きな人達ばっかりで。集まる時は結構いい肉を食うんだよ。俺達兄弟が子供の頃からの集まりなんだけど、家が広いからなのかいつもうちの家に集まるんだ。確か親父と同じ大学の同窓会……いや会社を興した仲間達? だったかな」
「え」
私は思わず目が点になる。
私の様子をチラリと桂馬さんは横目で見ていた。反応を見ているのだろう。しかし、そんな事を気にしている場合ではなかった。
(親父と母親の知り合いって、社長と副社長の知り合いって事よね。お家に集まるぐらいなのだから、友達……だよね。更に会社を興したってさ、何だかんだで人生成功した人達ばかりなのでは。何でそんな集まりに私は来てしまったの?)
ガチンと固まる私をよそに、荷台に積まれた箱を覗き込みながら和馬が暢気に呟いた。
「集まる人数は、全員で二十人ぐらいか? 那波、俺達も負けないで肉を食おうぜ~」
「ま、負けないで、肉を、た、食べるって」
(馬鹿言ってんじゃねーよ! 和馬は何でこんな集まりに私を連れてきたしー!)
私がギロリと地味に和馬を睨みつけるも、全く和馬は意に介さない。和馬は鼻歌を歌いながら積んだお肉の箱を見つめていた。
「いい肉なんだからさ食わないと損だよ~親父達の仲良し会は興味ないけど、おこぼれで肉が食えるならさ。だって肉に罪はないしね。よし。これで全部積み終わりだ台所に運ぼうか。タエさんが待ってる……って、直原さん。フフフ、何? その面白い顔」
歯ぎしりをして和馬を必死に睨みつけている私の顔を見て、桂馬さんは心底面白そうに笑った。
当の本人である和馬は、ようやく私の顔に気がついたみたいでニヤリと笑っていた。
(和馬の嫌な笑い方……これは私がこんな顔をする事を予想していたわね……のこのこついてきて馬鹿みたい。やっぱり断固として断ればよかった。ってどうしてこんな場所に呼んだのよ! まさか本当にお肉だけが目的なの?)
社長とご対面させたいのか、させたくないのか……益々分からなくなってきた。いや、別に対面とか、紹介とかして欲しいとか。そういうわけじゃないけど。まだ付き合って一週間だし……とか、そういう事じゃないですけど。
和馬の行動が理解出来なくて私は口を尖らせてしまう。視線を逸らしながら小さな声で呟こうとした。
「……顔が面白くても内心は面白くな」
面白くないですよ──そう言おうと思ったのに、和馬が突然大きなはっきりした声でこう言い出した。
「──アダル」
明らかにアダルト動画と叫ぼうと、和馬は顎を上げ大きな声を張る。無駄に滑舌の言い声が早坂邸に響こうとしていた。だから私はとっさに和馬の声に被せる様にして叫ぶ。
私は必死に大きな声で応戦する。
「わだし、お肉楽しみですっ!」
アダルト動画の『アダル』まで言いかけた和馬の上に、被せて叫んだ。だから『わたし』が『わだし』になって、変な訛りがついてしまった。
だけど、そんな事を気にしてはいられない。
いきなり大声を発した和馬と私に、桂馬さんはポカンと口を開けた。そして、必死な私の顔が更におかしかったのか、天を仰いでゲラゲラと笑った。
「アハハハ! いいねぇ、素直でいい! そんな必死な顔をして、肉が食いたいって面白いな。それにさ、媚びを売ろうとか全く考えていない事がよく分かったよ。益々良いじゃん。そうだよ楽しく肉を食おうぜ」
そう言って桂馬さんは私の頭をバシバシ叩いた。
「こ、媚び? とにかく食べます。そうだよね。和馬、食べようねっ」
私は桂馬さんに頭をバシバシ叩かれながら、隣の和馬の袖を引っ張った。すると和馬はにっこり笑顔で笑っていた。
「そうだな。口で溶ける肉だしな」
それは美しい悪魔の微笑みだった。
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