【R18】普通じゃないぜ!

成子

文字の大きさ
上 下
51 / 88

51 自分の手で掴め 1/3

しおりを挟む
 桂馬さんが玄関に向かって歩いていたのは、車から荷物を運ぶ為の台車を取りに来たからだった。荷物というのは今日バーベキュー(と、言う名の野外焼き肉)で、皆で食べるお肉だ。わざわざ精肉店に取りに行っていたのだとか。そんな時に、迎門からのろのろ歩く和馬と私に出会ったから、思わず会話に聞き耳を立てたそうだ。

(何で普通に声をかけてくれないのかしら。聞き耳なんて。たいして恋人らしい会話なんてしてなかったけどさ……恥ずかしい)

 社内であっという間に話題になった和馬と私だ。桂馬さんは私達二人に興味津々なのだとか。しかも、何故かやたらと私の事を桂馬さんは知っている。私の出身地や出身大学も知っていたし、和馬と一緒に仕事をしていた頃の話もよく知っていた。

 和馬曰く、社内外の情報網の凄さは桂馬さんの右に出るものはいないらしい。情報通を通り越して探偵並みなのだとか。

(一体どのぐらい社員の事を把握しているのだろう。私なんて和馬と付き合わない限り、ただの地味な社員の一人でしかないのに……)

 あまりにも私の事を知っている事や、先程の『情報が武器になる』と言う桂馬さんだ。私は何だか不気味だと思ってしまった。



 ◇◆◇

「精肉店の兄ちゃんさ、車の後ろからぶつけられたんだってさ。今日の配達は俺の家だけだったから配達には影響ないってさ。でも、二台しかない配達車両が一台が修理になるなって、ぼやいてたよ」
「それは災難だな。車の心配より、精肉店の兄ちゃん、怪我とか大丈夫なのか?」
「平気そうだったけど、もしかしたらむち打ちとか後で来るかもしれないって言ってた」
「だよなー……それで桂馬が精肉店に直接取りに行ったのか」
「一番近いの俺だからな。こうしてお肉を運んできたってわけ」
 桂馬さんは車のバックドアを開けて、持ってきた台車に段ボール箱を一つ、二つと積み始める。台車を押さえているのは和馬だった。

 お肉の段ボール箱って……内容量がどれぐらいなのか想像がつかないが、かなりの人数分だと思われる。その量に私は口を開けたままになってしまう。保冷剤が入っているのか段ボールの周りには白いもやが見える。

「お肉の量、凄いですね」
 私がお肉の箱を見つめながら呟くと桂馬さんが「だよねー」と笑った。
「今日は親父と母親の知り合い──つまり、ほとんどおっさんばっかりの集まりなんだけどさ。肉が好きな人達ばっかりで。集まる時は結構いい肉を食うんだよ。俺達兄弟が子供の頃からの集まりなんだけど、家が広いからなのかいつもうちの家に集まるんだ。確か親父と同じ大学の同窓会……いや会社を興した仲間達? だったかな」
「え」
 私は思わず目が点になる。

 私の様子をチラリと桂馬さんは横目で見ていた。反応を見ているのだろう。しかし、そんな事を気にしている場合ではなかった。

(親父と母親の知り合いって、社長と副社長の知り合いって事よね。お家に集まるぐらいなのだから、友達……だよね。更に会社を興したってさ、何だかんだで人生成功した人達ばかりなのでは。何でそんな集まりに私は来てしまったの?)
 ガチンと固まる私をよそに、荷台に積まれた箱を覗き込みながら和馬が暢気に呟いた。

「集まる人数は、全員で二十人ぐらいか? 那波、俺達も負けないで肉を食おうぜ~」
「ま、負けないで、肉を、た、食べるって」

(馬鹿言ってんじゃねーよ! 和馬は何でこんな集まりに私を連れてきたしー!)

 私がギロリと地味に和馬を睨みつけるも、全く和馬は意に介さない。和馬は鼻歌を歌いながら積んだお肉の箱を見つめていた。

「いい肉なんだからさ食わないと損だよ~親父達の仲良し会は興味ないけど、おこぼれで肉が食えるならさ。だって肉に罪はないしね。よし。これで全部積み終わりだ台所に運ぼうか。タエさんが待ってる……って、直原さん。フフフ、何? その面白い顔」
 歯ぎしりをして和馬を必死に睨みつけている私の顔を見て、桂馬さんは心底面白そうに笑った。

 当の本人である和馬は、ようやく私の顔に気がついたみたいでニヤリと笑っていた。

(和馬の嫌な笑い方……これは私がこんな顔をする事を予想していたわね……のこのこついてきて馬鹿みたい。やっぱり断固として断ればよかった。ってどうしてこんな場所に呼んだのよ! まさか本当にお肉だけが目的なの?)

 社長とご対面させたいのか、させたくないのか……益々分からなくなってきた。いや、別に対面とか、紹介とかして欲しいとか。そういうわけじゃないけど。まだ付き合って一週間だし……とか、そういう事じゃないですけど。

 和馬の行動が理解出来なくて私は口を尖らせてしまう。視線を逸らしながら小さな声で呟こうとした。
「……顔が面白くても内心は面白くな」
 面白くないですよ──そう言おうと思ったのに、和馬が突然大きなはっきりした声でこう言い出した。
「──アダル」
 明らかにアダルト動画と叫ぼうと、和馬は顎を上げ大きな声を張る。無駄に滑舌の言い声が早坂邸に響こうとしていた。だから私はとっさに和馬の声に被せる様にして叫ぶ。

 私は必死に大きな声で応戦する。

「わだし、お肉楽しみですっ!」
 アダルト動画の『アダル』まで言いかけた和馬の上に、被せて叫んだ。だから『わたし』が『わだし』になって、変な訛りがついてしまった。

 だけど、そんな事を気にしてはいられない。

 いきなり大声を発した和馬と私に、桂馬さんはポカンと口を開けた。そして、必死な私の顔が更におかしかったのか、天を仰いでゲラゲラと笑った。

「アハハハ! いいねぇ、素直でいい! そんな必死な顔をして、肉が食いたいって面白いな。それにさ、媚びを売ろうとか全く考えていない事がよく分かったよ。益々良いじゃん。そうだよ楽しく肉を食おうぜ」
 そう言って桂馬さんは私の頭をバシバシ叩いた。

「こ、媚び? とにかく食べます。そうだよね。和馬、食べようねっ」
 私は桂馬さんに頭をバシバシ叩かれながら、隣の和馬の袖を引っ張った。すると和馬はにっこり笑顔で笑っていた。

「そうだな。口で溶ける肉だしな」
 それは美しい悪魔の微笑みだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。 ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。 孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?! その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。 ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。 久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。 会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。 「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。 ※大人ラブです。R15相当。 表紙画像はMidjourneyで生成しました。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

同居離婚はじめました

仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。 なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!? 二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は… 性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。 −−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!! イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。

処理中です...