【R18】普通じゃないぜ!

成子

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39 器用な和馬は心配性

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 遅い食事をした後、私と和馬は狭い台所に立ってお皿を洗う。私が泡で洗ったお皿を和馬が隣で洗い流していく。リビングのテレビはつけっぱなしで、下ネタが多い深夜番組が流れているけど、水流の音で聞こえない。

 私と和馬はお横に並び無言で作業を続ける。

「なぁ」
 突然和馬が私に話しかける。水が飛び散らない様にゆっくりと食器を洗い乾燥機のラックに立てかけていく。

「ん?」
 私は新しいお皿を和馬に渡しながら次に洗うお箸を手に取った。和馬もお皿に視線を移し受け取ると新たに水に流していく。

「今日さ、那波が遅くなったのって、佐藤の資料作成関係?」
 思わずつるりと手を滑らせ、お箸を水を溜めている洗い桶に落としてしまう。

 ポチャンと落ちた水滴が私の頬に飛んだので思わず顔をしかめた。明らかに動揺してしまったので、和馬に溜め息を疲れてしまった。

「やっぱりか」
 私の周りの同期は皆私の情報を和馬に流している。同じチームの市原くんも、舞子とその彼氏の大村もそうだ。

 先日の悪態をついた佐藤くんの事は市原くんから聞いたのだそう。その事が気になっていると。

 私は箸を桶の中から拾い集め再び洗い始める。
「昨日は、無理に聞き出さないって言ったくせに」

 私が口を尖らせると和馬は洗い終わったお皿をラックに立てて私に向き直る。

「そう言ったけどよ。残業が続きそうな感じがするから。それに那波は仕事となると無理をするからな。元ペアで仕事をしていた俺としては気になるんだよ」

「和馬って心配性なんだから」
 和馬とは入社した当時から一年一緒に過ごしたから、私がのめり込むとトコトン突き詰める事を知っている。

「私さ、不器用だから。色々やり倒さないと分からない事が多くて」

(何でも出来る和馬が羨ましいよ)
 その言葉は自分が惨めになる様で口にする事は出来なかった。

 今日作ってくれたお味噌汁じゃないけど、和馬は何でもそつなくこなす。仕事も普通は出来ない事が直ぐに出来る様になる。とても器用で頭が良いのだろう。羨ましいといつも思う。

 そんな器用な和馬に対して、不器用な私。だから新人の頃は無茶も沢山した。それでも──仕事に没頭した時間は、社会人の私にとって大切な時間だ。

「那波って俺と大喧嘩しながら仕事した時と全然変わらないのな」
 和馬は私が洗ったお箸を受け取りながら小さく笑っていた。

「うっ。それって私が成長してないって事?」
 私は思わず尋ねてしまう。

 二課から一課に移った和馬はきっと新しい事に挑戦をしてまた一つ私より先を進んでいるはずだ。そんな和馬に『変わらない』と言われると気になってしまう。
 
 和馬はお箸を乾燥機にセットすると隣の私の顔を覗き込んで笑った。キラキラした笑顔に私は目を奪われる。

「根幹が変わったら意味ないさ。それが那波の良いところだと思うぜ。食いついてはなさない。トコトン突き詰めるっていうスッポンみたいな根性は凄いよ」
「スッポンってひどいなぁ。私は二課で池谷課長の元でさ、もっと仕事をしたいってだけなの」
 和馬のキラキラした顔で言われても、ときめかない。凄いよとか言われても嬉しくない。

 私が不満気味に眉を寄せたら、和馬がスッと真顔になった。

「池谷課長か。んー……お前、本当にそれでいいのか?」
「それでいいって?」
 どういう意味なのだろう。

 私が首を傾げると和馬も一緒に頭を傾ける。それから口をへの字にして、無言のママ見つめ合う事数十秒。それから和馬がハッとした顔をして口を開いた。

「マジか……そこまで心酔って。俺、心が折れそう。だって気づいてねぇとか。どうしたらいいんだよ、破滅に向かうの間違いなしだろ」
 ブツブツと何かを呟く和馬だった。形の良い眉の根元に皺を寄せて頭を抱えていた。

「何言ってるのよ? 痛っ?!」
 よく聞こうと頭を抱えた和馬を覗き込むと突然おでこを指で弾かれた。濡れた手で思わずおでこを押さえる。それからガシッと私は和馬に片手で頭を掴まれる。

「なっ、何するのよぉ!」
 必死に和馬の手を振りほどこうとしたけれども出来ない。何て力強いのだろう。私は和馬の押さえつける腕を握りしめるがびくともしなかった。

「とにかく、無理するな。俺は一課だけど誰にも口外しないから、とにかく俺に毎日相談するんだ。報・連・相だっ」
「えぇ~何でよっ」
「プレゼン来週に控えてるんだろ? それまでに那波は絶対無理をする」
「うっ……何でそんなに私にかまうの」
 既に無理をして資料を作ろうとしていた事がバレたの思わず慌てる。和馬は私の掴んでいた頭から手を離すとこめかみそして頬に手を滑らせる。

 最後私の顎を掴むとクイッと上に向かせる。ダークブラウンの瞳が細くなって間近に迫る。形の良い唇が弧を描いて私の唇前でピタリと止まる。

 息がかかるその距離であの特徴的な響く声で囁いた。

「だって俺は那波の恋人だから」

「!!」
 だからその声は反則なんだってばっ! 私はカチンコチンに固まって降参するしかなかった。
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