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10 卵サンドとあなた
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洗濯を終えて小さなテーブルに食事を並べる。用意したのは卵サンドとサラダだ。
あちこち髪の毛がはねたままの和馬は、私の用意したシャツやハーフパンツを無言で身につけると、目の前に並んだ卵サンドを見つめていた。
和馬は、胡座をかいてベッドの縁を背もたれ代わりにしてポカンと口を開けていた。整った顔も台無しなのだが、そんなに言葉も出ない程質素な食事だろうか。
(これだから、いいところのお坊ちゃんは。悪かったわよこんな食事しか用意出来なくて。そもそも和馬は朝は何を食べてるのかしら。もしかして和食派だった?)
私は料理が得意と言える程ではないが、自炊をしている。三食手作りだ。
会社で評価され業務ランクも上がらないと給料もアップしないから仕方ない。毎回カフェでランチというわけにはいかないお財布事情なのだ。
固まる和馬の目の前で私は両手をパンと目の前で合わせた。そしてとげとげしく早口で話す。
「週末は買い出ししないと食材のストックがないの。今、用意出来るのは卵サンドとサラダぐらいだし。こんな食事で悪いけど良かったらどうぞ。あ、コーヒーの砂糖とミルクはココだから」
和馬は話を聞きながら、私とサンドイッチを何度も見比べる。それから首を左右にちぎれるほどに振る。同時にパイナップルのへたになった髪の毛がピコピコ動いていた。
「こんな食事って。十分すぎるだろ」
「え?」
意外な言葉に私は驚く、そんな私の顔を見つめながら和馬も両手を自分の口の前で合わせた。
「凄いな。卵サンドが二種類って。一つはゆで卵を潰したヤツ。もう一つはふわふわの分厚い卵だし。サラダまでついてるなんて至れり尽くせりだ。飾り方もお洒落でボリュームもあるし。店で出るヤツみたいだな。美味そうだ」
両手を合わせたまま、体を左右に揺らして色んな角度から卵サンドを見ている。和馬の目は大きく開いてキラキラしている。
「あ、うん。そりゃどうも」
そんなに褒められると思っていなかったので棘のあった声が丸くなってしまった。
(不意に褒められると調子が狂うし。って言うか私も単純だわ)
「食べていいんだな?」
待て、と言われている大型犬だ。和馬は私に改めて確認を取る。
「どうぞ。味は保証しないけど。いただきます」
私が声を上げると和馬も両手を合わせながら頭を大きく垂れた。
「いただきます」
先程まで眠たそうにしていたのは何処へやら。和馬はコーヒーを一口飲んでブルブル震える。何だその態度は、と観察する。
「あー、染み渡る」
……ちょっとおっさんっぽいけどなんか可愛い気もする。
次は、卵を潰したサンドにかぶりついた。一口が大きかった。それからもぐもぐと頬張ると飲み込んだ。それから、キュッと目を閉じた。
「くっ。辛子が利いてる」
はーっと小さく息を吐いて鼻をつまんでいた。
「ごめん辛子苦手だった? 辛子マヨネーズだったんだけど、辛子が多かったかな」
「好きだから平気。でも辛いところに当たったみたいだ。ちょっと鼻に来た」
(あら。混ざり方が甘かったかしら)
そんな事を考えていると、和馬は辛さを振り切る様に左右に頭を揺らしていた。そして今度はレンジでチンしただけの、ふわふわの分厚い卵を挟んだサンドにかぶりついていた。卵は少し甘い味だ。
「んん~この甘いのも、イイ!」
和馬はもぐもぐと咀嚼して頬を赤くしぽーっとしていた。
「……」
私はそんな和馬の様子を見つめながらコーヒーを一口飲んだ。
和馬は私のAV鑑賞という人には言えない趣味を知って脅してきた。何でもするから黙っていて欲しいと言う私の言葉を聞いた和馬は、アダルト動画を見て興奮しているならと体の関係を迫った。昨日から和馬はSっぽい悪魔の様な態度だったから、今更私の前ではお世辞は言わないだろう。
そんな和馬が何を食べても美味しそうにしてくれる事が嬉しくて、私は気分が良くなった。
(何をするにしてもすっかり一人が慣れていたから、こんな風に二人で食事をするのも新鮮かも)
そんな事をぼんやりと考えながら私も卵サンドを囓った。
◇◆◇
食べた後、コーヒーを一口飲みながら和馬が意外な事を言い出した。
「あー美味かった。ごちそうさま。そういえば、チームで一緒に仕事していた時、会社のお昼は弁当だったよな。那波は料理が上手いんだな」
上手とさらりと褒められて私はテーブルを拭く手が止まってしまう。
「上手いって程じゃないよ。本当に料理上手な人からしたら、私のは大した事ないって」
私は止めた手を再び動かし、勢いよくテーブルを拭いて端に布巾を置く。
(直球に褒められたら何か照れる)
実際はそんなに料理が得意という程ではない。定番料理ぐらいしか作れないし。料理上手っていうのはもっとレシピを開発したり、時短処理が上手かったりする人の事を言うのだろうし。
「そうなのか? そんな事ないと思うけど。食える飯を作れるのに。そういえば、今でも会社に弁当持参なのか」
首を傾げながら和馬は尋ねてきた。
(『食える飯』ってどんなワードよ。もしかして和馬はごはんを作るの苦手なのかな。何でもスマートにこなしそうなのに)
「うん、そうお弁当よ。そりゃぁ、カフェでランチもしたいと思うよ? 社員食堂も格安とはいえお弁当のコスパには敵わないしね」
「え~お前かなり忙しいだろ? 二課の市原から聞いたぞ。外回り営業を三人も面倒を見ているんだろ。普通、三人はないぜ。その間にプライベートで毎日弁当も作ってなんて無茶苦茶だろ。池谷課長はどうしてそんなヘビーな仕事をお前にさせているんだよ」
和馬は頬杖をついて二重の瞳を細めた。ダークブラウンの瞳が私をとらえる。
「もう、市原くん。おしゃべりだな」
(他の部署にいる和馬にそんな事を話しちゃうなんて。そういうのNGだって知っているはずなのに)
私が両腕を胸の前で組んで口を尖らせる姿を見ると、和馬は肩を上げて笑った。
「市原を責めるな。俺が無理に聞き出しただけだ。別に誰かにその事を漏らしたりしないから」
「分かってるよ」
私は溜め息をついてコーヒーに視線を落とす。
前は同じチームだった和馬。それに和馬は同期の男性社員にも人気がある。市原くんもそんな和馬に頼み込まれては話すしかなかったのだろう。
あちこち髪の毛がはねたままの和馬は、私の用意したシャツやハーフパンツを無言で身につけると、目の前に並んだ卵サンドを見つめていた。
和馬は、胡座をかいてベッドの縁を背もたれ代わりにしてポカンと口を開けていた。整った顔も台無しなのだが、そんなに言葉も出ない程質素な食事だろうか。
(これだから、いいところのお坊ちゃんは。悪かったわよこんな食事しか用意出来なくて。そもそも和馬は朝は何を食べてるのかしら。もしかして和食派だった?)
私は料理が得意と言える程ではないが、自炊をしている。三食手作りだ。
会社で評価され業務ランクも上がらないと給料もアップしないから仕方ない。毎回カフェでランチというわけにはいかないお財布事情なのだ。
固まる和馬の目の前で私は両手をパンと目の前で合わせた。そしてとげとげしく早口で話す。
「週末は買い出ししないと食材のストックがないの。今、用意出来るのは卵サンドとサラダぐらいだし。こんな食事で悪いけど良かったらどうぞ。あ、コーヒーの砂糖とミルクはココだから」
和馬は話を聞きながら、私とサンドイッチを何度も見比べる。それから首を左右にちぎれるほどに振る。同時にパイナップルのへたになった髪の毛がピコピコ動いていた。
「こんな食事って。十分すぎるだろ」
「え?」
意外な言葉に私は驚く、そんな私の顔を見つめながら和馬も両手を自分の口の前で合わせた。
「凄いな。卵サンドが二種類って。一つはゆで卵を潰したヤツ。もう一つはふわふわの分厚い卵だし。サラダまでついてるなんて至れり尽くせりだ。飾り方もお洒落でボリュームもあるし。店で出るヤツみたいだな。美味そうだ」
両手を合わせたまま、体を左右に揺らして色んな角度から卵サンドを見ている。和馬の目は大きく開いてキラキラしている。
「あ、うん。そりゃどうも」
そんなに褒められると思っていなかったので棘のあった声が丸くなってしまった。
(不意に褒められると調子が狂うし。って言うか私も単純だわ)
「食べていいんだな?」
待て、と言われている大型犬だ。和馬は私に改めて確認を取る。
「どうぞ。味は保証しないけど。いただきます」
私が声を上げると和馬も両手を合わせながら頭を大きく垂れた。
「いただきます」
先程まで眠たそうにしていたのは何処へやら。和馬はコーヒーを一口飲んでブルブル震える。何だその態度は、と観察する。
「あー、染み渡る」
……ちょっとおっさんっぽいけどなんか可愛い気もする。
次は、卵を潰したサンドにかぶりついた。一口が大きかった。それからもぐもぐと頬張ると飲み込んだ。それから、キュッと目を閉じた。
「くっ。辛子が利いてる」
はーっと小さく息を吐いて鼻をつまんでいた。
「ごめん辛子苦手だった? 辛子マヨネーズだったんだけど、辛子が多かったかな」
「好きだから平気。でも辛いところに当たったみたいだ。ちょっと鼻に来た」
(あら。混ざり方が甘かったかしら)
そんな事を考えていると、和馬は辛さを振り切る様に左右に頭を揺らしていた。そして今度はレンジでチンしただけの、ふわふわの分厚い卵を挟んだサンドにかぶりついていた。卵は少し甘い味だ。
「んん~この甘いのも、イイ!」
和馬はもぐもぐと咀嚼して頬を赤くしぽーっとしていた。
「……」
私はそんな和馬の様子を見つめながらコーヒーを一口飲んだ。
和馬は私のAV鑑賞という人には言えない趣味を知って脅してきた。何でもするから黙っていて欲しいと言う私の言葉を聞いた和馬は、アダルト動画を見て興奮しているならと体の関係を迫った。昨日から和馬はSっぽい悪魔の様な態度だったから、今更私の前ではお世辞は言わないだろう。
そんな和馬が何を食べても美味しそうにしてくれる事が嬉しくて、私は気分が良くなった。
(何をするにしてもすっかり一人が慣れていたから、こんな風に二人で食事をするのも新鮮かも)
そんな事をぼんやりと考えながら私も卵サンドを囓った。
◇◆◇
食べた後、コーヒーを一口飲みながら和馬が意外な事を言い出した。
「あー美味かった。ごちそうさま。そういえば、チームで一緒に仕事していた時、会社のお昼は弁当だったよな。那波は料理が上手いんだな」
上手とさらりと褒められて私はテーブルを拭く手が止まってしまう。
「上手いって程じゃないよ。本当に料理上手な人からしたら、私のは大した事ないって」
私は止めた手を再び動かし、勢いよくテーブルを拭いて端に布巾を置く。
(直球に褒められたら何か照れる)
実際はそんなに料理が得意という程ではない。定番料理ぐらいしか作れないし。料理上手っていうのはもっとレシピを開発したり、時短処理が上手かったりする人の事を言うのだろうし。
「そうなのか? そんな事ないと思うけど。食える飯を作れるのに。そういえば、今でも会社に弁当持参なのか」
首を傾げながら和馬は尋ねてきた。
(『食える飯』ってどんなワードよ。もしかして和馬はごはんを作るの苦手なのかな。何でもスマートにこなしそうなのに)
「うん、そうお弁当よ。そりゃぁ、カフェでランチもしたいと思うよ? 社員食堂も格安とはいえお弁当のコスパには敵わないしね」
「え~お前かなり忙しいだろ? 二課の市原から聞いたぞ。外回り営業を三人も面倒を見ているんだろ。普通、三人はないぜ。その間にプライベートで毎日弁当も作ってなんて無茶苦茶だろ。池谷課長はどうしてそんなヘビーな仕事をお前にさせているんだよ」
和馬は頬杖をついて二重の瞳を細めた。ダークブラウンの瞳が私をとらえる。
「もう、市原くん。おしゃべりだな」
(他の部署にいる和馬にそんな事を話しちゃうなんて。そういうのNGだって知っているはずなのに)
私が両腕を胸の前で組んで口を尖らせる姿を見ると、和馬は肩を上げて笑った。
「市原を責めるな。俺が無理に聞き出しただけだ。別に誰かにその事を漏らしたりしないから」
「分かってるよ」
私は溜め息をついてコーヒーに視線を落とす。
前は同じチームだった和馬。それに和馬は同期の男性社員にも人気がある。市原くんもそんな和馬に頼み込まれては話すしかなかったのだろう。
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