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Case:天野 10

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 玩具って何? 

 そう思いつつ私は悠司と共にシャワーを浴び身体を改めて清めた。途中で悠司に玩具とは何かを聞こうとしたのだけれども、直ぐにキスでごまかされてしまう。うっとりしてしまうキスを受けながら玩具の事を聞くのを諦めるしかなかった。けれども、私はうっすらと期待をしていた。

 もしかして。あの凶暴なショッキングピンク色のバイブが復活するとか?

 的確に身体の感じるところを揺さぶる大人の玩具──バイブを経験したのはハロウィンの時だった。夜はバイブのおかげで、他人様の前で潮吹き……コホン。そんな痴態を披露してしまうところだった。

 バイブは私にプレゼントしてくれるのかと思いきや「俺達以外に必死になるのは禁止」と、二人に取り上げられてしまった。まるで私がバイブの虜になってしまう様な言い草は心外だ。心外なのだけど。……うん。

 …………確かにアレは凄かったわ。べ、別にバイブが凄いって事じゃなくて。その後の男性二人とのエッチが凄かったのに。バイブは、天野と岡本のどちらかが管理している様で未だ私の手元にはない。だからハロウィン以来、大人の玩具との付き合いはなかった。



 ◇◆◇

 露天ジェットバスは身体の大きい私達でも、足を伸ばしても余裕のサイズだった。ただし二人一緒に入れば一杯になるジェットバスは、恋人専用としか思えない。

 高台にあるこのホテルは暗闇でも森の香りと少しだけ海の香りがする。空の上でドーンと火花の音が聞こえる。近くにあるアミューズメントパークは一日の営業が終わる五分前に花火が上がる。その花火が終わったら、パークの営業は終了する。
 ベルパーソンが教えてくれた通り、パークの花火が露天ジェットバスからはっきりと見えた。最初はゆっくりと大輪の花を一つ、二つと咲かせていた空はあっという間に空に色とりどりの花火で埋め尽くされる。あっという間の五分間だった。

 私と悠司はバスに浸かりながら優雅に花火を眺めた。お互いの片手にはロゼのスパークリングワインが注がれたフルートグラス。グラスの中には半分に切った苺が詰まっている。

「あっという間だったな。花火」
「うん。本当にね」
 花火が終わってしまうと寂しい気持ちになるのは何故だろう。私と悠司は瞼を閉じると残っている花火の残存に酔いしれていた。

 私と悠司は水着でジェットバスに浸かっていた。肩までジェットバスに浸かり背もたれに身体を預ける。ブクブクと泡が出て身体を心地よく包み込む。最低限に光量が落とされた間接照明がぼんやりと視界の端で霞んでいた。

 私は言葉が続かなくて冷えたワインを一口飲んだ。コロンと転がってきた半分の苺を噛みしめる。最近は甘い苺が多いけど、この苺は酸味が強いもので甘すぎないワインにとても合っていた。

 美味しい!

 それ以外の感想があるだろうか。苺を食べた私は瞳をパチパチと瞬かせてしまった。その顔を見た悠司は悪戯が上手く行った子供の様に笑った。それから彼はゆっくりと苺の味がするキスをしてくれた。

 甘酸っぱい苺の味がする。素敵で優しいキスだった。

 悠司は私の肩を抱き寄せて同じ様にワインを口に含む。喉仏が上下するのを見た私は合わせたみたいにゴクンと唾を飲み込んだ。酷く色っぽい悠司の動きに今晩は直ぐに反応してしまう。

「飲み過ぎそうだわ。気をつけないとな」
 悠司はフルートグラスを高く上げ、側にあるトレイの上に置いた。そして、私を引き寄せた手で肩から首をスーッと撫でる。
「……酔いすぎない様に気をつけようぜ」
「う、うん。んっ……」
 悠司の節々のはっきりした指は微妙なタッチで触れるから皮膚が粟立つ。私は返事をしながら声を堪えた。悠司はそんな私の湯船の中でぼやけている水着を見つめて優しく微笑んだ。
「思った通り似合ってる。大人の可愛さ、だな」
「うん……あの、ありがとぅ……」
 私は可愛いと言われと殊更弱い。照れを隠す為にワインをもう一口小さく飲んだ。お酒の力で落ち着こうとしても、苺の甘酸っぱさが私の心を見透かしているみたい。

 悠司は白と黒のゼブラ柄のサーフパンツを穿いていた。悠司は水着を着慣れているのか、派手なゼブラ柄も嫌らしくは見えなかった。むしろここまで着こなせるとは。鍛えられた躯体と日焼けしている肌にジェットバスのしぶきがかかってより男らしさを強調していた。

 そして──私は悠司にプレゼントして貰った水着を身につけていた。



 ◇◆◇

 黒の三角ブラとショーツは横を紐で結ぶタイプのものだ。シンプルなんだけど、恐らく最新のモデルだろう。ショーツのバックはカッティングが深く、Tバックとまではいかない程度でお尻がキュッと上に上がって見える。三角ブラは本当に胸を隠す三角の部分以外は華奢な紐だけど、作りがしっかりしていて自然と身体にフィットする。

 さすが悠司。私のサイズを熟知していると感心するが、一つだけ恥ずかしい事がある。三角ブラに薄いシリコンパッドをつける事が出来るのだが、悠司がそれを外してしまった。

「こんなもんない方が格好いいんだ」
「えっ。そんなの大切なあの部分が、その……」
 ポチッと見えちゃうんだけど。

 私がもごもごと言い淀んでいると悠司は「二人きりだから気にしなくていいだろ」と笑っていた。

 えっ? 本当に? 海外だとそれもありだって聞くけど、実際のところどうなのかしら。よく考えたら海外に行った時、プールや海に入る事なかったし。様々な海で波に乗っていた悠司には当たり前なのだろうか。ぐるぐると考えても答えは出ない。
「うん。分かった」
 今日は他人の目を気にする必要がないので、私は悠司に従う事にした。

 パッドがないと不安だけど、それ以外の水着の作りはしっかりしている。ブラの部分は綺麗に立体的に作られている。バストにピッタリと膨らみが合う。何処のメーカーなのかは分からないけれども、安物の水着ではない事が分かった。

「さすがだな涼音。バスト、ヒップどちらもラインが綺麗だ。これだけ水着を着こなせる日本人はそういないぜ」
 サラリと悠司に褒められて私は照れながらも気をよくしてしまった。

 もう……そんなにベタベタに褒められたらね。本当に口が上手いんだから。



 ◇◆◇

 ワイングラスを置きながらそんなやりとりを思い出していると、悠司が首の後ろで結んである水着の紐で遊び出した。結んでいる一本をわざと引っ張るのだ。

「だっ、駄目だってば」

 私は自分のバストを抱きしめ身体を丸める。悠司が紐を解いてしまったと思ったからだ。悠司はパッと手を放して両手を上に上げて何もしていないアピールをする。

「もったいないから直ぐには脱がさないさ」
「直ぐにはって」
 結局最後は脱がすつもりなのね。私は首の後ろで結ばれた紐を確認しホッと溜め息をついた。悠司はそんな私に意地悪く笑う。

 それから悠司はバスに浸かったまま、身体をねじりリボンのついたプレゼントボックスを掴む。
「俺の選んだ水着なんだからさ。しっかり堪能させて貰うさ。いつもなら岡本が『違いますこっちの水着がいいですよ。もう天野さんセンスないですねぇ』とか言いやがるから──あ」
 プレゼントボックスを片手で持ち上げたところで、悠司は自分の言葉に固まる。それからブルブルと頭を左右に激しく振って、一人喚いた。

「クソ! 岡本の名前だけじゃなく口真似までする事ないのにな、俺ときたら」
「ふふふ」
 私が笑うと悠司は前髪をかき上げながら振り向いた。振り向いた悠司の顔はもう嫉妬にまみれてはいなかったけど、面白くないと言わんばかりに口を尖らせていた。
「今日は岡本禁止令だからな!」
「自分で言ったのに何を言ってるのよ……」
 照れくさいのか何なのか、悠司の岡本禁止令を聞きながら赤いリボンがかかった少し大きめのプレゼントボックスを受け取った。
「これは?」
「プレゼント。まー涼音へプレゼントって事じゃなくて俺へのプレゼントだな」
「えっ? 悠司へのプレゼント? それなのに悠司から私が貰うの?」
 意味が分からない。私は困った顔で悠司を見上げてしまった。悠司は白い歯を見せて笑う。
「そ。俺へのプレゼント」
「???」
 意味が分からなくて首を傾げる。

 私に渡すのに悠司へのプレゼントになるってどういう意味なの? はてなが沢山浮かんだところで、悠司がボックスを開ける様に促す。

「開けてみろよ。まーちょっとグロいけど涼音も興味があるものだと思うぜ。動きも確認したし、消毒もしてあるから大丈夫」
「動き? 消毒?」
 私は意味が分からなくてひとまずプレゼントボックスを傍らに奥。それから赤いリボンを紐解いて、蓋を開けて中を覗いた。

 そこに入っているのもを見て、思わず固まってしまった。

 日本人の肌色をそのまま表現したマットシリコンに覆われたは悠司が言う通りグロテスクだった。丁寧に血管(?)が浮かび上がり、長く伸びた上部は傘の様に広がっている。

 そう……男性器を模したものがポンと一個入っていた。持ち手部分にはスイッチがついている。恐らく電動で動くのだろう。

 私は箱の中を覗いたまま悠司に振り向く事が出来ずに口を開く。

「えっ? コッ、コッ、コッ」
 箱の中に入っていた物体のリアルさに震えて私は「これはまさか」という言葉を継げずにいた。

「ニワトリかよ──って、この台詞俺、どっかで言った気がするな……って、誰に言ったか思い出したわ。禁止令、禁止令。オッホン。そう。これはディルドバイブってやつな。しかも完全防水なんだ」
 悠司は色々呟きながら、箱の中からそれを持ち上げた。

 悠司が手に持つとサイズ感がよく分かった。結構おっきい! 太さはそんなにないけど長さがある。何と比べてとは言えないけれども本当にリアルなサイズと質感だった。まじまじと観察している私の顔を見ながら、悠司は根元にあるるスイッチを押す。するとモーター音と共にぐねぐねとは動き出した。モーターが回転しているだけなのだろうが、形が形なだけに何とも妖艶な動きだ。

「うっ動いた」
 私はその動きに湯船の中、しぶきを上げておののく。

「そりゃ動くさそういう玩具なんだからな。まーこの形はリアルでだけど。すんなり入ると思うぜ」
 悠司はぐねぐねと動くディルドバイブを、上下に動かして見せた。

 私は思わず頭の天辺からおかしな声を上げてしまった。
「えっ。ま、まさか。を私に入れるの?」
「涼音以外の誰に使うんだよ。まさか俺が『入れてくれ』と言うと思うか?」
「そ、それはそれでお願いされても、やり方が分からないし困るけど」
「……真に受けて悩むなよ。ほら。早速使ってみようぜ」
 そう言って天野は湯船の中で私の腰を抱き寄せた。ディルドバイブと呼ばれるものが私の目の前でぐねぐねと動いている。

「こっ、これが私の中に入るって。そんな事って……」
 私はゴクンと唾を飲み込んだ。今までの私ならこんなものを見せた悠司といえども絶対に引く。絶対に引く! そして、何考えてるのよ変態! と口走ると思う。

 だけど私はハロウィンの時に知ってしまった。形は違えど生まれて初めてバイブを使用したあの日からずっと気になっていた。丸くつるっとしたフォルムで振動するだけなのに。潜り込んだバイブは的確に私のいいところで容赦なく責め立てて、何度も果ててしまう事が出来ると知った。

 もちろん悠司と聡司には到底及ばないのは理解している。それでもあの気が狂わんばかりの凶暴さに振り回されたいと思う事があるのだ。かと言って、手元にバイブはないし。試すって言ったって一人で試すのは勇気がいるし。

 あのハロウィンの時にバイブの虜になったら困るからと二人から言われてしまった手前『使ってみたいなぁ』等は言い出せずにいた。

 これが私の中に入ったらどうなるのかしら。人間じゃないからぬくもりはないだろうけど。でも、この振動ってもしかしてあの時、ハロウィンと同じぐらいの快感に襲われるかしら? そしてその後、悠司のもので思い切り貫かれ突き上げられたとしたら──私はブルリと震えて自分の身体を自分で抱きしめた。

 悠司を横で見上げると優しく笑っていた。
「興味あるだろ?」
 私は悠司の顔とバイブを行ったり来たりしながら頬を染めて呟く。
「きょ、興味はあります。でも……つ、使い方とかよく分からない」
 何故敬語なのだ。私は恥ずかしいと思いながらもバイブにそっと手を添えた。
「別に興味あったって恥ずかしい事じゃないさ。俺がついてるし。癖にならない程度で止めとくからさ安心していいぜ」
 悠司は何を必死に説得しているのだろうと思う。バイブ片手に何という台詞。悠司の手元でぐねぐねとバイブは動いている。

 私は改めて喉を潤す為ワインに飲む。それからゆっくりと悠司に近づいて小さく頷いた。
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