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Case:天野 8
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陽菜さんは言いたい事を全て吐き出したらスッキリしたのかご機嫌だった。
天野が男性の岡本と浮気をしているという、盛大な誤解をしたままで。浮気相手が男性というだけでも衝撃的だけど、陽菜さんはそれを事実として受け止めたのだ。私はそんな陽菜さんに、どう言って説明していいのか分からなかった。
それから、買い物をしないままランジェリーショップを後にし(お店の人ごめんなさい)、置き去りにしていた天野と合流する。天野は灰になったママなのかと思いきや、ちゃっかり逆ナンをされていて相変わらずのモテっぷりを私と陽菜さんの前で披露してくれた。
目立つものね天野は。今日は輪をかけて格好いいし。若者の街でもその威力を発揮してるわね。ハッ! 違うかも。私もぼんやりしていたらナンパされてしまったし。若者の街は知らない人にも気軽に声をかける文化があるのかもしれない。そうなると私の時代とは大違いね。
余裕たっぷりの天野の対応を見ていると、私の考えは時代遅れなのかもしれないと思い至り怒る気になれなかった。
だけど、妹の陽菜さんは違った。
「信じられない。彼女と一緒にいるってのに逆ナンされるとかさーもー何なの?」
逆ナンした女の子を追い払った陽菜さんは天野の前に仁王立ちになった。目をつり上げて怒るけど可愛く見えた。
「逆ナンって分かってたけど、ちょっと話をしただけさ。そんな気はないぜ。それに逆ナンっつっても不可抗力だろ」
天野は肩を上げて困った様に眉を垂らした。陽菜さんの怒りも軽くかわず。逆ナンの対応も慣れていて、本人が言う通りで不快にさせない程度に話をしていただけみたい。
そんな余裕の天野に、陽菜さんはプリプリとほっぺたを膨らませる。
「だからってさー涼音さんがいるんだから気をつけてよね。私だったらさーきっぱり断ってくれない姿を見るとか、そういうの凄く嫌だもん……」
最後の可愛い言葉に、お兄さんの天野も笑って小さな溜め息をついた。それから、頭をかきながら陽菜さんと私に向かって素直に謝った。
「ごめん」
たった三文字の言葉も天野から発せられると破壊力がある。三割増しぐらいの謝罪に聞こえるのは何故だろう。イケメンって凄い威力。
とはいえ……妹に可愛く言われたら素直に謝るしかないわよね。天野も陽菜さんの前じゃ丸くなるしかないみたい。
天野の言葉を聞いた陽菜さんは私の顔を覗き込んで様子を見ていた。私の代わりに怒ってくれたのね。私の可愛い味方。私はそんな僅かな事も嬉しくなって、天野と陽菜さんに微笑む。
「フフ。悠司の事をほったらかしにしちゃったものね。それに私もナンパされちゃったし。おあいこね。ごめんなさい」
私は親しみを込めてあえて天野の名前を呼んだ。この可愛くて素敵な兄妹と出会えて本当によかった。最後は謝罪の言葉で締めくくったのに自然と笑顔になってしまった。
「「!」」
謝った私の顔を見て天野と陽菜さんは目を丸めた。それから二人は顔を合わせてコソコソと相談し合う。
「クールビューティーかと思いきやすっごく可愛い笑顔って。しかも謝っちゃう素直さってさーもーホントにさーお兄ちゃんヤバくない? しかも今名前呼びだよ? ドキドキするんだけど、ときめくよね? って、ときめくしかないよね?」
「お、おう。今のはクルな。ヤバい。色々とマジでヤバい」
何故か二人は恨めしそうに私をじっとり見つめていた。
◇◆◇
それから新しく出来たお店へ。女子高生に大人気のチーズケーキが絶品のお店へ。高校生ばかりが集うスイーツ店だったから、私と天野の目立つ事!
可愛いカップルや恋人達もたくさんいたけど、皆私達をじっと見ていた……様な気がする。
「滅茶苦茶注目されてるし~さっすが涼音さん。モデルだと思われてるんだよ。ウフ。何かこういう視線って快感ー。だってお兄ちゃんといるとさーいつもヤバい男と付き合ってると思われがちだしさー」
と、陽菜さんが私の腕に自分の腕を絡ませながら嬉しそうに囁いた。
天野のお兄ちゃんとしての存在って一体どうなっているのだろうと思う。とはいえ、この視線はそういうものではないと思う。
「うーん。そうじゃなくて、注目されている理由って多分……」
私と天野は陽菜さんの保護者だと思われているのでは。まさかの家族での来店。そりゃ目立つよね。ああ、そうよね。そう言うもんよね。
そんな私の思いが天野に伝わったのか、天野は私の肩を抱きながら苦笑いをしていた。
「設定は家族って事にしとくか?」
「それはそれで複雑」
恋人とか新婚とかすっ飛ばしていきなりのファミリーって。陽菜さんの様な若い人と歩いて、改めて自分は歳を取っているのだと実感した。
とはいえ、そのお店のチーズケーキは初めて味わうもので私は一口食べて驚いてしまった。隣の天野も一口食べて目を輝かせていた。思わずその顔のママ陽菜さんを見たら、私と天野の顔を見て笑っていた。
更にゲームセンターで写真シールのゲーム機で遊んだ。写真シールなんて何年振りだろう。今はたくさんの機能がついてて陽菜さんに教えて貰いながら三人で撮影。凄い肌が白くて目がおっきい!
何故か天野も詳しかった。何故って──それはあえて突っ込まないでいようと思った。
◇◆◇
楽しかった時間もあっという間に過ぎて夕方になった。
車で来ていた天野は陽菜さんを学校近くのコンビニエンスストアまで送り届ける。陽菜さんは学生寮で生活しているのだとか。
「そこの角を曲がればすぐだろ? どうしてこんなコンビニエンスストアで降りるんだよ? 寮の前まで車で送るって」
「ダメダメ。お兄ちゃんに送って貰ったのバレたら面倒くさい事になるの」
「面倒くさいって何でだよ」
「この間なんてさー大変だったの。年上の新しい彼氏と勘違いされて。もー誤解だって何度も言ってるのに。私とお兄ちゃんって全然似てないし、しかも外見がさお兄ちゃんってアレじゃん?」
「アレって何だよ」
「年齢も年齢だしチャラいってだけでは済まされないの分かってる? 単に遊んでまーすチャラいでーす、て感じじゃないの。上級者のヤバめな男って感じだからー」
「そっ、そんなわけないだろ…………多分」
天野がたっぷりと間を開けて答える。
どうやら自分の外見がどう見られているのかは自分なりに良く分かっているみたい。
「だからー『遊んで捨てられるから』『何処かに売り飛ばされるから』ってすんごい勢いで言われて。そこまで言われるとお兄ちゃんだって言うのも言いにくくなっちゃって。大騒ぎになるから絶対に駄目」
「えぇ……」
今日は私もいるから大丈夫だって言おうと思ったけど、そんな事も言えないぐらいの勢いで陽菜さんに押し切られる。
そもそも『遊んで捨てられる』はともかく『何処かに売り飛ばされる』ってどういう事だろう。天野は「え」以外の言葉が出ないでいた。
天野を言葉で叩きのめした陽菜さんは私に微笑む。
「だけど涼音さんになら寮の前まで送って貰ってもいいかも。ねー涼音さん一緒に寮の門の前までどうです? 涼音さんは同級生に超美人なお姉さんって事で紹介したいしー」
そう言って車を降りた後、後部座席に座っていた私を窓の外から覗き込む。
「馬鹿を言うなよ。何で俺が駄目で倉田ならいいんだよ! そんな風に倉田を取り込んで皆で盛り上がるつもりだな。そうはいかないぜ。俺と倉田はこれから恋人の時間なの。ほらほら、遅くなるから帰った帰った」
明らかに陽菜さんに冷やかされたのが分かった天野は、運転席から陽菜さんに向かって手を払った。
立ち直った天野に向かって陽菜さんはあっかんべーをする。それから、天野に買って貰ったショップの紙袋を持ってぴょんとはねた。
「じゃぁねお兄ちゃん。買い物だけじゃなくて涼音さんを紹介してくれてありがとう。すっごく優しくて綺麗なお姉さんが出来て超嬉しかったーお願いだから絶対に浮気しないでね。振られたりしないでね」
「浮気もしないし振られるわけないだろ」
天野が開けた窓から片手を出して文句を言っていた。
その様子を見て陽菜さんは年頃らしい笑顔を見せた。
「ホントかなぁ~? ま、いいかぁそれは追い追いで。それじゃ涼音さん~メッセージ送るからねーバイバーイ」
陽菜さんは大きく手を振りながら手を振りながら学生寮に向かって走り去っていった。
「うん。今日はありがとう」
私も笑って車の中から手を振った。陽菜さんの姿が小さくなるまでずっと。天野もずっと姿が見えなくなるまで見つめていた。
無言の時間が長く続いて、窓を開けたままの車内は冷たい風が流れ込んできた。陽菜さんのおかげで温度が高かった車内が急激に冷えていく気がした。
「……行っちゃったね」
「そうだな。何か本当に付き合わせて悪かったな。でも助かった」
「ううん。そんな事ない。でもさ、二人だけになると。ほら、なんかね?」
寂しいわね──そう言いたかったけどいい大人がそんな事を呟くのは恥ずかしくて口には出来なかった。
「そうか? ようやく二人になれたって思うけど」
私の言葉に天野がぽつりと呟いた。その呟きがやたらと響く。それは、天野にとってはいつでも連絡が取れる家族、妹さんだからね。私はドライな天野の言葉に肩をすくめて俯く。
受け入れて貰えるか心配だったし、緊張したけどとても可愛くて優しい女の子だった。こうして別れてしまうと寂しいものだ。だから余計に本当の事が言えない自分がとても狡いと思ってしまう。
陽菜さん、あのね。本当は私達は三人で一緒なの。岡本はね浮気相手じゃないの。
天野が男性と関係している可能性があってもそれを妹として受け入れる陽菜さん。それは勘違いだけれども、私達三人の関係を言ったら──受け入れてくれるかな。
「岡本もいた方がよかったかもね」
思わずぽつりと呟いた言葉に天野が息を飲んだのが聞こえた。
この場所にいてちゃんと陽菜さんに紹介するべきだったのかもしれない。そう続けたかったけどその言葉を声に出す事は出来なかった。蓋を開けてから陽菜さんの態度でこんな風に考えるなんて私は狡い人間だ。このままでいいはずないのに。
「……気になるか? 岡本の事」
天野はハンドルを握りしめたまま後部座席の私に振り向く事はなかったけど、酷く低い声で呟いた。
岡本を紹介出来なかった事は気になるけど、三人でいる事の覚悟をしなきゃいけないのは私なのね。
「うん。ちょっとね。でも今更よね。ごめんなさい」
私は天野の後頭部に向かって小さく呟いた。
「……」
天野は無言でエンジンをかけ、郊外に向かってハンドルを切った。ゆっくりと窓を閉めると、空はすっかり夜の色に変わっていた。
この時天野は私の言葉を大きく誤解している等とは……私は露ほども思っていなかった。
天野が男性の岡本と浮気をしているという、盛大な誤解をしたままで。浮気相手が男性というだけでも衝撃的だけど、陽菜さんはそれを事実として受け止めたのだ。私はそんな陽菜さんに、どう言って説明していいのか分からなかった。
それから、買い物をしないままランジェリーショップを後にし(お店の人ごめんなさい)、置き去りにしていた天野と合流する。天野は灰になったママなのかと思いきや、ちゃっかり逆ナンをされていて相変わらずのモテっぷりを私と陽菜さんの前で披露してくれた。
目立つものね天野は。今日は輪をかけて格好いいし。若者の街でもその威力を発揮してるわね。ハッ! 違うかも。私もぼんやりしていたらナンパされてしまったし。若者の街は知らない人にも気軽に声をかける文化があるのかもしれない。そうなると私の時代とは大違いね。
余裕たっぷりの天野の対応を見ていると、私の考えは時代遅れなのかもしれないと思い至り怒る気になれなかった。
だけど、妹の陽菜さんは違った。
「信じられない。彼女と一緒にいるってのに逆ナンされるとかさーもー何なの?」
逆ナンした女の子を追い払った陽菜さんは天野の前に仁王立ちになった。目をつり上げて怒るけど可愛く見えた。
「逆ナンって分かってたけど、ちょっと話をしただけさ。そんな気はないぜ。それに逆ナンっつっても不可抗力だろ」
天野は肩を上げて困った様に眉を垂らした。陽菜さんの怒りも軽くかわず。逆ナンの対応も慣れていて、本人が言う通りで不快にさせない程度に話をしていただけみたい。
そんな余裕の天野に、陽菜さんはプリプリとほっぺたを膨らませる。
「だからってさー涼音さんがいるんだから気をつけてよね。私だったらさーきっぱり断ってくれない姿を見るとか、そういうの凄く嫌だもん……」
最後の可愛い言葉に、お兄さんの天野も笑って小さな溜め息をついた。それから、頭をかきながら陽菜さんと私に向かって素直に謝った。
「ごめん」
たった三文字の言葉も天野から発せられると破壊力がある。三割増しぐらいの謝罪に聞こえるのは何故だろう。イケメンって凄い威力。
とはいえ……妹に可愛く言われたら素直に謝るしかないわよね。天野も陽菜さんの前じゃ丸くなるしかないみたい。
天野の言葉を聞いた陽菜さんは私の顔を覗き込んで様子を見ていた。私の代わりに怒ってくれたのね。私の可愛い味方。私はそんな僅かな事も嬉しくなって、天野と陽菜さんに微笑む。
「フフ。悠司の事をほったらかしにしちゃったものね。それに私もナンパされちゃったし。おあいこね。ごめんなさい」
私は親しみを込めてあえて天野の名前を呼んだ。この可愛くて素敵な兄妹と出会えて本当によかった。最後は謝罪の言葉で締めくくったのに自然と笑顔になってしまった。
「「!」」
謝った私の顔を見て天野と陽菜さんは目を丸めた。それから二人は顔を合わせてコソコソと相談し合う。
「クールビューティーかと思いきやすっごく可愛い笑顔って。しかも謝っちゃう素直さってさーもーホントにさーお兄ちゃんヤバくない? しかも今名前呼びだよ? ドキドキするんだけど、ときめくよね? って、ときめくしかないよね?」
「お、おう。今のはクルな。ヤバい。色々とマジでヤバい」
何故か二人は恨めしそうに私をじっとり見つめていた。
◇◆◇
それから新しく出来たお店へ。女子高生に大人気のチーズケーキが絶品のお店へ。高校生ばかりが集うスイーツ店だったから、私と天野の目立つ事!
可愛いカップルや恋人達もたくさんいたけど、皆私達をじっと見ていた……様な気がする。
「滅茶苦茶注目されてるし~さっすが涼音さん。モデルだと思われてるんだよ。ウフ。何かこういう視線って快感ー。だってお兄ちゃんといるとさーいつもヤバい男と付き合ってると思われがちだしさー」
と、陽菜さんが私の腕に自分の腕を絡ませながら嬉しそうに囁いた。
天野のお兄ちゃんとしての存在って一体どうなっているのだろうと思う。とはいえ、この視線はそういうものではないと思う。
「うーん。そうじゃなくて、注目されている理由って多分……」
私と天野は陽菜さんの保護者だと思われているのでは。まさかの家族での来店。そりゃ目立つよね。ああ、そうよね。そう言うもんよね。
そんな私の思いが天野に伝わったのか、天野は私の肩を抱きながら苦笑いをしていた。
「設定は家族って事にしとくか?」
「それはそれで複雑」
恋人とか新婚とかすっ飛ばしていきなりのファミリーって。陽菜さんの様な若い人と歩いて、改めて自分は歳を取っているのだと実感した。
とはいえ、そのお店のチーズケーキは初めて味わうもので私は一口食べて驚いてしまった。隣の天野も一口食べて目を輝かせていた。思わずその顔のママ陽菜さんを見たら、私と天野の顔を見て笑っていた。
更にゲームセンターで写真シールのゲーム機で遊んだ。写真シールなんて何年振りだろう。今はたくさんの機能がついてて陽菜さんに教えて貰いながら三人で撮影。凄い肌が白くて目がおっきい!
何故か天野も詳しかった。何故って──それはあえて突っ込まないでいようと思った。
◇◆◇
楽しかった時間もあっという間に過ぎて夕方になった。
車で来ていた天野は陽菜さんを学校近くのコンビニエンスストアまで送り届ける。陽菜さんは学生寮で生活しているのだとか。
「そこの角を曲がればすぐだろ? どうしてこんなコンビニエンスストアで降りるんだよ? 寮の前まで車で送るって」
「ダメダメ。お兄ちゃんに送って貰ったのバレたら面倒くさい事になるの」
「面倒くさいって何でだよ」
「この間なんてさー大変だったの。年上の新しい彼氏と勘違いされて。もー誤解だって何度も言ってるのに。私とお兄ちゃんって全然似てないし、しかも外見がさお兄ちゃんってアレじゃん?」
「アレって何だよ」
「年齢も年齢だしチャラいってだけでは済まされないの分かってる? 単に遊んでまーすチャラいでーす、て感じじゃないの。上級者のヤバめな男って感じだからー」
「そっ、そんなわけないだろ…………多分」
天野がたっぷりと間を開けて答える。
どうやら自分の外見がどう見られているのかは自分なりに良く分かっているみたい。
「だからー『遊んで捨てられるから』『何処かに売り飛ばされるから』ってすんごい勢いで言われて。そこまで言われるとお兄ちゃんだって言うのも言いにくくなっちゃって。大騒ぎになるから絶対に駄目」
「えぇ……」
今日は私もいるから大丈夫だって言おうと思ったけど、そんな事も言えないぐらいの勢いで陽菜さんに押し切られる。
そもそも『遊んで捨てられる』はともかく『何処かに売り飛ばされる』ってどういう事だろう。天野は「え」以外の言葉が出ないでいた。
天野を言葉で叩きのめした陽菜さんは私に微笑む。
「だけど涼音さんになら寮の前まで送って貰ってもいいかも。ねー涼音さん一緒に寮の門の前までどうです? 涼音さんは同級生に超美人なお姉さんって事で紹介したいしー」
そう言って車を降りた後、後部座席に座っていた私を窓の外から覗き込む。
「馬鹿を言うなよ。何で俺が駄目で倉田ならいいんだよ! そんな風に倉田を取り込んで皆で盛り上がるつもりだな。そうはいかないぜ。俺と倉田はこれから恋人の時間なの。ほらほら、遅くなるから帰った帰った」
明らかに陽菜さんに冷やかされたのが分かった天野は、運転席から陽菜さんに向かって手を払った。
立ち直った天野に向かって陽菜さんはあっかんべーをする。それから、天野に買って貰ったショップの紙袋を持ってぴょんとはねた。
「じゃぁねお兄ちゃん。買い物だけじゃなくて涼音さんを紹介してくれてありがとう。すっごく優しくて綺麗なお姉さんが出来て超嬉しかったーお願いだから絶対に浮気しないでね。振られたりしないでね」
「浮気もしないし振られるわけないだろ」
天野が開けた窓から片手を出して文句を言っていた。
その様子を見て陽菜さんは年頃らしい笑顔を見せた。
「ホントかなぁ~? ま、いいかぁそれは追い追いで。それじゃ涼音さん~メッセージ送るからねーバイバーイ」
陽菜さんは大きく手を振りながら手を振りながら学生寮に向かって走り去っていった。
「うん。今日はありがとう」
私も笑って車の中から手を振った。陽菜さんの姿が小さくなるまでずっと。天野もずっと姿が見えなくなるまで見つめていた。
無言の時間が長く続いて、窓を開けたままの車内は冷たい風が流れ込んできた。陽菜さんのおかげで温度が高かった車内が急激に冷えていく気がした。
「……行っちゃったね」
「そうだな。何か本当に付き合わせて悪かったな。でも助かった」
「ううん。そんな事ない。でもさ、二人だけになると。ほら、なんかね?」
寂しいわね──そう言いたかったけどいい大人がそんな事を呟くのは恥ずかしくて口には出来なかった。
「そうか? ようやく二人になれたって思うけど」
私の言葉に天野がぽつりと呟いた。その呟きがやたらと響く。それは、天野にとってはいつでも連絡が取れる家族、妹さんだからね。私はドライな天野の言葉に肩をすくめて俯く。
受け入れて貰えるか心配だったし、緊張したけどとても可愛くて優しい女の子だった。こうして別れてしまうと寂しいものだ。だから余計に本当の事が言えない自分がとても狡いと思ってしまう。
陽菜さん、あのね。本当は私達は三人で一緒なの。岡本はね浮気相手じゃないの。
天野が男性と関係している可能性があってもそれを妹として受け入れる陽菜さん。それは勘違いだけれども、私達三人の関係を言ったら──受け入れてくれるかな。
「岡本もいた方がよかったかもね」
思わずぽつりと呟いた言葉に天野が息を飲んだのが聞こえた。
この場所にいてちゃんと陽菜さんに紹介するべきだったのかもしれない。そう続けたかったけどその言葉を声に出す事は出来なかった。蓋を開けてから陽菜さんの態度でこんな風に考えるなんて私は狡い人間だ。このままでいいはずないのに。
「……気になるか? 岡本の事」
天野はハンドルを握りしめたまま後部座席の私に振り向く事はなかったけど、酷く低い声で呟いた。
岡本を紹介出来なかった事は気になるけど、三人でいる事の覚悟をしなきゃいけないのは私なのね。
「うん。ちょっとね。でも今更よね。ごめんなさい」
私は天野の後頭部に向かって小さく呟いた。
「……」
天野は無言でエンジンをかけ、郊外に向かってハンドルを切った。ゆっくりと窓を閉めると、空はすっかり夜の色に変わっていた。
この時天野は私の言葉を大きく誤解している等とは……私は露ほども思っていなかった。
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