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Case:天野 5
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「えー? まだ他に見たい店があるのかよ。もう五軒目だぞ?」
片手に陽菜さんの荷物を持った天野が目を点にする。
「うん。次で最後だからさー。ねーお願い!」
私の片手を握りしめる陽菜さんが、後ろから歩いてくる天野に振り向いて満面の笑みを向ける。それだけ可愛く微笑まれたら、お兄さんの天野も嫌だとは言えないみたいだ。
「へいへい。まぁ、こうして歩くのも、腹一杯食ったから消化にはいいけどよ」
いつもなら女性に対してスマートに優しく対処する天野が珍しくぼやいた。絶対に文句は言いそうにないけれども、妹の陽菜さんにポロリと本音も見え隠れするみたいだ。それでもちゃんと買い物に付き合い、荷物を持ってついてくる優しいお兄さんだった。
陽菜さんが行きたい店を片っ端から制覇しようという事になったのだが──古着屋、セレクトショップ、アクセサリーショップに入って、それから再び違うセレクトショップと──あちこち彷徨う。
私としては何処も初めて入るお店で、とても新鮮だった。最近の女子高生ってこんなにお洒落なのね! 何だか面白い企画が思いつきそうだと、僅かな事ですら感動だった。気がつけばイタリアンのお店を出てから三時間以上経過していた。
天野が持つ荷物はそんなに多くない。なかなか週末に会えなかったから、今日の支払いはお兄さんの天野がする事になっていた。
お店の品物を手に取る陽菜さんだったが、手当たり次第購入するわけではなかった。欲しいものをお兄さんと一緒に確認しながら少しだけ購入する。センスの良い天野の意見を聞きたいのと、一緒に暮らしていない分接する事が少ないお兄さんとの時間を楽しんでいる様に見えた。
そんな大切な時間の中でも陽菜さんは、私に積極的に話しかけてくれた。
「涼音さんはどう思うー? やっぱりお兄ちゃんが言う様にこっちの色が良いかなー」
「私も陽菜さんにはこのオレンジ色が似合うと思うわ」
「涼音さんが言うならこっちにする!」
陽菜さんがそう言って私の手を取りレジに向かおうとする。
何かと涼音さんと私を慕ってくれる様な発言に、ついに天野が不満の声を上げた。
「おい。俺の意見は何処へ行ったんだよ?」
「えーだってそこはやっぱり女子同士だしー涼音さんだしー」
「えーお兄ちゃんに向かってそんな事を言うの?」
天野がわざとショックを受けた振りをして見せる。
でも、これは陽菜さんが気を遣って私に沢山アプローチをしてくれているのだと思う。陽菜さんに受け入れて貰えている事が嬉しいと思う反面、もっと私がしっかりしなくてはと感じてしまった。
◇◆◇
「えっとー最後にねーあそこの下着屋さんに行きたいだけどーお兄ちゃんは、ここで待っていてくれる?」
陽菜さんが指さしたのは私達もよく知っているランジェリーショップだった。女性のものから男性のものまで、年齢層も幅広く取りそろえているお店だ。三階まであるのだが、一階は比較的若い男女向けの商品が多く取りそろえられている。
私は比較的年齢層の高い商品を取りそろえている、二階で買い物をした事がある。
あら? でも確かここのお店って……天野と岡本の営業担当のお店じゃなかったかしら。
私達三人は、下着を作る会社に勤めている。国産の商品も企画販売するし、更に海外の下着も代理店として販売している。このお店は特に力を入れている提携ショップだ。
そう思って振り向くと天野が不満そうに声を上げた。
「最後に立ち寄る店なのに、どうして俺だけ仲間はずれなんだよ。それにここのショップは俺の担当でもあるから、きっといいものを選んで貰えるぜ?」
俺に任せろと言わんばかりに天野は胸を張った。
しかし、次の陽菜さんの一言で天野が灰になってしまった。
「えー妹の下着デザインに口を出すお兄ちゃんなんて、唯々キモいだけなんですけどー。えっ、もしかしてー妹のブラのサイズとか知りたいってわけじゃないよねー」
今までの高くて可愛い声は何処へ行ったのだろう? そのぐらい低くい声だった。
陽菜さんと私と天野以外にも沢山の人が行き交う通りだが、まるで黒く辺りが塗りつぶされたほどの錯覚を受けるぐらいだ。
「えっ、唯々キモいって……」
天野がぽつりと呟いたまま立ち止まったまま固まっていた。
そしてサラサラと頭の辺りから灰になり……そんな表現が似合うほど天野はショックを受けていた。天野は職業柄、下着について詳しい。嫌らしい視線で下着を厳選しようとしたのではなく、本当に合ったものを教えたかったのだと思う。だからこそ余計に陽菜さんの言葉が刺さった様だ。
灰になる天野に向かって陽菜さんはウインクを一つして手を振った。
「ここからは私と涼音さんだけで行ってくるからーお兄ちゃんはここで待ってってね? もちろん変な女性に引っかからない様にねー静かに待ってるんだよー?」
まるでリードをつけた犬に言い聞かせる様に、軽快に手を振って私を引っ張ってズンズン歩いて行く。
取り残された天野は立ったままで、手を振り返す事なく固まっていた。
本当に灰になってるわね。大丈夫かな。元に戻るのかしら……私は陽菜さんに引っ張られながら、遠くなる天野をじっと見つめていた。
◇◆◇
「いらっしゃいませぇ~」
お店に入ると若い定員が私と陽菜さんに微笑みながら挨拶をしてくれた。
店内は中高生で溢れていた。だいたい友達かカップルで訪れていて、皆楽しそうに下着や部屋着を見ていた。
確かこのお店はカップルや友達と一緒に入る事が出来る試着室があったはずだ。中学生や高校生がカップルで入るのはどうなのだろうと思うけど、別に変な事をする(もはやこの思考が邪推で年老いているのかもしれない)わけではないので、皆楽しんで使用していると聞いている。
よし、ここはせっかく下着メーカーに勤めている身として、陽菜さんに似合う下着を選んでみせるわ! 天野や岡本といった営業担当ではないけれども、企画者として頑張らなきゃ。
そう考えたら、灰になった天野と、今日は会う事がない岡本の事を思い出す。
天野はそろそろ復活しているかしら。岡本は、今頃どうしているかしら。
気にし始めたら気になるから出来るだけ思い出さない様にしていたけど。天野と素敵な時間を過ごせば過ごすほど、岡本の事を思い出してしまう。
結構寂しがり屋だから今頃落ち込んだりしていないかしら。でも今日を頑張って天野の家族、陽菜さんともっと打ち解けて、次回の岡本の家族に会う時に繋げていかないと。
この作戦は私達が三人でいる為の作戦なのだから。そう自分に言い聞かせる。
だけど何か岡本にもお土産を買おうかな……うん。そうしよう。でも、その前にとにかく陽菜さんと下着選びよ! 私は一つ鼻息を荒くして力を入れた。
私は手を繋いで店内を歩いて行く陽菜さんに話しかける。
「陽菜さんはどんな下着を希望して──って、え? 陽菜さん?」
陽菜さんは他のお客さんを上手に除けながら、狭くなる通路を歩く。私が話しかけても全く反応しないで、ズンズンと歩いて行く。私の方を少しも振り向いてくれない。
「ど、どうしたの?」
私がぽつりと呟いた言葉に陽菜さんは、ようやくピクリと反応した。そして、近くのブラジャーとショーツの二点セットのハンガーをつかみ取った。
「え? それは」
明らかに私のサイズでも陽菜さんのサイズでもなさそうな下着を小脇に抱えて、お店の一番奥にある試着室前にたどり着いた。
試着室前では受付カウンターがありコンシェルジュ風の店員が、一番奥の赤いカーテンの部屋に向かって手を上げた。
「あっ。ご試着ですかぁ~? お二人ですね。一緒に左側の一番奥の部屋へ~どうぞどうぞ~」
その店員さんに促されるままに、陽菜さんは歩いて赤いカーテンを大きく開け、手を繋いだ私の体を押し込んだ。
そして赤いカーテンを閉じた。
片手に陽菜さんの荷物を持った天野が目を点にする。
「うん。次で最後だからさー。ねーお願い!」
私の片手を握りしめる陽菜さんが、後ろから歩いてくる天野に振り向いて満面の笑みを向ける。それだけ可愛く微笑まれたら、お兄さんの天野も嫌だとは言えないみたいだ。
「へいへい。まぁ、こうして歩くのも、腹一杯食ったから消化にはいいけどよ」
いつもなら女性に対してスマートに優しく対処する天野が珍しくぼやいた。絶対に文句は言いそうにないけれども、妹の陽菜さんにポロリと本音も見え隠れするみたいだ。それでもちゃんと買い物に付き合い、荷物を持ってついてくる優しいお兄さんだった。
陽菜さんが行きたい店を片っ端から制覇しようという事になったのだが──古着屋、セレクトショップ、アクセサリーショップに入って、それから再び違うセレクトショップと──あちこち彷徨う。
私としては何処も初めて入るお店で、とても新鮮だった。最近の女子高生ってこんなにお洒落なのね! 何だか面白い企画が思いつきそうだと、僅かな事ですら感動だった。気がつけばイタリアンのお店を出てから三時間以上経過していた。
天野が持つ荷物はそんなに多くない。なかなか週末に会えなかったから、今日の支払いはお兄さんの天野がする事になっていた。
お店の品物を手に取る陽菜さんだったが、手当たり次第購入するわけではなかった。欲しいものをお兄さんと一緒に確認しながら少しだけ購入する。センスの良い天野の意見を聞きたいのと、一緒に暮らしていない分接する事が少ないお兄さんとの時間を楽しんでいる様に見えた。
そんな大切な時間の中でも陽菜さんは、私に積極的に話しかけてくれた。
「涼音さんはどう思うー? やっぱりお兄ちゃんが言う様にこっちの色が良いかなー」
「私も陽菜さんにはこのオレンジ色が似合うと思うわ」
「涼音さんが言うならこっちにする!」
陽菜さんがそう言って私の手を取りレジに向かおうとする。
何かと涼音さんと私を慕ってくれる様な発言に、ついに天野が不満の声を上げた。
「おい。俺の意見は何処へ行ったんだよ?」
「えーだってそこはやっぱり女子同士だしー涼音さんだしー」
「えーお兄ちゃんに向かってそんな事を言うの?」
天野がわざとショックを受けた振りをして見せる。
でも、これは陽菜さんが気を遣って私に沢山アプローチをしてくれているのだと思う。陽菜さんに受け入れて貰えている事が嬉しいと思う反面、もっと私がしっかりしなくてはと感じてしまった。
◇◆◇
「えっとー最後にねーあそこの下着屋さんに行きたいだけどーお兄ちゃんは、ここで待っていてくれる?」
陽菜さんが指さしたのは私達もよく知っているランジェリーショップだった。女性のものから男性のものまで、年齢層も幅広く取りそろえているお店だ。三階まであるのだが、一階は比較的若い男女向けの商品が多く取りそろえられている。
私は比較的年齢層の高い商品を取りそろえている、二階で買い物をした事がある。
あら? でも確かここのお店って……天野と岡本の営業担当のお店じゃなかったかしら。
私達三人は、下着を作る会社に勤めている。国産の商品も企画販売するし、更に海外の下着も代理店として販売している。このお店は特に力を入れている提携ショップだ。
そう思って振り向くと天野が不満そうに声を上げた。
「最後に立ち寄る店なのに、どうして俺だけ仲間はずれなんだよ。それにここのショップは俺の担当でもあるから、きっといいものを選んで貰えるぜ?」
俺に任せろと言わんばかりに天野は胸を張った。
しかし、次の陽菜さんの一言で天野が灰になってしまった。
「えー妹の下着デザインに口を出すお兄ちゃんなんて、唯々キモいだけなんですけどー。えっ、もしかしてー妹のブラのサイズとか知りたいってわけじゃないよねー」
今までの高くて可愛い声は何処へ行ったのだろう? そのぐらい低くい声だった。
陽菜さんと私と天野以外にも沢山の人が行き交う通りだが、まるで黒く辺りが塗りつぶされたほどの錯覚を受けるぐらいだ。
「えっ、唯々キモいって……」
天野がぽつりと呟いたまま立ち止まったまま固まっていた。
そしてサラサラと頭の辺りから灰になり……そんな表現が似合うほど天野はショックを受けていた。天野は職業柄、下着について詳しい。嫌らしい視線で下着を厳選しようとしたのではなく、本当に合ったものを教えたかったのだと思う。だからこそ余計に陽菜さんの言葉が刺さった様だ。
灰になる天野に向かって陽菜さんはウインクを一つして手を振った。
「ここからは私と涼音さんだけで行ってくるからーお兄ちゃんはここで待ってってね? もちろん変な女性に引っかからない様にねー静かに待ってるんだよー?」
まるでリードをつけた犬に言い聞かせる様に、軽快に手を振って私を引っ張ってズンズン歩いて行く。
取り残された天野は立ったままで、手を振り返す事なく固まっていた。
本当に灰になってるわね。大丈夫かな。元に戻るのかしら……私は陽菜さんに引っ張られながら、遠くなる天野をじっと見つめていた。
◇◆◇
「いらっしゃいませぇ~」
お店に入ると若い定員が私と陽菜さんに微笑みながら挨拶をしてくれた。
店内は中高生で溢れていた。だいたい友達かカップルで訪れていて、皆楽しそうに下着や部屋着を見ていた。
確かこのお店はカップルや友達と一緒に入る事が出来る試着室があったはずだ。中学生や高校生がカップルで入るのはどうなのだろうと思うけど、別に変な事をする(もはやこの思考が邪推で年老いているのかもしれない)わけではないので、皆楽しんで使用していると聞いている。
よし、ここはせっかく下着メーカーに勤めている身として、陽菜さんに似合う下着を選んでみせるわ! 天野や岡本といった営業担当ではないけれども、企画者として頑張らなきゃ。
そう考えたら、灰になった天野と、今日は会う事がない岡本の事を思い出す。
天野はそろそろ復活しているかしら。岡本は、今頃どうしているかしら。
気にし始めたら気になるから出来るだけ思い出さない様にしていたけど。天野と素敵な時間を過ごせば過ごすほど、岡本の事を思い出してしまう。
結構寂しがり屋だから今頃落ち込んだりしていないかしら。でも今日を頑張って天野の家族、陽菜さんともっと打ち解けて、次回の岡本の家族に会う時に繋げていかないと。
この作戦は私達が三人でいる為の作戦なのだから。そう自分に言い聞かせる。
だけど何か岡本にもお土産を買おうかな……うん。そうしよう。でも、その前にとにかく陽菜さんと下着選びよ! 私は一つ鼻息を荒くして力を入れた。
私は手を繋いで店内を歩いて行く陽菜さんに話しかける。
「陽菜さんはどんな下着を希望して──って、え? 陽菜さん?」
陽菜さんは他のお客さんを上手に除けながら、狭くなる通路を歩く。私が話しかけても全く反応しないで、ズンズンと歩いて行く。私の方を少しも振り向いてくれない。
「ど、どうしたの?」
私がぽつりと呟いた言葉に陽菜さんは、ようやくピクリと反応した。そして、近くのブラジャーとショーツの二点セットのハンガーをつかみ取った。
「え? それは」
明らかに私のサイズでも陽菜さんのサイズでもなさそうな下着を小脇に抱えて、お店の一番奥にある試着室前にたどり着いた。
試着室前では受付カウンターがありコンシェルジュ風の店員が、一番奥の赤いカーテンの部屋に向かって手を上げた。
「あっ。ご試着ですかぁ~? お二人ですね。一緒に左側の一番奥の部屋へ~どうぞどうぞ~」
その店員さんに促されるままに、陽菜さんは歩いて赤いカーテンを大きく開け、手を繋いだ私の体を押し込んだ。
そして赤いカーテンを閉じた。
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