仕事人狩り

伊賀谷

文字の大きさ
上 下
3 / 11
第一章

第二話「殺気」

しおりを挟む
 隅田川にかかる新大橋を渡り終えた時に、銀次郎は首筋にむず痒さを感じた。

 ――おれを見ている奴がいる。

 何者かからわずかな殺気が漏れて来たような気がした。それも一人ではない。
 歩みは止めずに辺りの気配を感じとるが、刺客らしい者は見つからない。
 銀次郎は本所ほんじょにある足軽長屋に帰って来た。その時にはもう怪しい気配は感じなくなっていた。
 家の木戸を開けて土間に入った。水瓶みずがめの蓋を開けて、柄杓ひしゃくで水をすくって喉に流し込む。腕で口を拭ってから深く息を吐き出した。
 銀次郎は登城する際の羽織袴からいつもの木賊色の着物に着替えて、布団を広げてその上に仰向けに寝転がった。
 もう一つの部屋には広げた傘が三本置かれている。家禄だけではとても生活はできないので、銀次郎は傘張りの内職をしていた。傘はもう一つの内職である仕事人の殺し道具でもあった。
 しばらく暗い天井の一点を穴が空くほどに見つめる。
 須磨が言っていたことを思い出していた。箕作省吾という男が持っていた何かを探している者がいるらしい。銀次郎に仕事を依頼した時には須磨は箕作省吾が何かを持っていることは知らなかったはずだ。知っていれば、銀次郎にその何かを手に入れるなどの指示をしたはずだ。
 ということは、銀次郎が箕作省吾を殺したあとで何かを探しに来た者がいる。いやむしろ、箕作省吾は、彼が持っていた何かを何者かが手に入れたいがために殺された可能性が高い。
 どちらにしろ、元締めである須磨がわざわざ銀次郎を問いただすということは、かなりの力や金を持った大物が絡んでいるのかもしれない。

「それで、おれを狙っている奴がいるというわけか」

 新大橋で感じたかすかな殺気が甦る。
 本来であれば終わった仕事に深入りするものではない。だが、向こうから銀次郎に近づいて来ているのだ。
 銀次郎は口の端を吊り上げた。

「そういうことならおもしれえ。ひとつ、網にかかってみるか」

 銀次郎は起き上がった。そばにある小さな壺を手に取る。壺には傘張りに使う糊が入っていた。銀次郎は人差し指で糊をひとすくいする。土間に降りて、腰の高さの木戸のとそこに接する壁のふちを橋渡しする形で糊を塗りつけた。
 銀次郎は木戸の横に立てかけてある傘をおもむろに手にとって、戸を開けて外に出た。
 戸を閉める時にわずかに隙間を開けた状態で、銀次郎はびんから髪の毛を一本抜いた。髪をつまんだ指を木戸の内側に入れる。器用に髪の両端をそれぞれ先ほど糊を塗った木戸の桟と壁の縁に貼り付けた。髪が宙で少し開いた木戸の桟と壁の縁をつなぐ形になる。そのまま木戸を閉めた。
 これで少しは用心になるだろう。銀次郎の留守中に何者かが戸を開ければ髪がなくなっているはずだ。
 外は闇が落ちかけ薄暗くなっていた。銀次郎は傘を持ったまま家をあとにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

居候同心

紫紺
歴史・時代
臨時廻り同心風見壮真は実家の離れで訳あって居候中。 本日も頭の上がらない、母屋の主、筆頭与力である父親から呼び出された。 実は腕も立ち有能な同心である壮真は、通常の臨時とは違い、重要な案件を上からの密命で動く任務に就いている。 この日もまた、父親からもたらされた案件に、情報屋兼相棒の翔一郎と解決に乗り出した。 ※完結しました。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...