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第二十一章 それでもぼくはきみに笑おう
第十話 亡霊と堕ちた地竜
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前回のあらすじ
ガ、ガメ……!?
メインシナリオそっちのけでゆるキャンしていたツケが、いま。
「ほら、あれかしら。聖王国なのよ。わかるかしら」
「あー……聞いたことはある。なんかこう……ずっと昔に戦争で負けて北極に追い込まれたみたいな神話聞いた」
「うっわあ……ええぇ……今の子ってみんなそのくらいの認識なのかしら? 学校でそういう歴史とか習わないのかしら? ううん、いや、でもそんなわけないわよねえ……」
「そもそも学校とかあるのかなあ」
「義務教育の敗北……ッ! 学校さえない田舎者……ッ!」
「いやまあ、私、帝国の人じゃないしなあ……」
「むががが……まさかそんなド田舎者がここまで手練れなんて、想定外かしら!」
ううん、まさか露骨な悪役に、教育制度について嘆かれるとは思わなかった。
いやまあ、あるらしいよ? 学校的なのは。寺子屋っていうのかなあ。村とかだと簡単に教えるくらい。
町とかだと授業料払えば学校行けて、それもそんなに高くはないらしい。
リリオみたいな貴族の家なんかは、それこそ家庭教師に高等教育受けるし、一般人の受け答えとか知識量から見ても、それなりの教育はされてるはずなんだよね。
私も本で読むだけじゃなくて、ちゃんとした教育をざっくりとでも受けたほうがいいかなあ。
さて、それはともかくだ。
どうやらこの謎の少女改め《蔓延る雷雲のユーピテル》とやらは聖王国のなんかエリート・エージェントみたいなやつらしかった。
神話の時代に戦争で負けてからずっと、間隔をあけつつも帝国とは争い続けてる、らしい。
「ようやく地竜の卵を発掘して! ようやく孵ったのを育てて! 骨董品のイントナルモーリまで持ち出して! 虫を使って餌集めまでコツコツして! 順調に行くかと思ったら二匹目は雛のうちに死んじゃうし! 残った卵は盗まれるし! くじけず頑張ってたらいよいよ大詰めの段階で現れる妨害! っていう盛り上がったところなのにいろいろ台無しかしら!」
「私、別に盛り上げ要員じゃないんだよなあ」
「神話扱いされるレベルの因縁の相手かしら! もうちょっと緊張感が欲しいかしら!」
「うーん……興味はあったけど、そのあたりの設定はまだ読み込んでないんだよね」
「もう! 不勉強かしら!」
「ゆるゆるキャンプ生活が楽しくてねえ……」
「遊びに行くのは宿題やってからって教わらなかったかしら!」
「それは教わったけど」
「実践できてないなら意味がないかしら!」
ごもっともすぎて言い返せない。
うーん。別にそんなつもりはなかったのだけど、ぷんすこ怒らせてしまった。
だってそういうメインシナリオやる気全くなかったし……私、正直日常的な世界観が読み取れるサブシナリオとかイベントのほうが好きなんだよなあ。
「まあいいや。とにかく、敵、ってことだね」
「そう! 大事なのはそこ! もちろん、敵かしら! 敵も敵かしら! ……これで敵対しなかったら、それこそあなたなんなのって話かしら?」
「うーん、それもそう」
「ご納得かしら!」
「ご納得したよ」
うん。
私は重たいしかさばる大鎌|《ザ・デス》を肩にかけて、ぼんやりと巨大ワニガメ改め地竜とやらの上のユーピテルを見上げる。
眼鏡はまたずり落ち、押し上げられ、ゆるゆるだぼだぼの白衣が肩からずり落ちかけ、直される。
キョトンとしたように見下ろす顔立ちは、本当にあどけない。肌はよく日焼けしていて、すこし荒れている。運動しているとか、そういう焼け方じゃない。毎日長時間日にさらされた、労働者の肌だ。顔の造作自体は、帝国でよく見る顔立ち。つまり普通。
でも目の輝きだけが、常人離れしている。キラキラを通り越してギラギラしている。瞳に星でも浮かんでいそう。幼さと残酷さ、純粋さと邪悪さが、混然一体となっている。ような気がする。
今までに会敵したことがないタイプっていうか、遭遇したことがないタイプですらある。
まあ私たち《三輪百合》一行が敵対する人間って、要は盗賊とかであって、まあ目的意識とか、所属国家とか、色々違うから、印象が全然変わってくるのも当然だけど。
やっぱりこういう幹部みたいな敵キャラって、個性的じゃないといけないのかなあ。この子もなんかこう、無理にキャラ作ってるみたいな感じはあるし。服装があざとすぎるし、語尾にかしらが多すぎる。
「……あら? あらら? 構えないのかしら? 仕掛けてこないのかしら?」
「え? ああ、私、ムービーはスキップしない派なんだよね」
「……はえ?」
「他にもなんか話すのかなって思って。まだセリフある?」
「……ははーん。ははーんかしら。さては何かしら? 余裕かしら? 余裕ぶっこいてるのかしら?」
「怒涛の四連続かしらだねえ」
「かっちーん、かしら! これだけの灰鷹蜂の群れを前にして! 成体の地竜をまえにして! よくぞ虚勢を張れたものかしら! 美味しいひき肉になる準備ができたら、かかってくるかしら!」
「ふうん。それって、村の人たちもひき肉にして餌にする予定なわけだ」
「当たり前かしら! 肉団子にして地竜の餌にしてやるかしら!」
「セリフはそれでおしまいかな。じゃあもういいや。さよなら」
私は軽く踏み出すようにして、《縮地》で地竜とか言う巨大ワニガメの眼前まで一足で跳ぶ。この程度の距離は、極まった《暗殺者》系統には射程圏内どころか鼻先でしかない。
そしてじゃまっけな大鎌を頭上に放り上げ、代わりに引き抜いたのは、それと言われなければ気づかないほどに小さく細い、針。月影に照らされた一筋の銀色。
「────は?」
振りかぶる必要さえなく、もったいぶる意味さえなく、指さすように突きつけた針は、何の手ごたえもなくするりと地竜の額に突き通った。
岩肌のような鱗も、金属光沢さえ見えるとげも、その巨体そのものだって、意味はない。何の意味もない。ただただ無意味だ。
動かなくなったその頭を蹴りつけて飛び上がり、落ちてきた大鎌をキャッチして元の位置へ。
最初と同じ光景で、しかしすべてが決定的に変わっている。
「────は?」
王も騎士も、民も乞食も、老いも若きも男も女も。
あるいは悪魔であれ、あるいは神であれ。
それが生きている限り、殺せる。死なせる。それがわかる。
確信をもって、私は殺す。死を与える。
正義のためでも人々のためでもなく、ただ個人的な怒りと憎しみとをもって、私は殺す。
「言い忘れてたけど」
「────はあぁぁああぁああああッ!?」
「私はいま、大分怒ってるんだ」
《死出の一針》。
チート以外のなにものでもない悪辣な《死》そのもの。
問答無用の即死効果が、レイドボスじみた巨大怪獣からあっけなく命を奪う。
吐息は途絶え、鼓動は止まり、瞳から光は失われる。
もたげていた首がゆっくりと力を失い、ずずんと重たげな音を立てて地に落ちる。
そうしたからだ。そうなるようにしたからだ。
死んだ。死に絶えた。地竜はいま、命を失ったのだ。
「なっ、ばっ、死んでる!?」
「そりゃ一番厄介そうなのは一番先に潰すよ」
「外傷もない。毒が効くわけがない。呪いが通るわけもない。事象変異の痕跡もない。これは、これは未確認情報素、生命素の操作……!?」
「うるさいなあ。死んだ。死んだんだよ。それだけ。死ねば死ぬ。誰であっても。君であっても」
「こんな、こんなことが、こんなバカげたコスプレ女に……!?」
狼狽するユーピテルに、私は《針》を向けた。
「私はね、怒っているんだ。本当に怒っているんだ。こんな体に悪そうな健康に良くなさそうな感情、私は欲しくないのに。なんで怒らせるかな。どうしてそんなことするのかな。ねえ。怒ってるんだよ。怒ってるんだって。怒っているんだって言っているんだよ私は! よくもうちの子を餌にしたな。よくもよくもうちの子を傷つけたな。よくもよくもよくも、私のリリオとトルンペートを穢してくれたな……!」
怒りは、時とともに薄れる。
けれど、言葉を重ねるごとに新たに湧き上がるものだ。
私は私の怒りを再燃させる。どこに向けることも、誰に向けるわけにもいかなかった、理不尽への憤りと嘆きを、この女に向ける。
私自身の心の安寧のために抑え込んでいた怒りを、事ここに至っては遠慮なくぶちまける。
体力を削り気力を削り、最後は肉として地竜とやらの餌にするつもりだったというのならば。
最初から人の命などただの消耗品として、名誉も誇りもなくただ食らうつもりだったというならば。
そこに同情も容赦もいりはしないのだ。
「絶対に、ぜっっっったいに、赦さない。赦してやらない。謝ったって赦してやるもんか」
「この、ワタシが……! この《蔓延る雷雲のユーピテル》がッ! お前ごときにッ!」
「は、怒った? 私はずっと怒ってる。さあどうする? さあ! 蜂とダニでどうにかする? どうにかできる? やってみるか、クソガキが!」
「言わせておけばぁああああッ!!」
殺意に満ちた視線が、瞬間、交差した。
用語解説
・イントナルモーリ
古代聖王国時代に開発された洗脳装置。
脊椎動物の神経系に直接打ち込まれる侵襲式受信装置と、外部より命令信号を送信する親機から構成される。
装置はソフト・ハードとも、使用する生物種ごとに調整が必要で、他種他個体へのそのままでの流用は不可能。
親機は大戦時に破壊されており、修復も面倒なため、ユーピテルは頑張って自力で直接電波を送信している。
・《縮地》
《暗殺者》の《技能》の一つ。短距離ワープの類で、一定距離内であれば瞬間的に移動することができる。ただし、中間地点に障害物がある場合は不可能。連続使用で高速移動もできるが、迂闊にダンジョン内で高速移動していると、制御しきれずに敵の群れに突っ込んだ挙句《SP》が切れるという冗談にもならない展開もありうる。
『東にぴかっと 西にぴかっと 天下を自由自在に 千里の山々を駆け抜けて 暗殺者は行く』
・《死出の一針》
クリティカルヒット時に低確率で発動という超低確率でしか発動しないけれど、即死耐性持ちでも問答無用で殺す《貫通即死》という特性を付与された武器。しかしあまりにも武器攻撃力が低く、その取得難易度もあって産廃でしかない。
『何者であれ死神の持つ一針を恐れぬ者はなかった。髪の毛の先程の、ほんの小さな一点を刺されれば、ただそれだけで偉大な王も道端の乞食も、分け隔てなくその命を散じるのだった』
・情報素
聖王国における記述論的事象操作技術体系──魔法用語の一つ。
精霊や魔力など、魔法を引き起こす肉眼では見えないなにかをこのように呼ぶ。
生命素は存在が提唱されつつも実証されていない情報素の一つ。
ガ、ガメ……!?
メインシナリオそっちのけでゆるキャンしていたツケが、いま。
「ほら、あれかしら。聖王国なのよ。わかるかしら」
「あー……聞いたことはある。なんかこう……ずっと昔に戦争で負けて北極に追い込まれたみたいな神話聞いた」
「うっわあ……ええぇ……今の子ってみんなそのくらいの認識なのかしら? 学校でそういう歴史とか習わないのかしら? ううん、いや、でもそんなわけないわよねえ……」
「そもそも学校とかあるのかなあ」
「義務教育の敗北……ッ! 学校さえない田舎者……ッ!」
「いやまあ、私、帝国の人じゃないしなあ……」
「むががが……まさかそんなド田舎者がここまで手練れなんて、想定外かしら!」
ううん、まさか露骨な悪役に、教育制度について嘆かれるとは思わなかった。
いやまあ、あるらしいよ? 学校的なのは。寺子屋っていうのかなあ。村とかだと簡単に教えるくらい。
町とかだと授業料払えば学校行けて、それもそんなに高くはないらしい。
リリオみたいな貴族の家なんかは、それこそ家庭教師に高等教育受けるし、一般人の受け答えとか知識量から見ても、それなりの教育はされてるはずなんだよね。
私も本で読むだけじゃなくて、ちゃんとした教育をざっくりとでも受けたほうがいいかなあ。
さて、それはともかくだ。
どうやらこの謎の少女改め《蔓延る雷雲のユーピテル》とやらは聖王国のなんかエリート・エージェントみたいなやつらしかった。
神話の時代に戦争で負けてからずっと、間隔をあけつつも帝国とは争い続けてる、らしい。
「ようやく地竜の卵を発掘して! ようやく孵ったのを育てて! 骨董品のイントナルモーリまで持ち出して! 虫を使って餌集めまでコツコツして! 順調に行くかと思ったら二匹目は雛のうちに死んじゃうし! 残った卵は盗まれるし! くじけず頑張ってたらいよいよ大詰めの段階で現れる妨害! っていう盛り上がったところなのにいろいろ台無しかしら!」
「私、別に盛り上げ要員じゃないんだよなあ」
「神話扱いされるレベルの因縁の相手かしら! もうちょっと緊張感が欲しいかしら!」
「うーん……興味はあったけど、そのあたりの設定はまだ読み込んでないんだよね」
「もう! 不勉強かしら!」
「ゆるゆるキャンプ生活が楽しくてねえ……」
「遊びに行くのは宿題やってからって教わらなかったかしら!」
「それは教わったけど」
「実践できてないなら意味がないかしら!」
ごもっともすぎて言い返せない。
うーん。別にそんなつもりはなかったのだけど、ぷんすこ怒らせてしまった。
だってそういうメインシナリオやる気全くなかったし……私、正直日常的な世界観が読み取れるサブシナリオとかイベントのほうが好きなんだよなあ。
「まあいいや。とにかく、敵、ってことだね」
「そう! 大事なのはそこ! もちろん、敵かしら! 敵も敵かしら! ……これで敵対しなかったら、それこそあなたなんなのって話かしら?」
「うーん、それもそう」
「ご納得かしら!」
「ご納得したよ」
うん。
私は重たいしかさばる大鎌|《ザ・デス》を肩にかけて、ぼんやりと巨大ワニガメ改め地竜とやらの上のユーピテルを見上げる。
眼鏡はまたずり落ち、押し上げられ、ゆるゆるだぼだぼの白衣が肩からずり落ちかけ、直される。
キョトンとしたように見下ろす顔立ちは、本当にあどけない。肌はよく日焼けしていて、すこし荒れている。運動しているとか、そういう焼け方じゃない。毎日長時間日にさらされた、労働者の肌だ。顔の造作自体は、帝国でよく見る顔立ち。つまり普通。
でも目の輝きだけが、常人離れしている。キラキラを通り越してギラギラしている。瞳に星でも浮かんでいそう。幼さと残酷さ、純粋さと邪悪さが、混然一体となっている。ような気がする。
今までに会敵したことがないタイプっていうか、遭遇したことがないタイプですらある。
まあ私たち《三輪百合》一行が敵対する人間って、要は盗賊とかであって、まあ目的意識とか、所属国家とか、色々違うから、印象が全然変わってくるのも当然だけど。
やっぱりこういう幹部みたいな敵キャラって、個性的じゃないといけないのかなあ。この子もなんかこう、無理にキャラ作ってるみたいな感じはあるし。服装があざとすぎるし、語尾にかしらが多すぎる。
「……あら? あらら? 構えないのかしら? 仕掛けてこないのかしら?」
「え? ああ、私、ムービーはスキップしない派なんだよね」
「……はえ?」
「他にもなんか話すのかなって思って。まだセリフある?」
「……ははーん。ははーんかしら。さては何かしら? 余裕かしら? 余裕ぶっこいてるのかしら?」
「怒涛の四連続かしらだねえ」
「かっちーん、かしら! これだけの灰鷹蜂の群れを前にして! 成体の地竜をまえにして! よくぞ虚勢を張れたものかしら! 美味しいひき肉になる準備ができたら、かかってくるかしら!」
「ふうん。それって、村の人たちもひき肉にして餌にする予定なわけだ」
「当たり前かしら! 肉団子にして地竜の餌にしてやるかしら!」
「セリフはそれでおしまいかな。じゃあもういいや。さよなら」
私は軽く踏み出すようにして、《縮地》で地竜とか言う巨大ワニガメの眼前まで一足で跳ぶ。この程度の距離は、極まった《暗殺者》系統には射程圏内どころか鼻先でしかない。
そしてじゃまっけな大鎌を頭上に放り上げ、代わりに引き抜いたのは、それと言われなければ気づかないほどに小さく細い、針。月影に照らされた一筋の銀色。
「────は?」
振りかぶる必要さえなく、もったいぶる意味さえなく、指さすように突きつけた針は、何の手ごたえもなくするりと地竜の額に突き通った。
岩肌のような鱗も、金属光沢さえ見えるとげも、その巨体そのものだって、意味はない。何の意味もない。ただただ無意味だ。
動かなくなったその頭を蹴りつけて飛び上がり、落ちてきた大鎌をキャッチして元の位置へ。
最初と同じ光景で、しかしすべてが決定的に変わっている。
「────は?」
王も騎士も、民も乞食も、老いも若きも男も女も。
あるいは悪魔であれ、あるいは神であれ。
それが生きている限り、殺せる。死なせる。それがわかる。
確信をもって、私は殺す。死を与える。
正義のためでも人々のためでもなく、ただ個人的な怒りと憎しみとをもって、私は殺す。
「言い忘れてたけど」
「────はあぁぁああぁああああッ!?」
「私はいま、大分怒ってるんだ」
《死出の一針》。
チート以外のなにものでもない悪辣な《死》そのもの。
問答無用の即死効果が、レイドボスじみた巨大怪獣からあっけなく命を奪う。
吐息は途絶え、鼓動は止まり、瞳から光は失われる。
もたげていた首がゆっくりと力を失い、ずずんと重たげな音を立てて地に落ちる。
そうしたからだ。そうなるようにしたからだ。
死んだ。死に絶えた。地竜はいま、命を失ったのだ。
「なっ、ばっ、死んでる!?」
「そりゃ一番厄介そうなのは一番先に潰すよ」
「外傷もない。毒が効くわけがない。呪いが通るわけもない。事象変異の痕跡もない。これは、これは未確認情報素、生命素の操作……!?」
「うるさいなあ。死んだ。死んだんだよ。それだけ。死ねば死ぬ。誰であっても。君であっても」
「こんな、こんなことが、こんなバカげたコスプレ女に……!?」
狼狽するユーピテルに、私は《針》を向けた。
「私はね、怒っているんだ。本当に怒っているんだ。こんな体に悪そうな健康に良くなさそうな感情、私は欲しくないのに。なんで怒らせるかな。どうしてそんなことするのかな。ねえ。怒ってるんだよ。怒ってるんだって。怒っているんだって言っているんだよ私は! よくもうちの子を餌にしたな。よくもよくもうちの子を傷つけたな。よくもよくもよくも、私のリリオとトルンペートを穢してくれたな……!」
怒りは、時とともに薄れる。
けれど、言葉を重ねるごとに新たに湧き上がるものだ。
私は私の怒りを再燃させる。どこに向けることも、誰に向けるわけにもいかなかった、理不尽への憤りと嘆きを、この女に向ける。
私自身の心の安寧のために抑え込んでいた怒りを、事ここに至っては遠慮なくぶちまける。
体力を削り気力を削り、最後は肉として地竜とやらの餌にするつもりだったというのならば。
最初から人の命などただの消耗品として、名誉も誇りもなくただ食らうつもりだったというならば。
そこに同情も容赦もいりはしないのだ。
「絶対に、ぜっっっったいに、赦さない。赦してやらない。謝ったって赦してやるもんか」
「この、ワタシが……! この《蔓延る雷雲のユーピテル》がッ! お前ごときにッ!」
「は、怒った? 私はずっと怒ってる。さあどうする? さあ! 蜂とダニでどうにかする? どうにかできる? やってみるか、クソガキが!」
「言わせておけばぁああああッ!!」
殺意に満ちた視線が、瞬間、交差した。
用語解説
・イントナルモーリ
古代聖王国時代に開発された洗脳装置。
脊椎動物の神経系に直接打ち込まれる侵襲式受信装置と、外部より命令信号を送信する親機から構成される。
装置はソフト・ハードとも、使用する生物種ごとに調整が必要で、他種他個体へのそのままでの流用は不可能。
親機は大戦時に破壊されており、修復も面倒なため、ユーピテルは頑張って自力で直接電波を送信している。
・《縮地》
《暗殺者》の《技能》の一つ。短距離ワープの類で、一定距離内であれば瞬間的に移動することができる。ただし、中間地点に障害物がある場合は不可能。連続使用で高速移動もできるが、迂闊にダンジョン内で高速移動していると、制御しきれずに敵の群れに突っ込んだ挙句《SP》が切れるという冗談にもならない展開もありうる。
『東にぴかっと 西にぴかっと 天下を自由自在に 千里の山々を駆け抜けて 暗殺者は行く』
・《死出の一針》
クリティカルヒット時に低確率で発動という超低確率でしか発動しないけれど、即死耐性持ちでも問答無用で殺す《貫通即死》という特性を付与された武器。しかしあまりにも武器攻撃力が低く、その取得難易度もあって産廃でしかない。
『何者であれ死神の持つ一針を恐れぬ者はなかった。髪の毛の先程の、ほんの小さな一点を刺されれば、ただそれだけで偉大な王も道端の乞食も、分け隔てなくその命を散じるのだった』
・情報素
聖王国における記述論的事象操作技術体系──魔法用語の一つ。
精霊や魔力など、魔法を引き起こす肉眼では見えないなにかをこのように呼ぶ。
生命素は存在が提唱されつつも実証されていない情報素の一つ。
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