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第二十一章 それでもぼくはきみに笑おう

第九話 亡霊と病原顕現

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前回のあらすじ

異様な森へ挑む閠。
突然差し込まれるよそ様の宣伝。
一体この森に何が起こっているのか。



 別に好んで虫の虐殺を行いたいわけではないんだけど、襲い掛かってくる以上、対処しないわけにもいかない。
 一応、避け続けるってのもできないわけじゃない。できないわけじゃないけど、そうすると進めば進むほどに蜂が増えるんだよね。
 こいつらよけられても全然諦めないで、無尽蔵のガッツとタフネスでひたすらぶんぶんと襲い掛かってくるから、もはや歩いているんだか物理演算バグであらぶってるんだかわかんない滅茶苦茶具合になってきたから、仕方なく駆除してる。

 別にまあ、難しい話じゃない。
 戦略も何もなく来た端から突っ込んでくるだけだし。
 《ザ・デス》……《死神グリムリーパー》専用装備である、死神の代名詞みたいな大鎌をぐるんと大きく振り回せば、それでたかってきた蜂どもは一掃できる。
 いくら普通のスズメバチの三倍くらいあるような巨大バチでも、所詮十五センチくらいの軽い生き物だ。金属の刃にはなすすべもなく切り裂かれてしまう程度でしかない。

 普通なら、ぶんぶんと高速で飛び回る灰鷹蜂ニゾヴェスポに攻撃を加えるのは難しいかもしれないけど、これだけ囲まれてると適当に振るっても当たるくらいだし、私はアホみたいにLUCうんのよさが高いので、本当に適当に振るってるのにすべてキレイに命中するのだ。

 さすが範囲攻撃武器というか、ゲーム内でも雑魚敵狩りに重宝しただけはある性能だね。適当にクリック連打するだけで自分の周囲の敵すべてにダメージ入るんだから、もはや作業だ。
 そして敵からすると、私は囲んでいるはずなのに攻撃が当たらないクソチーターであり、もはや自然現象の竜巻とかに突っ込んでるのと大差ない一方的な虐殺になるのだった。ショッギョムッジョ。

 しかしそれにしても、だ。
 足元にがしゃぐしゃと蜂の感触が感じられるほどに虐殺もとい撃退し続けているにもかかわらず、灰鷹蜂ニゾヴェスポは次々と現れては次々と襲い掛かってきて、そして次々と迎撃されていく。
 群れで攻撃してきたり、巣を運営したり、社会性はあるはずなんだけど、思いのほか知性がなさそうなごり押し戦法が続く。まあ、知性っていうものは一通りではないのかもしれないけど。
 それにしたって、こんだけやられたらいい加減何か学習しそうなものではあるけどなあ。
 弾幕シューティングただし初手からチートみたいな戦闘を続けてると、色々思わないでもない。

 虫だし、きもいし、危険だし、私はこいつらに全く同情もわかないし、いっそ絶滅してくれても全然かまわないんだけど、それでも、地味に地道に、ちまちまと経験値が入り続ける感覚があって、現在進行形で命をすり潰していることが生々しく伝わってきて、あまり精神衛生上よろしくない。

 いやほんと、なんなんだろうね、こいつら。

 うっかり蜂の巣に近づいたから襲ってくるのかなと思ったんだけど、付近にそれらしい反応はない。
 灰鷹蜂ニゾヴェスポどもは森の中を飛び回っていて、そしてたまたま私を見つけて襲い掛かってくるのだ。自動的に、反射的に、巡回警備みたいにしてエンカウントしては攻撃してくる。
 そしてその頻度は奥へ進むほどに増していく。
 あるいは、単一の巣ではなく、もっと大きな群れである、コロニーとか言うのが森の奥に存在しているのかもしれない。

「まあ……はすぐみたいだけど」

 私がいろいろ考えたところで答えなどは出ないけど、でも百聞は一見に如かずというか、答えがそこにあるのならば、見に行けばすむ話だ。
 《生体感知バイタル・センサー》を通して見える赤い光。四方八方から集まってきた紅真蜱ルジャ・イクソードと、灰鷹蜂ニゾヴェスポの描く星空のごとき無数の輝き。
 その集う最奥。そこには、センサーが眩むほどのまばゆい巨光が鎮座していた。

「……もうセンサーはいらないくらいだ」

 は、もう肉眼で見えていた。

 うっそうと茂っていた木々が、不意に広く開けていた。それも自然な形などではない。ひどく不自然な形で、その広場は生み出されていた。
 まるで隕石でも落ちたかのように、あるいは巨大な顎で食いちぎられたかのように、その一角だけが不意に落ち窪んで沈み込んでしまったような、あまりにも不自然で唐突な窪地。あるいは、大穴。
 濃い土のにおいがした。湿り気さえ感じる土のにおい。雑草の一つもまだまともに生えそろわない、砂礫と土塊とを掘り返したままにさらすその地肌は、この大穴が生み出されてからまだそんなに時間が経っていないだろうことをうかがわせた。

 蜂を避けて穴に足を踏み入れると、不思議に襲撃がやむ。
 だがその代わりに、穴の中心から発せられる異様な圧迫感が、私の足を鈍らせた。
 進むほどに、その気配は色濃く、強くなる。

 その大穴の中心に、はいた。
 巨大な大穴の中にいながらにして、窮屈そうにさえ見えるほどの巨体は、天から落ちてきた巨岩なのだと言われても信じられそうだ。
 切り立った岩山がそのままに動き出したらこのように見えるのではないかというような、鉱物めいた鋭いとげが、顔から甲羅から、いわおのごとき全身から四方八方に向けられていた。
 だがそれは生きている。あまりにも巨大でまばゆい赤い輝きが、私の目には映っている。
 この世界で遭遇してまともに対峙した生物の中ではいまのところ最大級である飛竜、それと同様の生命に訴えかける圧迫感があり、そしてそれよりもさらに大きい。

 ただそこにいるだけで、ただそこにあるだけで、世界のきしむ音が聞こえるような、視覚的、心理的重量感。これほどに巨大な生物が存在し、あまつさえ眼前で呼吸しているという、正気を打ち砕かれるような生々しい存在感。
 それがわずかに身じろぎするだけで、それがゆっくりとした呼吸を繰り返すただけで、じりじりと精神が焦がされるような焦燥感があった。
 その目がちらとでもこちらを向けば、それだけで心は削れ、圧し折れるかもしれない。

 存在の格が、違う。
 生物としての次元が、違う。

 は、巨大な、本当に巨大な……えーっと。

「これ、KAD〇KAWAに怒られない?」

 は巨大なワニガメだった。
 そこには、巨大なワニガメが鎮座していた。
 それはもう巨大なワニガメが、大穴の中心に鎮座ましましていた。

 はっきり言ってそれはだった。

 巨大生物として私に恐怖を叩き込んだあの飛竜よりもさらにデカい。幅も厚みもある分、さらに巨大に見える。
 ワニガメといったけど、それはそのいかつく恐ろしい顔つきからそういったまでで、体型としてはむしろゾウガメなどの陸生の亀に近い。ささくれ立った岩の柱のような四肢が、地面に突き立っている。
 ここからでは全容が見えないが、仮に亀っぽい体型と考えれば、体長二十メートル近くはあるんじゃなかろうか。甲羅の高さも、それに近いだろう。

 まずその巨大なワニガメに圧倒されてしまったけど、その周辺の様子もまた異様だった。
 えぐり取られたようにぽっかりとあいた穴の外周、そこに一部の根をさらしながらもかろうじてたたずむ木々は、異様なによってほとんど覆われていた。
 いや、それはこぶなどではない。その表面にあいたいくつもの出入り口から、ぶん、ぶうん、ぶぶうん、ぶん、とおぞましいは音が響き渡っている。
 そうだ。それらはすべて灰鷹蜂ニゾヴェスポの巣だった。
 この広場を囲むすべての木に、灰鷹蜂ニゾヴェスポの巣がみっちりと張り付いているのだった。

 全周から響き渡る、ぶん、ぶうん、ぶぶうん、ぶんという羽音が、何重にも重なり合い、響き合い、背筋を震わせ内臓にまで響くような気味の悪い振動となって、あたり一帯を満たしていた。
 一つ一つは小さな羽音が、耳をふさぎたくなるような騒音となって、耳をふさいでも肌にしみとおる狂騒となって、この場を支配していた。

 ────

 そのただでさえ異様な光景の中で、さらに異様な動きがあった。
 無数の灰鷹蜂ニゾヴェスポのうちの一群が、血の赤さを残した、血の滴る新鮮な肉を顎に咥えてやってきた。森の獣の肉を引きちぎり、ここまで運んできたのだろう。
 本来であれば巣に運び幼虫の餌とするべきその肉を、灰鷹蜂ニゾヴェスポはまっすぐにワニガメの口まで運ぶ。
 呆けたように開かれたままのワニガメの凶悪な口の中に、無数の灰鷹蜂ニゾヴェスポたちが運ぶ無数の肉片が次々に落とされていく。
 時には肉片ばかりではない。傷ついた個体がワニガメの口の中に自らその身を投じていく。

 生贄の祭壇に粛々と供物をささげるがごときその動きは、灰鷹蜂ニゾヴェスポだけのものではなかった。

 ここに至ってはもはや赤い川のごとくにを成して跳ねまわり這いずり回りやってきたのは、信じがたいほどにおびただしい、数えることさえもばかばかしいほどの膨大な群れと化した紅真蜱ルジャ・イクソードの大群だ。
 これほどの大群が、全て腹を満たしてきたというのならば、獲物となったのは森の獣だけでは済まないだろう。あの村の全住民、それでさえもまだ足りない。近隣の村々、あるいは町、想像さえもおぞましいほどの人々の犠牲が、この赤い川となっていま、ワニガメの口の中に注がれていった。

 ────

 岩が転げ落ちたのか。
 一瞬そう惑うほどに、その音は低く深く響いた。
 それはだった。
 生贄の祭壇と化した口中へと供物が満たされ、それを一飲みに飲み干してしまった、その音だった。

 もはや灰鷹蜂ニゾヴェスポは私を襲わず、紅真蜱ルジャ・イクソードどもは一心不乱に赤い川となって、ワニガメの口の中へと身を投じていく。
 小さな小さな命たちが、その赤い光の輝きが、次々と飲み下されては、消えていく。

 それはあまりにも異様な光景だった。
 それはあまりにも異常な現実だった。
 胸が悪くなるほどに陰惨で、吐き気を催すほど醜悪。

 その異質な世界に、声が響いた。

「あらあら。そんな古典極まるコスプレで、灰鷹蜂ニゾヴェスポをよくかわしてきたものかしらぁ。それに紅真蜱ルジャ・イクソードの中でも平気な顔をして、ぴんぴんしてるなんてぇ……」
「敏感肌なものでね」
「ふぅん。それが本当なら、まだ改良の余地があるのかしら。それともイレギュラーにまで対応するのは費用対効果コスパ的にナンセンスかしら。ねえ、死神サン?」

 それは、いっそ吞気ともいえるほどに穏やかな声だった。
 うららかな午後の小道で、木漏れ日と春風の中、たわいもないおしゃべりをするような、そんな。

 だがここは血肉と腐臭にまみれた地獄の底のような修羅場であり。
 そのただ中で灰鷹蜂ニゾヴェスポにも紅真蜱ルジャ・イクソードにも襲われず、平然と巨大怪獣の背に腰を下ろす姿は、どう考えても真っ当ではない。

 声の主は、女だった。
 それも、少女と呼んでもいいかもしれないくらい、あどけない。
 それは不思議な姿だった。あるいは不気味な姿だった。
 怪獣の岩のような背に腰かけ、子どものするようにぶらぶらと足を揺らしながら、そいつは私を見下ろしていた。
 素朴な農民のように健康的に日に焼けた肌と裏腹に、そのまなざしは酷薄な好奇心をたたえ、唇にはあざけりの色を秘めた微笑みが浮かんでいた
 そこらの村娘のようなありふれた麻の服の上から、鮮紅もあせぬ流血にまみれた白衣を羽織り、サイズの合わない眼鏡がずり落ちるたびに、袖から出切らない指先が何度も持ち上げなおしている。

 なにもかも、ちぐはぐだ。

 かしいだ眼鏡がきらりと月影を反射して、ああいう風に反射する眼鏡って実在するんだなあとなんだか現実逃避したようなことを考えてしまった。

 私は眼鏡っ子は嫌いではないし、萌え袖白衣には一定のステータスを感じる人間だけれど、その組み合わせとして存在するこの少女は、どうにも好感情を抱けそうな相手ではなかった。
 というか、どうあがいてもこの状態で善意の第三者ってことはないだろう。

「えーっと。一応聞いておくんだけど」
「ええー? なにかしらぁ?」
「これは……は、あなたの仕業かな?」
「ええ、そうよ。そうですとも」
「……認めるんだ」
「だって、違うって言ったらあなた、信じてくれるのかしら?」

 まあ、そりゃそうだ。
 私が黙って肩をすくめると、謎の少女もまたオーバーに肩をすくめて、片眉を上げて鼻で笑って見せた。うーんアメリカンなメスガキだな。あるいはその皮肉屋シニカルな笑い方はブリティッシュメスガキか。

「まあそうね。まあそうかしら。折角なのだから折角なのだし、このワタシが名乗ってあげるかしら!」
「遠からんものは音にも聞けって?」
「最前席で目にも焼き付けるといいかしら!」

 メ……謎の少女は怪獣の背の上で立ち上がり、ちょっとふらつき、その凸凹デコボコとして意外に不安定な足場で右往左往しながら何とか具合のいい立ち位置を見つけて仁王立ちし、腰に手を当てて胸を張りさえした。

「遠き聖都におわす聖王陛下もご照覧あれ! あなたのしもべがいま声高く名乗りましょう! ワタシはユーピテル! 《蔓延る雷雲のユーピテル》! 誉れ高き魔法使いウィザードの称号を賜りし、愛しき聖王国の守護者にして、悪しき帝国をくじくものかしらぁ!」

 おどろおどろしくおぞましいステージの上で、キンキンしたガキっぽ……生き生きとした少女の声が跳ねた。そしてずり落ちた眼鏡をくいっとドヤ顔で持ち上げる。
 そのポンコツ極まる姿と、その足元で邪悪かつ醜悪な生贄の儀式めいた捕食活動を続ける怪獣とが全くかみ合わない。

 そんなひどいワンマンステージを見上げながら、満を持しての名乗りなのに「かしら」って疑問形なんだとか、それ親御さんの仕事着借りてきたのとか、とりあえず腹立つから一発殴っていいかなとか、色々思いもしたけれど。

 それよりも、だ。

「……えーっと、ごめんそれ流行はやってるの? ノリがちょっとわかんない……」
「反応があまりにも渋いかしら!?」

 やっべ。
 どっかでメインイベント見落としてきたかもしんない。
 なんか重大なワードとか出てるっぽいのだけれど、ご当地飯と温泉巡りばっかしてたので、ぜんぜんわかんないのだった。





用語解説

・《蔓延る雷雲のユーピテル》
 公開されている情報は少ないものの、最重要危険人物として指名手配されている。
 聖王国の破壊工作員の一人とされる怪人。
 ウィザードは聖王国のエージェントの中でも特に秀でた魔術遣いたちを指す言葉であるとされる。
 《蔓延る雷雲》の二つ名の通り強力な雷遣いであると同時に、非常に繊細な電磁気力操作によって、多種多様な生物を操るとされる。また古代聖王国時代の超科学力をもって生物の品種改良なども行うとのこと。
 非常に古い時代の文献からもその名が散見され、そのたびに重大な事件を引き起こしており、世代を経て襲名されるものと推測されている。
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