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第二十一章 それでもぼくはきみに笑おう
第三話 亡霊と病ならざる病
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前回のあらすじ
早々に鬼札を切るウルウ。
ありとあらゆる万病を癒す《万能薬》がその真価を発揮する。
結果から言えば、《万能薬》は、────効かなかった。
「《万能薬》ってのはなんにでも効くから《万能薬》じゃないのかよ……っ!」
ガラス瓶を乱雑に放り投げて、私は悪態をつく。
期待していただけに、その落差に心がささくれる。
胡散臭く、決して信用できないあの邪神が用意した小道具だ。妙な落とし穴があるかもしれないとは思いつつも、説明書き通りの効果は期待できるはずだと踏んでいたのに、これだ。
いや、決して効果がなかったわけではない。
確かに効いてはいたのだ。
私は《万能薬》の効果を確かめるため、パーティメンバーとして登録している二人にだけ使えるステータス閲覧で状態を確認した。
これによって私は二人の現在の状態を数字として見ることができる。
この時点で見えたのは、二人の《HP》と《SP》が少しずつではあるものの継続的に消耗していること、そして状態異常欄に《衰弱》の文字だ。
二人に見られる継続的な消耗は、《衰弱》のバッドステータスと同様のものだ。つまりこの二つはつながっているとみていい。
《衰弱》は《万能薬》で治せる身体的バッドステータスの範囲内だ。
《エンズビル・オンライン》では軽微も軽微の症状で、普通であれば時間経過でも治ってしまうようなものでしかない。
私自身、《衰弱》を防ぐ装備《やみくろ》でお手軽に対応しているくらいだ。
でも、いまの二人は時間経過でも治らず、悪化しているように見える。まったく同じではないのだろう。油断はできない。
……そして実際、私の懸念通り、《万能薬》は十分に効果を発揮しなかった。
投与直後は《衰弱》の二文字がきれいに消え去り、二人も少し楽になったように見えたのだが、ほっとしたのもつかの間、すこしの間に二人にはまた《衰弱》のバッドステータスが付与されてしまっていた。
「効いてはいる……確かに効いた。なのに、すぐに戻るんなら意味がない……」
《万能薬》は上位プレイヤーなら常備している人権アイテムだ。
でも値段は張るし、重量値も高いので、STRが高くなければ数を持てない。
私はSTRを全然伸ばしていなくて、高いLUCと即死攻撃頼りの運用をしていたから、この手の重いアイテムは少ししか持っていない。
そもそもが、状態異常どころか普通の攻撃だって食らわないようにする装備構成と狩場選びだったのだ。当たれば死ぬ濡れた障子紙みたいなステ振りだったのだから、備えも最低限しかない。
インベントリを確認しても、あと数本。
今後補充されることがないことを思えば、ここで二本も切ってしまったことがすでに致命的なミス。
確認のためだけにさらに消費することなど、できはしない。
私は胸をかきむしりたくなるような焦燥をこらえて、努めて冷静にふるまう。
「大丈夫……少なくとも、《衰弱》であること、《衰弱》を消せることはわかった。時間稼ぎにはなる」
《衰弱》のバッドステータスを解除する手段は多く、もっと安価で数もある《特濃人参ジュース》でも同様の効果は得られるうえ、こちらは《HP》も回復する。
《特濃ニンジンジュース》も数に限りはあるが、こちらは回復アイテムとしてそれなりに数を持ってはいる。フレーバーテキストも気に入ってたし。
一本を半分に分けて二人にそれぞれ投与すると、《衰弱》はやはり一時的に解除され、そして《HP》はしっかり回復した。回復した分、二人も少し楽そうになり、すこしの間起き上がり、会話することもできた。
けれど、《衰弱》はやはりすぐに戻り、《HP》の減少が再開する。
なにより、《特濃人参ジュース》では《SP》は回復できない。他の回復アイテムが必要だが、難しい。
《エンズビル・オンライン》では、《SP》が切れても《技能》が使えないだけで、じっと待っていれば回復するものだった。
しかしこの世界では、《SP》はなんというか、一種の生命力のようなものでもあるらしい。魔力、とか言うものか。使っても休めば回復するけど、時間がかかる。一度に大量に失えば、貧血やめまいといったような症状を引き起こす。極度に失われれば、意識を失ったり、魔力回復速度も低下する。
それが理由で即座に死に至ることはない、とマテンステロさんに聞いたことがあるが、魔力が枯渇して、そのまま衰弱が死につながるという例はあるようで、油断はできない。
リリオは竜胆器官とかいったか、竜の心臓みたいなのを持っているらしくて、回復量が尋常じゃない。それでもこの《衰弱》のバッドステータスによって機能は低下しているらしくて、少しずつ減少している。
そのような異能を持たないトルンペートの消耗はそれ以上で、身体的症状としても見て取れるほどだ。
なのでリリオはまだしも、トルンペートには《SP》回復アイテムを使いたいけれど、これも数が乏しい。
もともと私は《SP》の消費が最低限になるようにしていた。消費と回復がトントンになる状態で隠れて移動し、戦闘するときは極めて短時間。回復もアイテムではなく、隠れて時間経過で回復していた。
重量値を圧迫するアイテムは抱え込めなかった。
ぶっちゃけ《万能薬》より少ない。緊急時用の《SP》全回復アイテムを少し持っているだけだ。
トルンペートのことを思えば今すぐにでも使ってあげたいけれど、結果として後で足りなくなってしまえば意味はない。
たとえトルンペートがどれだけ苦しそうであろうとも、私はぎりぎりまで《SP》回復手段を温存しなければならない。
命を助けるために、苦しませなければならない。……本当に助かるかも保証がないのに。
「殺すことならいくらでもできるのに……なんて、漫画でよくある悲しい悪役のセリフを吐くことになるなんてね」
空元気も元気のうち、と馬鹿なことを言ってみたが、むなしくなる一方だ。
私は馬車を進め、定期的に容態を確認しては、現状維持に努めた。幸い、数値の減少は遅々としたもので、今日は再度の投与は必要なさそうだ。
二人の消耗具合と、減る一方の在庫数、そして冷徹な計算で投与回数を考える自分に、ますます私は焦れていく。
医学書を読みふけって医療への道を進んだりしなくてよかった。
私は医者にはなれそうにない。人の命というものを前にして、冷静ではいられない。
いっそ半分は優しさの薬二錠でどんな病気でも治る世界ならよかったのに。
「……病気?」
私は二人のステータスを確認する。
そこには相も変わらず忌々しい《衰弱》の二文字。
「……《病気》がない」
《エンズビル・オンライン》には多くのバッドステータスがあるが、《病気》もそのうちの一つだ。《衰弱》と同じく《HP》と《SP》が減少していくほか、ランダムで画面の揺れや、《技能》発動時の失敗判定、またパーティメンバーへの感染などがあった。
時間経過で治ることもあるが長時間かかり、移動や戦闘をしている間は基本的に治らず、アイテムや宿屋で回復するものだった。
この《病気》は長時間水に浸かっているとか、不衛生な環境にいるとか、一部の敵の攻撃に付随しているとか、《病気》持ちのプレイヤーと行動を共にするとか、そういうことが理由で付与されるバッドステータスだ。
そりゃ《病気》になるだろうというもので、ゲームにもかかわらず予防が大事と標語みたいなことがよく言われたものだ。
一方で、《衰弱》は単独で付与されることが少ない。
敵が魔法などで直接付与してきたり、特殊な環境下で付与されることもあるが、基本的には《病気》などと一緒に発症し、デバフ効果を強める類のものだ。
《エンズビル・オンライン》をプレイしていた時はあまり気にしていなかったけど、というか状態異常にならないようにとだけ気を付けていたけど、つまり《衰弱》っていうのは結果であって原因ではないのかもしれない。
何かしらの要因で《衰弱》しているのであって、その《衰弱》を解除しても原因をどうにかしないかぎりはすぐに元に戻ってしまう、対症療法でしかないのかもしれない。
以前ムジコの町で《衰弱》に陥ったのも、家の幽霊の奏でるオルゴールの影響下に入ってしまったことが原因であり、それを解決しなければならなかった。
そう思いいたると、さらに不可解になってしまう。
なぜ《病気》がないのか。《呪詛》でもない。他にバッドステータスの表記がない。
ムジコの時のような特殊な環境もあるようには見えない。
ただ減っていく。二人の命が減っていく。削れていく。失われていく。
重症化もしないけど、よくもならない。ただただ少しずつ、失われていく。
「現地人特有の症状なのか……? いや、プルプラなら雑にでも対応させているはず……全く描写されないというのは、つまり《エンズビル・オンライン》の記述では描写されないなにか……」
こういうとき、自分のプレイスタイルの雑さが悔やまれる。
世界観や、裏に横たわるストーリー、イベントで描かれるドラマ、そういうものを眺めて楽しんでいた私は、一方でゲームシステムそのものに関してはあまり理解が及んでいない。
攻略情報に関しても、自分のプレイスタイルに関するところをつまんで読んでいた。攻略wikiを全部読んで丸暗記していればこんな時困らなかっただろうに、私は必要ないからと省いてしまった。
だってwiki全部読むとか、貴重な休日全部潰れるの目に見えてたから……!
いくらなんでもその過ごし方は悲しすぎるだろ……!
そういいながら結局ベッドから起き上がれずだらだらしてたけど……!
昔の自分を殴りつけてやりたい。
wiki全部暗記しろと叱りつけてやりたい。
ゆるふわ系に見えるアニメは割と展開が重いのが多かったから気をつけろと説教してやりたい。
私は焦燥のあまり支離滅裂な思考を転がしながら、その日をやり過ごした。
地図の通りであれば、順調に進んでいる。はずだ。急ぎで進めているから、もう近い。はずだ。
でも、まだかかる。かかるが、それでも、何とか明日には着く。はずだ。だろう。そうであってくれ。
私は二人の容態を確認しながらまんじりともせず一晩を過ごした。
翌朝、二人の呼吸は少し楽そうだった。症状に変化はないが、慣れてきたのかもしれない。それがいいことなのか、悪いことなのか、私には判断がつかない。
《特濃人参ジュース》投与後に、少しほっとしたように笑ってくれたことだけが、私の救いであり、希望だった。
私は早速馬車を進めようとして、立ちすくんだ。
馬車の外では、火の消えた焚火跡のそばで、ボイが寝そべって動かなかった。
ボイが、発症した。
朝露をきらめかせる朝日が、ゆっくりと絶望を照らしていった。
用語解説
・《衰弱》
ゲーム内バッドステータス。
《病気》や《呪詛》、また特殊な環境や敵の攻撃下において発症する。
《HP》と《SP》が継続的に減少し、STRやVITなどのステータスが低下する。
時間経過や回復アイテムで解除可能。
・《やみくろ》
ゲーム内アイテム。死神専用装備。フード付きのマント。
ボスMob「グリムリーパー」が低確率でドロップする。
このMobは即死攻撃以外ダメージを受けない上にHPゲージが三つある、つまり三回即死攻撃を成功させないといけないという特殊なつくりで、倒すのには苦労する。
衰弱、汚泥、汚損、即死を無効化する。
また死神専用《技能》を開放するのに必要な装備の一つ。
『闇とともにあれ』
・人権アイテム
持っていて当然、持っていなければゲームを進めることもできない、つまりそれがなければ土俵に立つこともできない強力なアイテムを指す用語。
・《特濃人参ジュース》
ゲーム内アイテム。
同じくアイテム《特濃人参》を加工すると出来上がる。
飲むと衰弱、毒などの状態異常を回復するうえに《HP》も大きく回復する。
『このとろみはいったいどこから出てきたんだ……?』
早々に鬼札を切るウルウ。
ありとあらゆる万病を癒す《万能薬》がその真価を発揮する。
結果から言えば、《万能薬》は、────効かなかった。
「《万能薬》ってのはなんにでも効くから《万能薬》じゃないのかよ……っ!」
ガラス瓶を乱雑に放り投げて、私は悪態をつく。
期待していただけに、その落差に心がささくれる。
胡散臭く、決して信用できないあの邪神が用意した小道具だ。妙な落とし穴があるかもしれないとは思いつつも、説明書き通りの効果は期待できるはずだと踏んでいたのに、これだ。
いや、決して効果がなかったわけではない。
確かに効いてはいたのだ。
私は《万能薬》の効果を確かめるため、パーティメンバーとして登録している二人にだけ使えるステータス閲覧で状態を確認した。
これによって私は二人の現在の状態を数字として見ることができる。
この時点で見えたのは、二人の《HP》と《SP》が少しずつではあるものの継続的に消耗していること、そして状態異常欄に《衰弱》の文字だ。
二人に見られる継続的な消耗は、《衰弱》のバッドステータスと同様のものだ。つまりこの二つはつながっているとみていい。
《衰弱》は《万能薬》で治せる身体的バッドステータスの範囲内だ。
《エンズビル・オンライン》では軽微も軽微の症状で、普通であれば時間経過でも治ってしまうようなものでしかない。
私自身、《衰弱》を防ぐ装備《やみくろ》でお手軽に対応しているくらいだ。
でも、いまの二人は時間経過でも治らず、悪化しているように見える。まったく同じではないのだろう。油断はできない。
……そして実際、私の懸念通り、《万能薬》は十分に効果を発揮しなかった。
投与直後は《衰弱》の二文字がきれいに消え去り、二人も少し楽になったように見えたのだが、ほっとしたのもつかの間、すこしの間に二人にはまた《衰弱》のバッドステータスが付与されてしまっていた。
「効いてはいる……確かに効いた。なのに、すぐに戻るんなら意味がない……」
《万能薬》は上位プレイヤーなら常備している人権アイテムだ。
でも値段は張るし、重量値も高いので、STRが高くなければ数を持てない。
私はSTRを全然伸ばしていなくて、高いLUCと即死攻撃頼りの運用をしていたから、この手の重いアイテムは少ししか持っていない。
そもそもが、状態異常どころか普通の攻撃だって食らわないようにする装備構成と狩場選びだったのだ。当たれば死ぬ濡れた障子紙みたいなステ振りだったのだから、備えも最低限しかない。
インベントリを確認しても、あと数本。
今後補充されることがないことを思えば、ここで二本も切ってしまったことがすでに致命的なミス。
確認のためだけにさらに消費することなど、できはしない。
私は胸をかきむしりたくなるような焦燥をこらえて、努めて冷静にふるまう。
「大丈夫……少なくとも、《衰弱》であること、《衰弱》を消せることはわかった。時間稼ぎにはなる」
《衰弱》のバッドステータスを解除する手段は多く、もっと安価で数もある《特濃人参ジュース》でも同様の効果は得られるうえ、こちらは《HP》も回復する。
《特濃ニンジンジュース》も数に限りはあるが、こちらは回復アイテムとしてそれなりに数を持ってはいる。フレーバーテキストも気に入ってたし。
一本を半分に分けて二人にそれぞれ投与すると、《衰弱》はやはり一時的に解除され、そして《HP》はしっかり回復した。回復した分、二人も少し楽そうになり、すこしの間起き上がり、会話することもできた。
けれど、《衰弱》はやはりすぐに戻り、《HP》の減少が再開する。
なにより、《特濃人参ジュース》では《SP》は回復できない。他の回復アイテムが必要だが、難しい。
《エンズビル・オンライン》では、《SP》が切れても《技能》が使えないだけで、じっと待っていれば回復するものだった。
しかしこの世界では、《SP》はなんというか、一種の生命力のようなものでもあるらしい。魔力、とか言うものか。使っても休めば回復するけど、時間がかかる。一度に大量に失えば、貧血やめまいといったような症状を引き起こす。極度に失われれば、意識を失ったり、魔力回復速度も低下する。
それが理由で即座に死に至ることはない、とマテンステロさんに聞いたことがあるが、魔力が枯渇して、そのまま衰弱が死につながるという例はあるようで、油断はできない。
リリオは竜胆器官とかいったか、竜の心臓みたいなのを持っているらしくて、回復量が尋常じゃない。それでもこの《衰弱》のバッドステータスによって機能は低下しているらしくて、少しずつ減少している。
そのような異能を持たないトルンペートの消耗はそれ以上で、身体的症状としても見て取れるほどだ。
なのでリリオはまだしも、トルンペートには《SP》回復アイテムを使いたいけれど、これも数が乏しい。
もともと私は《SP》の消費が最低限になるようにしていた。消費と回復がトントンになる状態で隠れて移動し、戦闘するときは極めて短時間。回復もアイテムではなく、隠れて時間経過で回復していた。
重量値を圧迫するアイテムは抱え込めなかった。
ぶっちゃけ《万能薬》より少ない。緊急時用の《SP》全回復アイテムを少し持っているだけだ。
トルンペートのことを思えば今すぐにでも使ってあげたいけれど、結果として後で足りなくなってしまえば意味はない。
たとえトルンペートがどれだけ苦しそうであろうとも、私はぎりぎりまで《SP》回復手段を温存しなければならない。
命を助けるために、苦しませなければならない。……本当に助かるかも保証がないのに。
「殺すことならいくらでもできるのに……なんて、漫画でよくある悲しい悪役のセリフを吐くことになるなんてね」
空元気も元気のうち、と馬鹿なことを言ってみたが、むなしくなる一方だ。
私は馬車を進め、定期的に容態を確認しては、現状維持に努めた。幸い、数値の減少は遅々としたもので、今日は再度の投与は必要なさそうだ。
二人の消耗具合と、減る一方の在庫数、そして冷徹な計算で投与回数を考える自分に、ますます私は焦れていく。
医学書を読みふけって医療への道を進んだりしなくてよかった。
私は医者にはなれそうにない。人の命というものを前にして、冷静ではいられない。
いっそ半分は優しさの薬二錠でどんな病気でも治る世界ならよかったのに。
「……病気?」
私は二人のステータスを確認する。
そこには相も変わらず忌々しい《衰弱》の二文字。
「……《病気》がない」
《エンズビル・オンライン》には多くのバッドステータスがあるが、《病気》もそのうちの一つだ。《衰弱》と同じく《HP》と《SP》が減少していくほか、ランダムで画面の揺れや、《技能》発動時の失敗判定、またパーティメンバーへの感染などがあった。
時間経過で治ることもあるが長時間かかり、移動や戦闘をしている間は基本的に治らず、アイテムや宿屋で回復するものだった。
この《病気》は長時間水に浸かっているとか、不衛生な環境にいるとか、一部の敵の攻撃に付随しているとか、《病気》持ちのプレイヤーと行動を共にするとか、そういうことが理由で付与されるバッドステータスだ。
そりゃ《病気》になるだろうというもので、ゲームにもかかわらず予防が大事と標語みたいなことがよく言われたものだ。
一方で、《衰弱》は単独で付与されることが少ない。
敵が魔法などで直接付与してきたり、特殊な環境下で付与されることもあるが、基本的には《病気》などと一緒に発症し、デバフ効果を強める類のものだ。
《エンズビル・オンライン》をプレイしていた時はあまり気にしていなかったけど、というか状態異常にならないようにとだけ気を付けていたけど、つまり《衰弱》っていうのは結果であって原因ではないのかもしれない。
何かしらの要因で《衰弱》しているのであって、その《衰弱》を解除しても原因をどうにかしないかぎりはすぐに元に戻ってしまう、対症療法でしかないのかもしれない。
以前ムジコの町で《衰弱》に陥ったのも、家の幽霊の奏でるオルゴールの影響下に入ってしまったことが原因であり、それを解決しなければならなかった。
そう思いいたると、さらに不可解になってしまう。
なぜ《病気》がないのか。《呪詛》でもない。他にバッドステータスの表記がない。
ムジコの時のような特殊な環境もあるようには見えない。
ただ減っていく。二人の命が減っていく。削れていく。失われていく。
重症化もしないけど、よくもならない。ただただ少しずつ、失われていく。
「現地人特有の症状なのか……? いや、プルプラなら雑にでも対応させているはず……全く描写されないというのは、つまり《エンズビル・オンライン》の記述では描写されないなにか……」
こういうとき、自分のプレイスタイルの雑さが悔やまれる。
世界観や、裏に横たわるストーリー、イベントで描かれるドラマ、そういうものを眺めて楽しんでいた私は、一方でゲームシステムそのものに関してはあまり理解が及んでいない。
攻略情報に関しても、自分のプレイスタイルに関するところをつまんで読んでいた。攻略wikiを全部読んで丸暗記していればこんな時困らなかっただろうに、私は必要ないからと省いてしまった。
だってwiki全部読むとか、貴重な休日全部潰れるの目に見えてたから……!
いくらなんでもその過ごし方は悲しすぎるだろ……!
そういいながら結局ベッドから起き上がれずだらだらしてたけど……!
昔の自分を殴りつけてやりたい。
wiki全部暗記しろと叱りつけてやりたい。
ゆるふわ系に見えるアニメは割と展開が重いのが多かったから気をつけろと説教してやりたい。
私は焦燥のあまり支離滅裂な思考を転がしながら、その日をやり過ごした。
地図の通りであれば、順調に進んでいる。はずだ。急ぎで進めているから、もう近い。はずだ。
でも、まだかかる。かかるが、それでも、何とか明日には着く。はずだ。だろう。そうであってくれ。
私は二人の容態を確認しながらまんじりともせず一晩を過ごした。
翌朝、二人の呼吸は少し楽そうだった。症状に変化はないが、慣れてきたのかもしれない。それがいいことなのか、悪いことなのか、私には判断がつかない。
《特濃人参ジュース》投与後に、少しほっとしたように笑ってくれたことだけが、私の救いであり、希望だった。
私は早速馬車を進めようとして、立ちすくんだ。
馬車の外では、火の消えた焚火跡のそばで、ボイが寝そべって動かなかった。
ボイが、発症した。
朝露をきらめかせる朝日が、ゆっくりと絶望を照らしていった。
用語解説
・《衰弱》
ゲーム内バッドステータス。
《病気》や《呪詛》、また特殊な環境や敵の攻撃下において発症する。
《HP》と《SP》が継続的に減少し、STRやVITなどのステータスが低下する。
時間経過や回復アイテムで解除可能。
・《やみくろ》
ゲーム内アイテム。死神専用装備。フード付きのマント。
ボスMob「グリムリーパー」が低確率でドロップする。
このMobは即死攻撃以外ダメージを受けない上にHPゲージが三つある、つまり三回即死攻撃を成功させないといけないという特殊なつくりで、倒すのには苦労する。
衰弱、汚泥、汚損、即死を無効化する。
また死神専用《技能》を開放するのに必要な装備の一つ。
『闇とともにあれ』
・人権アイテム
持っていて当然、持っていなければゲームを進めることもできない、つまりそれがなければ土俵に立つこともできない強力なアイテムを指す用語。
・《特濃人参ジュース》
ゲーム内アイテム。
同じくアイテム《特濃人参》を加工すると出来上がる。
飲むと衰弱、毒などの状態異常を回復するうえに《HP》も大きく回復する。
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