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第十五章 竜囲い

第七話 亡霊と辺境名物

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前回のあらすじ

辺境名物を贅沢に頂いた晩餐。
飯ノルマこなしたみたいな空気である。





 子爵さんの屋敷、というか、お城、というか、まあ聞いたところによればまさしく要塞であるというお住まいにお邪魔して、食堂に案内されたんだけど、これが結構立派だった。
 華やかさという点ではカンパーロのお屋敷の方がいかにもって感じだったけど、こちらはなんていうのかな、中世のお城っていう感じがもろに出てる。
 石造りで、武骨な造りで、明かりが蝋燭なので若干薄暗くて、ファンタジー漫画とか映画とかに出てくるスタイルそのものだ。
 その中にも、勇壮な絵のつづられたタペストリーや、暖炉のレリーフ、ちょっとした装飾品など、見る人が見ればわかるだろう品の良さが見え隠れしている。

 あのやかましく派手そうな子爵さんのセンスとは思えないな、というか多分周囲の人の見立てでやってるんだろうな。
 要塞の主なのに、一番部屋に似合ってない。
 自己主張が激しすぎるんだよなこの爺様。
 騎士たちが並んでても違和感ない部屋だけど、この爺様がむわっはっはっはって笑う度に山賊の親玉にしか見えない。

 まあ山賊は置いとくとして、落ち着いた雰囲気の食堂に好感度を抱いたところで、ふるまわれた食事はまずちょっとがっかり。

 なにしろ標高も高めな山にへばりつくように建設された要塞だから、食料品は栽培などまともにできようはずもなく、ほとんど輸送して貯蔵したもの頼りなのだろう。
 馬鈴薯テルポーモとか玉葱ツェーポとか豆とかの保存のききそうな野菜ばかりで、青物はあまりない。
 で、大分塩気や酸味の強い、干し肉や干し魚、塩漬けに酢漬けに油漬け、そういったものを大量の薄めた麦酒エーロでいただく感じが基本らしい。

 この世界、冷蔵庫あるくらいだし、割と保存は利かせられると思うんだけど、多分輸送コストがかかるんだろうね。
 聞いてみたところ、ほぼほぼ竜車でしか往来できないらしいので、輸送すべて竜車頼りってことになる。その竜車を引く飼育種の飛竜はピーちゃんキューちゃんの野生種より小柄で、馬力やタフネスで劣るので、一台の竜車に複数つくらしい。
 貴重な戦力である飛竜を輸送に回さなければならないうえ、冬場の山風はかなり体力を奪うみたいで、そんなに頻繁に大量には運搬できないようだ。それに加えて、立地的に食料保存庫にそこまで広さを取れないんじゃないだろうか。
 ああ、それに、人間の食糧だけじゃなく、その輸送に使う飛竜にも結構な量の餌が必要になる。
 こうなるともう、仕方ないとしか言えないなあ。

 まあ、仕方ないとはいえ。
 料理人の腕がいいのか、盛り付けもきれいだし、味も美味しいんだけど、うん。
 舌肥えちゃったかなーとは、思ったよね。
 美味しいんだけど、ちょっと野暮ったいかなって。
 もてなし用の振舞いなんだろうけれど、実用性が先立ってる感じが強い。
 一応、ビタミン不足とかも気にしてか生の林檎ポーモやベリー類もあるんだけど、圧倒的に華やかさに欠けている。
 色が主に、茶色い。

 いや、けなしてるみたいだけど、実際美味しいは美味しいんだよ。
 この世界、異世界転生ものでよく見かける「飯がまずい」展開がほぼないんだよね。
 よほど食にこだわりがあるのか、こだわれるだけの余裕があるのか。
 歴史的に考えると、大昔にかなり発展してた時期があるっぽいので、その時期のを部分的に継承したり、再発見してるみたいなところはあるけど。

 ただまあ、なに?
 冒険屋としては異例に小金持ちなせいでいいもの食べてきてしまったし、連れが料理上手だし、先日辺境とは言えモノホンの貴族様の食事も頂いちゃったし、かなり舌が肥えちゃってるなーと。
 ものすごく腕がいいのはわかるんだけど、まあ前線基地の食事ですよねって感じ。
 普段だったら普通に美味しいって満足してたんだけど、なまじ滅茶苦茶美味しい色とりどりな朝食頂いてきた後だから、なんか、こう、ねえ。

 多分、旅を始めてきた頃の私が見たら全力でぶん殴りそうな嫌な奴だと思う、今の私。

 ああ、でも、前菜で頂いたキャビアは美味しかった。
 私の知るキャビアと同じものなのかは、そもそもキャビア食べたことないからよくわからないんだけど、鮫っぽい魚の魚卵の塩漬けみたいな説明だったから、おおむね似たような食べ物と思っていいだろう。
 これが、また、美味しい。

 塩漬けとはいっても、そこまで塩がきついわけでもなくて、むしろ素材の甘みが引き立つようでさえある。多分産地から飛竜便で直送って感じなんだろうね。
 魚卵って言うからイクラとかとびっこみたいにプチプチした感じかなって思ったら、ねっとりとした歯ごたえで、味わいはかなりコクがある。
 やや生臭いような、独特の香りはあるんだけど、熟成の結果なのかなんなのか、これがなかなか、悪くない。最初を乗り越えちゃえば、むしろ癖になるかもしれない。

 私の貧相なイメージでは、キャビアってなんかこう、クラッカーとか黒パンに乗っけて食べてるのを想像してたんだけど、今回はかなり贅沢な食べ方だった。

 私の手には、虹色にきらめく、多分大きな貝を削って作ったのかな、それだけでインテリアになりそうなスプーン。繊細な味わいを殺さないために純金のスプーンを使うって料理漫画で読んだことあるけど、化学反応を起こさないんなら貝でもいいわけだ。お値段的にもこれ結構しそうだし、見劣りしない。
 その地味に高そうなスプーンで、リリオの真似してたっぷりと掬い取る。大皿からじゃないよ。一人一人につやつや輝く貝の器が行き渡ってて、そこに「こんなに!」というくらい盛られているんだ。

 これを、口を大きく開けて、ぱくんと頂く。
 贅沢さここにだけ偏りすぎてない?
 ペース配分大丈夫?
 って言いたくなるくらいの前菜だ。

 北海道人だってイクラをこんな食べ方しないだろう、って一瞬思ったけど、多分してるな連中は。瓶からぞんさいに飯の上にかけたりして、「お母さんまだイクラあるの?」「もう飽きた」みたいなこと言って冷蔵庫に半端がいつまでも余ってるみたいな贅沢してるはずだ。
 あいつら帰省するたびに土産にはホワイト・チョコ挟んだラング・ド・シャばっかり持ってきて、SNSでは蟹とかジンギスカンとか美味しそうなものばっかり載せるからな。
 ネタ枠だったらしいジンギスカン風味キャラメルを「意外と悪くない」ってコメントしたら、SNSで笑いものにしたの知ってんだからな。

 職場の同僚のアカウントなど知ってしまうものではない。
 悪口言われてるくらいならまだしも、悪意の欠片もなく侮られ蔑まれ見下されていた日には認知が歪むからね。しかもその子が普通にいい子だったりすると脳髄がひずみそうになる。
 それで私はSNS止めたくらいだからな。
 三日後には再開したけど。
 ブロックとミュート機能を採用したものに祝福あれ。

 さて、もうこの前菜だけでいいかなあと思い始めたころ、まさかのメインの登場だった。

 まず、かぐわしい香りとともにそれは運ばれてきた。
 デーレンデーレンと聞こえてきたら鮫が現れ、ダダンダンダダンと聞こえたら未来から殺人ロボットがやってきて、デンドンデンドンと聞こえてきたら宇宙怪獣と戦うロボットが登場するくらいに、確実に「美味いものがやってきたぞ」と思わせる、そんな香りだった。
 その大皿が二人がかりで運ばれてきたのを見た時のインパクトと言ったら、思わず拍手で出迎えたくなったほどだ。

 それは肉だった。
 もう、シンプルに肉だった。
 大皿にドンと鎮座ましましている焼き目も香ばしい肉の塊だった。
 以前テレビで、有名なビュッフェ・スタイルのレストランで、限定ローストビーフの塊を切り分けているのを見たことがあるけど、あれよりまだ大きいかもしれない。

 これを、ホストである子爵さんが大ぶりな包丁で切り分けるんだけど、これがまた豪快だった。
 よく見かけるような、お上品なスライスなんかではない。たっぷり厚みを持たせて、贅沢に切っていく。
 単に豪快なだけのように見えて、子爵さんの包丁さばきは見事なものだった。
 あれだけ太い肉の塊なのに、包丁は滑らかに肉に入っていき、のこぎりみたいに変に何度も往復させることなく、するりするりと何度か前後させるだけで綺麗にすとんと切り分けてしまう。
 そしてその断面は美しいピンク色をさらしていて、乱れの一つもない。

 見事なのはお肉の焼け具合と子爵さんの包丁さばきだけではなく、気配りもだった。
 まず主客であるリリオ、次にその母親であるマテンステロさん、主客の伴侶となる私とトルンペート、という風に順番は厳格に定めているんだけど、でも主客に一番量を、あとはみんな一緒、みたいな頭でっかちじゃない。
 よく食べるリリオにはとにかく分厚く、冒険屋でこれまたよく食べるマテンステロさんもほどほどに分厚く、背が高いのに小食であることを見抜いたのか聞き及んだのか私には少な目、トルンペートには程々といった具合に、それぞれの食べる量に合わせて切り分けてくれる。
 それもこれくらいならいけそうかなって言うぎりぎりのあたりを見定めてきてくれる。
 その上、皿を持ってきた料理人が盛り付けて、付け合わせを添えてくれるんだけれど、これがまた綺麗なのだ。

 さて、温められた皿にサーブされたお肉を、早速いただくとしよう。
 赤身も鮮やかなお肉だけれど、しっかり火は通っているようで、血がにじみ出ることもない。よくできたローストだ。ステーキみたいな厚さのローストって食べたことないけど。
 これにナイフを入れてみると、やはり、柔らかい。生では切りづらいし、焼けすぎても硬い、でもこれは程よくやわらかで、心地よい手ごたえとともに肉が切れていく。

 まずはこれを、そのままで一口。
 少し硬めの歯ごたえは、旅の最中に狩ったジビエで慣れたものだ。
 臭みとも取れる独特の香りも、最近ではすっかり慣れてきて、個性の一つとしてとらえることができるようになってきた。それにうまく香草が利いていて、むしろ味わいの一部として力強い。
 噛みしめる度に舌に感じられる旨味はかなりしっかりとしていて、滋味深い。
 脂身のあたりをちょっと頂いてみると、これもまた、驚くほど甘く、舌触りの良い脂だった。とろりととろけて、決してくどくない。

 次に、かけられたソースに絡めてみる。この甘酸っぱさは、苔桃ヴァクチニオだったかな。
 塩気のあるお肉と、甘いソースがこんなに合うんだってことをこの世界に来るまで知らなかったのが悔しいよね。まあ、生前にそんな知識があったところで、食べることに全く興味がなかったわけだけど。
 そう言う意味では、むしろ食べることの楽しみを知ってからで良かったのかもしれないけど。

 うん。美味しい、んだけど。

「どうしました?」
「ん……いや、食べたことないお肉だなあって。山じゃないと獲れない生き物?」

 リリオと一緒に旅してると、ふらっと野山で適当に狩った獣とか食べることが多いんだけど、この味ははじめて食べる味だった。似たような味も知らない。

「ふふん、美味しいでしょう。辺境名物ですよ」
「まあ、美味しいけどさ。何のお肉?」
「ウルウも見たことのある生き物ですよ」
「見たことある……って言っても。こんな大型の生き物……あ」

 なんかドヤ顔で遠回しに伝えようとしてくるの素直にイラっと来るんだけど、大人の態度で考えてみる。私が見たことはあるけど食べたことはなくて、これだけのお肉が取れる大型の生き物。辺境名物。
 ふと、あの美しい生き物が頭をよぎった。

「そうです。これ、飛竜のお肉なんですよ」

 マジか。
 思わずまじまじとお肉を見つめてしまった。
 飛竜って食べられるのか。そしてこんなに美味しいのか。
 というかここの人たち飛竜乗りとかで飛竜を溺愛してる人たちらしいけど、それなのに飛竜食べるのか。
 なんか一度に考えてしまって混乱した。
 それはそれとして美味しいのでもう一口食べるけど。

「……えっ」

 食べてから改めてこれが飛竜肉であることに混乱してしまった。

「えっと……飼育してる飛竜を食べてるんですか?」
「ぬわっはっはっはっは!」

 素直な所を聞いてみたら大笑いされた。

「わしらが乗り回す飛竜は、老いたり、戦いで死んだら、乗り手がちっくとだけ頂いて、あとは素材ば剥いで、肉は塚に埋めよる。食用に別に育てるのは難しいのう。金がかかるし、気位が高い。人に懐くもんを掛け合わせてようやく飛竜乗りが乗り回せるようになったが、それでもな」

 となると、このお肉の出どころは、野生、ということか。

「うむ、わしらが落とした飛竜は、素材ば剥いで、肉はわしらと飛竜とで食っとる。落とした分だけエサが増えると思えば飛竜も頑張るけっぱる。乗り手もうまいもん食えるで、精出す。飛竜の肉は全然腐らんから、長々熟成させたもんをこうして宴に出しちょる。うまかろ?」

 大変美味しかったけど、なんかキューちゃんピーちゃんをよこしまな目で見てしまいそうだ、などと思いながらもやっぱり美味しいのでもう一口頂くのだった。





用語解説

・北海道人だって~
 おおむね偏見ではあるが、やや実体験交じりではある。

・ジンギスカン風味キャラメル
 ジンギスカンとは言うが、原材料に仔羊は使用されていない。
 なので実際のところは、ニンニクと玉葱ががっつり利いたタレの風味をエンチャントされた甘く香ばしいキャラメルという地獄の共演を果たした代物。
 共演とは言うが、ジンギスカン風味は完全にキャラメルを殺しに来ている強さで、それにキャラメルが大人げなくあらがうという全面抗争に陥っているため、味覚も脳も盛大に混乱する。
 食べた人によって評価が大いに変わる魔性のアイテムでもある。

・SNS
 実話でも経験談でもないが、ありそうな話ではある。

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