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第十四章 処女雪

第七話 白百合と辺境男爵

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前回のあらすじ

エロい声がする。






 よくよく暖炉の利いた部屋で、美味しいお酒と美味しい食事をご馳走になる。
 こんなに幸せなことはそうそうないと思います。
 そこに楽しい思い出話も加われば、幸甚の至りというものです。

 おじさまこと男爵とはもうずいぶん長い付き合いで、それこそ私が生まれた時には領地まで駆けつけて顔を見に来てくれ、それからも折を見てはおもちゃやお菓子などを届けてくれました。
 そしてまた私が遠出しても良い頃になると、竜車に乗ってちょくちょくとカンパーロへ遊びに来たものです。

 実家も遊び場所に事欠かないといってもいいのですけれど、やはりカンパーロは一味違います。
 平野が広く続き、畑や牧場が多いのはもちろん、森林も良く育ち、獣たちと遊びまわったものです。
 当時のトルンペートはおとなしく引っ込み思案で、いささかやんちゃにわんぱくに育った私がその手を取ってどこに遊びに行くにも連れて行って、一緒に楽しく遊んだものです。

「あんなこと言ってるけど」
「お気に入りのぬいぐるみを引きずって持ってく子供と一緒よ」
「私そんなことしたことないなあ」
「あんたが外で遊ぶ子供だったとは思わなかったわ」
「外で遊ぶ子供じゃなかったわ、私」
「よねー」
「ねー」

 外野がなんか言ってますけど、美しい思い出なのです。
 こうして骨付き肉食べるたびに、泣き虫だったトルンペートを思い出します。
 うん。
 さすがに悪いことしたなーとは思ってます。
 仕方がないんです。
 当時の私は自分基準でしか物事を考えていなかったので、人間がそんなに簡単に壊れるとは知らなかったんです。
 今はちゃんと壊したら壊れるってわかってます。大丈夫。
 倫理観大事です。

「いや! いや! いや! お嬢様のご帰郷まったく嬉しいことですが、しかしまた急でしたな。冒険屋として、ゆるりと旅暮らしでもされているものかと」
「ええ、まあ、ちょっと予定外でした……というか、その予定外の、お母様が生きていたことは驚かれないんですね?」
「まさか! まさか! 驚いておりますとも!」

 おじさまは愉快そうに笑って蜂蜜酒メディトリンコを呷りました。
 辺境には蜂がほとんど住んでいないので、蜂蜜酒メディトリンコはお高い輸入品頼りです。
 なのでお土産にと思って積んできたのですが、喜んでもらえたようでよかったです。

「いや! いや! 全く、マテンステロ殿から手紙が届いたときは大いに驚きましたとも。しかしそれ以上に、長年の疑問がさっぱり晴れたというものですなあ」
「長年の疑問、ですか?」
「まさかあの御仁が冬場で動きの鈍ったはぐれ飛竜ごときに後れを取るはずがないと思っておったのです。そうしたらこれですからな。いや! いや! 飛竜を飼いならすとは! 愉快! 愉快!」
「あらあら、随分信頼されてるわねえ」
「はっはっは! 信頼させたのはあなたでしょうに」
「どういうことですか?」

 愉快そうなおじさまが言うには、こういうことでした。
 まだ辺境伯に就任したばかりのお父様が、就任式の宴もそこそこに、よりにもよってどこの馬の骨とも知れない冒険屋を嫁にするなどと言い出したものだから、随分と揉めたのだそうです。
 しかも自分に勝てたら結婚してやるなどという不遜なことをのたまっている。
 そして実際に、まだまだ若殿とは言え、辺境の頭領たる若きアラバストロを軽々と叩き伏せてしまった。
 これには腕自慢の辺境武者あずまもののふたちも興がって、こぞって名乗りを上げて挑んだそうです。
 そこらの兵など話にならず、騎士が挑んでも相手にならず、ついに男爵自身も剣を合わせたものの、これが倒すに倒しきれない。なんのなんの、我こそは辺境貴族でも最弱、この程度ではないぞと、次なる手練れモンテート子爵に託したはいいものの、これもまた何合打ちあってもまるで崩せそうにない。

 負けはしない、負けはしないが、しかしうまく勝つのも難しいと攻めあぐねているうちに、目を覚ました若き辺境伯が先約は私だぞと立腹して、その場は決着がつく前に流れてしまったのだそうです。
 しかしそれでも、よもや騎士どころか辺境貴族とここまで渡り合えるものがいるとは思わなんだとお母様の強さは知れ渡り、今ではその腕前は大いに認められているのだということでした。

 おじさまの長男であるネジェロにいも挑みたかったそうですけれど、当時はまだ成人しておらず、指をくわえてみているだけで悔しい思いをしたそうです。

 何しろ強いということがそれだけで大きな評価につながる辺境です。
 この逸話を知るものはみなお母様に尊敬の念を抱き、そしてできることならば手合わせしてもらいたいという、非常に脳筋な夢を抱いているそうです。
 私も辺境生まれ辺境育ちの辺境人ですけれど、辺境人のそう言う、「ちょっとお茶してかなーい?」「いいねー、ちょうど小腹空いたしー」みたいなノリで「ちょっと切り結ばなーい?」「いいねー、ちょうど血沸き肉躍るしー」ってなるところ大概頭おかしいと思います。

 週末の街角で秋波を送る若者がごとく、旅の道中ですれ違った武人相手に剣気を送ってみたりとか、辺境仕草は奇怪極まりないです。
 勿論みんながみんなそう言う血気盛んというわけではないのですけれど、というかけんかっ早さで言うと多分帝都人とかの方が上なんでしょうけど、強さというものに重きを置く風潮は一般的です。

 辺境人の強さや気風というものをよくよく知っている私やトルンペートにとっては今更な感じですけれど、ウルウにとってはいまいちよくわからないようで、いつもの話は聞いているけれど理解はしていないといった顔です。
 こればっかりは私にはうまく説明できません。私も辺境人ですし。

「うふふ。私もまさかこんなに強い人たちがいるとは思わなかったわ」
「それをみんな、してしまったというのに!」
「楽しかったわね。みんな元気かしら。娘たちもここしばらくかまってあげたから、いくらか達者になったわよ」
「ほほう! ほほう!」

 きらり、とおじさまの目が輝きました。
 私はウルウにそっと目くばせします。

「ではいかかです! 親交を深めるためにもひとつ手合わせなど!」

 辺境流の「ちょっとお茶して行かない?」に、ウルウの目が死にました。





用語解説

・ネジェロ(neĝero)
 カンパーロ男爵の長男。今年で二十八歳。
 甘いフェイスのイケメンだが、辺境貴族の例にもれず血の気は多い。
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