上 下
185 / 304
第十三章 飛竜空路

第五話 白百合と螻蛄猪鍋

しおりを挟む
前回のあらすじ

いかさまと業運にはさまれてカモにされるリリオ。
運の絡まないゲームとして提案されたのは。







 ともすれば不遜さの乗りそうな鼻っ柱がひくりとうごめきました。
 勝気な釣り目が大きく見開かれて、まるで飛び掛かる寸前の猫のように張りつめています。
 朽葉色の瞳はいま、火精晶ファヰロクリスタロの灯りを照り返して、時に黄色く、時に赤く、奇妙に揺らぎながら、私の一挙手一投足を睨みつけるように見張っているのでした。

 こんなに、ああ、こんなにも強い視線を向けられるのはいつ振りのことでしょうか。
 血に飢えた魔獣たちも、潜み狙う盗賊たちも、命を切り結ぶ相手を求めて放浪する武芸者たちでさえも、こうまでも強い目を見せたことはなかったでしょう。

 恐れ知らずの武装女中とはいえ、小柄で、華奢で、愛らしくさえあるトルンペートの小作りな顔からは、いまや青ざめたように血の気が引いていて、形の良い耳ばかりが火照ったように赤く染まっていました。
 集中している。
 針先のようにピンと張り詰めた意識が、私に、私の指先に全霊をもって集中している。

 そのことがなんだか、私に不思議な高揚と、奇妙な興奮とを覚えさせるのでした。

 全霊に対して、私も全霊でもって応える。
 そのことがどれほど心地よく私をたかぶらせてくれることでしょうか!

「あっち――」

 ちり、とかすかに揺らがせた指先に、トルンペートのまつ毛がかすかに揺れ動きます。
 凍り付いたように微動だにしない手足と裏腹に、首から上はいまにも弾けそうなほどにリキが込められているのが窺えました。
 わずかに開かれた唇の下に、大きめの犬歯がちろりと顔を覗かせているのが、期を窺う猟犬を思わせます。

「向いて――」

 私は指先からすっかり力を抜いて、だらりと脱力させていました。
 必要なのは、その瞬間まで力の方向性を悟らせない、極限の脱力。
 そして、脱力から瞬時に立ち上がる、手首のしなやかさと切れ味。

 事ここに至っては、もはや小手先の揺さぶりは無粋。
 一瞬。
 ただ一瞬の攻防にこそすべてがある。

 すべてを、この、一瞬に――

「――ホイ!」

 刹那、私の指先は、蛇の躍りかかるようにしなやかに、そして容赦なく、視線ごと首を引きずり回す思いでもって、左へと振りぬかれました。

 トルンペートの瞳が、須臾に切り裂かれ刹那に刻まれた時間の中、私の指先を追いかける。
 人に残された獣の神経が瞬時に発火し、食らいつき、追いすがり、しかして人の築き上げた理性がそれを押し留める。
 ぎりりと音を立てて奥歯が噛み締められ、ぎゅうと顎の筋肉が隆起する。
 無意識が指先を追いかけようとすることを、意識の手綱が強引に押さえつけ、すでに動き出してしまっていた筋肉を、また別の筋肉が押さえ込む。

 おのれの力でおのれの首を断つがごとき筋肉の相争う悲鳴が音もなく響き、その鼻先は私の指を離れ、さかしまの方向へと向けられたのでした。

 振り抜かれた勢いのままに汗が飛び、ぱたぱたと音を立てて床に散りました。

「……やりますね」
「この程度……なのかしら?」
「へえ……まだ、強がれますか」
「慣れてきたのよ、いい加減……次で決めるわ」
「見せてあげようじゃあないですか……“格”の“違い”ってものを……!」
「ええ、そうね……あたしが“上”で、あんたが“下”ってことをね……!」
ウヌ!」
ドゥ
トリ!」
『そろそろ降りるわよー』
「アッハイ」

 拳を振り上げ、さあエークの合図で振り下ろそうとしていた私たちは、伝声管から気の抜けた声を響かせるお母様によって、最高に盛り上がった瞬間に奇麗に水を差されたのでした。
 えー、もうちょっと遊んでたいよー、といった気分ですが、竜車を操作してくれているお母様に文句など言えようはずもありません。
 そもそも力んだところで間を外されてしまって、変に気勢をそがれてしまったので、もう一回あのノリをと言われても難しいです。

 手ぬぐいで汗をぬぐい、途中で暑くなって脱ぎ捨てた上着を拾い上げて着込み、もそもそと固定用の帯を結びます。
 そうして一息ついてから顔を合わせると、さっきまでなんであんなに単純な遊びであんなに盛り上がっていたんだろうと、妙に冷静な気持ちになってしまって、なんだか妙に気まずくなって視線をそらし合うのでした。

 最初は、遊び方を教えてくれたウルウも混じって、三人で回していたのですけれど、私とトルンペートが盛り上がるにつれてウルウはそのノリについていけなくなり、また一時は落ち着いていた乙女塊大海嘯が再び込み上げてきたので、固定帯を結んで毛布にくるまってしまいました。

 そうして止める人もいなくなった私たちはどこまでも高みに上っていってしまったわけです。
 恐るべしあっち向いてホイ。
 いや、だって絶対指の方見ちゃうじゃないですか。それをこらえて他所向かなきゃいけないんですよ。それをわかったうえで指先で誘導して、振り切る前にくいっと翻して騙したり、それさえも見越して視線と顔の動きとを逆にして見たり、いや、本当に面白いんですよこれ。

 ともあれ。

 私たちの火照った体が落ち着いてくるころには、竜車はがたがたと大きく揺れながら高度を下げていき、ウルウの魂の抜けるような細い悲鳴を背景に、ひときわ大きく揺れて着地したのでした。

 竜車は半日ほど飛んだ先の、森の傍の開けた野原に降り立ちました。
 半日ほどとはいえ、なにしろ飛竜の翼で翔けた半日です。ハヴェノからはすでに遠く離れ、南部は南部でも東部よりの内陸地まで辿り着いていました。

「そうねえ。この辺りはツィンドロ子爵領に入るのかしら」
「ということは、あの山が噂に名高いアミラニ火山ですかね」

 いくらか先に峰高くそびえる、山頂付近に雪を冠するアミラニ山は、人族が町をつくるには適しませんが、土蜘蛛ロンガクルルロたちにとっては鉱物が豊富で熱源も得られる良好な鍛冶場です。
 神話の頃より土蜘蛛ロンガクルルロたちはこの古く偉大な火山を掘り、町を作り、鉄を打ってきたそうで、古代聖王国時代に多く打ち壊された芸術的土蜘蛛ロンガクルルロ様式の建築物も現存している、歴史的にも文化的にも、そして観光地としても名高い土地です。

 帝国が古代聖王国の残党を狩り出し、東大陸を統一するにあたって、多くの武具がこのアミラニ山から供出されました。
 その功績をたたえて長たる土蜘蛛ロンガクルルロがヴルカノ伯爵として取り上げられ、現在もその権力と影響力は帝都にまで響くものです。

 広大で肥沃な農地を支配するツィンドロ子爵も、質の良い鉄の農具と舞い振る火山灰の恩恵を強く受けており、この古き鍛冶師の末裔を寄り親と仰いでいるとのことです。

 しかし、確かに遠くまで気はしましたけれど、日はまだいくらか高く、飛ぼうと思えばまだ飛べそうではあります。

「まあ飛べなくはないわよ。でも、飛竜に乗るのもそれなりに疲れるし、竜車に乗りっぱなしもしんどいでしょ?」
「はい」
「ウルウのここまで力強い肯定そうそうないわよね」

 それに、暗くなってくると空から着陸可能な場所を見つけるのは難しく、ちょうどよく開けた場所を見つけたら早めであっても切り上げる、とのことでした。なるほど、空の旅は空の旅で、何事も都合よくいくという訳ではないようです。

 飛竜鞍を外し、好奇心に負けてうろつこうとするピーちゃんを軽くたたいて窘めてから、じゃああと任せたわ、と残して、お母様はキューちゃんの暖かくも柔らかい背中に寝そべって、すぐにも高いびきを立て始めました。
 どこでもいつでも体を休められるというのは、旅する冒険屋としては素晴らしい素質です。

 任されました、ということで、私たちは早速野営の準備に取り掛かりました。
 まあ野営と言っても、頑丈で鉄暖炉ストーヴォもある竜車のおかげで、やることは大してありません。
 なんて素晴らしきかな竜車、と一瞬思いましたけれど、考えてみれば普段からそんなに変わらない気もします。焜炉付きの幌馬車に、見張りにもなるボイちゃん。それに魔獣などをよせつけない、ウルウのよくわからない匂い袋や天幕のおかげで、普段から楽してます。

 いつもと変わりませんね、ということで、私たちは普段通りを心がけて、作業を分担しました。
 つまり、力自慢の私は薪拾いに荷物持ち。勘が鋭く遠間の攻撃が得意なトルンペートが狩り。そしてウルウは収穫が多い時の《自在蔵ポスタープロ》係です。

 ぶっちゃけ仕事だけ考えるとウルウには留守番していてもらっても構わないのですけれど、新しい土地の新しい風物を見て回りたいというのもウルウの旅の目的ですし、何より、寝ているとはいえ、寝ているからこそ、旅仲間の母親という親しい訳でもなくかといって無関係という訳でもない微妙な相手と二人きりにさせるのは申し訳なかったのです。

 昼寝して無防備なお母様を置いていくのも、というのは余計なお世話でしょう。
 高いびきをかいてぐっすり眠っているようには見えますけれど、あれで熟練の冒険屋ですから、誰か近づけばすぐに目覚めるでしょうし、なんなら射程ギリギリから矢を射っても止められそうな気がします。
 それに、頂点捕食者と言っていい飛竜のキューちゃんとピーちゃんがいる訳ですし、あれをどうにかするのは地竜の突進でもないと無理でしょう。

 それでもあんまり時間をかけてはすっかり暗くなってしまいますし、何より私のお腹も空いてきていますので、あまり高望みをせずに、さっと捕まえられるあたりを仕留めていきます。

 木もまばらで土中に根が蔓延っていないあたりでは、こうした土に潜り込むように掘り進め、草木の根や虫の類を食べる螻蛄猪タルパプロが良く見つかります。北部でも見かけますけれど、土に霜が降り、硬く冷たくなる冬は南下するとも聞きます。
 体は猪にしては小柄ですけれど、上向きに生えた幅広で頑丈な牙と、鋤のように発達した前足のひづめで結構な速度で土を掘り起こし、ずんずんと進んでいく様はいかにも猪と言った感じです。

 ただ、割と浅い所を潜るので地表が盛り上がってしまって居場所がわかりやすいですね。またほとんど目が見えず、地上を歩く速度もあまり速くないので、結構いい的です。

 それでも、うっかり螻蛄猪タルパプロの真上を踏み抜いてしまったりすると、恐ろしい力強さで杭のような牙が打ち上げてきて、時には死者が出ることもある生き物です。

 私たちは森に入って早速この螻蛄猪タルパプロの道を見つけ、掘り進んでいる真っ最中のところに深々と剣を突きさし、うまく仕留められました。
 土越しに一撃で仕留める自信がない場合は、斜め後ろからそっと土を掘り返してやり、逃げようと頭を土に突っ込んでいる間に槍などで仕留めるとよいでしょう。

 一方で少々見つけにくく、そろそろ帰ろうかなと言うときに運よく茂みの中に見つけられたのが、狸鶉ラヴルソ・コトゥルノでした。
 これは兎や鶏くらいの大きさで、赤褐色の羽毛と、横縞模様の幅広な尾羽を持つ、草原やまばらな林に住む羽獣です。
 木の上ではなく、茂みの中や地面のくぼみに巣をつくり、茂みをくぐるように低く飛び回るので、地味な体色もあってなかなか捉えづらいところがありますね。

 私は見落としそうになり、トルンペートも気配を探ってはいましたが、見つけたのはウルウでした。
 生き物のいのちの気配を探るとかいう、技術ではなくある種のまじないで、茂みの中に隠れた狸鶉ラヴルソ・コトゥルノの位置を正確に探り当て、そこをトルンペートが短刀をひょうと投げて仕留めたのでした。
 茂みにかたまって潜んでいた何羽かの狸鶉ラヴルソ・コトゥルノが素早く飛び上がって逃げようとしましたが、そこをまた短刀が鋭く狙ってもう一羽が得られました。
 飛び立つ姿を眺めて、肉付きのよさそうなものを狙う余裕振りです。

 どちらもすぐにしめて、雷精を心臓に流して血抜きし、きりりと冷たい雪解け水の水精晶アクヴォクリスタロ水で流し、しっかり冷やしました。
 以前はこうした作業が苦手だったウルウも、最近は少し慣れてきたのか、直接手掛けるのはまだ難しいようですけれど、お手伝いくらいはできるようになってきました。

 茸や山菜、香草の類、そして薪を採りながら野営地に戻ると、お母様がぱっちりと目を覚まして迎えてくれました。
 飛竜のキューちゃんはどっしりと腰を落ち着けたままで、きょろきょろと辺りを見回し、ふんふんと鼻を鳴らして落ち着かないピーちゃんが飛び回らないよう、見張っているようでした。

 狸鶉ラヴルソ・コトゥルノは明日の朝食用にしまい込み、螻蛄猪タルパプロを今夜の夕餉として胡桃味噌ヌクソ・パーストの鍋に仕上げることにしました。

 三人がかりで手早く解体し、毛を焼き、改めて水で血を洗ったバラ肉を大きめの塊にしてから、大鍋に香草と酒、それに少しの塩を加えて、水から茹でていきます。
 本当はしばらく酒と香草で漬け込んでおきたいんですけれど、もっと言えば何日か寝かせた方が美味しいんですけれど、贅沢は言えません。
 余った分を食糧庫の方の竜車にしまって寝かせることにしましょう。

「あなたたち、いつもそんな大鍋持ち歩いてるの?」
「欠食児童が二人もいるんで」
「馬鹿容量の《自在蔵ポスタープロ》持ちがいるんで」
「防具にもなるので」
「さては馬鹿なのねあなたたち」

 灰汁を取りながらじっくりと茹で上げ、すっかり柔らかくなったら茹でこぼし、ごろっとした大きさに切り分けます。これと根菜類、香草を、酒、胡桃味噌ヌクソ・パーストなどを溶いた大鍋で煮込み、最後に葱や葉物を加えてもう一煮立ちさせて、いただきます。

 薄切りの猪肉を使った鍋も美味しいですけれど、ごろっと塊に切ったバラ肉はなかなかに食いでがあってたまりません。もう少ししっかりと味をしみこませるには時間がかかるので、野営には向きませんけれど、鍋の汁自体をちょっと濃い目にしてやって、うまく味を乗せてやります。

 ウルウは濃い目の味付けがちょっと苦手ですけれど、なんだかんだ体を使う冒険屋の私たちには塩気が嬉しい限りです。そしてその、ともすればべったりとしそうな濃い目の味付けの中にも、ウルウが見つけて摘んできた葉物が、独特の香りを立てて、味に膨らみをもたらしてくれています。

 葉物というか、私は食べ物として見たことなかったというか、もう本当に、そこら辺の適当な葉っぱという感じだったんですけれど、ウルウに言われるままに食べてみたら、これが美味しいんですよ。
 ちょっとほろ苦さがあって、でも独特の爽やかな香りが食欲を掻き立てるのでした。

 ウルウによれば、恐らく菊の仲間である花の葉であるとのことでした。
 ウルウがシュンギクと呼び、お母様が王冠菊クローノ・レカンテトと呼んだこの葉物は、いままで見向きもしなかったことがなんとももったいなく感じられるほどの味わいでした。
 春には可愛らしくも美しい花を咲かせるとのことで、花としては見られても食用としては見られていなかったのですね。

 私たちは大鍋にたっぷりの猪鍋に舌鼓を打ち、お腹をすかせた二頭の飛竜には、取り出したばかりの螻蛄猪タルパプロの内臓をはじめとした餌を与えました。体の大きさに見合って、結構な量を平らげていく様はなかなか見ていて気持ちのいいものがあります。

 ウルウも感心したように二頭の食事風景を観察していました。
 ウルウって、生き物苦手なのに生き物の観察するの好きなんですよね。一番観察してる生き物は私です。いいでしょう。

 そうしてご飯が済んだら、普通の冒険屋であれば見張りを立ててお休みですけれど、なにしろ私たちは現役冒険屋からもおかしいと言われている《三輪百合トリ・リリオイ》です。
 ウルウが黙々と金属製の例の湯船を準備し始めると、お母様がおかしそうに笑い始めました。

「お風呂?」
「ええ、お風呂です」
「さてはあなたたち、とびっきりの馬鹿ね?」
「不本意なことによく言われます」

 私とお母様、ウルウとトルンペートに分かれてお風呂を頂き、ハヴェノで購入した香り付きの新しい石鹸で体を磨き上げ、気分も体もすっきりです。
 以前は石鹸と言えば一番安い、香りも何もないものをちびりちびりと使っていたものですけれど、潔癖なくらい奇麗好きなウルウが惜しまず使い、切らさず仕入れしているうちにだんだん感覚が麻痺してきて、いまでは精油で香り付けしたものや、可愛らしく成形されたものなどをいろいろ比べていて、三者三様にお気に入りができたりしています。

 風呂の神殿ではこういった変わり石鹸を必ず取り扱っていて、定番のもののほか、地方特有の品もあって、旅の中でいろいろ試してみるのも楽しいものです。

 そして湯上りには、ウルウ特性のを髪に馴染ませて、石鹸できしきしごわついてしまっていた髪を整えてやります。
 最初は柑橘の汁を湯で薄めたものを使っていたのですけれど、出歩いているうちに痒くなったりすることがあったので、ウルウが改良したこのりんすなるものを私たちは使っています。
 林檎酢ポムヴィナーグロ葡萄酢ヴィノヴィナーグロに香草や精油などを加えたもので、使用するときはお湯で薄めて使います。
 割と簡単に作れるので、最近は土地土地でお値段や名産を勘案して、三人であれやこれや好みに合わせて自分用のものを作っています。

 今日はお母様には私と同じものを使っていただき、同じ香りをまとうことにしました。
 なんだかちょっと、くすぐったいみたいな、不思議な気持ちです。

 お風呂を済ませて、念のためにウルウの魔除けの匂い袋をしかけて、お休みの時間です。
 いつものように竜車にウルウのお布団を敷きましたけれど、さすがのウルウの不思議なお布団もお母様も含めた四人で潜り込めるほどの広さはありません。

 これは仕方がありません。
 魔法のお布団にはちょっと詰めてもらって、毛布を分厚く敷いてもう一つ寝床を作り、二人二人に分かれて眠ることにしましょう。

 ウルウは寝床変わると寝付けないたちですし、トルンペートはお母様と一緒だと緊張するでしょうから、ウルウとトルンペート、私とお母様に分かれることにしましょう。
 仕方がありません。
 これは仕方がありませんね。
 なのでにやにやとこっちを見てる二人は覚えていなさい。

「ねえ、私寝るときにまで突っ込まなきゃいけないの?」
「え?」
「なんです?」
「《自在蔵ポスタープロ》に羽毛布団突っ込んでるの?」
「あー」
「完全に忘れてました、そう言う感覚」
「ねー」
「私が呆れるって、本当に、相当よ、あなたたち」

 伝説の冒険屋は、そうして苦笑いするのでした。





用語解説

・ツィンドロ子爵(cindro)
 南部の内陸に広がるツィンドロ子爵領は、平地が続く土地で、広大な農地を保有する。
 アミラニ火山の噴火によって形成された、平らで、柔らかく、水はけのよい地質で、地下水が豊富。空気を含むことで保温性も高い。やや痩せ気味ではあるが、長年の間に研究された肥料の効果が出やすいとも言える。
 西大陸から渡ってきた柑橘類を古くから育てており、特に、島国から伝来した、皮が薄くて剥きやすく、小さいが甘みの強い、種もなく食べやすい蜜柑モルオランヂョ(moloranĝo)が帝都で人気となり、生産を拡大している。

・アミラニ火山(Amirani)
 南部ヴルカノ伯爵領の大部分を占める活火山。
 古来から土蜘蛛ロンガクルルロたちが住み着き、開発してきた火山。
 活火山ではあるが、土蜘蛛ロンガクルルロたちがほぼ完全に管理しており、最後に噴火に至ったのは百年単位で昔のことである。

・ヴルカノ伯爵(vulkano)
 アミラニ火山及びその周囲のいくばくかの土地を所領とする伯爵。土蜘蛛ロンガクルルロ。血統の古さ、領民からの信頼、技術力、経済力など周辺への影響力は強い。

・魔獣などをよせつけない、ウルウのよくわからない匂い袋や天幕
 ゲームアイテム。それぞれ以前登場した《魔除けのポプリ》、《宵闇のテント》のこと。

螻蛄猪タルパプロ
 蟲獣。半地中棲。大きく発達した前肢と顎とで地面を掘り進む。が、割と浅いところを掘るのですぐにわかる。土中の虫やみみず、また木の根などを食べる。地上では目が見えず動きが遅いのでよく捕まる。

狸鶉ラヴルソ・コトゥルノ(lavurso koturno)
 羽獣。茂みや地面のくぼみなどに巣をつくる。赤褐色の羽根色。雑食性で幅広く何でも食べ、時には蛇なども捕食する。農作物への食害もある。
 駆除以外では、毛皮目的の狩猟が多く、また丁寧にした処理した肉は美味であり、食用にもされる。
 冬季は動きが鈍り、気温の低い北部などでは冬眠することもある。

王冠菊クローノ・レカンテト(Krono lekanteto)
 キク科シュンギク属。シュンギク。
 奇麗な黄色い花を咲かせる菊の仲間。外側が白くなっているものもある。
 帝国では観賞用としてされているが、無毒で、葉は独特の香りとほろ苦さがあり、食用に耐えうる。

・りんす
 閠がこの世界に来た当初は、石鹸でアルカリ性に傾いた髪を、柑橘類の絞り汁を湯で薄めたもので酸性に傾けることでリンスとしていた。
 しかし光毒性と言う、紫外線に当たると皮膚にダメージを与える性質があったため、特に色素の薄いリリオがかゆみやふけなどを生じさせてしまった。
 このことから材料を見直し、香りが尖らない果物酢をベースに、香草や精油などを加えて調合した。
 やや手間と金がかかるようになったが、好みや体質に合わせて調整を繰り返し、それなりに使える代物になっているようだ。

葡萄酢ヴィノヴィナーグロ
 林檎ポーモの採れる北部では林檎酢ポムヴィナーグロが、葡萄ヴィンベーロ(vinbero)の採れる地域では葡萄酢ヴィノヴィナーグロが流通しているようだ。

・仕方がありません。
 全く持って仕方がないのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...