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第十二章 ブランクハーラ
第十一話 白百合と母の思い出
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前回のあらすじ
まさかの実父ヤンデレ疑惑に動揺するリリオだった。
救いはないんですか。
ウルウにがっしりと押さえ込まれた状態で、母からまさかの事実を暴露されて、理解が追い付いていません。というより理解したくない感じです。
それは、その、なんです。
確かに父は母を愛していました。
子供心にその愛の深さを感じるほどに母を愛していました。
例えば母が私たち兄妹と遊んでいると、仕事を意地でも手早く終わらせて必ず駆けつけてきました。子供と遊ぶ時間を大切にしてくれる良い父親だと思っていましたけれど、あれは我が子に嫉妬していたのかもしれません。
例えば父はティグロのほほをよく撫で、私の頭をよく撫でていましたが、あれは母の面影をよく残す兄の顔立ちと、私の髪の色とに、母を重ねてみていたのかもしれませんでした。
例えば……いいえ、やめましょう。思い返せば思い返すほど、父の行動のいちいちが母を中心に回っていたような気さえしてきます。
思えば父は、仕事人間でした。
領地を見て回り、領民の暮らしをよりよくしようと試み、飛竜が出れば誰よりも早く駆け付け、そして私たち兄妹が良い大人になるようにと、家庭教師任せではなく自分でも様々な事を教えてくれました。
しかしそれ以外は、個人的趣味もまるでなく、ただ遠くの空を眺める日々だったように思います。
その部分が、ぽっかりと欠けてしまった母の存在だったのかもしれないと考えると、父には仕事と母としかなかったのではないかと思えるほどでした。
そう言えば私が拾ってきた動物たちの面倒は最終的には女中頭か父の預かりとなっていましたけれど、母がいなくなってからというもの、父は良く動物たちを撫でる時間が増えていたように思います。
特に白金の体毛も美しい大狼のプラテーノなど、そのモフモフの体毛に突っ伏するように憩いを得ていたように思います。
あれを仕事人間の憩いと思えばまだいいですけれど、父は時々その白に近い体毛を撫でながら遠くを眺めていました。母の髪の色と比べていたのかと思うと、もはや病気です。
「私……私、悲しかったんですよ! 母様が亡くなったと聞いて、本当に悲しかったんですからね!」
「ごめんなさいね、リリオ」
お母様は優しく、でも困ったように笑いました。
「でもお母さん心外だわ」
「え」
「たかがはぐれ飛竜ごとき相手に死ぬと思われていたなんて、悲しいわ」
そう言われればそうかもしれません。
大体が、平時からして飛竜をおやつ代わりに狩っているような辺境貴族の父相手に互角に、というか子供心に感じた限り上回る腕前だった母です。寒いのは苦手だとか言っておきながら、冬場でもはぐれ飛竜が出たと聞けば子供のように喜んで狩りに言っていた母です。
暖炉のそばで優しく物語を聞かせてくれた思い出が強いですけれど、それも考えてみれば冒険屋たちの冒険譚だとか、自分自身の武勇伝とか、大概血なまぐさいものか荒々しいものばかりだった様な気もします。
「そう言えば母様、飼い馴らされているとはいえ、飛竜と相撲とって勝ち越してた気がします」
「懐かしいわねえ。飼育種って軽いからあんまり歯ごたえなかったけど」
「重飛竜とも相撲取ってましたよね?」
「あれはなかなか楽しかったわ。がっしり地面掴むから、ひっくり返すの苦労したわ」
ああ、と何だか妙な納得が腑に落ちました。
そりゃあ、そんな生き物がはぐれ飛竜ごとき相手に死ぬわけがない、と。
「キューちゃん見る限り、そげに強かもんとも思えんがの」
「まあキューちゃんはうちに来たときはもうすっかり馴らされてたものねえ」
ほのぼのと祖父母もそんなことを言いますけれど、飛竜ってそんな簡単なものじゃないはずなんですけどね、本来なら。
普通であれば飛竜乗りとか、辺境貴族が出てきてようやく討ち取るものなんですけどね。
なんだか私の中の常識がガラガラと音を立てて崩れるようで、私はすっかり疲れ果ててしまって卓に沈みました。よしよしと頭を撫でてくれるウルウの手のぬくもりだけが癒しです。
「でもリリオも今なら飛竜くらい落とせるって言ってなかったっけ」
「あら、大きくなったわねえ、リリオも」
「『雷鳴一閃』なら確かに落とせますけど、当たればですし、落とした後も、とどめ刺すまでが大変ですよう」
ウルウが茶化すので、言うほど簡単なものではないと謙遜しておきましたけれど、実際どうなんでしょう。見たことはあっても、子供の頃の話で、実際に戦ってみたことはないんですよね、飛竜。
「リリオはまあ、まだ早いがじゃろ。もうちっくと恩恵がのびんと、なんしろ体が軽いきに、キューちゃんと相撲は取れんろう」
「そうねえ。もう少し魔力の使い方を覚えたら、いいところ行くと思うけれど」
ちなみにそんなお二人はキューちゃんなる野生種の飛竜成体相手に相撲取るくらいは訳ないそうです。飼い馴らされているとはいえ、飛竜を転がせるというのは驚きです。おじいちゃんはまあ見た目からしていけそうな気がしますけれど、おばあちゃんがほっそりとした体でどうやって成し遂げるのかは疑問です。
「魔法も魔力も使いようよ。マテンステロはそのあたり、うまく伸びたわねえ」
「恥ずかしいじゃないお母ちゃん。師匠が良かったのよ」
そういえば母の戦い方は魔法も剣も使う魔法剣士です。おじいちゃんとおばあちゃんからいい所を受け継いだという形なのでしょうか。私は魔力の扱い方こそ父から学びましたけれど、剣は家庭教師から学んだので、そのあたりちょっとうらやましいかもです。
「ティグロにはちょっと剣を教えたけど、そう言えばリリオに教える前に出てきちゃったものね。なんなら滞在中はちょっと見てあげましょうか?」
「本当ですか!?」
「ついてこれたらね」
にっこりと笑う母の笑顔には、残念ながら容赦というものはありませんでした。
用語解説
・飼育種
飛竜を飼い馴らしているとはいっても、野生種そのままではなかなか難しい。
飼育種は長い間をかけて品種改良がおこなわれ、やや小柄、細身になったものの、飛行速度・旋回性能では野生種以上の仕上がりとなっている。
・重飛竜
飼育種の中でも、軽く早くとは真逆に、重く品種改良された種。
咆哮、つまりいわゆるブレスの威力を高められており、飛行能力はかなり低いが、地面をしっかりつかんで放たれる咆哮は戦術兵器クラスである。
臥龍山脈の途切れ目を囲むように飼育されており、飛竜が出た際の迎撃に用いられる。
ただ、飼育難度が高く、また咆哮も連発はできないので、敵の数を減らす程度の使い方。
・
まさかの実父ヤンデレ疑惑に動揺するリリオだった。
救いはないんですか。
ウルウにがっしりと押さえ込まれた状態で、母からまさかの事実を暴露されて、理解が追い付いていません。というより理解したくない感じです。
それは、その、なんです。
確かに父は母を愛していました。
子供心にその愛の深さを感じるほどに母を愛していました。
例えば母が私たち兄妹と遊んでいると、仕事を意地でも手早く終わらせて必ず駆けつけてきました。子供と遊ぶ時間を大切にしてくれる良い父親だと思っていましたけれど、あれは我が子に嫉妬していたのかもしれません。
例えば父はティグロのほほをよく撫で、私の頭をよく撫でていましたが、あれは母の面影をよく残す兄の顔立ちと、私の髪の色とに、母を重ねてみていたのかもしれませんでした。
例えば……いいえ、やめましょう。思い返せば思い返すほど、父の行動のいちいちが母を中心に回っていたような気さえしてきます。
思えば父は、仕事人間でした。
領地を見て回り、領民の暮らしをよりよくしようと試み、飛竜が出れば誰よりも早く駆け付け、そして私たち兄妹が良い大人になるようにと、家庭教師任せではなく自分でも様々な事を教えてくれました。
しかしそれ以外は、個人的趣味もまるでなく、ただ遠くの空を眺める日々だったように思います。
その部分が、ぽっかりと欠けてしまった母の存在だったのかもしれないと考えると、父には仕事と母としかなかったのではないかと思えるほどでした。
そう言えば私が拾ってきた動物たちの面倒は最終的には女中頭か父の預かりとなっていましたけれど、母がいなくなってからというもの、父は良く動物たちを撫でる時間が増えていたように思います。
特に白金の体毛も美しい大狼のプラテーノなど、そのモフモフの体毛に突っ伏するように憩いを得ていたように思います。
あれを仕事人間の憩いと思えばまだいいですけれど、父は時々その白に近い体毛を撫でながら遠くを眺めていました。母の髪の色と比べていたのかと思うと、もはや病気です。
「私……私、悲しかったんですよ! 母様が亡くなったと聞いて、本当に悲しかったんですからね!」
「ごめんなさいね、リリオ」
お母様は優しく、でも困ったように笑いました。
「でもお母さん心外だわ」
「え」
「たかがはぐれ飛竜ごとき相手に死ぬと思われていたなんて、悲しいわ」
そう言われればそうかもしれません。
大体が、平時からして飛竜をおやつ代わりに狩っているような辺境貴族の父相手に互角に、というか子供心に感じた限り上回る腕前だった母です。寒いのは苦手だとか言っておきながら、冬場でもはぐれ飛竜が出たと聞けば子供のように喜んで狩りに言っていた母です。
暖炉のそばで優しく物語を聞かせてくれた思い出が強いですけれど、それも考えてみれば冒険屋たちの冒険譚だとか、自分自身の武勇伝とか、大概血なまぐさいものか荒々しいものばかりだった様な気もします。
「そう言えば母様、飼い馴らされているとはいえ、飛竜と相撲とって勝ち越してた気がします」
「懐かしいわねえ。飼育種って軽いからあんまり歯ごたえなかったけど」
「重飛竜とも相撲取ってましたよね?」
「あれはなかなか楽しかったわ。がっしり地面掴むから、ひっくり返すの苦労したわ」
ああ、と何だか妙な納得が腑に落ちました。
そりゃあ、そんな生き物がはぐれ飛竜ごとき相手に死ぬわけがない、と。
「キューちゃん見る限り、そげに強かもんとも思えんがの」
「まあキューちゃんはうちに来たときはもうすっかり馴らされてたものねえ」
ほのぼのと祖父母もそんなことを言いますけれど、飛竜ってそんな簡単なものじゃないはずなんですけどね、本来なら。
普通であれば飛竜乗りとか、辺境貴族が出てきてようやく討ち取るものなんですけどね。
なんだか私の中の常識がガラガラと音を立てて崩れるようで、私はすっかり疲れ果ててしまって卓に沈みました。よしよしと頭を撫でてくれるウルウの手のぬくもりだけが癒しです。
「でもリリオも今なら飛竜くらい落とせるって言ってなかったっけ」
「あら、大きくなったわねえ、リリオも」
「『雷鳴一閃』なら確かに落とせますけど、当たればですし、落とした後も、とどめ刺すまでが大変ですよう」
ウルウが茶化すので、言うほど簡単なものではないと謙遜しておきましたけれど、実際どうなんでしょう。見たことはあっても、子供の頃の話で、実際に戦ってみたことはないんですよね、飛竜。
「リリオはまあ、まだ早いがじゃろ。もうちっくと恩恵がのびんと、なんしろ体が軽いきに、キューちゃんと相撲は取れんろう」
「そうねえ。もう少し魔力の使い方を覚えたら、いいところ行くと思うけれど」
ちなみにそんなお二人はキューちゃんなる野生種の飛竜成体相手に相撲取るくらいは訳ないそうです。飼い馴らされているとはいえ、飛竜を転がせるというのは驚きです。おじいちゃんはまあ見た目からしていけそうな気がしますけれど、おばあちゃんがほっそりとした体でどうやって成し遂げるのかは疑問です。
「魔法も魔力も使いようよ。マテンステロはそのあたり、うまく伸びたわねえ」
「恥ずかしいじゃないお母ちゃん。師匠が良かったのよ」
そういえば母の戦い方は魔法も剣も使う魔法剣士です。おじいちゃんとおばあちゃんからいい所を受け継いだという形なのでしょうか。私は魔力の扱い方こそ父から学びましたけれど、剣は家庭教師から学んだので、そのあたりちょっとうらやましいかもです。
「ティグロにはちょっと剣を教えたけど、そう言えばリリオに教える前に出てきちゃったものね。なんなら滞在中はちょっと見てあげましょうか?」
「本当ですか!?」
「ついてこれたらね」
にっこりと笑う母の笑顔には、残念ながら容赦というものはありませんでした。
用語解説
・飼育種
飛竜を飼い馴らしているとはいっても、野生種そのままではなかなか難しい。
飼育種は長い間をかけて品種改良がおこなわれ、やや小柄、細身になったものの、飛行速度・旋回性能では野生種以上の仕上がりとなっている。
・重飛竜
飼育種の中でも、軽く早くとは真逆に、重く品種改良された種。
咆哮、つまりいわゆるブレスの威力を高められており、飛行能力はかなり低いが、地面をしっかりつかんで放たれる咆哮は戦術兵器クラスである。
臥龍山脈の途切れ目を囲むように飼育されており、飛竜が出た際の迎撃に用いられる。
ただ、飼育難度が高く、また咆哮も連発はできないので、敵の数を減らす程度の使い方。
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