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第十二章 ブランクハーラ
第八話 白百合と暴風
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前回のあらすじ
恐ろしいお爺ちゃんに遭遇したウルウ。
相当の腕前のようだ。
玄関先で三人まとめてもみくちゃにされた後、私たちは広々とした居間に通されました。
南部づくりの風通しの良い造りで、居間の壁の一部が取り払われて庭先にまで床が張り出し、すぐ外の森の様子がうかがえるようになっていました。
私たちは籐細工も鮮やかな椅子を勧められ、香りの良い豆茶を淹れていただき、ほっと一息、歩いてきた疲れを吐き出しました。
「マルーソがごめんなさいね。この人ったら、手紙が来てからずっと騒がしくて」
「孫に喜んで何が悪いがか」
「いえいえ、歓迎してもらってありがとうございます」
結局マルーソさんは、呆れたメルクーロさんが叩いて正気に戻らせて引きはがすまで、私たち三人をがっしりと腕の中で閉じ込めてわっしゃわっしゃと頭を撫でたのでした。
二人が、私が普段ボイに嫌がられているというのを、なんとなく納得しました。ものすごい勢いでしたから。
「マルーソさん、」
「おじいちゃんでえい」
「は、あ」
「みんなおじいちゃんでえいきに」
「じゃあよろしくおじいちゃん」
「よろしくねおじいちゃん」
「適応はやっ」
まさかのウルウとトルンペートの方が先に順応しましたけれど、そう、おじいちゃん、おじいちゃんはもともと肌の色が褐色のところによくよく日焼けしていて、真っ白で雪のような髪とは裏腹に、全身もう真っ黒と言っていいほど健康的に焼けていました。
そしてまたその全身と言うのが非常に大きくて、珍しいことに長身で何かと人を見下ろしてくるウルウと同じくらい大きいのでした。幅は細身のウルウからしたら二人分か、三人分あるかもしれません。まして小柄な私やトルンペートなど、子供と大人どころではありません。
これがただ大きいというだけでなく、骨も太い、筋肉も太いとしっかりと鍛え上げられた肉体で、顔中に刻まれたしわがなければとてもお爺ちゃんなどと言う年には見えません。
聞けば今もまだ本当に現役で、週に一度は組合に顔を出して依頼を探すのだそうですけれど、あまり面白いものがなくて暇をしていたそうです。
そりゃあ冒険家の大家ブランクハーラの当主に見合った依頼はそうそうないことでしょう。
見た目も豪快なら笑い声もがっはっはと豪快なおじいちゃんに比べて、メルクーロさん、おばあちゃんはいかにもほっそりとして柔らかい印象なのですけれど、その柔らかさの中にてこでも動かない芯がぴんと通っていて、おじいちゃんと並べてもまるで陰るところがないのでした。
また、細身ですし、私たちに豆茶をふるまってくれたり、お茶菓子を用意してくれたりと動き回ってくれているのでしっかりとはわかりませんけれど、もしかすると、お爺ちゃんより背が高いのかもしれませんでした。
柔らかなあたりとは裏腹に、するりと背が伸びていて、動きもきびきびとしていますし、こちらも年齢通りとは思えないのでした。
「まあ、私は魔法使いですからねえ、何かと魔法に頼れるけれど、この人そういうのからっきしだから、頼るものが体しかなくて、毎日毎日鍛錬ばかりで暑苦しいったらないわ」
「お前も旦那が格好いい方がえいじゃろ」
「毎朝惚れ直すわ」
そしていまでも良い仲のようです。
豆茶ですっかり落ち着いて、私たちは改めて自己紹介をすることにしました。
「私がお手紙を差し上げたマテンステロの娘のリリオです」
「おお、おお、よか名じゃ。それに鍛え方もえい。恩恵がよくよく伸びゆう」
先ほど抱きしめられたときにそこまで把握されていたようです。実に無造作でしたけれど、そのくらいは造作もないということなのでしょう。
「こちらは三等武装女中のトルンペート。私の旅に付き合ってくれています」
「リリオとは幼馴染みたいなものです。御世話役もしてますので、旅の間のお世話はお任せください、おじいちゃん」
「うむ、うむ、よか娘じゃ。リリオを抑えるにはちっくと不安じゃが、その分頭が回りそうじゃ」
トルンペートにとってみれば主の娘の祖父という難しい相手ですけれど、ブランクハーラ家は貴族でもないただの冒険屋ですし、お爺ちゃんも堅苦しいのは嫌いそうです。ですから、トルンペートもにやっと悪戯っぽい笑顔で、そのように軽めの挨拶をしてくれました。
「そしてこちらが私の嫁のあいたっ」
「冒険屋仲間のウルウです。お孫さんの面倒見二号です」
「……おまんはなんぞ変わった娘じゃの。よくわからん。よっくわからんが、リリオんこつ頼む」
「……頼まれました」
おじいちゃんにもウルウはよくわからないようですけれど、それでも信頼してもらえたようで、にかっと笑ってもらえました。
実際問題何かあった時に一番身元が怪しいのってウルウですし、信頼されやすい人柄でもないですし、よかったです。
「それんしても静かですまんの。おまんの叔父やら叔母やらもおるんやが、みないつまで経っても落ち着きちうもんがなかでの」
「まあブランクハーラの血筋なのかしらねえ、みんなあちこちにに出ていっちゃって」
聞けば、お二人には全部で五人のお子さんがいるそうでした。
長男ユピテロは気まぐれで商船に乗ってお隣のファシャまで。
長女は私の母のマテンステロ。
次女はその双子のヴェスペルステロで、こちらは本好きで帝都大学へ。
次男はサトゥルノ。のんびり屋で東部で農業を。
三男のウラノは冒険屋で、今はどこを旅しているか知れたものではないという。
見事なまでに全員出払っているあたり、成程冒険屋の血筋と感じなくもないですね。
「いやー、しかし丁度えい頃に来てくれたの。あれはまっこと落ち着きのない娘やき」
「そうねえ。放っておいたらまたどこへ行くやら」
はて、何の話かと思っていると、庭先からするりと長身の女性が上がり込んできて、そして、
「え」
「あら」
そして、目があいました。
「おう、早かったの」
「あら、おかえりなさい」
「リリオたち今日だったのねー。丁度森で鹿雉取れたのよ」
「おう、それはえいのう! あとでさばいちゃるき、晩は楽しみにしとうせ」
「え、あ、え、あの、え?」
「どうしたのリリオ」
ウルウが小首を傾げますけれど、私はそれどころではありません。
「お母様」
「へ?」
「お母様?」
「あっ!」
「お母様!?」
「あらなあに、母の顔を忘れたの?」
そう、それは紛れもなく私の母、マテンステロ・ブランクハーラその人なのでした。
用語解説
・五人のお子さん
長男ユピテロ(Jupitero)三十八歳。遊び人。
長女マテンステロ(Matenstelo)三十七歳。冒険屋。
次女ヴェスペルステロ(Vesperstelo)三十七歳。図書館司書。
次男はサトゥルノ(Saturno)三十五歳。農家・研究家。
三男のウラノ(Urano)三十二歳。冒険屋。
恐ろしいお爺ちゃんに遭遇したウルウ。
相当の腕前のようだ。
玄関先で三人まとめてもみくちゃにされた後、私たちは広々とした居間に通されました。
南部づくりの風通しの良い造りで、居間の壁の一部が取り払われて庭先にまで床が張り出し、すぐ外の森の様子がうかがえるようになっていました。
私たちは籐細工も鮮やかな椅子を勧められ、香りの良い豆茶を淹れていただき、ほっと一息、歩いてきた疲れを吐き出しました。
「マルーソがごめんなさいね。この人ったら、手紙が来てからずっと騒がしくて」
「孫に喜んで何が悪いがか」
「いえいえ、歓迎してもらってありがとうございます」
結局マルーソさんは、呆れたメルクーロさんが叩いて正気に戻らせて引きはがすまで、私たち三人をがっしりと腕の中で閉じ込めてわっしゃわっしゃと頭を撫でたのでした。
二人が、私が普段ボイに嫌がられているというのを、なんとなく納得しました。ものすごい勢いでしたから。
「マルーソさん、」
「おじいちゃんでえい」
「は、あ」
「みんなおじいちゃんでえいきに」
「じゃあよろしくおじいちゃん」
「よろしくねおじいちゃん」
「適応はやっ」
まさかのウルウとトルンペートの方が先に順応しましたけれど、そう、おじいちゃん、おじいちゃんはもともと肌の色が褐色のところによくよく日焼けしていて、真っ白で雪のような髪とは裏腹に、全身もう真っ黒と言っていいほど健康的に焼けていました。
そしてまたその全身と言うのが非常に大きくて、珍しいことに長身で何かと人を見下ろしてくるウルウと同じくらい大きいのでした。幅は細身のウルウからしたら二人分か、三人分あるかもしれません。まして小柄な私やトルンペートなど、子供と大人どころではありません。
これがただ大きいというだけでなく、骨も太い、筋肉も太いとしっかりと鍛え上げられた肉体で、顔中に刻まれたしわがなければとてもお爺ちゃんなどと言う年には見えません。
聞けば今もまだ本当に現役で、週に一度は組合に顔を出して依頼を探すのだそうですけれど、あまり面白いものがなくて暇をしていたそうです。
そりゃあ冒険家の大家ブランクハーラの当主に見合った依頼はそうそうないことでしょう。
見た目も豪快なら笑い声もがっはっはと豪快なおじいちゃんに比べて、メルクーロさん、おばあちゃんはいかにもほっそりとして柔らかい印象なのですけれど、その柔らかさの中にてこでも動かない芯がぴんと通っていて、おじいちゃんと並べてもまるで陰るところがないのでした。
また、細身ですし、私たちに豆茶をふるまってくれたり、お茶菓子を用意してくれたりと動き回ってくれているのでしっかりとはわかりませんけれど、もしかすると、お爺ちゃんより背が高いのかもしれませんでした。
柔らかなあたりとは裏腹に、するりと背が伸びていて、動きもきびきびとしていますし、こちらも年齢通りとは思えないのでした。
「まあ、私は魔法使いですからねえ、何かと魔法に頼れるけれど、この人そういうのからっきしだから、頼るものが体しかなくて、毎日毎日鍛錬ばかりで暑苦しいったらないわ」
「お前も旦那が格好いい方がえいじゃろ」
「毎朝惚れ直すわ」
そしていまでも良い仲のようです。
豆茶ですっかり落ち着いて、私たちは改めて自己紹介をすることにしました。
「私がお手紙を差し上げたマテンステロの娘のリリオです」
「おお、おお、よか名じゃ。それに鍛え方もえい。恩恵がよくよく伸びゆう」
先ほど抱きしめられたときにそこまで把握されていたようです。実に無造作でしたけれど、そのくらいは造作もないということなのでしょう。
「こちらは三等武装女中のトルンペート。私の旅に付き合ってくれています」
「リリオとは幼馴染みたいなものです。御世話役もしてますので、旅の間のお世話はお任せください、おじいちゃん」
「うむ、うむ、よか娘じゃ。リリオを抑えるにはちっくと不安じゃが、その分頭が回りそうじゃ」
トルンペートにとってみれば主の娘の祖父という難しい相手ですけれど、ブランクハーラ家は貴族でもないただの冒険屋ですし、お爺ちゃんも堅苦しいのは嫌いそうです。ですから、トルンペートもにやっと悪戯っぽい笑顔で、そのように軽めの挨拶をしてくれました。
「そしてこちらが私の嫁のあいたっ」
「冒険屋仲間のウルウです。お孫さんの面倒見二号です」
「……おまんはなんぞ変わった娘じゃの。よくわからん。よっくわからんが、リリオんこつ頼む」
「……頼まれました」
おじいちゃんにもウルウはよくわからないようですけれど、それでも信頼してもらえたようで、にかっと笑ってもらえました。
実際問題何かあった時に一番身元が怪しいのってウルウですし、信頼されやすい人柄でもないですし、よかったです。
「それんしても静かですまんの。おまんの叔父やら叔母やらもおるんやが、みないつまで経っても落ち着きちうもんがなかでの」
「まあブランクハーラの血筋なのかしらねえ、みんなあちこちにに出ていっちゃって」
聞けば、お二人には全部で五人のお子さんがいるそうでした。
長男ユピテロは気まぐれで商船に乗ってお隣のファシャまで。
長女は私の母のマテンステロ。
次女はその双子のヴェスペルステロで、こちらは本好きで帝都大学へ。
次男はサトゥルノ。のんびり屋で東部で農業を。
三男のウラノは冒険屋で、今はどこを旅しているか知れたものではないという。
見事なまでに全員出払っているあたり、成程冒険屋の血筋と感じなくもないですね。
「いやー、しかし丁度えい頃に来てくれたの。あれはまっこと落ち着きのない娘やき」
「そうねえ。放っておいたらまたどこへ行くやら」
はて、何の話かと思っていると、庭先からするりと長身の女性が上がり込んできて、そして、
「え」
「あら」
そして、目があいました。
「おう、早かったの」
「あら、おかえりなさい」
「リリオたち今日だったのねー。丁度森で鹿雉取れたのよ」
「おう、それはえいのう! あとでさばいちゃるき、晩は楽しみにしとうせ」
「え、あ、え、あの、え?」
「どうしたのリリオ」
ウルウが小首を傾げますけれど、私はそれどころではありません。
「お母様」
「へ?」
「お母様?」
「あっ!」
「お母様!?」
「あらなあに、母の顔を忘れたの?」
そう、それは紛れもなく私の母、マテンステロ・ブランクハーラその人なのでした。
用語解説
・五人のお子さん
長男ユピテロ(Jupitero)三十八歳。遊び人。
長女マテンステロ(Matenstelo)三十七歳。冒険屋。
次女ヴェスペルステロ(Vesperstelo)三十七歳。図書館司書。
次男はサトゥルノ(Saturno)三十五歳。農家・研究家。
三男のウラノ(Urano)三十二歳。冒険屋。
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