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第十一章 夜明けの海は
第六話 鉄砲百合と海の幸
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前回のあらすじ
異世界の魚介にさすがにドン引きするウルウ。
しかし今後も似たような出会いばかりだろう。
さっきもちょっと散歩がてら見て回ったけれど、やっぱりじっくり見て回ると新しい発見も多い。それに荷物持ちことウルウがいると後を考えずに物を買えるのでいい。
なにせこいつの《自在蔵》は鮮度そのままで持ち運びできるとか言う、もはや《自在蔵》ではないなんか別物のすごいやつなので、頼りがいがあるのだ。すごいやつなのだ。惚れちゃうわね。
などということを矢継ぎ早に言って聞かせたところ、「よせやい」とそっぽを向いてしまったけれど、しばらく荷物持ちに何の不満も言わないようになったので、実際ウルウはちょろい。
しばらく海の幸というか海の脅威というか、ウルウのいうところの「怪奇! 海からやってきた神秘!」みたいなのを見て回っているうちに、さすがに早々驚かなくなってきた。
例えば亀の手とかいう、それこそ本当に亀から手をもぎ取ってきたような生き物があった。これは海岸などに張り付いて生きている生き物で、かたい殻の中に柔らかい身が詰まっていて、煮るとよい出汁が出て、くにゅくにゅこりこりとした食感が楽しめるということだ。
実際軽く茹でたものを味見させてもらったが、殻の外見とは裏腹に中身はつるんとした白っぽい奇麗な身で、食べてみると成程味わい深かった。
しかしまあよくぞあんなものを食べようと思ったものだ。岸壁から三十センチは伸びていて、近づくと鋭い爪で襲い掛かってくるような生き物を。
また面白いのは枕海鞘という生き物だった。ウルウの住んでいたところではもっと小さくホヤと呼ばれていたらしいこれは、名前の通り寝台においてある枕のように一抱えもありそうな大きさで、濃い橙色のつやつやとした、前も後ろもないような生き物だった。
これを切り開くと濃い潮の香りのする内臓がぼろりとあふれてきて、これはもっぱら塩漬けにしたり、磯腸詰なる魚介の腸詰に使われたりする。ただ、足が速いので気を付けなければいけないという。
身の方は、これは広げると卓いっぱいに広がり、これを切り分けて、湯がいたり、酢で和えたり、焼き物にしたり、揚げ物にしたり、また塩辛や干物にしたりもするという。
「サシミにしてもおいしいよ」
「サシミ?」
「あ、トルンペートはサシミまだでしたね」
「そう言えば霹靂猫魚はトルンペートが来る前に食べ飽きちゃったもんな」
「なによ、なんなのよ」
「生ですよ」
「えっ」
「切り分けたのを生でいただくんです」
「バッカじゃないの?」
またあたしをからかっているんだと思って怒ってみたが、どうも店の人もそうだというし、本気で言っているらしい。
「海の魚介は新鮮なものであれば生で食べられるよ」
「本気で言ってるの?」
「私は結構好きだよ」
「本気で言ってるのね」
まさかのウルウまで推してくる。これはどうにも、本気の本気らしい。
「折角ですし、ここはトルンペートにもサシミいってもらいましょうか」
理解できないで困惑しているうちに、リリオが店の人に言って、何種類かの魚と、そして枕海鞘をサシミにしてもらった。
味は、塩か魚醤があると言われたので、ウルウのおかげで慣れてきた魚醤で試してみることにした。
さあ、いよいよもって逃げ場がなくなった。
リリオが面白がって見ているっていうことは、危険な事ではないんだっていうのはわかる。この娘は人の危険を面白がるような娘ではない。あたしが未知に恐怖しているのを、ちょっとからかっているだけなのだ。
ウルウはあたしが気味悪がっているのを見て、ハシとかいう例の二本の棒で器用にサシミをつまんで、先に一口やってくれた。
「うん。美味しい。鮮度がいいし、脂ものってる」
「ああ、ウルウ、ずるい!」
「お手本だよ」
そこまでされて逃げたのでは武装女中の名が廃る。
あたしは意を決して、最近慣れてきたハシでサシミに取り組んだ。
まずは一番普通のお肉っぽい、赤身の魚だ。いや、生肉だって食べはしないけど、でも、一番安全かなって思う。魚醤を軽くつけてこれをにらみつけ、思い切ってえいやっと口に放り込んでみる。
すると、甘いのである。
魚醤は塩気が効いているのに、むしろそれが引き立てるように、赤身の魚の甘さを引き立てるのである。成程、ウルウの言う通り脂が良く乗っているのだけれど、肉の油とは違って、実にさっぱりとしている。
「それはさっきの飛魚だね」
私はきょとんとして皿を見つめた。
そうすると途端に、盛りつけられたサシミが宝石のように輝いて見え始めたのだった。
用語解説
・亀の手
石灰質の殻をもつ岩礁海岸の固着動物、つまり海岸の岩とかに張り付いている生き物。
帝国の亀の手は全長三十センチくらいで積極的に攻撃を仕掛けてくるものが普通のようだ。
・枕海鞘
名前の通り、枕ほどの大きさもあるホヤ。
ではホヤとは何者かと言われると、ホヤはホヤだとしか言いようがない奇怪な生き物である。
・
異世界の魚介にさすがにドン引きするウルウ。
しかし今後も似たような出会いばかりだろう。
さっきもちょっと散歩がてら見て回ったけれど、やっぱりじっくり見て回ると新しい発見も多い。それに荷物持ちことウルウがいると後を考えずに物を買えるのでいい。
なにせこいつの《自在蔵》は鮮度そのままで持ち運びできるとか言う、もはや《自在蔵》ではないなんか別物のすごいやつなので、頼りがいがあるのだ。すごいやつなのだ。惚れちゃうわね。
などということを矢継ぎ早に言って聞かせたところ、「よせやい」とそっぽを向いてしまったけれど、しばらく荷物持ちに何の不満も言わないようになったので、実際ウルウはちょろい。
しばらく海の幸というか海の脅威というか、ウルウのいうところの「怪奇! 海からやってきた神秘!」みたいなのを見て回っているうちに、さすがに早々驚かなくなってきた。
例えば亀の手とかいう、それこそ本当に亀から手をもぎ取ってきたような生き物があった。これは海岸などに張り付いて生きている生き物で、かたい殻の中に柔らかい身が詰まっていて、煮るとよい出汁が出て、くにゅくにゅこりこりとした食感が楽しめるということだ。
実際軽く茹でたものを味見させてもらったが、殻の外見とは裏腹に中身はつるんとした白っぽい奇麗な身で、食べてみると成程味わい深かった。
しかしまあよくぞあんなものを食べようと思ったものだ。岸壁から三十センチは伸びていて、近づくと鋭い爪で襲い掛かってくるような生き物を。
また面白いのは枕海鞘という生き物だった。ウルウの住んでいたところではもっと小さくホヤと呼ばれていたらしいこれは、名前の通り寝台においてある枕のように一抱えもありそうな大きさで、濃い橙色のつやつやとした、前も後ろもないような生き物だった。
これを切り開くと濃い潮の香りのする内臓がぼろりとあふれてきて、これはもっぱら塩漬けにしたり、磯腸詰なる魚介の腸詰に使われたりする。ただ、足が速いので気を付けなければいけないという。
身の方は、これは広げると卓いっぱいに広がり、これを切り分けて、湯がいたり、酢で和えたり、焼き物にしたり、揚げ物にしたり、また塩辛や干物にしたりもするという。
「サシミにしてもおいしいよ」
「サシミ?」
「あ、トルンペートはサシミまだでしたね」
「そう言えば霹靂猫魚はトルンペートが来る前に食べ飽きちゃったもんな」
「なによ、なんなのよ」
「生ですよ」
「えっ」
「切り分けたのを生でいただくんです」
「バッカじゃないの?」
またあたしをからかっているんだと思って怒ってみたが、どうも店の人もそうだというし、本気で言っているらしい。
「海の魚介は新鮮なものであれば生で食べられるよ」
「本気で言ってるの?」
「私は結構好きだよ」
「本気で言ってるのね」
まさかのウルウまで推してくる。これはどうにも、本気の本気らしい。
「折角ですし、ここはトルンペートにもサシミいってもらいましょうか」
理解できないで困惑しているうちに、リリオが店の人に言って、何種類かの魚と、そして枕海鞘をサシミにしてもらった。
味は、塩か魚醤があると言われたので、ウルウのおかげで慣れてきた魚醤で試してみることにした。
さあ、いよいよもって逃げ場がなくなった。
リリオが面白がって見ているっていうことは、危険な事ではないんだっていうのはわかる。この娘は人の危険を面白がるような娘ではない。あたしが未知に恐怖しているのを、ちょっとからかっているだけなのだ。
ウルウはあたしが気味悪がっているのを見て、ハシとかいう例の二本の棒で器用にサシミをつまんで、先に一口やってくれた。
「うん。美味しい。鮮度がいいし、脂ものってる」
「ああ、ウルウ、ずるい!」
「お手本だよ」
そこまでされて逃げたのでは武装女中の名が廃る。
あたしは意を決して、最近慣れてきたハシでサシミに取り組んだ。
まずは一番普通のお肉っぽい、赤身の魚だ。いや、生肉だって食べはしないけど、でも、一番安全かなって思う。魚醤を軽くつけてこれをにらみつけ、思い切ってえいやっと口に放り込んでみる。
すると、甘いのである。
魚醤は塩気が効いているのに、むしろそれが引き立てるように、赤身の魚の甘さを引き立てるのである。成程、ウルウの言う通り脂が良く乗っているのだけれど、肉の油とは違って、実にさっぱりとしている。
「それはさっきの飛魚だね」
私はきょとんとして皿を見つめた。
そうすると途端に、盛りつけられたサシミが宝石のように輝いて見え始めたのだった。
用語解説
・亀の手
石灰質の殻をもつ岩礁海岸の固着動物、つまり海岸の岩とかに張り付いている生き物。
帝国の亀の手は全長三十センチくらいで積極的に攻撃を仕掛けてくるものが普通のようだ。
・枕海鞘
名前の通り、枕ほどの大きさもあるホヤ。
ではホヤとは何者かと言われると、ホヤはホヤだとしか言いようがない奇怪な生き物である。
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