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第十一章 夜明けの海は
第五話 亡霊と港町
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前回のあらすじ
昼食を済ませ、旅程を確認する三人。
凄腕の冒険屋の噂話をするが、まさかそんな奴らいるわけないだろう。
トルンペートは先ほど少し歩いてきたし、リリオも組合まで行ってきたけれど、三人とも海辺の町は初めてということで、改めて観光して回ってみることにした。
いやあ、生前も私海辺の町にはいったことがなくて、むしろ海自体直接見たことないし、というか旅行自体行ったことが、ああ、まあ、修学旅行くらいしかないな、うん。そんなわけで、私らしくもなくちょっと楽しみでは、ある。
宿屋街を抜けて、市のある広場に出るころには、風はすっかり潮の匂いをさせていた。なんだかすてき、っていうよりも純粋になんかこう、違和感が強いというか、背筋がぞわぞわするというか、市に並ぶ魚介のせいもあるんだろうけれど生臭いっていうか、ぶっちゃけ心地よくはないよね。
むしろやや不快より。
まあしばらく歩き回っていればなれるんだろうけれど、私が鼻をこする様を見て、トルンペートなんかは、「初めての家で渋い顔してる猫みたい」などと言ってきた。自分の方がよほどお澄ましの猫面してるくせに。
バージョの町は、ヴォーストと比べると同じくらいか、むしろやや大きいくらいの町だった。河口に寄り添うように広がっていった三角形の町で、東街と西街、二つの三角形が川を挟んで大きな三角形を形作っている形だった。
私たちはいまその三角形の片側、東街の方の市を見て回っているのだった。
同じ港町ということでヴォーストとは似ている点も多かったけれど、でも、行きかう人々はもっと荒々しく、もっと豪快で、いわゆる海の男という感じだった。
「あっ、武装女中の姐さん、さっきはどうも」
「ひぃ、わ、わかった、あんたには負けたよ」
「くわばわくわばら……」
一部妙にトルンペートに恐れをなす手合いもいたけれど、まあ大方妙にふっかけたとか、妙な品物売りつけようとしたとか、値段以下のものを並べていたとか、いちゃもんつけたとか、まあいくらでも理由は思いつけど、それで返り討ちにあったかなんかしたんだろう。おすまし顔して結構やんちゃだからね、この娘。
先ほど買ったのだという揃いの襟巻をまいてみたが、これがなかなか質がいい。私の体は大分寒暖差にも強くなったようだけれど、でもこういう防寒具が一つあるのとないとでは、体の上でも心の上でも感じる温度が違うというものだ。
リリオも襟巻に、というかお揃いであるということを純粋に喜んでいるようで、どうやら購入したらしい店のお兄さんが軽く手を振って挨拶してくれた。北部であれ東部であれ南部であれ、みんな結構気さくなのが前世との違いだね。
ヴォーストの町では北部ならではの品の外は、東部の蜂蜜や蜂蜜酒、帝都の流行の品、また辺境からいくらか流れてくる飛竜革の装備などが多く出回っていたけれど、バージョは漁港として有名なようで、市の全体にわたって魚介を売る店が多く見られた。
魚はみな赤々とした血の色を見せるえらをひっくり返されて見せつけられていた。つまりこれは、えらが悪くなっていない、つまり新鮮であることをアピールしているらしい。私からするとちょっとぎょっとする光景だけれど、道を行く人々はあら新鮮ねえ、なんて素直に言っている。
私は見たことのある魚の姿と名前を精密に思い返せるので前世のものと比較できるのだけれど、まあ都会生まれ都会育ちのもやしっこの見たことのある魚介類なんてたかが知れてるね。多分これはあれこれの仲間なんだろうなとか、おおこれはまさしく前世で見た、とかいう風になるのはほんの一部だけで、ほとんどは私も見たことがないものばかりだった。
例えばこれは間違いなくマグロの仲間なんだよなという巨大なサイズの魚が捌かれながら量り売りされているという、見世物と商売が一緒になった店があったのだけれど、マグロにしては胸鰭がやけにでかい。でかいというか長いというか。その、なんというか。
「……あれなに?」
「ああ、飛魚ですね。ずいぶん大きい」
それは空飛ぶ魚、つまりトビウオという意味の言葉だった。
「なんでもものすごい勢いで泳いで、水面に飛び上がって、そのまま十メートルくらいは飛ぶらしいですね。たまに船にぶち当たって事故を起こしたりするそうです」
「なんつう危険な生き物だ……」
「まあ普通の船は大概魚除けがしてありますから、余程運が悪くないとそう言うのには当たりませんよ」
そういう問題でもないとは思うが。というかどうやって捕まえたんだろうそんなもの。
「味はいいらしいです」
「まあ君にとって大事なのはそこだよね」
見た感じは赤身と言いマグロっぽいから、多分そう言う味がするんだろうなとは思う。前世では絶滅を心配されてたけど、こっちではどうだろうな。こんなたくましい生き物早々大量には捕まらないとは思うけど。
「しっかしこんなに魚であふれかえってるけど、消費しきれるのかな」
「実はこの市に出てる分だけでなく、もっと魚が捕れてるんですよ」
「そんなに」
「氷精晶と氷の魔法を使った特別誂えの冷蔵車があって、それで帝都や各地に特急便で運んだりしているそうですよ」
「北部じゃ見たことないね」
「さすがに遠いですし、相当高くつきますからね。冷蔵車も、それを牽く特急の馬も」
「貴族かお金持ち専用ってわけだ」
そんなわけで、港町にいる間はたっぷりと海の幸を楽しみたいところである。北部では魚介と言えば川魚とか、干し魚とかだったからな。
用語解説
・飛魚
泳ぐ勢いそのままに水上に飛び出して滑空する魚類の総称。
ここで登場するのは暖かな外洋で回遊する大型のもの。大体二メートル前後のものが多い。
時速八十キロ程度で海上二メートルほどを滑空する。
飛距離は十メートル前後が多いが、最大で二百メートルほど飛んだという記録もある。
風精との親和性が高いとされるが、何故飛ぶのかは謎である。
・魚除け
海の神、また水精の加護の一つ。魚の無意識に働きかけて船を回避するように仕向けるという。
そのため最初から敵意満々で向かってくる場合は効き目が薄い。
・
昼食を済ませ、旅程を確認する三人。
凄腕の冒険屋の噂話をするが、まさかそんな奴らいるわけないだろう。
トルンペートは先ほど少し歩いてきたし、リリオも組合まで行ってきたけれど、三人とも海辺の町は初めてということで、改めて観光して回ってみることにした。
いやあ、生前も私海辺の町にはいったことがなくて、むしろ海自体直接見たことないし、というか旅行自体行ったことが、ああ、まあ、修学旅行くらいしかないな、うん。そんなわけで、私らしくもなくちょっと楽しみでは、ある。
宿屋街を抜けて、市のある広場に出るころには、風はすっかり潮の匂いをさせていた。なんだかすてき、っていうよりも純粋になんかこう、違和感が強いというか、背筋がぞわぞわするというか、市に並ぶ魚介のせいもあるんだろうけれど生臭いっていうか、ぶっちゃけ心地よくはないよね。
むしろやや不快より。
まあしばらく歩き回っていればなれるんだろうけれど、私が鼻をこする様を見て、トルンペートなんかは、「初めての家で渋い顔してる猫みたい」などと言ってきた。自分の方がよほどお澄ましの猫面してるくせに。
バージョの町は、ヴォーストと比べると同じくらいか、むしろやや大きいくらいの町だった。河口に寄り添うように広がっていった三角形の町で、東街と西街、二つの三角形が川を挟んで大きな三角形を形作っている形だった。
私たちはいまその三角形の片側、東街の方の市を見て回っているのだった。
同じ港町ということでヴォーストとは似ている点も多かったけれど、でも、行きかう人々はもっと荒々しく、もっと豪快で、いわゆる海の男という感じだった。
「あっ、武装女中の姐さん、さっきはどうも」
「ひぃ、わ、わかった、あんたには負けたよ」
「くわばわくわばら……」
一部妙にトルンペートに恐れをなす手合いもいたけれど、まあ大方妙にふっかけたとか、妙な品物売りつけようとしたとか、値段以下のものを並べていたとか、いちゃもんつけたとか、まあいくらでも理由は思いつけど、それで返り討ちにあったかなんかしたんだろう。おすまし顔して結構やんちゃだからね、この娘。
先ほど買ったのだという揃いの襟巻をまいてみたが、これがなかなか質がいい。私の体は大分寒暖差にも強くなったようだけれど、でもこういう防寒具が一つあるのとないとでは、体の上でも心の上でも感じる温度が違うというものだ。
リリオも襟巻に、というかお揃いであるということを純粋に喜んでいるようで、どうやら購入したらしい店のお兄さんが軽く手を振って挨拶してくれた。北部であれ東部であれ南部であれ、みんな結構気さくなのが前世との違いだね。
ヴォーストの町では北部ならではの品の外は、東部の蜂蜜や蜂蜜酒、帝都の流行の品、また辺境からいくらか流れてくる飛竜革の装備などが多く出回っていたけれど、バージョは漁港として有名なようで、市の全体にわたって魚介を売る店が多く見られた。
魚はみな赤々とした血の色を見せるえらをひっくり返されて見せつけられていた。つまりこれは、えらが悪くなっていない、つまり新鮮であることをアピールしているらしい。私からするとちょっとぎょっとする光景だけれど、道を行く人々はあら新鮮ねえ、なんて素直に言っている。
私は見たことのある魚の姿と名前を精密に思い返せるので前世のものと比較できるのだけれど、まあ都会生まれ都会育ちのもやしっこの見たことのある魚介類なんてたかが知れてるね。多分これはあれこれの仲間なんだろうなとか、おおこれはまさしく前世で見た、とかいう風になるのはほんの一部だけで、ほとんどは私も見たことがないものばかりだった。
例えばこれは間違いなくマグロの仲間なんだよなという巨大なサイズの魚が捌かれながら量り売りされているという、見世物と商売が一緒になった店があったのだけれど、マグロにしては胸鰭がやけにでかい。でかいというか長いというか。その、なんというか。
「……あれなに?」
「ああ、飛魚ですね。ずいぶん大きい」
それは空飛ぶ魚、つまりトビウオという意味の言葉だった。
「なんでもものすごい勢いで泳いで、水面に飛び上がって、そのまま十メートルくらいは飛ぶらしいですね。たまに船にぶち当たって事故を起こしたりするそうです」
「なんつう危険な生き物だ……」
「まあ普通の船は大概魚除けがしてありますから、余程運が悪くないとそう言うのには当たりませんよ」
そういう問題でもないとは思うが。というかどうやって捕まえたんだろうそんなもの。
「味はいいらしいです」
「まあ君にとって大事なのはそこだよね」
見た感じは赤身と言いマグロっぽいから、多分そう言う味がするんだろうなとは思う。前世では絶滅を心配されてたけど、こっちではどうだろうな。こんなたくましい生き物早々大量には捕まらないとは思うけど。
「しっかしこんなに魚であふれかえってるけど、消費しきれるのかな」
「実はこの市に出てる分だけでなく、もっと魚が捕れてるんですよ」
「そんなに」
「氷精晶と氷の魔法を使った特別誂えの冷蔵車があって、それで帝都や各地に特急便で運んだりしているそうですよ」
「北部じゃ見たことないね」
「さすがに遠いですし、相当高くつきますからね。冷蔵車も、それを牽く特急の馬も」
「貴族かお金持ち専用ってわけだ」
そんなわけで、港町にいる間はたっぷりと海の幸を楽しみたいところである。北部では魚介と言えば川魚とか、干し魚とかだったからな。
用語解説
・飛魚
泳ぐ勢いそのままに水上に飛び出して滑空する魚類の総称。
ここで登場するのは暖かな外洋で回遊する大型のもの。大体二メートル前後のものが多い。
時速八十キロ程度で海上二メートルほどを滑空する。
飛距離は十メートル前後が多いが、最大で二百メートルほど飛んだという記録もある。
風精との親和性が高いとされるが、何故飛ぶのかは謎である。
・魚除け
海の神、また水精の加護の一つ。魚の無意識に働きかけて船を回避するように仕向けるという。
そのため最初から敵意満々で向かってくる場合は効き目が薄い。
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