143 / 304
第十章 温泉街なんですけど!?
第二話 亡霊と茨の魔物
しおりを挟む
前回のあらすじ
ひなびた田舎町レモへと到着した一向。
何事もなく退屈な町になりそうだと思いきや、何やら騒ぎが。
「茨の魔物が出た、ですか?」
遠巻きにしている住人から話を聞けば、なんでも茨の魔物とやらが出て、それをみんなで逃がさないように囲んでいるとのことだった。
茨の魔物とは何かと聞けば、近頃レモの町を騒がしている奇妙な魔獣で、ひとに憑りついては悪さをさせ、やがて育ち切ると宿主から離れて種をまき、またひとに憑りつくのだという。
その繰り返しで増えていくので、もし前兆が見られたらすぐに確認し、また正体を現したら決して逃がさず倒してしまわなければならないという。
成程。それはなかなか聞かない魔獣である。
そしてまた、住人たちが逃げ惑うだけでなく、きちんと当事者として向かい合い、この魔獣をどうにかしようと対処しているのも他では見ない光景だった。大概の場合、冒険屋や衛兵に任せてしまうものだ。
そういうと、話を聞いていた若者は照れ臭そうに鼻をこすっていった。
「へへっ、そんな情けない真似したら聖女様に申し訳が立たねえや」
聖女様というのは何かと聞けば、いや、聞くのはやめた。どうも目つきが実にキラキラと輝いていて、話始めたらとてもではないが短くは済まなさそうだったからである。
ただその聖女様が来ているのかと聞けば、丁度少し離れたところにいて、今もすぐに人が走って呼びに行き、それに応えて駆けつけようとしてくれているはずだが、どうしたって人の脚であるし、混んでいるから、いましばらくかかるということであった。
「ウルウ」
「好きにしなよ」
これを聞いて頷いたのがリリオである。
まあ、わかり切っていた。すぐにでも聖女様とやらが来て解決してくれるならリリオも手を出しはしなかっただろうが、すぐとはいかず、今現在困っているというのなら、手を貸すのもやぶさかではないというか、手を貸したがるのがリリオというやつなのだ。
とはいえ、ここからでは私はともかくリリオは様子も見えない。
「肩車してあげよっか」
「魅力的ですけれど、また今度」
私たちは人込みをかき分け、輪の中心へと向かっていった。
するとその茨の魔物とやらが見えてくるのだが、成程奇妙な魔物である。
人混みがある程度距離を取って輪になっているその中心では、ぐったりと少年が倒れこんでいる。この少年の背中のあたりからずるずると墨のように黒い茨が伸びては幾何学的模様を描き、ふらりふらりと周囲を威嚇するように伸び縮みしているのである。
それに向けて、周囲の人たちが、桶や、ひしゃくなどで水をかけている。
「あれは何を?」
「温泉の水をかけてるんですよ。癒しの力が、茨の魔物に効くんです」
近くの人に聞いてみたが、なるほど、致命的とは思えないが、茨はその温泉の水とやらを嫌がって避けるようである。
「人に憑りつくと聞きましたけど、これだけ人が集まっていたら、他の人に憑りついてしまうんじゃ?」
「なんでも心をしっかり構えていると、茨の魔物も取り付けないみたいで、こうしてこっちが強気だと、暴れて怖がらせるしかないみたいなんですよ。とはいえ、近寄れば本当に危ないですから、衛兵や聖女様を待つほかにはないんですけれど」
成程。こうして逃がさないようにはできるけれど、退治するところまでは、普通の人には難しいわけだ。
私が少し背伸びして遠くまで改めてみたけれど、いまだに応援は来そうにない。憑りつかれている少年の衰弱も酷そうだし、ここはひとつ、早めに片付けた方がいいだろう。
「リリオ」
「ええ」
リリオが一歩踏み出して剣を抜いた。
「おい」
「おい、なにをしている」
「冒険屋です! 義によって助太刀いたします!」
「冒険屋」
「冒険屋だ!」
「気をつけろ、手強いぞ!」
東部は事件が少ないから冒険屋が少ない。いても、より事件の多いよそへと出稼ぎに出てしまう。
だから冒険屋に対する期待というものは微妙な所があったが、それでもリリオの剣を構える姿の隙のないこと、また小柄ななりに真剣な顔つきに、周囲も茶化したり、無理に止めるということはない。
とはいえリリオは細かい制御が難しいところがあるからな。
私が手伝ってやった方が確実だろう。
私は《隠蓑》で姿を隠して一足に茨の魔物へ踏み込み、少年の背中から生えた根元をひっつかみ、これを勢いよく引きずりぬいた。私の存在に気付けなかった茨の魔物はさすがにこの突然の暴挙に対応できなかったらしく、ぐるんと内側に丸まりながら放り投げられる。
どこへ?
決まっている。
「はあっ!」
雷精を集めた剣を振りかざした、リリオに向けてだ。
茨の魔物は最後のあがきと言うようにリリオに向けて茨をばらりと吐き出したが、時すでに遅し、白熱した刀身がこの魔物を真っ二つに切り裂き、次いで横なぎの一閃がさらに十字に切り込み、ばらけかけた茨にとどめとばかりに目もくらむような放電が投じられ、これを黒焦げに焼き尽くしたのであった。
さしもの茨の魔物もこの連続技には耐えられなかったようで、ばらばらに崩れては煙のようにかき消えていく。
一泊遅れてわっと沸き上がった歓声から考えるに、どうやらこれでとどめをさせたものとみて、よいだろう。
私は《隠蓑》を解いてリリオのそばに戻ってやった。もみくちゃにされたら、この小さな勇者はあっという間に人込みに埋もれてしまうだろうから。
用語解説
・茨の魔物
異界からやってきたとされる魔獣。
形而下においては黒い茨のような姿で認識される。
人の心に取り付いて毒を育て、凶行に走らせて毒をまき散らし、繁殖するとされる。
ひなびた田舎町レモへと到着した一向。
何事もなく退屈な町になりそうだと思いきや、何やら騒ぎが。
「茨の魔物が出た、ですか?」
遠巻きにしている住人から話を聞けば、なんでも茨の魔物とやらが出て、それをみんなで逃がさないように囲んでいるとのことだった。
茨の魔物とは何かと聞けば、近頃レモの町を騒がしている奇妙な魔獣で、ひとに憑りついては悪さをさせ、やがて育ち切ると宿主から離れて種をまき、またひとに憑りつくのだという。
その繰り返しで増えていくので、もし前兆が見られたらすぐに確認し、また正体を現したら決して逃がさず倒してしまわなければならないという。
成程。それはなかなか聞かない魔獣である。
そしてまた、住人たちが逃げ惑うだけでなく、きちんと当事者として向かい合い、この魔獣をどうにかしようと対処しているのも他では見ない光景だった。大概の場合、冒険屋や衛兵に任せてしまうものだ。
そういうと、話を聞いていた若者は照れ臭そうに鼻をこすっていった。
「へへっ、そんな情けない真似したら聖女様に申し訳が立たねえや」
聖女様というのは何かと聞けば、いや、聞くのはやめた。どうも目つきが実にキラキラと輝いていて、話始めたらとてもではないが短くは済まなさそうだったからである。
ただその聖女様が来ているのかと聞けば、丁度少し離れたところにいて、今もすぐに人が走って呼びに行き、それに応えて駆けつけようとしてくれているはずだが、どうしたって人の脚であるし、混んでいるから、いましばらくかかるということであった。
「ウルウ」
「好きにしなよ」
これを聞いて頷いたのがリリオである。
まあ、わかり切っていた。すぐにでも聖女様とやらが来て解決してくれるならリリオも手を出しはしなかっただろうが、すぐとはいかず、今現在困っているというのなら、手を貸すのもやぶさかではないというか、手を貸したがるのがリリオというやつなのだ。
とはいえ、ここからでは私はともかくリリオは様子も見えない。
「肩車してあげよっか」
「魅力的ですけれど、また今度」
私たちは人込みをかき分け、輪の中心へと向かっていった。
するとその茨の魔物とやらが見えてくるのだが、成程奇妙な魔物である。
人混みがある程度距離を取って輪になっているその中心では、ぐったりと少年が倒れこんでいる。この少年の背中のあたりからずるずると墨のように黒い茨が伸びては幾何学的模様を描き、ふらりふらりと周囲を威嚇するように伸び縮みしているのである。
それに向けて、周囲の人たちが、桶や、ひしゃくなどで水をかけている。
「あれは何を?」
「温泉の水をかけてるんですよ。癒しの力が、茨の魔物に効くんです」
近くの人に聞いてみたが、なるほど、致命的とは思えないが、茨はその温泉の水とやらを嫌がって避けるようである。
「人に憑りつくと聞きましたけど、これだけ人が集まっていたら、他の人に憑りついてしまうんじゃ?」
「なんでも心をしっかり構えていると、茨の魔物も取り付けないみたいで、こうしてこっちが強気だと、暴れて怖がらせるしかないみたいなんですよ。とはいえ、近寄れば本当に危ないですから、衛兵や聖女様を待つほかにはないんですけれど」
成程。こうして逃がさないようにはできるけれど、退治するところまでは、普通の人には難しいわけだ。
私が少し背伸びして遠くまで改めてみたけれど、いまだに応援は来そうにない。憑りつかれている少年の衰弱も酷そうだし、ここはひとつ、早めに片付けた方がいいだろう。
「リリオ」
「ええ」
リリオが一歩踏み出して剣を抜いた。
「おい」
「おい、なにをしている」
「冒険屋です! 義によって助太刀いたします!」
「冒険屋」
「冒険屋だ!」
「気をつけろ、手強いぞ!」
東部は事件が少ないから冒険屋が少ない。いても、より事件の多いよそへと出稼ぎに出てしまう。
だから冒険屋に対する期待というものは微妙な所があったが、それでもリリオの剣を構える姿の隙のないこと、また小柄ななりに真剣な顔つきに、周囲も茶化したり、無理に止めるということはない。
とはいえリリオは細かい制御が難しいところがあるからな。
私が手伝ってやった方が確実だろう。
私は《隠蓑》で姿を隠して一足に茨の魔物へ踏み込み、少年の背中から生えた根元をひっつかみ、これを勢いよく引きずりぬいた。私の存在に気付けなかった茨の魔物はさすがにこの突然の暴挙に対応できなかったらしく、ぐるんと内側に丸まりながら放り投げられる。
どこへ?
決まっている。
「はあっ!」
雷精を集めた剣を振りかざした、リリオに向けてだ。
茨の魔物は最後のあがきと言うようにリリオに向けて茨をばらりと吐き出したが、時すでに遅し、白熱した刀身がこの魔物を真っ二つに切り裂き、次いで横なぎの一閃がさらに十字に切り込み、ばらけかけた茨にとどめとばかりに目もくらむような放電が投じられ、これを黒焦げに焼き尽くしたのであった。
さしもの茨の魔物もこの連続技には耐えられなかったようで、ばらばらに崩れては煙のようにかき消えていく。
一泊遅れてわっと沸き上がった歓声から考えるに、どうやらこれでとどめをさせたものとみて、よいだろう。
私は《隠蓑》を解いてリリオのそばに戻ってやった。もみくちゃにされたら、この小さな勇者はあっという間に人込みに埋もれてしまうだろうから。
用語解説
・茨の魔物
異界からやってきたとされる魔獣。
形而下においては黒い茨のような姿で認識される。
人の心に取り付いて毒を育て、凶行に走らせて毒をまき散らし、繁殖するとされる。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]
ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。
「さようなら、私が産まれた国。
私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」
リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる──
◇婚約破棄の“後”の話です。
◇転生チート。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^
◇なので感想欄閉じます(笑)
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します
たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』
*書籍化2024年9月下旬発売
※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。
彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?!
王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。
しかも、私……ざまぁ対象!!
ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!!
※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。
感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる