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第四章 異界考察
第十話 白百合と亡霊のいない日・下
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前回のあらすじ
野良犬が現れた。
ニア たたかう
チェスト
伊達男にする
「待て待て待て待て! 狂犬かお前は!」
「さすがに俺っちたちもそこまで馬鹿じゃねえって!」
憂さ晴らしもとい降りかかる火の粉を払おうとしましたが、どうもそうではなかったようです。
よくよく見ればつい先日伊達男にして帰して差し上げた冒険屋のお二人です。
あの後神官に癒しの術でもかけてもらったのか無事復帰したようです。
お顔を走る傷がそこはかとなく歴戦を思わせて男前ですね。
「あれだけしておいてしれっとしてる辺り辺境人が頭おかしいってのはマジだな」
「言い返せないんでそういうのやめてもらえますか」
「自覚があるならなおヤベえな」
ぶー垂れる私に、長身の人族男性と小太りの人族男性の二人組の冒険屋は、首に下げた冒険屋証を見せながら自己紹介してくれました。
「さすがにあそこまでやられて力量がわからねえじゃねえよ。俺は鉄血冒険屋事務所のサーロ」
「同じく、俺っちはスケーロ。二人組のパーティで双剣っていやぁちっとは聞こえた名だぜ」
「はあ、全然存じ上げません」
「だろうなあ」
「まあ嬢ちゃんは知らねえだろうさ」
知らなくて当然という物言いにちょっとムッとすると、サーロと名乗った背の高い方の男性が手を振りました。
「いやいや、馬鹿にしてるんじゃねえよ。俺たちゃもっぱら賭博場で用心棒やってるからな。縄張りが違ぇんだから、そりゃ知らねえだろってことさ」
「でもお二人は私たちのことをご存知でしたよね」
「お嬢ちゃん、お前さんもうちょい自分たちの目立ちようを知った方がいいぜ」
今度ははっきり鼻で笑われましたが、これには私もぐうの音も出ません。確かに私たちは、《三輪百合》は、自分たちの評価というものをあまり気にしたことがなかったのです。事務所に所属しているという安心感からか、自分たちのパーティの評価というものを、すこしないがしろにし過ぎていたかもしれません。
「まあ、こう暑くちゃたまらねえ、氷菓でもつつきながら話そうや」
「私はお話しすることないんですけれど」
「そういけずなこと言うない。この前の詫びだと思ってよ」
まあ、そう言われれば仕方がありません。決して氷菓につられてホイホイついていったわけではありません。
「誘った俺が言うのもなんだが、警戒心てもんがねえのか、お嬢ちゃん」
「その時はその時かな、と」
「辺境人てなあ胆が据わってやがるぜ」
私たちは馴染みの氷菓屋の一席に腰を下ろして、削氷を注文しました。
サーロさんは林檎の蜜をかけたものを、スケーロさんは甘い煮豆をかけたものを、私はさっぱりとした柑橘の蜜をかけたものをそれぞれつつき、それぞれに頭痛に苦しめられました。
「それでなんでしたっけ。仕返しに来られたというわけじゃなさそうですけど」
「馬鹿言うねえ。不意打ち喰らったってんでもなし、てめえで仕掛けた喧嘩にてめえで負けたんだから、そりゃてめえの落ち度だろうがよ」
「鉄血の冒険屋にそんな根暗はいやしねえさ」
フムン。
あいすくりん頭痛にこめかみを抑えながらではありましたけれど、なかなかさっぱりとした気性の方々のようです。
でもそうなるとますますわかりません。
いったいどんな御用だというのでしょうか。
「まあ用っつうほどの用でもねえんだけどよ、たまたま見かけたんで、一つにゃこの前の詫びだよ、詫び」
「忠告のつもりで下らねえ喧嘩売っちまったからな。それで返り討ちってんだから世話ねえや」
「それにほらよ、お嬢ちゃん、この前地下水道に潜ったって言うじゃねえか」
「潜りましたねえ。楽しかったです」
「楽しかったと来るか。胆が太ぇや。そんで、そんときうちの若ぇのが世話になったって聞いてな」
「若ぇの……ああ、《甘き鉄》の方々ですね」
「おう、詳しくは聞いてねえが、ずいぶん勉強させて貰ったって聞いてよ、その礼も兼ねてな」
勉強……?
正直バナナワニを一緒に鍋にして食べた以外の記憶がないのですけれど、さすがにそれを言ったらまずい気がします。いくら私でも地下水道で冒険した記憶が鍋以外ないというのがまずいというのはわかります。
「なんでもとんでもねえ大物を一刀両断したとか、まあいくらか盛ってるんだろうけどよ、えらい腕前だって感心してたぜ」
「あー、いえ、ハハハハ、それほどでもないですよぉ」
あー、そっちか、そっちですよね、そりゃ。
正直なところ雷精に魔力を与えまくって、途中で止められなくなって、あ、これやばいってなって、とにかく解放しなきゃってバナナワニに叩きつけただけなんですよね。当てられただけで褒めてあげたいくらいの酷い一撃でした。
「水道局に展示してあったあの骨、嬢ちゃんが叩っ切ったんだろ? すげえよなあ、分厚い頭蓋骨が真っ二つだったぜ」
「ああ、ありゃあ凄かったなあ。事務所の連中と冷やかしがてら見に行ったんだけどよ、はー、まあたまげたわ」
「俺たち双剣はまず人間相手にしかしねえけどよ、それでも猛者集いの鉄血の連中が揃って唸る技前だったぜ。あれほどの大物、大将が地竜を狩ったとかいう与太話くらいしか聞いたことねえや」
「なにしろ、ありゃ一太刀だ。ありゃあ見事だった」
褒め殺しです。
褒め殺されています私。
結構偶然と装備頼りだったので、褒められれば褒められるほど居心地が悪いです。
しゃくじゃくと削氷を頂きながら、冷たさからくるものとは別の寒ささえ感じるような気がします。
かといってここで謙遜したり否定したりするのも、《甘き鉄》の方々を卑下するようで申し訳ないというかなんというか。
むーん。
あいすくりん頭痛にもあって眉根を寄せて唸っていると、お二人は匙を置いてじっとこちらに向き直りました。
なんだろうと思って私も匙を置こうと思いましたけれどでも溶けるのももったいないしどうしようかな。
「いや、食いながらでいいぜ。ついでと思って聞いてくれりゃあいいんだ」
「はあ、では遠慮なく」
しゃくりじゃくりと削氷をすくっては頬張るこの冷たさと甘さと、そして口の中でしゃらしゃらと溶けていく不思議な食感というものは全く夏の醍醐味です。
「単刀直入に言やあ、お嬢ちゃん、鉄血に来ねえか」
またこの柑橘の蜜というのが、甘すぎず良いですね。あんまり甘すぎる蜜をかけると氷を食べているのか蜜を飲んでいるのかわからなくなる時がありますが、この爽やかな甘さはあくまでも氷に乗っかる形でうまく絡まってくれます。
「鉄血冒険屋事務所は力が売りの事務所だ。面子も腕自慢がそろってる。そりゃあ、最初は嬢ちゃんみたいな若い女じゃ舐められるかもしれねえが、鉄血は強さを重んじる。ちょいとひねってやりゃすぐに認められるさ」
いえ、甘いものがだめというわけじゃないんです。むしろ甘ったるいのも大歓迎なんですけれど、暑気払いにはこのさっぱりとした感じが、ちょうどよいという話で。
やはりどんなものでも、食べる時期や食べる状況でその美味しさというものは左右されると思うんですね。そして私の好みでいえば、今日このときこの場所では、やはりこのさっぱりとした味わいが良いということで。
「ついでと思ってとは言ったが、まったく聞かないでいいとは言ってねえんだが!?」
「き、聞いてますよぉ」
「じゃあ言ってみろい!」
「お代わりしていいって話でしたっけ」
「二杯でも三杯でもいいから少しは聞け!」
怒られました。
お代わりに、今度はスケーロさんが食べてた煮豆の奴を頼んでみましたが、これは成程、面白い味わいです。この煮豆が実に甘いんですけれど、そのどっしりした甘さが、氷のさらりとしたところにうまく絡んでくるんですね。冷えた煮豆を食べているのでもなし、甘い氷を食べているのでもなし、それらが同時に口の中に訪れるというのが、あ、はい、すみません。聞いてます。
サーロさんが言うには、どうも私のことを引き抜きに来たというのが本当のところだったようです。
「いやまあ、運が良ければって程度なんだがな」
「事務所の間で話通してるわけでもねえ、まあ雑談程度って思ってくんな」
引き抜きというのはよく聞く話ですけれど、これはあまり礼に適った話ではありません。事務所に所属する冒険屋を、その事務所を通さずに引き抜こうとするのは、事務所をないがしろにするようなもので、あまり褒められたものではありません。
なのでお二人のお話も正式なものではなく、もしよかったら話を通すよという、そういう前段階でのお話ですね。
はー、しかし驚きました。
話には聞いていましたが、まさか私が引き抜きにあうとは。
「私のことを評価してくださるのは嬉しいんですけれど、お断りします」
「一応聞いとくが、何が気に食わねえ。何しろ大将があんたの一太刀に惚れ込んでるんだ。多少は融通利くぜ? お仲間も一緒がいいってんなら大歓迎だ」
「やっぱりうちって汗臭いイメージなのか? そんなことないぞ。そりゃ姐さんなんかはちょっとツンとするが」
「やめてやれスケーロ」
「鉄血さんのことに詳しいわけでもないですし、気に食わないってわけじゃないんです」
そりゃあ、噂くらいは知ってます。
害獣・魔獣退治を積極的に行っている実力者ぞろいの事務所で、ヴォーストの市場に卸される魔獣素材の結構な割合が鉄血冒険屋事務所のものであるとか。
そう言った事務所ですから、きっと私が所属したら、いまみたいにドブさらいや迷子のおじいちゃん探しをしなくても、毎日のように冒険に浸れるかもしれません。それこそ、私が当初望んでいたように。
「でも、私はメザーガを頼って故郷を出てきて、メザーガもそんな私を受け入れてくれました。恩義があります。他所に移るにしても、独り立ちするにしても、まず恩に報いてからでなければ」
「恩義、か。いや、そりゃあそうだ。仁義の通らねえ奴を引き抜いたって続きやしねえし、仁義を通そうってやつを無理に引き抜くもんでもねえ」
「没義道なこと言っちまったな」
「いえ」
それに。
私は溶けた削氷のしゃらしゃらとしたところを飲み干しながら、脳裏に一人の姿を思い浮かべます。
きっと彼女は、私がどこへ移ろうとついてきてくれるものと思います。それは自惚れではなく、単に彼女の行動指針として、そうなるだろうという予想にすぎませんけれど。約束を重んじる彼女が、私がそうあろうとしている内はきっと離れていくことはないだろうという姑息な考えですけれど。
きっと、そんな彼女が望む世界は、鉄血冒険屋事務所では見ることができないと思うのです。
いろんなものを、いろんなことを、この世界には数えきれないほどに美しいものがあるのだと、彼女に見せてあげたい。
こんな時でも私はウルウのことばかりなのだなとなんだかおかしくなって、私は照れ隠しにもう一杯、削氷を頼むのでした。
「まだ食うのか!?」
用語解説
・双剣
鉄血冒険屋事務所に所属する、サーロとスケーロの二人組のパーティ。
名の通り剣の扱いになれており、もっぱら賭博場での用心棒の仕事についている。
人間相手の加減は鉄血事務所でも随一で、単に剣術の腕前だけで言えば事務所一、二を争う。
・地竜
空を飛ぶことはできないが、飛竜以上に体表が頑丈過ぎてまともに攻撃が通らない非常にタフな竜種。
硬い、重い、遅いと三拍子そろっており、さらに外界に対してかなり鈍いので、下手をすると攻撃しても気づかれないでスルーされることさえある。
問題は、一度進路を決めるとどこまでもまっすぐ進むため、進路上の障害物は城壁だろうと街だろうと何もかも破壊して進むことで、歩く災害と言っていい。
野良犬が現れた。
ニア たたかう
チェスト
伊達男にする
「待て待て待て待て! 狂犬かお前は!」
「さすがに俺っちたちもそこまで馬鹿じゃねえって!」
憂さ晴らしもとい降りかかる火の粉を払おうとしましたが、どうもそうではなかったようです。
よくよく見ればつい先日伊達男にして帰して差し上げた冒険屋のお二人です。
あの後神官に癒しの術でもかけてもらったのか無事復帰したようです。
お顔を走る傷がそこはかとなく歴戦を思わせて男前ですね。
「あれだけしておいてしれっとしてる辺り辺境人が頭おかしいってのはマジだな」
「言い返せないんでそういうのやめてもらえますか」
「自覚があるならなおヤベえな」
ぶー垂れる私に、長身の人族男性と小太りの人族男性の二人組の冒険屋は、首に下げた冒険屋証を見せながら自己紹介してくれました。
「さすがにあそこまでやられて力量がわからねえじゃねえよ。俺は鉄血冒険屋事務所のサーロ」
「同じく、俺っちはスケーロ。二人組のパーティで双剣っていやぁちっとは聞こえた名だぜ」
「はあ、全然存じ上げません」
「だろうなあ」
「まあ嬢ちゃんは知らねえだろうさ」
知らなくて当然という物言いにちょっとムッとすると、サーロと名乗った背の高い方の男性が手を振りました。
「いやいや、馬鹿にしてるんじゃねえよ。俺たちゃもっぱら賭博場で用心棒やってるからな。縄張りが違ぇんだから、そりゃ知らねえだろってことさ」
「でもお二人は私たちのことをご存知でしたよね」
「お嬢ちゃん、お前さんもうちょい自分たちの目立ちようを知った方がいいぜ」
今度ははっきり鼻で笑われましたが、これには私もぐうの音も出ません。確かに私たちは、《三輪百合》は、自分たちの評価というものをあまり気にしたことがなかったのです。事務所に所属しているという安心感からか、自分たちのパーティの評価というものを、すこしないがしろにし過ぎていたかもしれません。
「まあ、こう暑くちゃたまらねえ、氷菓でもつつきながら話そうや」
「私はお話しすることないんですけれど」
「そういけずなこと言うない。この前の詫びだと思ってよ」
まあ、そう言われれば仕方がありません。決して氷菓につられてホイホイついていったわけではありません。
「誘った俺が言うのもなんだが、警戒心てもんがねえのか、お嬢ちゃん」
「その時はその時かな、と」
「辺境人てなあ胆が据わってやがるぜ」
私たちは馴染みの氷菓屋の一席に腰を下ろして、削氷を注文しました。
サーロさんは林檎の蜜をかけたものを、スケーロさんは甘い煮豆をかけたものを、私はさっぱりとした柑橘の蜜をかけたものをそれぞれつつき、それぞれに頭痛に苦しめられました。
「それでなんでしたっけ。仕返しに来られたというわけじゃなさそうですけど」
「馬鹿言うねえ。不意打ち喰らったってんでもなし、てめえで仕掛けた喧嘩にてめえで負けたんだから、そりゃてめえの落ち度だろうがよ」
「鉄血の冒険屋にそんな根暗はいやしねえさ」
フムン。
あいすくりん頭痛にこめかみを抑えながらではありましたけれど、なかなかさっぱりとした気性の方々のようです。
でもそうなるとますますわかりません。
いったいどんな御用だというのでしょうか。
「まあ用っつうほどの用でもねえんだけどよ、たまたま見かけたんで、一つにゃこの前の詫びだよ、詫び」
「忠告のつもりで下らねえ喧嘩売っちまったからな。それで返り討ちってんだから世話ねえや」
「それにほらよ、お嬢ちゃん、この前地下水道に潜ったって言うじゃねえか」
「潜りましたねえ。楽しかったです」
「楽しかったと来るか。胆が太ぇや。そんで、そんときうちの若ぇのが世話になったって聞いてな」
「若ぇの……ああ、《甘き鉄》の方々ですね」
「おう、詳しくは聞いてねえが、ずいぶん勉強させて貰ったって聞いてよ、その礼も兼ねてな」
勉強……?
正直バナナワニを一緒に鍋にして食べた以外の記憶がないのですけれど、さすがにそれを言ったらまずい気がします。いくら私でも地下水道で冒険した記憶が鍋以外ないというのがまずいというのはわかります。
「なんでもとんでもねえ大物を一刀両断したとか、まあいくらか盛ってるんだろうけどよ、えらい腕前だって感心してたぜ」
「あー、いえ、ハハハハ、それほどでもないですよぉ」
あー、そっちか、そっちですよね、そりゃ。
正直なところ雷精に魔力を与えまくって、途中で止められなくなって、あ、これやばいってなって、とにかく解放しなきゃってバナナワニに叩きつけただけなんですよね。当てられただけで褒めてあげたいくらいの酷い一撃でした。
「水道局に展示してあったあの骨、嬢ちゃんが叩っ切ったんだろ? すげえよなあ、分厚い頭蓋骨が真っ二つだったぜ」
「ああ、ありゃあ凄かったなあ。事務所の連中と冷やかしがてら見に行ったんだけどよ、はー、まあたまげたわ」
「俺たち双剣はまず人間相手にしかしねえけどよ、それでも猛者集いの鉄血の連中が揃って唸る技前だったぜ。あれほどの大物、大将が地竜を狩ったとかいう与太話くらいしか聞いたことねえや」
「なにしろ、ありゃ一太刀だ。ありゃあ見事だった」
褒め殺しです。
褒め殺されています私。
結構偶然と装備頼りだったので、褒められれば褒められるほど居心地が悪いです。
しゃくじゃくと削氷を頂きながら、冷たさからくるものとは別の寒ささえ感じるような気がします。
かといってここで謙遜したり否定したりするのも、《甘き鉄》の方々を卑下するようで申し訳ないというかなんというか。
むーん。
あいすくりん頭痛にもあって眉根を寄せて唸っていると、お二人は匙を置いてじっとこちらに向き直りました。
なんだろうと思って私も匙を置こうと思いましたけれどでも溶けるのももったいないしどうしようかな。
「いや、食いながらでいいぜ。ついでと思って聞いてくれりゃあいいんだ」
「はあ、では遠慮なく」
しゃくりじゃくりと削氷をすくっては頬張るこの冷たさと甘さと、そして口の中でしゃらしゃらと溶けていく不思議な食感というものは全く夏の醍醐味です。
「単刀直入に言やあ、お嬢ちゃん、鉄血に来ねえか」
またこの柑橘の蜜というのが、甘すぎず良いですね。あんまり甘すぎる蜜をかけると氷を食べているのか蜜を飲んでいるのかわからなくなる時がありますが、この爽やかな甘さはあくまでも氷に乗っかる形でうまく絡まってくれます。
「鉄血冒険屋事務所は力が売りの事務所だ。面子も腕自慢がそろってる。そりゃあ、最初は嬢ちゃんみたいな若い女じゃ舐められるかもしれねえが、鉄血は強さを重んじる。ちょいとひねってやりゃすぐに認められるさ」
いえ、甘いものがだめというわけじゃないんです。むしろ甘ったるいのも大歓迎なんですけれど、暑気払いにはこのさっぱりとした感じが、ちょうどよいという話で。
やはりどんなものでも、食べる時期や食べる状況でその美味しさというものは左右されると思うんですね。そして私の好みでいえば、今日このときこの場所では、やはりこのさっぱりとした味わいが良いということで。
「ついでと思ってとは言ったが、まったく聞かないでいいとは言ってねえんだが!?」
「き、聞いてますよぉ」
「じゃあ言ってみろい!」
「お代わりしていいって話でしたっけ」
「二杯でも三杯でもいいから少しは聞け!」
怒られました。
お代わりに、今度はスケーロさんが食べてた煮豆の奴を頼んでみましたが、これは成程、面白い味わいです。この煮豆が実に甘いんですけれど、そのどっしりした甘さが、氷のさらりとしたところにうまく絡んでくるんですね。冷えた煮豆を食べているのでもなし、甘い氷を食べているのでもなし、それらが同時に口の中に訪れるというのが、あ、はい、すみません。聞いてます。
サーロさんが言うには、どうも私のことを引き抜きに来たというのが本当のところだったようです。
「いやまあ、運が良ければって程度なんだがな」
「事務所の間で話通してるわけでもねえ、まあ雑談程度って思ってくんな」
引き抜きというのはよく聞く話ですけれど、これはあまり礼に適った話ではありません。事務所に所属する冒険屋を、その事務所を通さずに引き抜こうとするのは、事務所をないがしろにするようなもので、あまり褒められたものではありません。
なのでお二人のお話も正式なものではなく、もしよかったら話を通すよという、そういう前段階でのお話ですね。
はー、しかし驚きました。
話には聞いていましたが、まさか私が引き抜きにあうとは。
「私のことを評価してくださるのは嬉しいんですけれど、お断りします」
「一応聞いとくが、何が気に食わねえ。何しろ大将があんたの一太刀に惚れ込んでるんだ。多少は融通利くぜ? お仲間も一緒がいいってんなら大歓迎だ」
「やっぱりうちって汗臭いイメージなのか? そんなことないぞ。そりゃ姐さんなんかはちょっとツンとするが」
「やめてやれスケーロ」
「鉄血さんのことに詳しいわけでもないですし、気に食わないってわけじゃないんです」
そりゃあ、噂くらいは知ってます。
害獣・魔獣退治を積極的に行っている実力者ぞろいの事務所で、ヴォーストの市場に卸される魔獣素材の結構な割合が鉄血冒険屋事務所のものであるとか。
そう言った事務所ですから、きっと私が所属したら、いまみたいにドブさらいや迷子のおじいちゃん探しをしなくても、毎日のように冒険に浸れるかもしれません。それこそ、私が当初望んでいたように。
「でも、私はメザーガを頼って故郷を出てきて、メザーガもそんな私を受け入れてくれました。恩義があります。他所に移るにしても、独り立ちするにしても、まず恩に報いてからでなければ」
「恩義、か。いや、そりゃあそうだ。仁義の通らねえ奴を引き抜いたって続きやしねえし、仁義を通そうってやつを無理に引き抜くもんでもねえ」
「没義道なこと言っちまったな」
「いえ」
それに。
私は溶けた削氷のしゃらしゃらとしたところを飲み干しながら、脳裏に一人の姿を思い浮かべます。
きっと彼女は、私がどこへ移ろうとついてきてくれるものと思います。それは自惚れではなく、単に彼女の行動指針として、そうなるだろうという予想にすぎませんけれど。約束を重んじる彼女が、私がそうあろうとしている内はきっと離れていくことはないだろうという姑息な考えですけれど。
きっと、そんな彼女が望む世界は、鉄血冒険屋事務所では見ることができないと思うのです。
いろんなものを、いろんなことを、この世界には数えきれないほどに美しいものがあるのだと、彼女に見せてあげたい。
こんな時でも私はウルウのことばかりなのだなとなんだかおかしくなって、私は照れ隠しにもう一杯、削氷を頼むのでした。
「まだ食うのか!?」
用語解説
・双剣
鉄血冒険屋事務所に所属する、サーロとスケーロの二人組のパーティ。
名の通り剣の扱いになれており、もっぱら賭博場での用心棒の仕事についている。
人間相手の加減は鉄血事務所でも随一で、単に剣術の腕前だけで言えば事務所一、二を争う。
・地竜
空を飛ぶことはできないが、飛竜以上に体表が頑丈過ぎてまともに攻撃が通らない非常にタフな竜種。
硬い、重い、遅いと三拍子そろっており、さらに外界に対してかなり鈍いので、下手をすると攻撃しても気づかれないでスルーされることさえある。
問題は、一度進路を決めるとどこまでもまっすぐ進むため、進路上の障害物は城壁だろうと街だろうと何もかも破壊して進むことで、歩く災害と言っていい。
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