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第三章 地下水道

第十話 亡霊と反省会

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前回のあらすじ
リリオ、輝く。
トルンペート、気絶する。
その他、外野。
以上三本でお送りしました。





 トルンペートに時間稼ぎを頼んでリリオが何をしていたかと言えば、私からするとじっとしていたとしか見えなかった。まあ、いわゆるだったんだろうな。

 最初の十秒程度で、剣が光り始めた。次の十秒ではっきりと雷精らしい蛇のようなものがまとわりつくのが見えた。そして刀身が電気による熱量で赤熱し、瞬く間に白熱し、青白く輝きを放ち始める。三十秒もたつ頃にはリリオの全身が雷をまとっているような状態だ。

 通常であれば余りの電量に全身が黒焦げになっているだろうが、これは装備のおかげなのか、それとも魔力というものの働きなのか、リリオ自身はいたって平然と、むしろ雷のおかげで意識が明瞭にでもなっているのか、いっそ透徹とした視線をバナナワニに向けている。

「トルンペート!」
「はい!」

 そしてトルンペートが離れるや否や、入れ替わりとばかりにリリオはバナナワニの巨体に突っ込んだ。暗闇の生活に慣れて目があまり良くなかったらしいバナナワニもさすがにこの閃光をまとった突進には気付いたようだったが、時すでに遅しだ。

 リリオは剣を振り上げ、そして、振り下ろした、のだと思う。

 何しろその瞬間、視界の全てを焼き尽くすような閃光とともに、轟音と衝撃波が地下水道の低い天井を揺らしながら響き渡り、何もかもが真っ白に弾け飛んだからだった。
 落雷の瞬間というものは、或いはあのようなものなのかもしれない。

 さしもの私の無駄に頑丈な体もこの衝撃にはたたらを踏み、耳はきぃんと耳鳴りの果てに麻痺し、目は真っ白に焼き付いた。衝撃で水路に落っこちなかったのがせめてもの救いだろう。

 さて、ではこの一・二一ジゴワットの直撃を受けたバナナワニと、そしてごく至近距離でぶちかましたリリオはどうなったのだろうか。
 もちろんこれはすぐには確認できなかった。何しろ私がこのありさまだったのだから、後から聞けば、無防備に喰らってしまったガルディストなどは右耳の鼓膜が破れて気絶し、私が一瞬教えただけの耐衝撃体勢をとったトルンペートもあまりのショックにしばらくスタン。

 なので、ことの顛末はリリオ本人が語ったところによると、おおむねこのようなものであったという。

 魔力を食わせに食わせた雷精のこもった剣で切りつけた瞬間、リリオ自身もまるで落雷でもあったかのような相当な衝撃を感じてはいたのだという。しかしリリオの魔力で育った雷精はリリオを傷つけることはなく、ただリリオから際限なく魔力を奪いながら刀身から抜け出していき、あれほど硬かったバナナワニの鱗をぞふりぞふりと切り裂いてしまったのだという。

 それこそ、リリオの言葉を借りるなら、

「よく焼いた包丁でやわな焼き菓子に刃を通したような」

 そのような呆気なさだったという。

 これはまあ例え通り、大電量によって加熱された刀身がヒートソード化してバナナワニの細胞を焼き切ってしまったのだろう。或いは刀身に纏わりついた大電量の雷そのものが溶かすように焼き切ったのか、そのあたりは私にはわからないところだが。

 ただまあ、私が何とか復活して確認した時にもまだじゅくじゅくぶつぶつと沸騰していた傷口の断面を思うに、相当の熱量で焼き切ったことは間違いないことだった。

 切断面はそのように見るも悍ましい始末だったが、刃筋そのものは実に綺麗なもので、マグロの兜割か何かのように、バナナワニはその脳天を綺麗に左右に切り裂かれて絶命していた。多分。
 多分というのは、私が駆けつけてみた時には、まだ死後直後だったからか、それとも電流によって筋肉が痙攣していたのか、全身がびくびくと震えていたからだが。

 このような敵味方問わずの大惨事を引き起こした首謀者ことリリオはその時どうしていたかというと、雷のダメージそのものはまるでなかったようなのだが、すっかり魔力を引き抜かれて、その上まだ残っていた雷精がちまちま魔力をむさぼるので回復が追い付かず、欠乏状態でぐったりと気絶していた。
 この雷精は私が摘まんで放り捨てたので何とかその後は回復したが、一人であったらそのまま吸われ続けて衰弱死していたかもしれないというから恐ろしい話だ。
 精霊をつまんで捨てるあんたの方が怖いわとはトルンペートの談だが。

 まあ、このようにゆっくりと話をまとめられるのはすべてが片付いて落ち着いた後の話であって、私、トルンペートと順に回復し、リリオを介抱し、ガルディストを起こして、互いに話を突き合わせてみるまで、とにかく混乱の真っただ中だった。

 話をまとめて、バナナワニが完全に死亡していることを確認し、手持ちの回復薬を耳に注いで血を流したガルディストは、それから私たちを床に正座させて説教をした。

 まず私だった。

「中途半端に煽るんじゃない」
「私のせい?」
「お前が何か言ったからリリオが張り切ったんだろう」
「まあ、自覚はある」
「たらしめ」
「なんだって?」
「とにかく、煽るにしてももう少し加減を覚えさせろ。お前さん、保護者だろう」
「保護者じゃないんだけど」
「少しは責任感を持てということだ」
「それは、うん、わかる。すまない」
「俺にじゃないだろ」
「リリオ、ごめん」
「え、あ、いえ」

 それからトルンペートだった。

「主を信頼するのはいいが、暴走することもあるんだってことはわかっていただろう」
「……はい」
「主に無茶させてちゃ話にならん。それで自分まで気絶してたんじゃどうしようもない」
「……はい」
「時にゃあ殴ってでも止めにゃあならんこともある。仲間ならな」
「……はい」
「まあ、お前さんはわかってるからな。これくらいでいい」
「はい」

 そしてリリオ。

「俺がメザーガだったらお前を簀巻きにして辺境に送り返してる」
「ぐへぇ」
「いきなりの思い付きであんなことをしやがって。狭いところでやるから余計被害がでかかった。事前に想像しなかったか?」
「しませんでした。すみません」
「今回は生きてたからすまんで済むが、死んでたら謝りようもない」
「はい……」
「だが俺はお前の親戚でも何でもない。アドバイスもしなかったからな。お前さんは仲間から叱られろ」
「はひぃ……」

 そして最後はガルディスト自身だった。

「俺の監督不行き届きだ、すまん。この通りだ」

 地面に頭をつけて、ガルディストは謝罪した。

「実際、俺一人だったらどうとでもできたし、野伏とは言え、対処はできた。だがお前さん方の活躍の場を奪うのもと甘く見た。俺がもう少し早くリリオの暴走に気付けばよかった。だがまさかあれほどだったとはな。辺境人と聞いていたのだからもっと注意のしようがあった。侘びのしようもない」

 私たちは四人それぞれに反省し、痛み分けとした。早めの反省会は、それからこまごまとしたことを話し合い、終えた。

「それで、こいつをどうするかだな」

 問題はバナナワニの死体だった。
 橋の半ばまで至ったところで反応してきたこともあり、他の生き物の気配が全くないことからも、これがこのあたりの守護者である魔獣なのは間違いないだろうという。
 一部であれ全身であれ、持ち帰れば討伐を認められ高額の賃金値上げが見込めるだろう。

 しかし。

「橋が壊れちまったからなあ。持ち帰る云々以前に、どうやって帰る」

 他の橋を探すという手もあるが、あるかどうかもわからないものを探して彷徨うのは、あまり良策とは言えなかった。
 とはいえこれに関しては簡単で、一応私とリリオは水上歩行ができるので、一人につき一人ずつ背負うなり抱き上げるなりすれば橋の崩れた地点までは戻れるだろう、ということで帰り方は決まった。何しろこのバナナワニが近辺の魔獣やらも食い尽くしたようで、他の外敵の危険は全くなさそうだったのだ。

 ではバナナワニの死体はどうするかというところだ。
 私のインベントリはこれくらいわけなく入ることをガルディストも知っているが、問題はそこではない。

「丸々渡せば相当な高額報酬が入るだろうが、古代遺跡の守護魔獣だ。さばき方によっちゃ他所の方が高く売れるぞ」
「素材も魅力的ですね。飛竜並みに硬いんじゃないですか、この鱗」

 そう、どうさばくかということだった。

 私たちはしばらく相談し、やはり一部を売却用と装備用に拝借し、残りの大部分を水道局に届け出ることにした。
 というのも、この割合が逆だと、では残りの死体の大部分はどこに行ったのかとなってさすがに黙ってはくれないだろうということで、局の見逃してくれる部分だけで我慢しようということだった。

 ではあとはこの取り分をどこまで大きく分捕れるかというところなのだが、そこで疲れ切ったリリオから案が出た。案というか、欲求が。

「おなか、すきました」

 焼かれて甘い香りを漂わせるバナナワニの肉に、ごくりと喉が鳴るのを感じた。





用語解説

・一・二一ジゴワット
 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に登場するタイムマシン「デロリアン」が必要とする電力量。落雷のエネルギーで賄った。
 実際にはギガワットの誤りだったようであるが、日本ではあえてジゴワットの形でオマージュされることが多い。

・水上歩行
 ウルウが使用できる水上歩行の術は、《薄氷うすらひ渡り》という《技能スキル》。これは一時的に体重をなくすスキルで、水上を歩行可能にするだけでなく、使用中所持重量限界を緩和できる。

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