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第七章 ガーディアン

第六話 《三角貨亭》

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前回のあらすじ

体良く家事をさせられた紙月。
気づかないって、幸せだ。





 馴染みの酒場だと言われて何となく予想はしていたのだが、連れられて行った先の店の看板は、見慣れた丸みを帯びた三角形の形で、潔いほど雑な字で《三角貨トリアン亭》の名が記されていた。
 金貸しか銀行かとも思うネーミングであるが、要するに安さが売りなのだろう。

「ムスコロ、ここお前が絡まれた店じゃねえか」
「へえ、俺もそう店を知らねえんで」
「帝都ってのは広いし、店も出しやすいんだけど、その分当たり外れが大きくてね」

 《三角貨トリアン亭》はこれでも昔からやっている酒場で、飯がうまいというので客も集まり、宿泊業は後から追加したというから、成程食事には期待ができそうである。
 それに二人の空腹もそろそろ限界で、これからほかの店を探そうというのは無理があった。

 戸をくぐると、酒場は活気に満ち溢れていた。
 西部の酒場でもそうであるように、冒険屋御用達の酒場というものは普通の宿屋とは違って、商人たちは少なくかわりに最低限武装したいかにもな冒険屋たちが酒と食事を楽しみ、壁には依頼の張り紙などがちらほら見える。

 入口近くのの席でちびりちびりと酒を舐めているのは、かなりがっしりとした体格と言い、用心棒の冒険屋だろう。
 冒険屋御用達の酒場というものは大抵、どこかの冒険屋事務所がバックについている。複数の事務所が援助していることもざらだ。事務所は面倒のないように用心棒を置いたり、なにくれとなく世話を見てくれるし、酒場は酒場で客から依頼を集めたり、また客に依頼をあっせんしたりする。

 事務所に所属していないフリーの冒険屋や、他所から来た冒険屋は、組合を頼るか、こうした酒場を頼ることが多い。前者はいささか堅苦しいが、後者はいささか以上に義理と情とが絡んでくる。難しい所だ。

 背が低いながらも《決闘屋》の二つ名を持つシャルロの伊達物の装いは知れているようで、脛に傷あるものは顔を伏せたし、そうでないものは気さくに声をかけた。
 ムスコロも先日やらかしたばかりであるから、随分にからかわれている。誰も依頼の達成など信じていないから、あたりはつよいが。

 その後ろからやってきた二人組には、見たことのない新顔だということもあるが、一瞬酒場がしんとした。

 まず目についたのはもちろん、屈むようにして入ってきた白銀の大甲冑である。生半の騎士でもまず見ない立派な大鎧の姿には、やんちゃな冒険屋たちも思わず息をのんだ。
 魔力の恩恵の激しいこの仕事では見かけは必ずしも実力とは釣り合わないが、しかし、巨大であるということはそれだけで強さを思わせた。

 そしてその横に、場に似合わぬドレスを着た女がたたずんでいることに気付いたものは、さらに驚いた。その容姿にばかり目のいった愚か者でも大鎧との組み合わせにはハタと気付いたし、目ざといものは噂に聞いたその笹穂耳にも気づきさえした。

 ざわめきが再び酒場を支配したが、それは疑いと好奇心に満ちたものだった。
 もしやあれが森の魔女と盾の騎士なのか、と。

 なにしろそれぞれの事情で視線に慣れている一行は隅の方にテーブルを見つけて、やれやれと腰を下ろした。とにかく、腹が減っていたのである。

「何を飲むんだい?」
「帝都じゃ何がうまいんだ」
「もっぱら麦酒エーロだね。でも帝都は大概のものは輸入はいってくるよ。蒸留酒もある」
「とりえずは麦酒エーロでいいよ」
「僕は何かジュースでも」
「よしきた」

 シャルロが適当に注文し、未来は鎧を脱いでくつろいだ。これには近くの冒険屋たちも、そして初見のシャルロも驚いた。

「驚いた、まさか中身がこんなに小さいとは」
「育ち盛りだよ」
「でも、成人前じゃないのかい」
「今年で十二歳」
「シヅキ、きみ、いくらなんでも……」
「訳ありでね。それに実力は噂で知っての通りだ」

 割合に常識的であるシャルロは何とも言えない顔をしたが、未来はしれっと聞き流している。その手の話は聞き飽きているし、第一、いちいちそんな話を真に受けていたら、紙月の隣にはいられない。

 少ししてまず麦酒エーロ葡萄ヴィートジュースが運ばれてきた。
 そしてすぐに、煮込みの皿と、いかにも酒のつまみと言ったアラカルトである。量は一応あるが、飯のおかずというより、酒の当てでしかない。

「いつもこんな感じなのか?」
「いやあ、うちの事務所、みんな料理下手でね」
「俺はできるんですが、なにしろあの小さな厨房でしょう、縮こまってやりづらいったらねえ」

 まあとはいえ、ろくに自炊していないのは紙月たちも同じなので、下手な文句は言えない。
 紙月は料理自体はできるのだが面倒くさがるし、未来も最低限はできるが、厨房に立つにはちょっと背が足りない。

 一行はまあ、うまけりゃいいというところで落ち着いて、「乾杯トストン!」の掛け声とともに乾杯し、早速食事にとりかかった。

 煮込みの皿は飯時だけあって結構なボリュームだった。帝都大学でお茶うけに出された、帝都名物であるという例の芋の煮物だったが、こちらはさすがに客に出すだけあってもうちょっとしっかりしている。

 ごろりと大きめに切られたじゃが芋に、赤身のやや強い人参、太めの牛蒡ごぼう、真っ二つにされただけのごろんと大きな玉葱、それから大きく角に切られた牛肉の塊が入っている。そしてそのどれもが良く煮込まれているのだった。

 二人が持参した箸で早速食べ始めてみたが、これは成程味自慢を歌うだけあってなかなかの代物だった。
 帝都ではよく主食としても食われるという芋はねっとりほくほくとしていて、牛の出汁がよくよくしみ込み、食いでがある。
 人参はやや、いわゆる人参臭さというか香りが強かったが、他の香草との組み合わせもあって、味わいの一部だと素直に思える程度だった。なにより、実に甘い。

 牛蒡も良く火が通っていたが、それでもじゃきざくとしたしっかりした歯ごたえが残っていて、顎にも心地よい。

「というか、牛蒡って食うんだな」
牛蒡ラーポかい? 大昔は木の根っこみたいだって言われてたらしいけどね。滋養もあるし、味も悪くない。私なんかはこれでチャンバラを覚えたものさ」
「食えるものは何でも食うってえ時代があったそうで、その頃から食われ始めたそうですな」
「ほーん」

 西欧では食材としては見られていないと聞いたことがあったが、帝国では違うようだった。

 半球に切られた玉葱が見せるつやつやとした半透明の層は、よく火が通っている証拠である。これを崩しながら頂くと、その甘みたるや素晴らしいものがある。いわゆる葱臭さというものは遠く、とろっとろにとろけた甘みが攻めてくるのである。

 いよいよメインの牛肉となると、これが難敵だった。
 箸を入れるとするりと通る。開いてみればはらりと崩れる。口に含めばほろほろと繊維がほぐれていくほどに、柔い。柔いが、噛めばその繊維の一本一本がしっかりと生きていて、ぎゅうと肉汁をあふれさせる。

「牛肉が食えるとはなあ」
「牛は世話が大変だけど、獲れる肉は多い。中央には牛舎も多いよ」

 さらに驚きなのは、食用で牛を育てているということである。
 普通は牛などは畑を耕したり荷を牽いたりと言った労働力として用い、老いて硬くなった肉が精々庶民に回ってくるものと思っていたのだが、帝国ではいわゆる牛と言ったら、乳を出し、肉を食用とするのが主な用途であるらしい。
 農耕や荷牽きは、もっぱら輓馬のように、馬の中でも力の強いものを使うのだそうだった。

 まだまだ知らないことが多いなと思いながら、まあ知らなくてもうまいものはうまいと、二人は帝都での食事に舌鼓を打つのだった。





用語解説

麦酒エーロ(elo)
 上面発酵の麦酒。いわゆるエール。地方や蔵元によって味が異なる。

葡萄ヴィートジュース
 ブドウの絞り汁。
 葡萄酒ヴィーノつまりワインに使う葡萄は必ずしもすべてが発酵させられるわけではない。
 ジュースとしても人気は高い。

牛蒡ラーポ
 いわゆるゴボウ。
 帝国ではもともと食用ではなく、葉などを薬用にする程度だった。
 しかし飢饉の時代に西方人が持ち込んで食べるようになると、南部でジワリと広がり、面白がりの東部人が栽培し、流行りに鋭い帝都で調理法がまとめられた。
 馬鈴薯テルポーモなどもその類である。

・牛
 帝国では牛と言えば農耕用ではなく、乳を搾り、肉を摂る完全食用である。
 仮に農耕をする牛がいたらそれは牛と呼ばない。
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