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拓真と瑛士

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「な、成瀬じゃなくて、拓真さん。いきなりびっくりするじゃないか」
 慌てて瑛士の手を振り払い、北斗はムッとしながら拓真に文句を言った。
「北斗、お前は目立ちすぎだ。さっき男を一人あしらったと思ったら、今度はこれみよがしに同伴者といちゃついて‥‥‥場所をわきまえろ」
「い、いちゃつく~っ?瑛士と?何言ってんだ。瑛士は会社の同僚だぞ。あんたこそ、女と一緒のくせに」
「女?ああ、市居のことか。彼女は俺の前の職場の同僚で、精神科医だ。ある患者のことで相談するために、お勧めの店をお前に聞いたんだが・・・・・・ひょっとして心配になって見に来たのか?」
「だ、誰があんたのことなんて気にするか!思い出してもいないんだからな」
 フンと息巻いた北斗が、グラスのワインをごくごく飲みほした。
 おやおや、何という分かりやすい態度だと思いながら、拓真が目を細めて北斗を見ていると、北斗の同伴者が話しかけてきた。
「あの、成瀬さんでお名前はいいのでしょうか?」
「ええ。成瀬です」
「僕は北斗の同僚で木村瑛士と申します。いきなりで失礼ですが、北斗と何か問題でもあったのでしょうか?」
 北斗がぎょっとした表情を浮かべた。立ち上がって挨拶をする瑛士の袖を、向かい側の席から身を乗り出して引っ張っている。拓真も内心ドキリとしたが、表情を崩さず、瑛士の質問に質問で返した。
「何かとは何でしょう?」
「どうぞ、少しだけ座って話しませんか?」
 席を指した瑛士に向かって頷くと、拓真は後方の席にいる市居を振り返り、少しだけ待ってくれとゼスチャーで伝えてから北斗の横の席についた。
 その間にも、北斗が怪しくなった呂律で、座らなくていい。あっちにいけと言いながら、拓真の腕をグイグイ押すが、完全に無視を決める。
「大事なお話し中に邪魔をしてしまい申し訳ありません。実は、今週に入ってから、北斗の様子がどうも変なのです」
「それが、私とどんな関係があるというのですか?」
 真剣に対峙する拓真と瑛士の間で、北斗が片手を振りながら、関係ない、ないと赤い顔で言うのを、拓真と瑛士が同時にうるさいと言って黙らせた。
「北斗が成瀬さんのお名前を口に出したのですが、その後簡単に消せるとか言うので、何かとんでもないトラブルがあったのではと心配になりました。北斗は今色々抱えていて、精神的にナイーブになっているんです。同僚として差し出がましいとは思ったのですが、口を挟ませて頂きました」
「そうですか。北斗が私の名前を・・・」
 ちらりと横眼で北斗をみれば、言ってない、言ってないと首を振る。酔いが回っているのに、首を振って余計に回ったのか、北斗はう~っと呻って頭を押さえた。
可愛い奴だと思いながら、返事を待つ瑛士に向き直る。
「そういうことなら、心配は要りません。彼とは趣味が合って、私はある最高のものを得るために、北斗は大切なものを守るために賭けをしたんです。でも、どうやら、私の方が有利なようだ。申し遅れましたが、私は美容整形外科医の成瀬拓真です。北斗とはこれから長い付き合いになると思いますので、友人思いのあなたとも仲良くさせて頂きたい」
「こちらこそよろしくお願いします。疑ってしまって、申し訳ありませんでした」
頭を下げる瑛士を拓真が止めた。瑛士が名刺をバッグから取り出し、拓真に向かって差し出すが、北斗がひょいっとつまみあげる。
「ダメだぞ~。こいつは危ないんだぞぉ~。大事なものをとられちゃうんだ。ん~っ、でもあんたが欲しい最高のものって何?俺そんなの持ってないよ」
 いつも拓真に見せているツンとした態度をどこにやったのか、心配そうに尋ねる酔っ払いの北斗は、隙だらけでかわいすぎる。拓真は思わず抱き寄せたくなるのを我慢した。
 人前でそんなことをすれば、跳ねっかえりの北斗のことだ、機嫌を損ねるのは目に見えている。
 手に入れたい最高のものはお前だと囁いたら、北斗はどんな反応を示すだろう。
 早くこの手に落ちてこいと願いを込めて、北斗をじっと見つめた。
「こんないい店を紹介してくれたから、今度お礼に教えてやる」
 途端に、北斗がふにゃりと笑み崩れる。その顔を見た拓真が瞠目した。
 反則だろう。なんだこの笑顔は!
 こんな無防備な北斗を誰にも見せたくはない。連れて帰りたいという気持ちがムラムラと沸き起こり、拓真は抑えるのに必死になった。
「この店は北斗がデザインしたんです。今夜は営業中の様子とお客さんたちの反応を確かめようと思って寄りました。あの、さっき北斗と趣味が合うとおっしゃいましたが、北斗が、過去作がどうのこうのと言いながら、見せてくれない写真に関係しているのでしょうか?何を買われたのか教えてください」
 瑛士の質問に拓真が答えようとしたときに、スマホが振動して、市居からまだかかりそうかと尋ねるメッセージが届いた。
 後ろを振り返って片手をあげ、市居にすまないと詫びる。あと少しだけとメッセージを返して身体を元に戻すと、北斗が椅子から伸びあがって市居を見ていた。
 不機嫌そうな顔は嫉妬のせいか?今すぐ問いただしてみたい気にさせられる。
 拓真は北斗の顔から無理やり視線を引きはがした。その先にスマホを持った北斗の手があり、北斗を窺うとまだ市居に気を取られているようだ。笑いを堪えながら、ひょいっとスマホを取り上げたら、北斗が焦って取びついてきた。
 片手で北斗をいなしてから、拓真はスマホを両手でがっちりと固定して、北斗にパスワードを入れろと命令する。
「瑛士には見せられないんだ。会社は副業禁止なんだよ。だから、あんたに渡した人形だって七星が作ったことになってるんだ」
 瑛士には秘密にしないといけないと言いながら、酔っている北斗は自ら詳細を暴露しているのに気が付かない。瑛士が笑いを堪えながら聞いた
「人形って何の?フィギアか何か?」
 フィギアと聞いて、北斗の酔った顔が一瞬しゃきりと真顔になった。一緒にするなとプンプンしながら講釈を垂れ始める。
「あのな、ポーセレン人形は粘土からこねて、バラとか花びらとか一枚一枚作ってから、本物の形にしていくんだ。それは手をかけて作って焼くんだぞ。色付けだって、焼いてみないと思った通りの綺麗な色が出るか、必要な部分にのるかどうかはわからないし、釉薬をかけて……」
「成瀬さん、この酔っ払いを何とかしてください」
 長ったらしい説明にうんざりして、瑛士が助けを求める。拓真が困った奴だと言いながら、北斗の頭を小突いて注意を引いた。
「説明するより見せた方が早い。ほら、パスワードを入れろ」
「ん~っ。仕方ないな~。ちょっとだけだぞ」
少し首を傾げて考えてから、突きつけられたスマホに、素直にパスワードを入れる北斗を見て、拓真はこのまま北斗をさらっていきたい気持ちになった。
「飲むと幼くなるんだな。北斗はいつもこんな風ですか?」
 拓真の質問に、瑛士が首を振り、仕事のストレスなのか、ここ数日様子が変だったこと、滞っていた仕事がある人のアドバイスで糸口が見つかり、上機嫌になって、飲み過ぎたことを話した。
 なるほどと拓真が口元を上げたところで、北斗がスマホを印籠のように拓真の目の前にかざした。
「へへへ。これ、俺が小学校の頃に、作ったポーセレンボードなんだ。最初から自立する人形は無理だから、板の上に半身の人形をくっつけて焼いたんだよ。髪の毛とか一本一本切れないように細長くするのが難しくって、だいぶ下手だけど、初めて作ったから思い出の作品なんだ」
 瑛士が覗き込んで、へぇ~っ、小学生の初めての作品がこれかと感嘆する。
「すごい。綺麗じゃないか!これは七星さんかな?ドレス姿がかわいいな」
 瑛士がかわいいと騒ぐのを後目に、拓真は、今の北斗を彷彿とさせる小さな女の子が貼り付けられたボードを見て、すぐに答えを得た。
 いや、違う!これは北斗だ。答えを聞かなくても分かる。おっとりした七星とは違い、きりりとした表情は、こんな小さなころから身に付けていたのかと、拓真は感慨深く思った。
 七星と北斗の二つの人形を比べたら、意志がはっきりと表れたこの人形に惹き付けられるのは、仕方がないことなのだろう。
 ふと視線を感じて拓真が画面から顔を上げると、北斗がムスッとした表情で拓真を見ていた。
 何だ?と聞くと、何か感想言えよと完全に絡みモードになっている。
「木村君、すまないが、北斗を連れて帰ってくれるか?これ以上飲ませない方がいい。俺はまだ彼女と話があるから……」
「だ~め!いかせない。感想は?」
「今度会った時に言うから、その作品を持って来きてくれ」
 拓真が立とうとすると、ハシッと北斗が腕を掴んでだ~めと繰り返す。この店を褒めたみたいに褒めてと、コアラのように腕に絡まってくる。
 この酔っ払いめと言いながら、何とか引きはがそうとしていると、背後でくすくすと笑う女性の声がした。
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