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探り合い

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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 荷袋と化して脱力してはいるものの、マリルの頭は働いていて、先ほどの会話から三人の王子の分析をしていた。
 ザイアン王子は割と直線的な性格で、アルバート王子は策士だと思う。
 それに比べハインツ王子は、二人の王子の会話にもついていけずにおろおろするばかりで、存在感が薄い。エリザ王女のように、人の上に立つのに必要な支配者級のオーラも、ハインツからは感じられない。

 王女が目論んでいたように、ザイアン王子はエリザ王女の味方になった。
 このまま婚約、結婚と絆を深めれば、腕も立ちそうだし、王女を護っていってくれそうだ。
 計画通りのはずなのに、何かがひっかかる。何を見落としたのだろうと考えようとした矢先、背中越しにアルバート王子の押し殺した声が聞えた。

「お前と言い、王女といい、感情を剥き出しにしすぎだ。俺を憎みたいなら存分に憎めばいい。だが、生きていたかったら、人前で王女の死に関することは決して口にするな」

 憎みたいなら憎めばいいって、やっぱりこの男が犯人なんだろうか?
 そうならすぐにでも逃げ出したい出したいところだが、誰が関与したのかもう少し探りを入れるチャンスだと自分に言い聞かせて、マリルは怖気づく気持ちを必死で抑えた。

 アルバート王子の肩に担がれての移動中、幾人もの使用人たちの驚いた顔をマリルは逆さまの視界に捉えた。
 使用人たちはすぐに顔を背ける者の、ひょろ長いやせっぽっちの少女が何をしたのか興味津々で、アルバート王子が通り過ぎると再び集まる好奇の目が、マリルにトストス突き刺さる。アルバート王子も王宮の入り口からいくのをあきらめ、ぐるりと迂回して庭の方から離宮に行くことにしたようだ。

 一面に敷かれていた石畳が、芝生にかわり、煉瓦の小径を進んでいくと満開のバラが絡まったアーチが現れた。

「アルバート殿下。逃げないから下ろしてください。頭に血が上っちゃう。それに私の貞操が疑われてお嫁にいけなくなります」

「もう離宮はすぐそこだ。俺のせいで嫁のもらい手がなくなったら、責任を取ってやってもいいぞ。お前は細すぎるし、全然俺の好みじゃないが、俺はエリザ王女の婚約者候補から完全に外れたと周囲に思わせたい。でないと、目的を達成するまでにこちらが消されてしまうからな」

「謹んでご遠慮申し上げます。殿下の妃になるなんてとんでもない。目的が何かは知りませんが、用が済んだ途端、的になるのはごめんです」

 突然アルバートがマリルの足首を掴んで持ち上げた。アルバートの肩にクの字になって引っかかっていたマリルの身体が九十℃になり、バランスが崩れる。そのまま背中の方に押されて、マリルの腰から支えが外れ、頭から地面に向かって急降下する。

「きゃーっ」

 魔法を使おうとした矢先、地面から数十cmの距離でマリルの身体は宙ぶらりんのまま止まった。マリルの足首とドレスを一緒に掴んだアルバート王子が、手を持ち換えながらマリルの身体を前に持ってくる。カードのKINGやクイーンの絵柄のように上下逆さまで向かい合うと、アルバート王子はマリルを鋭い目つきで見下ろしながら、どこまで知っていると訊ねた。

「な、何をです?」

「的になるとはどういうことだ?」

「ただの言葉のあやです。殿下の目的が何かは知らないけれど、それが悪いことなら殿下の妃も非難の的になるでしょうし、良いことなら賞賛の的になるでしょ? それにこんな扱いを受けていたら、毎日命がいくつあっても足りなくなります」

「確かにな。手荒に扱って悪かった」

 アルバート王子は苦笑いして、マリルを腕に抱き上げた。下ろしてくれればいいのに、まだ信用していないらしい。
 でも当然か。矢に刺されたエリザ王女をイメージさせる言葉を発した途端、アルバート王子は豹変した。射殺したはずの王女が無傷で到着したとなれば、王女が本物かどうか、何をしに来たのかが分からず、恐怖と疑惑でがんじがらめになっているだろう。

 もし、同盟国の王女を抹殺したことがフランセン王国に知られたら、ことはアルバート王子だけの問題ではなく、フランセン王国がブリティアン王国に戦いを仕掛ける口実を与えてしまう。
 自分の命かわいさに、エリザ王女の婚約者候補から外れ、偽装結婚を目論むような臆病で狡猾な王子のことだ、戦いを招いた責任を取らされて、前線に送られる事態は絶対に避けたいはず。

 マリルを傍に置くことで、婚約者候補から外れるだけでなく、監視もできるのだとしたら、ひょっとしなくても無理やりアルバート王子のものされてしまうかもしれない。
 やばい! 何としても逃げ出さなければ。

「私を妃にするのはいい案だとは思えません。政略結婚でもないのに殿下がいきなり十二歳の女の子を妻に迎えたら、偽装結婚というのがバレバレで、殿下を狙う人に余計何を企んでいるのかと怪しまれますよ」

「何だって? マリルはまだ十二歳だというのか⁉ それは本当か?」

 本当ですと答えた途端、マリルは地面に下ろされた。
 マリルの頭のてっぺんからつま先まで、アルバート王子の視線が何度も往復する。

「十二歳だなんてとても信じられない。確かに骨格は華奢だし、顔もまだあどけなさが残っているが、背の高さを引き立てるシンプルなドレスを着ているせいで、エリザ王女と変わらない歳だと思っていた。完全に騙されたな。ところで、子供がこんなところに何をしに来た? 貴族の女性なら家庭教師についてダンスやマナーなどを学んでいる歳だろうに」

「私はエリザ王女から話し相手に望まれてついてきただけです。決して怪しい者ではありません。ついでにいうと、三人の王子様の中であなたが一番信じられないし嫌いだから、もし私がエリザ王女と同じ歳でも、あなたとの婚約は無理です」

 マリル自身に価値はなく、アルバート王子に嫌悪感を抱いていると知らせて用済みに持っていこうとしたのに、どうやら完全な読み違いをしてしまったらしい。何が可笑しいのか、アルバート王子は笑い出してしまった。

 理解ができないとばかりにアルバート王子を困惑気に見つめ、唇をへの字に曲げるマリルの様子に、アルバート王子は収まりかけていた笑いを復活させる。冷めた目で眺めるマリルに、アルバート王子はまだ喉をくっくっと鳴らしながら言った。

「正直でいいな。俺に近づく女は媚びへつらうか、いかにも恋い慕うふりをして、いきなり懐からナイフを出す奴ばかりだ。こんな状況でなかったら、エリザ王女とも語り合いたかったのに残念だ」

「王女と語り合いたかったですって? なんてしらじらしい! だったら、どうして王女さまを殺したの?」

 あっ、またやってしまった!
 そうは思ったが、もう遅い。再びアルバート王子が手を伸ばしたのを掻い潜り、元来た道を走り出す。

 余裕で追いついたアルバートに腕を掴まれそうになった時、空から弾丸のように鳥が飛んできて、アルバート王子の顔を掠めた。偶然通り過ぎたかに見えた鳥が、急ターンしてまた王子を狙う。

 お師匠さまのスパイ鳥だ!
 王子が防御するために腕を上げた隙に、マリルはまた走り出す。その背中に王子が低い声で告げた。

「王女の死について語るなと何度言えばわかる? 今度お前がそれを言うときには、エリザ王女の命は無いと思え」

 思わず振り向いたマリルだが、王子はマリルを追うこともなく、仁王立ちしたままで分かったか? と訊ねる。
 エリザ王女の命に関わるとあっては頷かないわけにはいかない。マリルがこくりと首を縦に振ると、アルバート王子はマリルに一切興味を無くしたように、踵を返して歩き出した。

 エリザ王女に良い情報を持って帰ってあげたかったのに、結局はアルバート王子を挑発するだけで何の収穫も得られなかった。
 それどころか、斜め上をいく王子の行動に翻弄されて苛ついたり、あまりにも厚顔無恥な言葉を吐くアルバート王子が許せなくて、どうして王女を殺したのかと詰ってしまった。

 犯人に対して、お前がしたことを知っているぞということが、どんなに危険なのか言われなくたって分かる。口封じをされるかもしれない。
 マリルはしょんぼりと肩を落とした。

 すると頭に何かコツンと当たり、弾かれたものが足元を転がっていく。何かの実のようだ。また一つ実が落ちてきて頭にこつんと当たったのが、小突かれたように感じる。空を仰いでみるとあお、先ほどの鳥が飛んでいった。

―――はいはい。お師匠様、分かってますよ。私の目的はアルバ―ト王子に怒りをぶつけることじゃなくて、ルーカス大魔導師が今回の事件に関わったという証拠を見つけることなんだって―――
 アルバート王子を目の前にすると、憎らしくて堪らなくなるのを、まずは何とか抑えなければならないだろう。アルバート王子に目をつけられてしまったのだから、慎重に事件の証拠を探さなければ。
 マリルは詰めていた息を吐き出し、大きく息を吸うと、頑張ろうと気合を入れて正門へ向かって歩き出した。

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