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願いを叶える石

ペットサロン「王様の耳」へようこそ!

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 簡単な夕食を済ませた尚季は、さっとシャワーを浴びて、早々に2階の部屋へと引き上げた。

 ベッドに寝っ転がりながら、ツバメのくれた青黒い石を指でつまんで、電灯に翳してみる。黒いのに青光りする石は、まるでちびすけの身体のようで、尚季は掌で鳴いていたヒナを思い出して切なくなった。

 そっと石をなでると、やはり錯覚ではなく、石が中から光っているように見える。

「不思議な石だな。もしも願いが叶うというなら、ちびすけの言葉を理解したかったなぁ。お前の親の説明も分からなかったし。そうだ、俺の苗字も兎耳山っていうぐらいだからさ、動物の声が理解できる耳があれば、獣医として最高かもしれない」

 そう思った時、ふと尚季は瑞希の部屋にあったBLの表紙を思い出した。

頭の上にケモミミがついた爆笑本だ。俺の場合は名前からいくと、ウサギの耳だったりして・・・・・・。

 想像したら、おかしくて笑いが止まらなくなった。確かに草食系の俺にはぴったりかもしれないけど、実際そうなったら気持ち悪いだろうと、ありえない設定にまた笑いが止まらなくなる。

「ヒャッヒャッ、ハハハハハ・・・・・・」

 ひとしきり笑うと、脱力して何だか眠くなった。

 心地良い眠りの中に大草原が浮かび上がり、うさ耳をつけた尚季が、ぴょんぴょんと跳ぶように走って来て、辺りをきょろきょろと見回している。

 くりっとした目のかわいい顔にうさ耳は似合っていて、なかなかいけるかもしれないと、寝ながら尚季はにんまりと笑った。

 浮遊しているような気持ちの良い眠りをむさぼっている尚季の耳に、不思議な音が八方から響き、やがてそれはまとまって声になった。

「ツバメのヒナの命が宿った石に、かけた願いを聞き届けました」

 眠たいのに、眠っちゃいけないと何かが警告をする。何だかとんでもないことが起こりそうな嫌な予感に、尚季はくっついている瞼を引き剥がして目を開けた。

 外はもう真っ暗になっていて、眠る時に電気を消さなかった部屋の様子が窓ガラスに映っている。

 さっき聞こえた声は、窓の外から聞こえたのだろうかと、窓の外を覗き込んだ途端に、尚季はギャーッと悲鳴を上げた。

「みみ~~~っ! う・うさぎの耳が生えてる!! 」

 窓ガラスに映っているのは、BLの表紙も真っ青のうさぎの耳を生やした尚季の姿だった。

 尚季はベッドの中にもぐりこみ、ぎゅっと目をつむって、今見たことを無かったことにしようとした。

 目をつぶると、窓に映った耳を思い出す。ぴくぴくと辺りを探るように動いていて、それを認めた尚季が悲鳴を上げた瞬間に、ピーンと真っすぐに突っ立ったのが、脳内に鮮やかによみがえる。

 頭にやりかけた手をぎゅっと握り締めて耐える。もし、触ってもふもふがあったなら、夢にすることができず、朝起きた時に、鏡で恐怖の対面をすることになるからだ。

「寝よう! そうだ、寝るに限る」

 何度も寝返りを打つうちに、尚季は再び深い眠りに引き込まれていったのだった。

 すっきりしない朝がやってきた。何だかとっても嫌な夢を見た気がする。

 尚季が布団の中でもぞもぞと寝返りをうった時、手に硬いものがあたったので、何だろうとそれを握って、目ので開いてみた。

「石!? そうだ、ツバメにもらったあの石だ! あれっ、ひびが入ってる」

 昨日は中から光っていたのに、ひびが入ってしまったせいか、手の上に載った石は輝きを失ってただの普通の石ころに見える。

 石にひびを入れるようなことをしたのだろうかと考えた時、窓ガラスに映った驚異の映像が蘇り、尚季は洗面所に走っていった。

「み、耳~~~~っ!! まじでうさ耳がついてる!! どうすんだこれ? 」

 鏡を見た瞬間にピンと立った耳が、今は困り顔の尚季の頭上で垂れている。

 ひょっとして外れないかと、両手で引っ張ってみたが、外れるどころか、何か気持ちいいかもと、全体を揉んだり撫でたり、引っ張ったりしているうちに、うっとり顔の自分と鏡越しに目があい、尚季はぶるぶると首を振った。

「いかん! これをどうにかしないと。帽子で隠すか? にしても、どうやればいいんだろう? 」

 幸いにも、人間の耳はついているので、うさ耳は一つに束ねて隠せばいいと、顔を洗うときのヘアーバンドで、ポニーテールのように束ねてみる

「ヒャハッ。ハハッ。うさ耳テールだ! 」

 笑っている場合じゃないのは分かるが、とにかくあのツバメの親子を探して、うさ耳を取る方法を聞かなくてはいけない。それには外出するための工作が必要だ。

 顔を洗って、トーストをかじり、シャツとカーゴパンツに着替えた尚季は、仕上げに中折れハットをかぶって、うさ耳をその中にぐいぐいと押し込んだ。

 完璧! と鏡を見て満足すると、車庫の自転車にまたがってペダルをこぐ。

 普通なら風で飛んでいきそうな帽子も、うさ耳が引っかかっているのか、ずれもしない。

 まだ8月下旬だから日本にいるのではないかと思って、必死であちこちを探し、高台に自転車を止めて見回してみるが、集団で移動してしまったのか、一羽の姿も見られなかった。

 額の汗をハンカチで拭い、上ってきた丘陵地帯で休めるところはないかと思った時、ふとこんもりと茂る林に囲まれた神社が目に入る。

 ひょっとして神社の神様に願ったら、うさ耳は無くなるだろうかと考えて、尚季は自転車を鳥居の外に停めると鍵をかけ、境内に足を踏み入れた。

「あれっ? 兎耳山君? 兎耳山尚季君じゃないですか? 」

 神社の建物の影から自分の名前を呼ばれて振り向くと、高校時代にクラスメイトだった神谷玲香が立っていた。

 玲香は色白で目・鼻・口それぞれのパーツは小さいが、全体としてみると整っていて、日本人形のような地味系美人だ。

 何でも、霊感があるとかないとかで、クラスメイトが困った時に相談に乗り、大人しいけれど、尊敬され、一目置かれている恩なの子だった。

「ああ、久しぶり! そういえば、神谷さんの実家って神社だったな」

 高校の時は、挨拶だけで話すことも無かったけれど、噂で厄除け祈願で有名な神社の娘だということは聞いていた。自分の家から割と近かったんだなと尚季は思った。

「兎耳山君は、お家の動物病院ついだの? 」

「ん~。ちょっと訳ありで休職中。何か新しいこと始めたいなと思ってさ」

「そう。あれっ? 兎耳山君、肩に・・・・・・」

 玲香が眉をひそめて近づいてくるので、尚季は何かゴミでもついているのだろうかと肩を見てみたが、シャツの生地が見えるだけで、汚れさえもない。

 

「ぼんやりとした小さな黒いものが見えるんだけど、何かしら? 私は神社でお祓いもやっているんだけど、気を感じるだけで姿は見えたことないの。兎耳山君、最近見の周りで、何か変わったことが無かっった? 」

 小さな黒いものと聞いて、あちゃっと尚季は片手で顔を覆った。

 あいつだ! ちびすけに違いない! ちびすけそこにいるのか? と

もう1度目をこらしても、尚季には何も見えないので、玲香にツバメのヒナかと尋ねてみる。

「そう、そんな感じ。ツバメだわ! あっ、何だかはっきり見えてきた。悪い霊では無さそうだけど、かなり強力に尚季君にくっついてるみたい」

 玲香が手を尚季の肩の方に出すと、玲香の視線が何かを追いかけるように、肩から頭に移動する。帽子のてっぺんに向けて玲香の手が伸びた時に、尚季は思わず頭を逸らして、その手を避けてしまった。

 尚季は何だかバツが悪くなって、ここ数週間のできごとを、うさ耳の話を抜いて一気に語ったが、玲香は職業がら、そんな話は聞きなれているのか、バカにすることもなく、真剣に聞いていた。

「それで? その不思議な石に何か願いをかけたの? 」

「うん、それが、かけたようなかけないような・・・・・・」

「何それ? 自分の願いでしょ? 石に向かってお願いしたかどうか分からないの? 」

 どこまで話したらいいんだろう? 全部話して、この耳を見せたら、何か良い案を出してくれるだろうか? それとも悲鳴をあげて神社の中に逃げていくだろうか? 噂になったらどうしよう? ぐるぐる回ってしまう思考をどこでぶった切ったらいいかも分からず、一か八かで口を開いた。

「あのさ、特別に願いなんか無かったから、ちびすけの話や親鳥の石の説明の内容が分かれば良かったなと石を眺めながら言ったんだ。それで、ちょっと覗いた瑞希のBL本の表紙のケモミミを思い出してしまって・・・・・・」

「それで? お姉さんの本を覗くなんて最低だけど、ちびちゃんや親鳥の話が聞きたかったなんてかわいい願いね。でも、それって、過去への願いだから、実現できるかどうかなんて証明できないじゃない」

 

「うん。それがさ・・・・・・くっそ~。うじゃうじゃするなんて、俺の柄じゃない。ちょっと、これ、見てくれ! 」

  中折れ帽子を勢いよく頭から取り去ると、一つにまとめた長い耳が逆立ちした足みたいに、真ん中で左右に折れ曲がった。

 玲香は、あまりにも衝撃的なものを目にして、目も、鼻の孔も、口も大きく開いて、身体も硬直している。

 ようやくパクパク開いた口と、尚季の頭上を刺した指はぷるぷる震えていた。

「う、うさ耳! つけ耳じゃないよね? 」

「偽ものがこんなに動くかよ。多分、表紙のケモミミを思い出した時に、俺の場合は苗字から言ったら、うさ耳だなってイメージしたのがいけなかったんだよな。朝起きたら、生えてたんだよ」

「手品で帽子をとると、鳩やうさぎが出るのは見たことあるけれど、頭にうさぎの耳ってシュールね。でも、兎耳山君かわいい顔してるから、似合ってるかも」

 くすくすと笑い出した玲香を後目にみて、尚季は帽子をかぶろうとした。

 丁度その時、神社に参拝に来た老婦人が、玲香の姿を目に留めて近づいてくる。尚季は焦ってうさ耳を帽子にしまったが、見られたと思うと顔から血の気が引いた。

「あら、玲香ちゃん。こんにちは。水菓子をもってきたのだけれど、お父さんはいる? 」

「あ、斎藤さん。いつもすみません。父は自宅におりますので、どうぞ中へお入り下さい」

「ありがとう。そちらのかわいらしい男の子は、玲香ちゃんの彼かしら? 」

 

 見てなかった? 尚季と玲香は目で言葉を交わし、胸を撫でおろした。

「いえ、神谷玲香さんとは、高校の同級生で、今日は何年かぶりに顔を合わせたんです」

「そうなの。美形どうしで二人ともお似合いだから、てっきり恋人かと思ってしまったわ。じゃあ、再会を邪魔しちゃ悪いから行くわね」

 そういうと、斎藤さんは水菓子の入った風呂敷を持って、社務所の先にある家へと歩いて行った。

「どういうことだ? あのおばあさん、俺が帽子をかぶるのを確かに見ていたよな? この耳が見えなかったってことか? 」

「分からないわ。試すにしても、信頼のおける人の前で帽子を脱がないと、大変なことになるから、お姉さんに見てもらう? 」

 それが一番いいかもと納得しかけたが、もし瑞希にこの耳が見えたとして、理由をどう説明したらいいのだろう? 

 現実的な俺が、いきなり兎の耳が生えた自分を想像して、願いが叶う石に、それが願い事だと勘違いされたなんて説明は信じてもらえないだろう。だが、瑞希のBL本を読んだことは絶対に秘密にしたい。でなきゃどんな仕返しを食らうかしれない。

「う~ん。こうなった理由を説明できないから、パス! 」

「自業自得にしても、これはちょっとやっかいよね。そうだ! 私の父に見てもらうのはどう? 誰にも言わないように私が説得するから・・・・・・」

「そうだな。お祓いで有名な神社の宮司さんだったら、奇々怪々なことも見慣れているかもしれないな。よし、行こう。俺の耳を見てもらおう! 」

 あっ、ちょっと待ってという玲香の言葉も耳に入らず、今実行しなければ、もう二度と勇気がでないんじゃないかと腹をくくって、尚季は玲香の住まいへと突進していった。

  社務所の前を通って奥に行くと、戸建ての縁側で水菓子を食べながらお茶を飲んでいる斎藤さんと、この神社の宮司で、玲香の父の神谷時守がいた。

 決死の覚悟を決めてずんずんと近づいてくる尚季に先に気が付いたのは、斎藤さんで、宮司に玲香ちゃんのお友達と耳打ちをしている。

 尚季は礼儀正しく帽子をとって、頭を下げて挨拶をすると、宮司が飲んでいたお茶を吹き出して、湯飲みが手から滑り落ち、膝を転がって縁側に落ちた。

 

「まぁ、神谷さんったら、玲香ちゃんのお友達だって言ったでしょ。プロポーズしに来たわけじゃないんですから、そんなに慌てなくても・・・・・・」

 斎藤さんが、ハンカチを取り出して宮司の着物をぬぐっているのを見て、尚季は、斎藤さんにはこのうさぎの耳が見えていないことを確信した。

 追いついて一部始終を目撃した玲香も状況を判断すると、尚季の頭を指さして父がパクパクと口を開けて何かを言いかけたのを、自分の唇に人差し指をあて静かにするようにと合図を送る。

「お父さん、こちら高校の同級生の兎耳山尚季くん。兎耳山動物病院の先生の弟さんなの。ちょっと訳ありで相談にのるから、あとでアドバイスちょうだいね。斎藤さん、ごゆっくりしていってくださいね」

 玲香と一緒に頭をぴょこっと下げると、一つに束ねたうさ耳がぶんと前に倒れる。そして袖を引っ張られるままに、誰もいない社務所に連行された。

 社務所に入って扉を閉めた途端に、玲香が興奮気味に見た?と聞いて来る。尚季もブンブン頷いて、それと一緒にうさ耳も揺れた。

「斎藤さんには見えなかったのに、どうして玲香のお父さんには見えたんだ?  」

「分からないわ。ひょっとして私たちはお祓いを生業にしているからかしら? 」

「だとしたら、一般人には見えないってことか? あっ、でも、俺も霊を祓う力なんて持っていないから一般人の部類だよな。なんでだ? 」

 社務所の洗面所に備え付けられた鏡の前に行って、尚季はうさ耳をじっくり観察する。ゴムで縛ってあるけれど、これってうっ血しないのかなと心配になり、ゴムを外した。自由になって二つに分かれた耳がプルプルと振るってから、片方がパタンと中折れした。

「ぷぷっ。かわいい! 兎耳山君にその耳がついていたって、誰も怖がらないし、見慣れると元からあったみたいにしっくりしてる。隠さなくてもいいんじゃない? 」

「他人事だと思ってバカを言うなよ! こんなものつけて外を歩いて、もし変な奴に見つかったら、どんなことを言われるか分かったもんじゃない。動物病院で変死した動物の祟りだとか言われて噂が広まったら、両親の後を継いで立派に家業を切り盛りしている瑞希に、迷惑がかかってしまうんだ」

「そっか。ごめん。私が悪かった。それなら、ちびちゃんにどうやったら兎の耳が無くなるか聞いて見たら? 」

 そうれもそうだと鏡を見つめるが、玲香には見えるちびすけが、尚季には見えない。瞬きもせず、じっと目を凝らしているうちに、目が痛くなってしまった。

 そうなると恨み言の一つや二つも言いたくなる。恩返しどころか、恩を仇で返してどうするんだと思いかけて、そういえばこの耳をイメージしたのは自分だったと項垂れる。

「お~い、ちびすけ。姿を見せてくれ。お前と話がしたいんだ。本当にお前ともう一度会って、声を聞きたいんだ。頼むから出てきてくれよ~」

 鏡に向かって呼びかけるが、見えるのは情けない顔で口を動かしている尚季の姿だけだった。

 姿が見えないちびすけの生前の姿が蘇り、軍手の指に頭をすりつけて甘えていた様子に懐かしさが募った。

 猫からちびすけを助けたと思って、いい気になっていたのは自分だけで、ちびすけが嬉し気に鳴くのを、勝手に感謝しているんだと解釈したのは間違っていたのかもしれない。

 そうでなければ、とっくに自分の前に姿を見せてくれてもいいはずだ。

 本当はちびすけがどんな気持ちで軍手の上から尚季を見上げ、かわいい声で鳴いたのかを知りたいと思った。

「お前の鳴き声の意味が理解出ればよかったな。本当にちびすけに会いたいよ」

 がっくりと肩を落とし、俯いた尚季の視線の端に、何か黒いものが横切るのが見えた。反射で顔を上げて上腕を見ると、懐かしいちびすけが羽を広げ、ちょんと肩に飛び乗るところだった。

「ちびすけ! ちびすけが見える! 」

 目が合うと、ちびすけは肩の上でちょこんと頭を下げ、広げた羽で尚季の頬をなでなでとした。

「なおたん、ぼくに会いたい。本気で思ってくれてうれしいキュルル」

「えええっ!? ちびすけがしゃべった! 」

「なおたんが僕の声聞きたい、本気で思ったキュル。僕もなおたんともう一度会えてうれしいキュルル。それに、なおたん、前に僕の羽治したい言ったから、僕の羽きれいになったキュルル ありがとう。なおたん」

 ちびすけは羽をバタバタとはためかせると、ちびすけを見るために首を横に向けている尚季にぴょぴょんと横跳びをして近づき、唇をチュンとくちばしでつついた。

「うをぉ~~~っ。ラブリー! お前は何てかわいいんだ! もういい。何でも許す。うさ耳もオッケー! 」

 頬をちびすけの身体ですりすりされて、尚季がうひょひょと喜んでいる姿に、玲香が冷たい視線を送る。

「本当にいいの? ずっとうさ耳が生えてても? 王様の耳はロバの耳じゃなくて、うさぎの耳って噂されるわよ。今は穴に向かって言うんじゃなくて、みんなSNSで呟いて、あっと言う間に拡散するんだから」

「ううっ。それは困る。ちびすけ、この耳何とかならないか?」

「うさ耳あきたキュル? 犬耳のほうがいいでキュル?」

「違~う! 人間に動物の耳が生えていることがやばいんだ。これ取れないか? 」

「なおたん言いました。ぼくの声聞きたい。ぼくのパパとママの話わかりたいって。パパとママはもう旅立ったので声聞けません。代わりに、なおたんが動物の声いっぱい聞いてまんぞくしたら、うさ耳なくなるかも・・・・・・」

「ほんとか? よしっ! 動物の声を聞きまくるぞ。あっ、そうだ。この耳が見える奴と見えない奴がいるのはどうしてだ?」

「魂分かる人に、見えるキュル。うさ耳はぼくの魂のかけらで作ったキュルル。なおたんのねがいかなえる。よろこぶとぼくうれしいキュル」

 ちびすけがあまりにもかわいいことを言うので、今度は尚季の方から頬をちびすけの頭にすりつけにいく。その様子を黙って見ていた玲香が堪らずに、自分もすりすりしたいと手を伸ばし、ちびすけと尚季の間に指を差しこもうとした。

 すると、ちびすけはその指を飛び越えて、尚季の人間の耳に足をかけ、もう一段ジャンプして、うさ耳のくぼみに身体を寄せる。玲香が何で私に触らせてくれないの~と口を尖らせた。

「なおたん、この女の子魂見えるキュル。ぼくの声も聞こえるか聞いて欲しいキュル」

「ちびちゃん。こんにちは。私玲香よ。ちびちゃんの姿は兎耳山君がちびちゃんを認識してから、私にもすごく鮮明に見えるようになったの。声は直接聞こえるんじゃなくて、頭の中にダイレクトに伝わるって感じかな」

「れいかたんから、力感じるキュル。ぼくをまだなおたんから離さないで」

「分かった。ちびちゃんは、なおたんが願いをかけて手に入れた耳を使って、満足するところをみたいんだね? 」

 そう! とちびすけがうさ耳にくるまれて頷くのを鏡で見ると、ちびすけの気持ちを汲んで喜ばせてやりたいなと尚季は思った。でも、それは置いといて、尚季は玲香がさらりと言ってのけた呼び名に文句をつける

「なおたんって、ちびすけが舌足らずに呼ぶのはかわいいけれど、しゃきりした神谷さんが言うのは似合わないし、気色悪いからやめてくれな」

「ひど~い。ひょっとしてロリコン? じゃあ、尚季くんって呼ぶならいいんでしょ? 」

 ちびすけは、尚季の頭に向かって差し出された玲香の手を、前のめりになって覗き込んだが、決心がつかないのか、耳と耳の間をテケテケと歩く。

 そして、思い切ったように、玲香の手に飛び乗った。

「きゃ~~~っ!かわいい~~~っ。うちの子にしたい」

 玲香がちびすけを手に載せたまま、社務所の中を歩き出すと、尚季の耳が引っ張られてバランスを崩し、歌舞伎役者の六法のように、片脚けんけんで玲香のあとを追っていく。

「何やってるの?」

 玲香が立ち止まって、胡散臭そうな目で尚季を見ると、尚季がうさ耳を抑えて不機嫌そうな顔で、ちびすけに聞いてくれと言い返した。

 ちびすけは玲香の手から尚季の頭へと飛んでいき、またうさ耳に包まった。どうやらそこがお気に入りの場所になったらしい。

「このうさ耳は僕の魂のかけらなの。僕動く、うさ耳ついてキュル」

 なるほどね~と尚季は感心しかけて、感心している場合ではないと気が付いた。 
 霊感が強い者がみたら、ちびすけもうさ耳も見えてしまうことになるから、いつも帽子で隠していなければならない。帽子をかぶって映画館やライブなどに行けば、邪魔だからと注意されるだろうから、行くこともできない。
 つまり公共の場所に出るには常に注意が必要になるのだ。

「なぁ、ちびすけ、さっき言ったよな。沢山動物の声を聞いて、俺が満足したら耳が消えるかもしれないって・・・・・・」

「言ったキュル」

「だったらさ、動物病院は飼い主を相手にしないといけないから無理でも、ペットを預かるペットサロンにすれば、他人と接するのを最低限に抑えられるし、生活費も稼げるよな」 

 玲香が拍手をして、尚季の意見をいい案だと褒めたので、単純な尚季はこの耳も役に立つじゃないかと前向きになる。

「よしっ!決めた。瑞希にペットサロンを開くと伝えるよ。上手くいけば動物病院に来るペットを紹介してもらえるだろう。おっしゃっ!やる気でた~~~! 」

一人ではしゃぐ尚季の頭上から、ちびすけが大丈夫かなと首を傾げて玲香を見ると、玲香も反対方向に首を傾げ、能天気すぎるよねと心の中で呟いた。

声にださずとも届いたようで、ちびすけは大きくブンブンと頷いた。そんな二人に気付きもせず、善は急げとばかりに、尚季は玲香に別れを告げ、ログハウスへと自転車をこいだのだった。



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