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過去の棘

ビビッドな愛をくれ

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 優吾からオーウェンを引き剥がしたリアムが、オーウェンと大声で何か言い合いを始めたが、優吾はショックのあまり、その内容がさっぱり頭に入ってこない。
 嘘つきってどういうことだ?
 俺がRaging Dark Angelを仕事として歌うだって? 一体何の冗談だ? そんなこと一言だって聞いてないのに、オーウェンに打たれるっておかしくないか?
 疑問だけが次々と湧いてくる。

『Raging Dark Angelのアレンジ曲はどこにあるんだ? あの曲は僕のために書いた曲だろ。個人に曲を贈るのは僕だけだって約束したのに。僕はもう用済みか? ライブであんな程度にしか歌えないこいつに、リアムの曲をやるっていうのかよ? 楽譜を見せろよ。僕の方が上手いって証明してやる」

 息巻くオーウェンを止めようとしたリアムの手を振り払い、オーウェンが部屋を飛び出して、廊下を突進していく。
 オーウェンのためにリアムが書いた曲と聞いてショックを受けた優吾だが、ヒートアップしているオーウェンから楽譜を守るのが先決だ。オーウェンを追いかけるリアムの後に続いて、優吾も走りだした。

 廊下の先には、リアムの仕事場でもあり、優吾にレッスンを授ける防音室がある。リアムが追いつくより先に、オーウェンがドアを開けて楽譜を見つけた。
 両手で楽譜の端をぎゅっと握って目を通すオーウェンの姿は鬼気迫るものがあり、リアムも優吾も取り返すのが憚られ、二人並んだままじっと見守ることしかできなかった。

『すごい曲だ! テーマは同じだけれど、曲調もイメージも生まれ変わってる。素晴らしいアレンジだ。七年前はもっとエキセントリックで尖った曲だったよね。あれも素晴らしかったけれど、こっちの方が起伏に富んでいて、聞く側に強いインパクトを与えそうだ』

 ランランと目を輝かせて一気に感想を捲し立てたオーウェンは、優吾を見た途端に苦し気な表情を浮かべた。

『こんな、こんな素晴らしい曲をこいつにやるのか? 僕がちょっと調子が悪くなったからって、完全に見捨てる気なのか?』

『オーウェン。お前を見捨てたんじゃない。俺はあの頃、作詞作曲の才能を評価されていい気になっていた。誰も真似できない歌を作るのに必死で、お前の喉にどれだけ負担をかけているのか気づいてやれなかった。いや、どこかで危ないと思いながら、世界一有名なバンドになる夢と野望に憑りつかれて、見て見ぬふりをしたんだ。俺と組んでいる限りお前は無茶をし続ける。知っていながら俺は……』

『リアムのせいじゃないって言ったろ。アルバムの新曲発表を兼ねたライブで歌い損ねたのは、本当に悪かったと思ってる。もうすっかり良くなったんだ。イギリスでもバンドを組んで歌ってる。結構人気があるんだよ』

『知っているよ。お前の活動はずっとチェックしているから』

『だったら、お願いだ。僕にもう一度チャンスをくれよ。あの店のステージでユーゴと対決させて欲しい。拍手の多い方にこの曲を歌う権利を与えてくれ。頼むよ』

 リアムは何も言わずに俯いたままだ。
 オーウェンがいきなり優吾の方に身体の向きを変えたため、優吾はまた殴られるのかと思って、咄嗟に身構えた。

『さっきは暴力を振るって悪かった。今更こんなことをお願いしても聞いてもらえないかもしれないけれど、この曲は僕が歌うはずだったんだ。ユーゴと僕のどちらがRaging Dark Angelを歌うのに相応しいのかを、第三者に判断してもらうチャンスをくれないだろうか?』

 勝手だと優吾は言ってやりたかった。
 Raging Dark Angelは自分の曲だとオーウェンは言うが、聞いた限りでは、七年前は今の曲とはイメージも曲調もぜんぜん違っていたという。例えタイトルが同じで、曲の根底にある話が同じだとしても、全く違う違うものに作り変えられこの曲は、もうオーウェンのものじゃない。むしろ、優吾の声に合わせて編曲されたのだから、優吾の方が自分の曲だと主張できるはずだ。

 しかもオーウェンは、アルバム発表に先駆けて行われた宣伝のライブで、新曲を歌い損ねたのだ。七年前と言えば、優吾は中学校二年生の十四歳で、高校に入る頃にはunknown(アンノウン) territory(テリトリー)の名前は聞かなくなっていた。
 新曲ライブの失敗の頃からバンドの露出が減って、人気が下火になっていったのだろうことは想像に難くない。オーウェンは、リアムの顔もチャンスも潰したのだ。

『今更のこのこやってきて、歌う権利があると言われても、はいそうですかと言えないよ。六年間も何してたんだ?』

『会おうとしても、リアムが避けていたんだ。スマホの番号もSNSのアカウントも変えてしまったし、リアムのオフィスに連絡しても返事をくれなかったよ。僕もバンドが解散した責任を感じていたから、アメリカにまで押し掛ける勇気を持てなかった。去年アンチーブに遊びに行った奴から、リアムがライブに出た話を聞いて、今年こそは話をしようと思って、あの日エトワールに行ったんだ』

『ああ、それを俺に邪魔されたから、あんなに睨んでいたんだな。それならどうしてライブが終わるまで待っていなかった?』

『僕を誰だと思っているんだ? 髪をスプレーで染めて変装していかなければ、覚えている奴らがネットにあげて大騒ぎになったはずだ。気軽に会えるユーゴとは違う。君が注目を集めなかったら、ライブが終わってから、リアムにコンタクトを取るつもりだった。だけどリアムがユーゴを歌わせて、終わるまで待てと言っただろ。それで諦めたんだ』

 元は有名ボーカルだったというプライドを捨てられずにいるのか、オーウェンのことは最初に会った時から態度がでかくていけ好かない奴だと思っていた。
 はっきり言って、優吾はオーウェンが苦手だ。、あれだけ食ってかかっておいて、ビンタも食らわせておきながら、お願いするときだけ言葉遣いを改められても、ちっとも心に響かない。

『オーウェンは、俺の歌のレベルがどうとか言ったけれど、この十日間はベッドの上だけで発声してたわけじゃないから』

 オーウェンが優吾の歌のレベルを酷評したことと、色仕掛けと言ったことをかけて辛辣に言い返してやる。一瞬動揺したオーウェンを見られて、ちょっとすっきりした気分だ。
 どうせ酷い言葉が返ってくるだろうと思い、優吾が負けないという意志を込めて睨みを利かせると、驚いたことにオーウェンは頭を下げた。

『頼む。君が歌い手なら、活動の場を失って歌えなくなった時の辛さを想像できるはずだ。まだ無名の君が勝負に負けたところで、何の傷もつくことはない。それに、君にはリアムがついているんだから、次があるじゃないか。でも、僕は……リアムの期待を裏切った上に、一番欲しかった愛情も得られなかった。せめて歌で繋がっていたかったけれど、一度頂上から落ちたものが這い上がるには、以前のレベルより上の力を示せなければ葬られる。この曲ならできる。頼む。僕にチャンスを与えてくれ』
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