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翼を狩る者

翼を狩る者と運命の乙女

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 午後三時の夏の日差しにアイスブルーの目を細めながら、カミーユは延々と続くかに見えるような松林を右手に、白波が打ち寄せる砂浜を左手に見ながら歩いていた。

「俺たちの目に、日本の日差しは眩しすぎるな」

「ああ、気温もかなり高くて蒸し暑い。いるかいないか分からない相手をあちこち探して、もうくたくただ。できるなら翼の乙女探しから離脱したいよ」

 海風になびく髪が邪魔になり、レオが額にかかった金髪をかきあげて、ハシバミ色の瞳を従弟のカミーユに向ける。その途端、「銀色の刃(やいば)」と言われるカミーユの怜悧なアイスブルーの瞳に射すくめられた。
 にこりと笑ったところを、ついぞ見かけたことが無いと言われるほど冷たく整った顔と、銀色の髪も「銀色の刃」と呼ばれる所以だが、カミーユが冷めた性格になるのも仕方がないと、状況を知っている者は思うだろう。

 カミーユは現在二十五歳で、現王アーサーと翼の乙女との間に生まれた婚外子だが、不出来な第一子を悲観した王により、第二王子として認められ、王位継承権を持っている。
 カミーユよりも二年早く生まれた腹違いの兄コナーは、現王と王妃の間に生まれた正統な後継者にも関わらず、自分の立場を考えるどころか欲望のままに行動し、借金やら事件やらを次から次へと山のようにこさえて、周囲のひんしゅくを買っている。
 コナーが事件を起こす度に、その後始末をするように王から命じられたカミーユは、今まで散々嫌な目にあってきた。要らぬことに巻き込まれ、命を狙われたことも一度や二度ではない。
 それでもカミーユが平然として公務にあたってこられたのは、一歳年上の従兄のレオが傍でサポートしてくれるからだ。

 王弟の第一子であるレオも、四番目の王位継承権を持っているので、二人は年が近いこともあり、公私において自然と一緒に行動するようになった。
 ただ、同じ王位継承権を持つと言っても、婚外子であるカミーユは、コナーや王妃とその関連者からは存在を目の敵にされ、国の利益に努めようとする傍から邪魔をされるので、業績をあげるにも、相当な尽力をしなければならない。
 こんなにも拗れたのは、ひとえにもアーサー王の若気の至りにつきるのだが‥‥‥

 約二十八年前、翼の乙女がいない年は、災害に見舞われるという言い伝えを軽んじていたアーサー王は、侯爵の娘の美しいシェスティンの思わせぶりな態度にひかれて手を出した。
 シェスティンが妊娠したことで、アーサー王は彼女を妃に迎えたが、美人でも性格に難があることや、侯爵家が当主の賭け事の借金で傾きかけていたことを後から知ることになる。

 人の口に戸は立てられず、巷では、生家を盛り立てるためにシェスティンがアーサー王をはめたのではないかという噂が流れた。
 噂を払拭するためもあり、豪華絢爛な婚儀が行われたが、祝いムードも冷めやらないうちに、天災が国を襲い、大臣たちの意見もあって、急遽翼の乙女探しが始まった。
 既に身ごもっていたシェスティン王妃は反対したが、天災が次から次へと起こり、国民の受ける被害が大きくなっったために賛成せざるを得なくなる。

 王も翼の乙女の存在が与える影響を信じるしかなくなり、王家に登録済みの翼の乙女の家系に使者が送られた。
使者が捧げ持つ絹の布に包まれたアーサーの髪に、触れた乙女の一人が反応して、宮殿に連れて行かれ、アーサーとの接触を試みたところ、アーサーの名前の由来である熊の一部が浮き出した。
 翼の乙女が宮殿に召し上げられた途端、天災はぴたりと止み、翼の乙女は国を守るという謂れが証明されたわけだが、妊娠中の妃よりも、王は美しい翼の乙女レーナに惹かれてしまい、その結果カミーユが生まれることになった。

「これ以上王家の勝手を押し付けられるのは、俺だってごめんだ。できれば自由になりたい。だけど愚兄のコナーが、先に翼の乙女を見つけて王位を継げば、国をめちゃくちゃにするのは目に見えている。国民のためにも、レオか俺が継がなければ」

「王家に登録してある翼の乙女に反応があったら、苦労はなかったのにな。しかも、コナーがまた問題を起こして、後始末に二カ月もかかるとは……」

「多分、わざとだ。王が王位継承権の順位を無視して、翼の乙女を見つけたものに王位を継がせると公言したから、俺を足止めしようとして、シェスティン王妃と一緒に計画したのだろう。処理を手伝わせて悪かった」

 とんでもないと、レオが首をふる。めったに変わらないカミーユの口元がわずかに上がって、笑んだように見えた。

「俺はレオに王位を継いで欲しい。お前は明るいし、女にも好かれる。もし、ここで翼の乙女が見つかれば、家族と引き離して、遠い俺たちの国へ連れていかなければならない。不愛想な俺が相手では、異国で孤独を持て余すだけだろう」

「こればっかりは、どうなるか分からない。今までコナーが継ぐとばかり思っていたから考えなかったが、カミーユのソウルスタンプ(魂の刻印)は何だ?俺のは名前の通りライオンで、コナーの名は(狼好き)の意味を持つから狼だろうけど……」

「さぁな。どうせコナーに王位を継がせるつもりで、俺にはソウルスタンプを生み出せない名前を選んだんだろう」

「いや、絶対に何かあるはずだ。王族の名前を決める第一条件は、動物由来の名前なんだから」

「翼の乙女も、何だか分からない紋を刻むより、ライオンが表れた方が喜ぶだろう。それより、あの辺りに伝説の羽衣の松があったんじゃないか?」

 駅で手に入れた簡易マップを確認したカミーユが、前方を指した。
 木の枠で囲まれた敷地に樹齢二百年ほどの巨大な黒松が生えている。大きく広げた枝は、幹を囲った枠からはみ出して地面へと重みで垂れさがり、折れないように杭に支えられている。それを支点にして、また上を向いて伸びている様子が松の生命力を現していた。
 カミーユの指した松を認めて、レオが大きいなと感嘆の声をあげる。

「事前に調べたんだが、確か今の羽衣の松は三代目らしい。カミーユが世界遺産の記事をチェックしていなかったら、ここに来ることはなかっただろうな」

「ああ、翼の乙女に関する遺跡が無いか調べていて、偶然目に留まったんだ。ただ、今までのように無駄足に終わる可能性もある。あまり期待はしない方がいいかもしれ‥‥‥ん?あれは何だ?」

 レオがどうしたと問いかけるのを聞かず、カミーユが砂浜を走り出す。慌ててレオが後を追った。

「レオ、地面に垂れ下がった松の枝に、何かいる!」

 近くへ寄ってみると、海風にそよぐ松の枝の木漏れ日を浴びて、真っ白な羽のようなものが、金色や銀色に変化しながら波打っていた。

「何て美しい!羽衣の演出なのか?」

 普段のカミーユは、いつも自分を律していて感情に左右されることはない。だが、たった今、石のような自分の心が、感動に打ち震えるのを感じていた。
 横を見ると、レオも目を見開き、この世のものとは思えない幻想的な光景に息を飲んでいる。

「日本は安全な国とは聞いているが、こんな美しいものを、囲いから出た枝にかけておいて盗まれたりしないんだろうか?なぁ、カミーユ、これに触れても大丈夫だと思うか?」

「分からん。こんな無防備にひっかけてあるのを見ると、触れれば作動する防犯装置があるんじゃないか?」

 警戒心はあるものの、その羽に触れたいのはカミーユも同じだ。
 おかしなことに、二十代も半ばを過ぎた男二人が、欲しいおもちゃを見つけた子供のように沸き上がる喜びを抑えられず、今はそれしか目に入らなくなっている。
 カミーユはレオと一緒に辺りを見回して、誰もいないのを確認すると、羽衣を監視するカメラや、赤外線装置などが設置されていないかを、さりげなくチェックした。
 確認を終えた二人は、期待を込めた瞳を羽衣に向け、恐る恐る手を伸ばす。
 
  ふわり……

「何?」

「何だこれは?」

ふわり……

 二人の手をすり抜けるように、羽が空中へと舞い上がる。
 あっけにとられて見上げる二人の前で、羽は夢のように一瞬で消えた。

「どういうことだ?ひょっとしていたずら番組か?」

 レオが腹立たし気に辺りを見回すが、先ほどチェックした通り、カメラなどは見当たらない。 傍らではカミーユがアイスブルーの瞳を眇めて、何やら考え込んでいた。

「レオ、ひょっとすると、ここに翼の乙女がいたのかもしれない」

「まさか。本人がいないのに、どうして翼だけがあるんだ?翼の乙女の証拠を身体から離してしまったら、空中に……」

 あっと小さく叫んでレオがカミーユを見る。翼の乙女が生まれた時に、なんらかの事情で回収できなかった羽衣がどうなるか?二人はさきほどの光景にそれを見た。

「多分、間違いない。翼の乙女がここにいて、この枝に触れたのか、何かをイメージしたのかは分からないが、思念が残っているんだ。辿れるかやってみよう」

 カミーユが目を閉じて、上空に顔を向ける。癖の無い銀色の髪が風に吹かれて、顔の周りで焔のようにきらきら輝きながら舞った。
 レオもカミーユに力を貸すように翼の乙女の跡を追っていたが、集中力が切れて先に目をあけた。
 その視界に、小さな白い塊が空中を横切るのが映る。レオが確かめようと上体をひねったわずかな空気の動きを察して、カミーユが目を開け、木の枝にとまる白い小鳥を見つけた。
 射抜く様なカミーユの視線を受けて、小鳥がブルっと身を震わせ、木の枝の影に逃げ込んだ。
 見たこともない真っ白な鳥は、身体を上手く隠したつもりでいるようだが、孔雀のように長い尾羽が震えながら枝から垂れて覗いている。
 カミーユの動かないはずの表情筋が緩んで、フッと口角が上がった。

「臆病な小鳥だな。こっちに来い」

 カミーユが手を伸ばすと、小鳥は驚いて飛び上がり姿を消した。

「しまった。怖がらせたか」

 見失ったと思ったカミーユが、残念そうに呟いた時、小鳥が止まっていた木の枝から、一枚の白い尾羽がハラハラと舞い降りて、伸ばしたままのカミーユの手の中に納まった。
 指の先から肘近くまである尾羽を、上から下まで見るうちに、羽に触れた部分が熱を帯る。 身の内に沸き起こった渇望を逃そうと、カミーユが深いため息をついた。
 横から覗き込んだレオも、何かを感じたらしく、グリーングレーの瞳中の茶色の光彩が、心を映し出すように揺らめいている。

「不思議だな。今まで翼の乙女とruler(支配者)の繋がりなんか、王位継承権四位の俺には関係ないし、正直、天災が収まることも、翼の乙女の力じゃなくて偶然だと思っていた。だが、羽衣を眼にすると身体の奥が熱くなる。カミーユはどうだ?同じか?」

「ああ、こんな高揚感は初めてだ。翼の乙女たちから、翼の狩人と恐れられるのも無理はない。追わずにはいられなくなる」

 おや?っとレオが肩眉を上げ、いたずらっぽい表情になった。

「わが従弟どのは、さっきまで王位には興味がないから、俺に継げばいいと言っていたような気がするが……」

 カミーユが唇を突き出し、じろりとレオを睨む。半分拗ねているような顔で威嚇されても、迫力に欠けるとレオに笑われて、カミーユが面白くなさそうにフンと鼻を鳴した。

「レオ、俺は王位はいらないが、翼の乙女が欲しい」

「珍しく熱くなっているカミーユに譲りたいのは山々だが、悪いな、俺も同じ気持ちだ」

 真摯なレオの視線を受けて、カミーユが頷く。

「よし、運命をかけた勝負だ。女性を落とすだけなら、お前に分があるだろう。だが、大事なのは、どんなソウルスタンプが表れるかだ。ライオンか、俺の未知の刻印か。それに二人に反応しない場合もある」

「反応しないならまだしも、もし、コナーに翼の乙女がいることを嗅ぎつけられて、あいつのソウルスタンプが出たら最悪だな。コナーなら、俺たちが口説いている乙女を横からかっさらって、強引に自分のものにしようとするだろう」

「そのために警護者たちを引き連れた俺たちのダミーを、他の場所に行かせてある。羽衣伝説について、派手に聞いて回らせているから、見張っていれば、しばらくは時間を稼げるだろう。その間にハントする」

「望むところだ。でも、何日かかるか分からないから、まずは宿を探さそう。近くに、翼の乙女がいるのが分かれば、あばら家でも我慢するが、そうは上手くいかないだろうから、この際日本旅館を楽しまないか?」

 レオの言葉に反応したように、羽がカミーユの掌から浮いた。咄嗟に掴もうとした手をすり抜け、通りの方へとひらひら飛んでいく。
 ひょっとすると、これは……
 期待に目を輝かせながら、カミーユとレオは羽の後を追って行った。
 
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