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飯盒炊爨

揺らめくフレッシュグリーン

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 みんなでおしゃべりする時間はあっという間に過ぎて16時になった。あちらこちらのバンガローから青いジャージを着た生徒たちが出てきて、飯盒炊爨の準備をするために細い山道を降りていく。
 
 理花は川の橋を渡るときに大智から言われたことを思い出し、薫子たちと別れて飲み物と果物を引き上げにいった。
川の水に手をいれた途端、キリッと冷えた川の水が刺すように感じられ、ネットを思わず離してしまいそうになる。
 もし、食事ができてから引き揚げていたら、冷えすぎた飲み物に震えあがっていたことだろう。こういうときはキャンプ通のアドバイスはとても役に立つ。大智から教えてもらったために、有難く感じるのは尚更だ。
 理花が飲み物とフルーツをもって、割り当てられたかまどへと行くと、Bクラスの真人が司と追い駆けっこをしているのが見えた。楽しそうな笑い声と姿に、先ほどの大智との追いかけっこが重なり、くすぐったい気持ちになる。

「楽しかったな~」

「理花、何にやけてるの?ひょっとして、司君か真人君のどっちかに気があるとか?」

 薫子の声ではっと我に返った理花は、慌てて首を振った。

「違うってば。自然の中だとみんな解放的になるのか、あの二人も小さな男の子みたいでかわいいなって見ていたの」

「うん、確かに。映研で話した時の真人君って、理路整然とした話し方からインテリっぽいイメージだったけれど、今はただのガキって感じだものね」

「薫子言い過ぎだって。でも、司君はあんまり変わらない気がする」

「理花こそ、ひどいよそれ。当たってるけど」

 理花と薫子が声をあげて笑っていると、司が気が付いて走って来た。

「二人で何笑ってるんだ?」

「ないしょだよね~薫子」

 司のことを普段からガキっぽいと言ったのを知られたくなくて、理花が薫子をけん制する。薫子は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、一応頷いてくれたので、理花はホッとした。こういうときは話題を変えるにかぎる。

「ねぇ、飯盒のことだけれど、男子の班と女子の班で組んで、得意分野を担当した方が効率いいと思わない?」

 後から来た真人が、どういう風にと聞いた。

「女子が男子の分も夕食の材料を切ってあげるから、かまどの火を起こして、飯盒をつるして欲しいの」

「おっ、それナイスアイディアだ。みんな喜ぶと思う」

 周囲に集まってきた同じ班の女の子たちにも、理花は分担作業を提案して意見を聞いてみる。
 火を起こすのは大変そうだし、煤で真っ黒になるよりは、野菜を切る方がいいと全員一致で分担作業に賛成した。
 司が班の男子に、お~いと声をかけて、集合を呼びかける横で、真人が感心したように理花に言った。

「理花ちゃん、合理的でいいね。僕たちも女子グループと組めるか聞いて来るよ」
じゃあねと別れを告げて、真人は隣のクラス仲間の元へと戻って行き、司が集まってきた班のメンバーに指示を出した。

「理花ちゃんたちが、カレーの材料切ってくれるってさ。俺たちは、2つ分のかまどの枝拾って、火を焚く準備するぞ~」

 司の呼びかけに、男子たちが助かったと喜びの声をあげる姿に、理花の班の女子たちは母性本能をくすぐられたようだ。かわいいと言いながら、くすくす笑っている。
 いい感じに和んだ雰囲気の中、理花の号令で女子たちは、じゃんけんの真剣勝負を始めた。
 理花も含める班の女子たちは、普段から家で調理をしているわけではない。一番当たりたくない玉ねぎを切る役をじゃんけんで決めて、あとは勝った者からジャガイモやら、ニンジンを剥く係を選んでいった。
 担当者が配置につき、二班分の材料の皮剥きに取り掛かる。大きかったじゃがいもが、ぎこちない手つきで肉厚に皮剥きされて、どんどん小さくなっていった。
 作業に熱中して口数が少なくなっている女子の中で、唯一玉ねぎの担当者になった薫子が涙を流して悪態をつく。みんな同情しながらも、自分の作業で手いっぱいだ。もたもたと不器用に手を動かして、大きなボールを野菜で満たしていった。

 でも、緊張感は続かない。ふと包丁から視線を外して隣の子を見た途端に、タイミングよくバチリと視線があって、お互いのへっぴり腰と、剥いた後の不格好な野菜と、どう見ても皮の方が多いんじゃないかという残骸が目に入り、笑いが上がる。その笑いはみんなに伝染して、お互いに茶化し合ってまた爆笑に変わった。

 余分な言葉は要らなくて、青空と新緑と、美味しい空気を身体いっぱいに受け入れて、仲間たちとその場にいる感 覚を共有する。わくわく感や、楽しさの波長が、ぴったりと合わさるようだった。
 途中で、薫子と玉ねぎを切るのを交代して、理花も泣いたが、その顔さえも、みんなの笑いの種になる。野菜でいっぱいのボールを持って河原に行くと、男子たちが、コの字型に組み上げられたブロックのかまどの中に、拾ってきた木と新聞を交互に積み重ねて、火をつけているところだった。 
 炎がゆらゆらと揺らめいて新聞紙の上で踊り始めると、男の子たちがもっと勢い良く燃え上がらせようとして、持っている新聞紙で猛烈に扇ぎだす。

「アホ!そんなに強くやったら、せっかくついた火が消えるだろ!」

 司が怒鳴っているけれど、急に風向きが変わって、もうもうと上がった煙が司を襲い、ゲホゲホと咳くのに変わった。
 ツ~ンと鼻の奥に突き刺さるような刺激臭がして、ボールを持ってきた理花たちも、ゲホゲホと咳いて袖で鼻を覆った。
 男子たちが慌てているところに、大智君が走ってきて、長い枝で、山盛りになった枝を掻き出し始める。

「載せ過ぎだ。ごはんが真っ黒こげになるぞ。このくらいでいいから。はい、飯盒こっちによこして」

 大智が司から受け取った飯盒のくぼみを向かい合わせにして、取っ手に棒を通していく。飯盒がぶら下がった長い棒の両端を、大智と司で持ち上げてかまどの両端のブロック壁に渡した。
 飯盒を舐めるオレンジ色の炎は丁度良い火加減だ。男子たちからヤル~!という声が上がり、一連の動作を見ていたクラスメイトは、大智に賞賛の目を向けた。

「大智、ありがとうな」

「ああ、いいよ。こういうの慣れてるから。分からないことがあったら呼んでくれ」

「おう、助かる」

 司に手を振って、自分の班へと戻っていく大智の後ろ姿から、理花は目が離せないでいた。
正面から見るのはもちろんのこと、後ろから見ても広い肩や長い脚がカッコいい。ほ~っとついたため息は、一瞬自分かと思ったのに、理花の横でぼ~っと大智を見送る薫子のものだった。

「大智君って、外見だけじゃなくて、頼り甲斐があってすごくいい。そう思わない?」
 薫子が溶けそうな表情で理花に訊いた。

「…うん。誰に対しても平等に接してくれるし、優しい人だと思う。リーダーシップがあるだけじゃなくて、無邪気なところもあるし……」

「理花?」

 理花はハッとして顔を背けた。
 いつもなら薫子の言葉に同調して、行動的な薫子を応援するはずなのに、さっきの自分は、薫子の知らない大智を匂わせて、無意識に対抗しようとしたのだ。心臓が変に高鳴った。

「まさか、理花も‥‥‥」

 薫子の探るような視線が突き刺さる。何と返事をすればいいのだろう。男性受けもよく、話上手な薫子の方が有利であるのは違いないのに。
 好きでいるぐらいはいいよね?って言葉が、喉まで出かかる。言えば、いつもみたいに一緒にがんばろうって言ってくれるだろうか?
 理花が逡巡していると、司が理花を呼ぶのが聞えた。

「お~い。理花ちゃん。女子の分の飯盒も火にくべるぞ」

「あっ、ごめん。今行く」

 何か言いたそうな薫子に行こうと声をかけ、理花は同じ班の女子と連れ立って、司たちのかまどのすぐ隣にあるかまどの様子を見に行った。

 山の日の入りは早い。5時になるともう辺りが暗くなってくる。
 ジャージから忍び込む空気が、とたんに冷たくなったように感じるけれど、ゴトゴト、グツグツ音を立てて煮えたぎる飯盒に集中している理花たちにとっては、些細なことだ。
みんなの真剣な表情を、かまどの火が明々と照らしていた。

「そろそろかな?」

 お米の煮え滾る音がしなくなってしばらく経ったころ、司たちが、飯盒の取っ手をくぐらせてかまどのブロックにかけてあった横棒を持ち上げて、火から下ろす。真っ黒な煤で汚れた飯盒が、底を上にした状態で新聞紙の上に置かれると、中のご飯を飯盒から出しやすくするために、枝を握って待機していたみんなが、期待を込めてバンバン叩く。
 そして、再び飯盒をひっくり返して置き直し、蓋を外した途端、熱い水蒸気が立ち上り、まっしろなご飯が現れた。

「わ~っ、美味しそう!」

「ふっくらご飯が炊けたぞ!これはうまそうだ」

 食べ盛りの男女の歓声が一斉に上がった。
 今度はカレーの番だとみんなが野菜を煮ている飯盒に注目する。理花たちがカレーのルーを入れてかき回すと、すきっ腹を刺激するような、いい香りが辺りに漂った。
 盛り付けたカレーは、不ぞろいの野菜だらけで、見た目は決して良くないけれど、口に入れたときに、「こんな美味しいカレー食べたことない!」と誰もが感動したくらいに美味しくできていた。

「外で食べるもんは、なんだってうまいんだってよ」

 誰かが知識をひけらかして、ぶち壊すようなことを言ったけれど、美味しいものに何の理由づけも要りはしない。 みんなの胃は正直で、飯盒はきれいにカラになった。
 果物も飲み物も、丁度いい冷え具合で、みんなの口に上るのは、ただ「美味しいね」「うん」の応酬だ。
 理花も笑顔で応えながら、大智がここにいて、理花たちが作ったものを一緒に食べてくれたら、もっと幸せだったのにと、ほんの少し寂しくて残念な気持ちになった。
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