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瀬尾大智

揺らめくフレッシュグリーン

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 理花と薫子は多目的ホールへと向かう階段を、最初はおしゃべりをしながら上っていたが、近づくにつれ言葉数も減り、黙々と足を動かしていた。
 4階までの階段は結構きつい。いくら自分たちがうら若き乙女だとしても、分厚い教科書がぎっしり詰まった学生鞄を持って上るのは息がきれる。理花はリノリウムの段に置いた片脚にぐっと体重をかけて弾みをつけることを繰り返しながら、狭い階段の空間に上履きの音を響かせていた。

「ねぇ、理花、待ってよ。そんなに向きになって上っていかなくてもいいでしょ」

「途中で速度を落としたり、休憩したら、授業でもないのに4階まで上がる気力が失せるもん」
 
 そんなやりとりをしながら、二人が何とか最上階の4階のフロアに辿り着いたとき、右方向にある多目的ルームから、太い笑い声がどっと沸くのが聞こえた。

「何だろう? 盛り上がっているところに入りづらくない?」

 元々気が乗らなかったせいもあり、今日は行くの止めようと、理花は薫子に同意を求めたけれど、薫子は逆に興味を引かれたようだ。
先に上っていく理花に文句を言ったのはどこへやら、今度は薫子が理花を放って多目的ルームに向いスタスタと歩きだしてしまった。
 また、中から歓声が上がり、複数の声が矢継ぎ早に飛び交うのが聞こえた。

「信じられね~。何だこの女!? 地下水が本当にあるかどうか知るために穴を掘るなんて、やべ~よ」

「お前、理科でこんなこと習ったか?」

「いや、僕は覚えてない。でも、父親がドッボ~ンって、背広が泥まみれって・・・あははははは。想像するとお腹痛いや」

 扉に手をかけて、まさに開ける寸前だった薫子の動作がぴたりと止まる。追いついた理花と合わせた目は驚愕に見開かれ、顔にはまさか!?の文字が見えるようだった。
 あまりの衝撃で、理花の足も廊下に凍りついてしまったみたいに動かなくなる。

「薫子、帰ろうよ。私、今入っていくのは嫌だよ」

 お笑い芸人だったら、ああいうのを自虐ネタにしてウケを狙うんだろうけれど、ただの高校生の私にはハードルが高すぎる。複数の男子の笑い声が飛び交う中に飛び込んで、からかわれるのを想像するだけで震えあがりそう。
 理花の頭の中で後悔がグルグル回るり始める。
 薫子に幼少時代の失敗談なんか話さなければよかった! 
 Web小説なんてサイトの中には溢れてるし、無名の作家の小説なんか、文字の海に紛れて見つかるこは無いと思ってた。
 まさか、自分のおバカな過去を、同じ学校の生徒たちが読んで笑うなんてことに遭遇するなんて、確率的に有り得ないし、あのとぼけた主人公が自分だとバレたらどうしようって、考えるだけで恐ろしい。
 気分がどんどん後ろ向きになり、多目的ルームが急にお化け屋敷になったように感じられ、理花はあとじさった。

「理花ごめん」

 薫子が心配そうにこっちを見て謝った。理花だって、薫子がこんな結果になると思って投稿したわけじゃないことは分かっている。理花は大丈夫と首を振り、でも、今日は帰ろうと薫子に言いかけた時、ガラッと音がして、視聴覚室の引き戸がスライドした。
 これ以上心に負担をかけたくないと思っていたのに、ぬっと顔を出したのは、よりにもよって苦手かもしれないと認識したばかりの瀬尾だった。 

「あっ、青木さん。ドアの外で声がするから、誰かと思った。脚本のことできたの?」

 ものすごく気まずい状況のはずなのに、理花の目は瀬尾に引き寄せられてしまい、チョコレート色の瞳が甘くておいしそうだと思った。
 鼻がシュッとしていて、口角の上がった唇がバランスよく収まった顔は、ずっと見ていたくなるほど整っていて、スケッチブックがあったら今すぐ写し取ってしまいたくなる。

「ちょっと、理花、大丈夫? ふらついてる」

「ああ、ごめん、ちょっとスケッチの妄想をしてたら、息をするのを忘れちゃった」

 薫子と理花のやりとりを聞いていた瀬尾が、いきなり笑い出した。
 瀬尾の頬がキュッと上がり、細そまった目が輝いて、口元から真っ白な歯が覗くのが健康的で眩しい。
 先日瀬尾と少しだけ話した時には、言動がしっかりしているせいか、瀬尾は実年齢よりも上に見えたけれど、笑った途端、若葉みたいな初々しい表情が浮かび、理花は圧倒された。

 ドキリとし過ぎて不整脈になったせいか、息までが苦しい。
 ぐらりと傾いた理花の視界から、瀬尾の笑顔が消えて、驚いた顔になる。
 瀬尾の手が伸びて来て、腕を掴まれた!おかげでひっくり返らないですんだけど、こんな失態を続けてしたことのない理花は、恥ずかしくて頬が脈打つみたいに熱くなるのを感じた。
 どうやら瀬尾の存在は、理花の平常心を奪うようだ。掴まれた腕を振りほどいてこの場から逃げ出したい気持ちになる。
 こういうのを苦手っていうんだろうなと理花は思った。

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