5 / 36
瀬尾大智
揺らめくフレッシュグリーン
しおりを挟む
理花と薫子は多目的ホールへと向かう階段を、最初はおしゃべりをしながら上っていたが、近づくにつれ言葉数も減り、黙々と足を動かしていた。
4階までの階段は結構きつい。いくら自分たちがうら若き乙女だとしても、分厚い教科書がぎっしり詰まった学生鞄を持って上るのは息がきれる。理花はリノリウムの段に置いた片脚にぐっと体重をかけて弾みをつけることを繰り返しながら、狭い階段の空間に上履きの音を響かせていた。
「ねぇ、理花、待ってよ。そんなに向きになって上っていかなくてもいいでしょ」
「途中で速度を落としたり、休憩したら、授業でもないのに4階まで上がる気力が失せるもん」
そんなやりとりをしながら、二人が何とか最上階の4階のフロアに辿り着いたとき、右方向にある多目的ルームから、太い笑い声がどっと沸くのが聞こえた。
「何だろう? 盛り上がっているところに入りづらくない?」
元々気が乗らなかったせいもあり、今日は行くの止めようと、理花は薫子に同意を求めたけれど、薫子は逆に興味を引かれたようだ。
先に上っていく理花に文句を言ったのはどこへやら、今度は薫子が理花を放って多目的ルームに向いスタスタと歩きだしてしまった。
また、中から歓声が上がり、複数の声が矢継ぎ早に飛び交うのが聞こえた。
「信じられね~。何だこの女!? 地下水が本当にあるかどうか知るために穴を掘るなんて、やべ~よ」
「お前、理科でこんなこと習ったか?」
「いや、僕は覚えてない。でも、父親がドッボ~ンって、背広が泥まみれって・・・あははははは。想像するとお腹痛いや」
扉に手をかけて、まさに開ける寸前だった薫子の動作がぴたりと止まる。追いついた理花と合わせた目は驚愕に見開かれ、顔にはまさか!?の文字が見えるようだった。
あまりの衝撃で、理花の足も廊下に凍りついてしまったみたいに動かなくなる。
「薫子、帰ろうよ。私、今入っていくのは嫌だよ」
お笑い芸人だったら、ああいうのを自虐ネタにしてウケを狙うんだろうけれど、ただの高校生の私にはハードルが高すぎる。複数の男子の笑い声が飛び交う中に飛び込んで、からかわれるのを想像するだけで震えあがりそう。
理花の頭の中で後悔がグルグル回るり始める。
薫子に幼少時代の失敗談なんか話さなければよかった!
Web小説なんてサイトの中には溢れてるし、無名の作家の小説なんか、文字の海に紛れて見つかるこは無いと思ってた。
まさか、自分のおバカな過去を、同じ学校の生徒たちが読んで笑うなんてことに遭遇するなんて、確率的に有り得ないし、あのとぼけた主人公が自分だとバレたらどうしようって、考えるだけで恐ろしい。
気分がどんどん後ろ向きになり、多目的ルームが急にお化け屋敷になったように感じられ、理花はあとじさった。
「理花ごめん」
薫子が心配そうにこっちを見て謝った。理花だって、薫子がこんな結果になると思って投稿したわけじゃないことは分かっている。理花は大丈夫と首を振り、でも、今日は帰ろうと薫子に言いかけた時、ガラッと音がして、視聴覚室の引き戸がスライドした。
これ以上心に負担をかけたくないと思っていたのに、ぬっと顔を出したのは、よりにもよって苦手かもしれないと認識したばかりの瀬尾だった。
「あっ、青木さん。ドアの外で声がするから、誰かと思った。脚本のことできたの?」
ものすごく気まずい状況のはずなのに、理花の目は瀬尾に引き寄せられてしまい、チョコレート色の瞳が甘くておいしそうだと思った。
鼻がシュッとしていて、口角の上がった唇がバランスよく収まった顔は、ずっと見ていたくなるほど整っていて、スケッチブックがあったら今すぐ写し取ってしまいたくなる。
「ちょっと、理花、大丈夫? ふらついてる」
「ああ、ごめん、ちょっとスケッチの妄想をしてたら、息をするのを忘れちゃった」
薫子と理花のやりとりを聞いていた瀬尾が、いきなり笑い出した。
瀬尾の頬がキュッと上がり、細そまった目が輝いて、口元から真っ白な歯が覗くのが健康的で眩しい。
先日瀬尾と少しだけ話した時には、言動がしっかりしているせいか、瀬尾は実年齢よりも上に見えたけれど、笑った途端、若葉みたいな初々しい表情が浮かび、理花は圧倒された。
ドキリとし過ぎて不整脈になったせいか、息までが苦しい。
ぐらりと傾いた理花の視界から、瀬尾の笑顔が消えて、驚いた顔になる。
瀬尾の手が伸びて来て、腕を掴まれた!おかげでひっくり返らないですんだけど、こんな失態を続けてしたことのない理花は、恥ずかしくて頬が脈打つみたいに熱くなるのを感じた。
どうやら瀬尾の存在は、理花の平常心を奪うようだ。掴まれた腕を振りほどいてこの場から逃げ出したい気持ちになる。
こういうのを苦手っていうんだろうなと理花は思った。
4階までの階段は結構きつい。いくら自分たちがうら若き乙女だとしても、分厚い教科書がぎっしり詰まった学生鞄を持って上るのは息がきれる。理花はリノリウムの段に置いた片脚にぐっと体重をかけて弾みをつけることを繰り返しながら、狭い階段の空間に上履きの音を響かせていた。
「ねぇ、理花、待ってよ。そんなに向きになって上っていかなくてもいいでしょ」
「途中で速度を落としたり、休憩したら、授業でもないのに4階まで上がる気力が失せるもん」
そんなやりとりをしながら、二人が何とか最上階の4階のフロアに辿り着いたとき、右方向にある多目的ルームから、太い笑い声がどっと沸くのが聞こえた。
「何だろう? 盛り上がっているところに入りづらくない?」
元々気が乗らなかったせいもあり、今日は行くの止めようと、理花は薫子に同意を求めたけれど、薫子は逆に興味を引かれたようだ。
先に上っていく理花に文句を言ったのはどこへやら、今度は薫子が理花を放って多目的ルームに向いスタスタと歩きだしてしまった。
また、中から歓声が上がり、複数の声が矢継ぎ早に飛び交うのが聞こえた。
「信じられね~。何だこの女!? 地下水が本当にあるかどうか知るために穴を掘るなんて、やべ~よ」
「お前、理科でこんなこと習ったか?」
「いや、僕は覚えてない。でも、父親がドッボ~ンって、背広が泥まみれって・・・あははははは。想像するとお腹痛いや」
扉に手をかけて、まさに開ける寸前だった薫子の動作がぴたりと止まる。追いついた理花と合わせた目は驚愕に見開かれ、顔にはまさか!?の文字が見えるようだった。
あまりの衝撃で、理花の足も廊下に凍りついてしまったみたいに動かなくなる。
「薫子、帰ろうよ。私、今入っていくのは嫌だよ」
お笑い芸人だったら、ああいうのを自虐ネタにしてウケを狙うんだろうけれど、ただの高校生の私にはハードルが高すぎる。複数の男子の笑い声が飛び交う中に飛び込んで、からかわれるのを想像するだけで震えあがりそう。
理花の頭の中で後悔がグルグル回るり始める。
薫子に幼少時代の失敗談なんか話さなければよかった!
Web小説なんてサイトの中には溢れてるし、無名の作家の小説なんか、文字の海に紛れて見つかるこは無いと思ってた。
まさか、自分のおバカな過去を、同じ学校の生徒たちが読んで笑うなんてことに遭遇するなんて、確率的に有り得ないし、あのとぼけた主人公が自分だとバレたらどうしようって、考えるだけで恐ろしい。
気分がどんどん後ろ向きになり、多目的ルームが急にお化け屋敷になったように感じられ、理花はあとじさった。
「理花ごめん」
薫子が心配そうにこっちを見て謝った。理花だって、薫子がこんな結果になると思って投稿したわけじゃないことは分かっている。理花は大丈夫と首を振り、でも、今日は帰ろうと薫子に言いかけた時、ガラッと音がして、視聴覚室の引き戸がスライドした。
これ以上心に負担をかけたくないと思っていたのに、ぬっと顔を出したのは、よりにもよって苦手かもしれないと認識したばかりの瀬尾だった。
「あっ、青木さん。ドアの外で声がするから、誰かと思った。脚本のことできたの?」
ものすごく気まずい状況のはずなのに、理花の目は瀬尾に引き寄せられてしまい、チョコレート色の瞳が甘くておいしそうだと思った。
鼻がシュッとしていて、口角の上がった唇がバランスよく収まった顔は、ずっと見ていたくなるほど整っていて、スケッチブックがあったら今すぐ写し取ってしまいたくなる。
「ちょっと、理花、大丈夫? ふらついてる」
「ああ、ごめん、ちょっとスケッチの妄想をしてたら、息をするのを忘れちゃった」
薫子と理花のやりとりを聞いていた瀬尾が、いきなり笑い出した。
瀬尾の頬がキュッと上がり、細そまった目が輝いて、口元から真っ白な歯が覗くのが健康的で眩しい。
先日瀬尾と少しだけ話した時には、言動がしっかりしているせいか、瀬尾は実年齢よりも上に見えたけれど、笑った途端、若葉みたいな初々しい表情が浮かび、理花は圧倒された。
ドキリとし過ぎて不整脈になったせいか、息までが苦しい。
ぐらりと傾いた理花の視界から、瀬尾の笑顔が消えて、驚いた顔になる。
瀬尾の手が伸びて来て、腕を掴まれた!おかげでひっくり返らないですんだけど、こんな失態を続けてしたことのない理花は、恥ずかしくて頬が脈打つみたいに熱くなるのを感じた。
どうやら瀬尾の存在は、理花の平常心を奪うようだ。掴まれた腕を振りほどいてこの場から逃げ出したい気持ちになる。
こういうのを苦手っていうんだろうなと理花は思った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる