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勃起できない俺に彼氏ができた!?2 笑顔のおまじない

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「結、来週一週間、兄貴が帰ってくる」
 夏の強い日差しがカーテンの隙間からリビングを照らす午後、清那の口から出た言葉に結は寝転んでいたソファから勢いよく身体を起こした。
 結と清那が恋人同士になって約半年。今ではほぼ毎日を清那の家で過ごすようになっていた結は清那の発言に大きな目をぱちぱちと瞬きさせ、少し考え込むように軽く俯いた。そして、顎に手を当てながらぼそっと呟いた。
「お兄さん帰ってくるなら俺、帰ったほうが良いよな」
「どうして?」
「えっ、だって同級生がずっと家にいるなんておかしいだろ?お兄さんは俺たちが付き合っているだなんて思わないだろうし」
 好き同士で付き合っているとはいえ、自分たちは男同士だ。同性カップルも珍しくない世の中ではあるが、突然、実の弟の恋人が男だと紹介され、簡単に受け入れられるとは考えにくい。いつかは家族に紹介したいという気持ちがないわけではないが、それはもっと先の話だろうと結は漠然と考えていた。
 考え込む結の頭を清那は柔らかな笑みを浮かべながらぽんぽんと軽く叩いた。結の考えていることが清那にも伝わったのだろうかと思ったのだが、次の彼の発言に結は大きな目を更に大きく見開くこととなってしまう。
「言ってある」
「…え?」
「兄貴に俺たちが付き合ってること、言ってある」
「……え…えぇっ⁉」
 清那と兄の仲がどれほど良いかは聞いたことがなかったが、まさかそんなことまで伝えているなんて。しかも清那の口ぶりからするに、兄は反対することなく受け入れているということなのだろうか。
 頭がついていけずに口をぱくぱくと開け閉めしていると頬をむにっと摘ままれた。
「そんなに驚くことじゃないよ。ちゃんと結は男だってことも言ってあるし、兄貴も結に会いたいって言ってたよ」
「ま、待って、俺の心の準備ができてない!そ、それにやっぱ兄弟水入らずのところにお邪魔しちゃ悪いし…」
 結が渋ると清那の眉尻がわかりやすく下げられ、そんな悲しげな顔をされると悪いことをしている気分になってくる。まるで迷子の子犬かのような瞳で見つめられれば結は勝てるわけなんてなかった。
「結、家にいて?」
 イケメンにこんな風にお願いをされて断れる人がいたら見てみたい。普段のしっかりした姿とのギャップに完全にやられた結はこくりと一つ頷いた。
「うー…わかったよ、俺も男だ!腹をくくるぞ!」
「さすが結。ただ、そんな緊張しなくて良いからね。あ、けど…」
「けど…?」
 清那の言いかけた言葉の先が気になり、促すように彼の黒くて綺麗な瞳をじっと見つめる。その瞳が少しずつ近付いてきて、ちゅっと軽い音を鳴らせて唇同士が触れ合った。突然キスされたことに驚きで数回瞬きすると清那は結のキメの細かい白い頬を優しく撫でた。
「兄貴に惚れたらダメだからね」
「へ…?ぷっ、あははっ、そんなこと心配してるの?」
「結は俺の顔に弱いでしょ?だから兄貴にも惚れないか心配だってするよ」
 確かに結は清那の顔に非常に弱い。あの顔でお願いされたら大抵のことはイエスと言ってしまうくらいには。それを清那もわかっているからこそ、兄に惚れないか心配したのだろう。
 清那が自分で言うくらいに兄弟の顔が似ているのかと内心少し楽しみに思いながら、結は清那の心配を打ち消すように清那の唇へと口付けをした。
「安心して。俺が好きなのは清那だから。いくら顔がそっくりでも清那とお兄さんは別人じゃん?」
「うん、それ聞いて安心した」
「よろしい。あっ、そうだ。お兄さん帰ってくるならベッド戻しとかないと」
 結と清那が付き合い始めた時、使われていなかった兄のベッドを結が泊まるとき用に清那の部屋へと運び入れていた。付き合ったばかりの頃は別々のベッドで寝ていたが、最近では同じベッドでしか寝ていない。二人で寝るには少し狭かったが、大抵は清那が結を抱きしめて寝ていたためベッドから落ちるなんてことは一度もなかった。
 二人でベッドを兄の部屋へと戻すと途端に部屋が広くなったように感じ、結は落ち着かない様子で部屋の中をぐるぐると歩き回った。
「どうしたの?」
「いやぁ、やっぱなんか緊張するなって思って。あっ、そうだ。お兄さんがどんな人なのか教えてよ」
 結がベッドへと腰かけると清那もその横へと腰かけた。クーラーで冷やされていたシーツが短パンから覗く素肌へと当たると少し肌寒さを感じ、温もりを求めるように清那のほうへと身体をすり寄せる。清那は寄り添ってきた結の肩を抱き寄せ、ふわふわと柔らかい髪に自身の頭を傾けた。
「兄貴は一言で言えば優しい人、かな。小さい頃から俺の面倒よく見てくれたし、困ったときはいつも助けてくれたんだ」
「良いお兄さんだね。兄弟喧嘩とかしなかったの?」
「年がちょっと離れてるからね、記憶に残ってる限りだと喧嘩はしたことないかな」
「良いなー…俺も兄ちゃん欲しかったなぁ」
 清那の話の中の兄はまさに理想的な兄だった。そんな良い兄がいるのかとも思ってしまうが、清那の性格や頭の良さを考えればその兄が理想的な人であっても何ら疑問を持たないだろう。
 それに比べて…と結は自分の姉弟のことを思い出し、苦笑いを浮かべた。
「結のとこはお姉ちゃんいるんだっけ?」
「そう、しかも三人も。おかげで小さい頃は姉貴たちによく着せ替え人形にさせられたよ。姉貴たちの喧嘩にもしょっちゅう巻き込まれたしさ。喧嘩の内容も誰が俺に服を着させるかっていうしょうもないものだったし」
「お姉さんたちの喧嘩の原因になるってことは小さい頃の結は相当可愛かったんだろうね」
「自分で言うのもなんだけど、結構可愛かったよ?そうだ、今度小さい頃の写真見つけたら見せてあげる」
 きっと実家に帰ればあの頃の写真が大量に見つかるだろうと思い浮かべ、清那と話しているうちに気が付けば彼の兄と会うことへの緊張感は消え去っていた。
 
 
清那の兄が来る予定日前日の朝。大学へ行く準備をしていると突然、清那が後ろから抱きついてきた。彼の大きな身体にすっぽりと抱きこまれると彼よりも背の低い結は身動きが取れなくなってしまう。
清那が抱きついてくることはそこまで珍しいことではなかったが、一体どうしたのかと顔の横にある彼の顔を横目でチラッと見ると耳をかぷっと噛まれた。
「んっ…!清那…?」
「今日の夜、抱きたい」
熱っぽい囁きにピクッと身体が小さく跳ねる。
夜、寝る前の流れでセックスすることはよくあったが、こんな風に朝から宣言されるのは初めてのことで顔が熱くなっていく。
「…どうしたの急に…」
「明日から兄貴が来るから。その前に結のこと堪能しておきたい」
 言われてみれば彼の兄が来たら声や音を気にせずセックスする、なんてことはできなくなってしまう。たった一週間なのだから我慢できないわけではないが、清那に言われた通り、できない状況になると思ったらその前に堪能しておきたいと結も思ってしまった。
 直接的なお願いに顔を赤らめながら結は彼に同意するようにこくりと小さく頷いた。
「俺も…清那とヤりたい…」
「ん、じゃあ夜、ね」
 結の返答に満足した様子の清那は抱きしめていた腕を解いて大学へ行く準備を始めた。結の心臓は未だにドキドキと大きく音を鳴らせており、それを落ち着けるように息を吐き出してから結も大学へ行く準備を再開させた。
 
 
大学の講義が終わり、結は清那よりも早く家に帰ってきた。朝、あんな宣言をされたせいで一日中そのことばかりを考えてしまい、友人たちにも様子がおかしいと言われてしまう始末だ。
家に帰ってきてからも何となく落ち着かず、気を紛らわせるために普段掃除しないところの掃除をしようとバケツに水を汲んだのだが、なんと運の悪いことに猫のゆいがそのバケツに向かって猛ダッシュで突っ込んできた。
「うわぁっ⁉ゆい⁉」
「にゃあぁぁっ!」
 ゆいはバケツに水が入っていないとでも思っていたのか、思いっきりその水の中にダイブし、一瞬にしてずぶ濡れになってしまった。そのうえ、水が入っていたことに驚いたのか、全身びしょ濡れのまま家の中を走り回り、結はタオルを持ってそのあとを必死に追いかけ回した。
「ゆい、落ち着け!ストップ!ストップ!」
 脱衣所に逃げ込んだところをなんとか取り押さえ、びしょ濡れになった身体を抱き込んだ。興奮状態のゆいを落ち着かせ、無事に身体を拭くことができ、ほっと一息つく。
「ゆい、バケツに突っ込んじゃダメだろ。あーぁ、俺の服もびちょびちょだ」
 着ていたTシャツもジーンズも見事にびしょ濡れになってしまい、肌にぺたぺたと貼り付く感じが不快感を煽っていく。替えの服を寝室に取りに行こうと思ったのだが、そのときちょうど脱衣所に清那のTシャツが置いてあるのが目に入った。そのTシャツは初めて清那の家に泊まりに来た時にも借りたものであり、結は何の気なしにそのTシャツを手に取った。
「取りに行くのめんどくさいし、これ借りちゃお」
 自分の濡れたTシャツとジーンズを脱ぎ、結は清那のTシャツを頭から被った。やはり、大きい。初めて着た時も彼シャツのようだと思ったが、今見てもその時の印象と全く同じだ。太腿までを隠すTシャツを見ながら、暑いしこの状態ならズボンを穿かなくても良いだろう、と結はTシャツ一枚の姿でゆいが暴れて濡らした部屋を片付けに向かった。
 部屋の中はそこら中に水の跡があり、それらをタオルで拭いていると猫のゆいが申し訳なさそうに足元に擦り寄ってきた。小さく「にゃぁ」と鳴く姿は非常に愛らしく、結はその丸い頭を優しく撫でた。
「よしよし、ゆいもビックリしたよな。ちゃんと片付けてやるから」
「にゃっ」
 ゆいに見守られながら部屋を片付け終え、一息ついた瞬間、玄関のほうからガチャっと鍵が開けられる音が響いた。時計を見ると清那がバイトから帰ってくるにしては少し早いような気もする。だが、次いで聞こえてきた「ただいま」という声に結は立ち上がって玄関へと向かった。
きっとバイトが暇で早上がりしたのだろう。そう思いながらぱたぱたと駆けていき、玄関へと繋がる扉を勢いよく開けた。
「おかえり!せ、な……?」
 結はドアノブを掴んだままその場に固まった。その視線の先にいたのは清那、によく似た別人だったからだ。清那にそっくりな顔をしているが、清那よりも僅かばかり大人な印象があり、細いフレームの眼鏡をかけている。
 相手もいきなり知らない人物が部屋の中から出てきたことに驚いたのかその場で硬直しており、少ししてからその視線が微かに下へと降りた。その視線の先にあるのは大きめのTシャツから覗く結の白い生足。先程まで膝をつきながら床を拭いていたせいで膝だけが赤く色付いてしまっている。
「わぁっ⁉見苦しいものを見せてしまってすみません!」
 咄嗟に謝ると相手は柔らかな笑みを浮かべた。その表情は清那が結に向ける笑顔によく似ており、思わずドキッとしてしまう。
「結くん、だよね?清那が世話になってるね」
顔だけでなく声も清那にそっくりで、その声と笑顔は自然と結に安心感を与えた。初対面でTシャツ一枚というみっともない姿を晒してしまっているにも関わらず、相手は結に対して好意的な態度を見せてくれていることに安堵する。
 兎にも角にも、こんな姿で兄に会ってしまったことが清那に知られたら怒られかねない。早くズボンを穿かなければ、そんなことを考えていると結の思考を読んだかのようなタイミングで玄関が開かれた。そこにいたのは今度こそ本物の清那だ。彼は明日来る予定だったはずの兄がそこにいることに驚きの表情を浮かべている。
「兄貴?来るの明日のはずだったよな?」
「仕事が急遽一日前倒しになってね。昼間にメッセージ送ったんだけど見てなかった?」
「あぁ、今日忙しくてスマホ見てなかった」
 玄関で話す二人の姿を呆然と見つめていると清那がチラッと結のほうへと視線を向けた。その視線は明らかに結の脚に注がれており、ひやりと嫌な汗が背中を流れ落ちていく。
「とりあえず中に入ろう。外暑かったし、兄貴も先にシャワー浴びるだろ?」
「うん、そうだね」
 三人で部屋の中へと入り、兄が浴室へと姿を消した瞬間、結の手首が清那によって強く掴まれた。そして、抵抗する間もなく清那の部屋へと連れ込まれ、壁際へと追い詰められてしまう。その表情は明らかに怒りを浮かべている。
「なんでそんな恰好してるの」
「うっ……さっき、ゆいがバケツに突っ込んで水浸しになって…俺も濡れたから洗面所にあった清那のTシャツ借りたんだよ…」
「ズボンは?」
「…暑いし穿かなくても良いかなって…」
清那は晒されている白くて細い脚を見て大きく溜め息を吐いた。
その様子に結の心臓の鼓動はドキドキと音を大きくさせ、一体何を言われるのだろうかとごくりと唾を飲み込む。すると、清那の顔が近付き、耳元に唇が寄せられ、そっと囁かれた。
「結、あとでお仕置き」
「なっ…!お兄さんいるんだからそういうことはしない!」
 お仕置き、なんてきっとひどいことをされるに決まっている。結が怪我をするようなことは決してしないとわかっているが、わざわざそんな言葉を使ってくるなんて。
 壁に沿って逃げようとしたが、結の動きは清那に抱き締められたことによって止められてしまった。彼の右手が太腿を撫で上げ、Tシャツの下に隠れていた丸い尻をボクサーパンツの上から軽く揉まれる。大きな手にそこを揉まれると変な気分になってしまいそうで清那の身体を押したが、それを咎めるようにペチンと軽く尻を叩かれてしまった。そして、脳に響くような低い声が耳元で囁いてくる。
「俺以外にそんな姿見せちゃダメ」
「っ…!」
 男同士なんだからこれくらい別に良いだろ!そう叫びたくもなったが、結はその言葉をぐっと抑え込んだ。今の清那にそんなことを言ったらよりひどい目に遭わされかねない。
自分の身を守るため、というのもあったが、結は清那が見せるこの独占欲が実は結構好きだった。普段、こんな風に欲を見せない彼だからこそたまに見せるこの姿は貴重であり、それを知っているのが結だけだと思うと嬉しくなってしまう自分もいる。
(絆されてるなぁ、俺…)
 清那に抱き締められたまま、結も清那の背中へと腕を回した。キュッと彼の服を掴み、抱き締められた腕の中から彼の顔を見上げる。
独占欲を見せてくれるのは嬉しいが、お仕置きから逃げたいという気持ちは捨てきれなかった。最大限に申し訳なさそうな表情を作り、弱々し気な声を出す。
「清那、俺が悪かったよ。もうこんな姿、清那以外に見せないから。今日のは不可抗力というか、事故というか…とにかくわざとじゃないから。だから、お仕置きは…」
「お仕置きはするよ」
「なんで!」
 許してもらえるかもしれないという淡い期待が即座に打ち消されてしまい、結は反射的に声を上げた。その反応の速さが面白かったのか、清那の怒りを浮かべていた表情が和らぎ、額にちゅっと軽い口付けが落とされる。
「身体にもしっかり覚えといてもらわないといけないからね」
「……変態」
 ぼそっと呟くと頬を親指と人差し指で軽くむにっと摘ままれた。そして、頬を摘まんだ指はするすると顎へと移動し、僅かに顔を上へと向かされ、彼の黒い瞳と視線が交じり合う。
 彼は笑みを浮かべながら、愛おしさも篭った声で告げた。
「結にだけだよ」
 
 
 三人で他愛のない会話をしながら夕食を取った後、結局、お仕置きから逃れることはできず、結は寝室に戻った途端ベッドへと押し倒されてしまった。
「せ、清那っ…本当にヤるつもり…?」
「うん、声、我慢してね」
「うぅっ…わかったよぉ…」
 素直に了承した結に気を良くした清那は部屋の明かりを消してベッドサイドの小さなライトのみを点けた。ライトを点けた手はそのままサイドテーブルの引き出しを開け、いつも使っているローションと二種類のコンドームを取り出す。
 XLサイズとMサイズ。最初の頃こそ、結はコンドームを付けずに射精させられたりもしていたのだが、布団を汚してしまうことがどうしても気になってしまい、最近では結もコンドームを付けるようになっていた。一度、清那の使っているものを付けたこともあったが、サイズが合わずに外れてしまったため、今ではこのようにそれぞれに合ったサイズを用意しているというわけだ。
 勃起していない状態で付けるわけにはいかず、清那はその二種類の箱を枕元に置いてローションを手の平に垂らした。とろっとした液体が広がっていき、少し温めるようにしてから清那はその手を結の後孔へと滑らせていく。彼が解しやすいように協力的に脚をM字に広げるとライトに照らされた清那の顔に微笑みが浮かんだ。
「結、良い子。そのまま脚広げてて」
「うん…んっ!」
 くちゅっと下肢から音が鳴り、ローションで濡れた指が中へと侵入してくる。何度やっても最初に入れるこの感覚にはなかなか慣れることができず、結は呼吸を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き出した。清那も結が落ち着くのを待ってから指を奥へと進め、いつもよりも時間をかけて指を三本まで増やした。
 三本の指が後孔を広げるように動き、時折、前立腺をカリッと引っ搔いてはその度に身体がピクッと跳ねたが、まだ射精するほどの刺激にはなっていなかった。
「ん…っ…ふ、ぅっ…」
「フッ…結、腰動いてる。もう欲しい?」
 いつもよりも丹念に解されたせいか、結は無意識のうちに求めるように腰を動かしてしまっていた。指摘されると一気に顔が熱くなり、恥ずかしさから顔を背ける。すると、三本の指が一気にずるっと引き抜かれ、質量を失った後孔は寂しそうにそこをひくひくと収縮させた。
「結、四つん這いになって」
「ん…」
今日はバックでやるのかと、清那に言われるままベッドの上で四つん這いの姿勢になる。
部屋が明るい状態でこの姿勢を取るのは羞恥心が大きくなりすぎてなかなかできなかったが、今のように部屋がある程度暗くなっていれば結は比較的大人しく清那の言う通りに動いた。
以前、部屋の明かりを付けたままヤった時に知らぬ間に猫のゆいがじっと二人のことを見ており、それに気付いた結が恥ずかしさのあまりパニックを起こしたことがあった。猫なんだから、と言っても割り切ることができず、いつからか暗黙の了解のように何も言わなくともセックスをする時は部屋の明かりを消すようになっていたのだ。
大人しく四つん這いの体勢を取りながら、そういえばお仕置きはどうなったのかとふと思い出す。いつもよりも丁寧に解していたから、もしかしたら清那も忘れているのかもしれない。それならそれで忘れたままでいてくれれば良いのだが。
そう思いながら目の前の枕を眺めていると何やらガサゴソと引き出しを漁る音が聞こえてきた。何となく嫌な予感がしてそちらへと目を向けると薄暗いライトに照らされる中、清那の手に楕円形のものが握られている。コードに繋がれた先にはダイヤル式のコントローラーのようなものが付いており、結は本能的に逃げようとしたが、清那に足首を掴まれてしまった。
「や、だ…なに、それ…」
「お仕置き。忘れてるとでも思った?」
「ひっ…!」
 清那の左手が後孔を広げるようにし、右手でピンク色の楕円形のものを押し込んでくる。清那のモノに比べたらサイズはかなり小さく、じっくりと解されたおかげもあって入れる際の痛みは感じなかった。
抵抗する間もなく奥へと押し込まれていき、ある場所でそれは止められた。その場所は、結の弱い場所、前立腺の辺りだ。汗がたらりとこめかみを伝って落ちていく。
「俺以外に声聞かせちゃダメだよ」
「ッ――!」
 カチッとダイヤルが回される音が鳴った瞬間、後孔に埋められた物体が激しく振動し始めた。ビクビクッと身体が跳ね上がり、声が上がってしまいそうになったが、肘を曲げて枕に顔を埋めることでなんとか回避した。尻だけを高く上げた状態で枕をぎゅっと握り締める。
「結、気持ち良い?」
「ぅ…ゃ、あっ…」
 枕に埋めた顔を必死にふるふると横に振り、止めてほしいと訴える。大きな声を出さないように我慢しているため全身からは汗が滲み出し、瞳からは自然と涙が溢れて枕に染みを作っていった。
 中からの激しい振動は全身の快感を呼び起こし、何処を触られても身体が跳ねてしまいそうな感覚に陥る。ビクビクと震えながらなんとか耐えているとビリッと袋を破るような音が聞こえ、次いで清那が背後から抱き締めてきた。そのまま身体をベッドへと倒され、横抱きにされた状態になる。
枕で抑えていた口元が解放されるとあられもない声が上がってしまいそうになり、結は両手で自分の口を必死に押さえつけた。
「結、挿入れるよ」
「んんっ⁉」
 彼の手によって左脚が持ち上げられると薄紅色の媚肉を覗かせた後孔が露わになる。そこからはピンク色のコードが伸びており、ローションでぬるぬると濡れているそこに清那はコンドームを付けた陰茎を押し当てた。
「せ、なっ、待っ――!」
 ずぷっと彼の陰茎の先端が蕾を押し開いて挿入ってくる。十分に解されたそこは抵抗することなく太い陰茎を飲み込んでいき、コツッと陰茎の先端がローターに当たると清那は結の耳元で熱い息を零した。
「はぁ、っ…結…」
 遠慮なく奥へと進んでくる陰茎から逃げるように腰を前へと動かそうとしたが、清那の腕にしっかりと抱き締められているためそれは叶わず、ローターの振動と彼の陰茎のカリに前立腺を刺激され、大きく目を見開いた。
 最奥までローターが押し込まれると次はゆっくりと引かれていき、いつもよりも緩慢な動きに身体が徐々に高められていく。気付けば結自身もゆるゆると腰を動かしてしまっており、触られてもいない陰茎は勃ち上がって透明な液体を浮かび上がらせていた。
「んっ…ぁ…せな…んっ…ごむっ、つけて…」
 大きな声が出てしまわないように慎重に声を出す。すると、結の言葉を確認するように清那の手が前に回り、結の勃起した陰茎に触れた。
「ぁっ…!もう、勃ってる、からぁ…」
先走りの液体を塗り込めるように陰茎を擦られ、ピクピクと身体が跳ね上がる。
前までは勃起できないことが悩みだったが、清那とセックスするようになってからは少しの快感でもすぐに勃起するようになった。彼への気持ちと興奮がこのように目に見える形で表現できることは良いことだが、勃起したものを触られるのは快感が強すぎてすぐに達しそうになってしまう。
射精する前に早くコンドームを付けてくれと願った瞬間、コンコンッと部屋の扉が叩かれる音が響いた。
「ッ…⁉」
 ビクンッと身体が大きく跳ね、それと同時に清那の手が結の陰茎の根元をぎゅっと握り締めた。扉が叩かれた音と陰茎を締め付けられたことで心臓がバクバクと煩いほどに音を鳴らし、口元を押さえる手の力を強める。
「清那、まだ起きてるか?」
「何?」
 部屋の外から聞こえてきた声に清那は冷静に答えた。こんな状況でそんな冷静に返事をするなんて信じられず、早く会話を終わらせてほしいと願うしかなかったのだが、結の願いも虚しく、二人の会話はすぐには終わらなかった。
何かを話しているが、この状況に混乱しすぎた結には彼らが何を話しているのか理解することができない。音を出さないように身体を硬直させていると、なんと、清那は意地の悪いことに腰の動きを再開させてきた。
「んぅっ…⁉」
 陰茎の先端がローターを押し上げるとそれは的確に前立腺へと当たり、結の呼吸はますます早まっていく。脳内に白い靄がかかっていき、全身が震えて絶頂の波が近付いてくる。こんな状況でイくわけにはいかないと思えば思うほどに身体は追い詰められ、瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちた。
(もう、ダメ)
 イく――そう思ったのと同時に、ガチャっとドアノブが下げられる音が響いた。
「ッ――!」
ビクビクッと全身が激しく震え、脳内が真っ白になる。清那に抱き締められた腕の中で痙攣を繰り返し、目の前がチカチカと明滅した。清那に根元を握られていたことで射精することはできず、長い絶頂感に襲われる。
イってしまった。
こんな状況でイってしまったことに思考がついていかず、口元を押さえながら目を見開いているとチリリンという鈴の音が耳に入った。そして、猫の軽やかな足音と扉が閉まる音が響く。
何が起こったのかわからずに身体を震わせながらぼろぼろと涙を流し続けていると、カチッとスイッチを切る音が鳴り、体内のローターが止められた。
清那の陰茎と一緒にローターが引き抜かれ、身体をひっくり返されて真正面からぎゅっと抱き締められる。そこでようやく結は詰めていた息を吐き出すことができ、泣きながら清那の身体にしがみついた。
「うっ、うぅっ…清那のばかぁ…見られたらどうするんだよぉ…」
「暗かったから大丈夫。ゆいが知らないうちに部屋に入っていたみたいで、兄貴に出してもらったんだ。猫が通れる分の隙間しか開けられてないから安心して。声、我慢できて偉かったね」
 慰めるように額にキスをされ、優しく背中を撫でられる。柔らかい唇が額に当たる心地良さに気持ちは落ち着いていったが、結は別の場所にキスをしてもらいたくて清那の瞳を見上げた。
「ぐすっ……清那…キス、口にして…」
「ん、良いよ」
 ゆっくりと唇が重ね合わされ、それは啄むように数度小さく音を鳴らせた。彼の熱い舌が口内へと入り、歯列をなぞっていく。舌を軽く噛まれると身体がぴくぴくと跳ね上がって清那の腕をぎゅっと掴んだ。
「ん…ぁ…清那…」
「結…挿入れて、良い?」
 湿り気を帯びたままの後孔に清那の陰茎が擦りつけられる。蕾はそれを欲しがるように収縮し、先端が軽く押し付けられると喜んで飲み込もうとしているようだった。
「……待って」
 そのままの体勢で挿入しても良かったのだが、結は少し考えたあと清那に抱き締められていた身体を起こし、清那の上へと乗り上げた。
「結?」
「……俺が挿入れるから…清那は動かないで」
「できる?」
「んっ…できる」
 結は清那の長大な陰茎を右手で支え、左手を彼の鍛えられた腹筋の上に置いてゆっくりと腰を下ろし始めた。十分に慣らされていたことと、先ほども一度陰茎を飲み込んでいたことでそこはすんなりと長大なものを飲み込んだ。
 亀頭の膨らみが前立腺を擦り上げた時は危うく声を上げてしまいそうになったが、結は唇をぎゅっと噛みしめてそれを耐えた。なんとか陰茎の大部分を体内へと収め、大きく息を吐き出す。涙で歪んだ視界の中で清那の顔を見つめると、彼は震える結の太腿を撫でながら微笑みを浮かべた。
「ゴム、付ける?」
「ん…清那、やって…」
 甘えた声で強請り、枕元にあるMサイズのコンドームに目線を送る。清那はそれを手に取って結の勃起した陰茎へとコンドームを付けた。先ほど射精せずにイったそこはふるふると小さく震えており、強い刺激を与えられたらすぐにでもまたイってしまいそうだった。
 結はその事態を避けるように緩々と腰を動かし始め、微かな喘ぎ声と吐息を零していく。
「せ、な…っ…ん…きもちぃ…」
 彼から与えられる強い快感も好きだが、結はこのようにじっくりと自分のペースで快感を高めていくセックスも好きだった。特に今日は大きな声や音を出せないということもあり、その緊張感も相まっていつもよりも強く清那を感じられるような気がする。結は清那の顔を見ながら笑みを浮かべた。
「結、その顔えろい」
「ふふっ…好きでしょ?」
「うん、好き」
 素直に答えてくれる清那に気を良くした結は腰の動きを少し大胆にし、身体を前に傾けた。そうすることで結の勃起した陰茎は清那の腹筋へと擦れ、前と中からの両方の快感に結は薄く目を閉じ、熱い息を吐き出した。
「清那…んっ…清那…」
「っ…!」
 譫言のように彼の名前を繰り返し呼ぶと突然腕をぐいっと強い力で引っ張られた。彼の身体の上に完全に寝そべる形にさせられ、彼の腰が結のことを下から思いっきり突き上げた。
「んんっ…!清那、動いちゃ、やぁっ…」
「あんな姿見せられて我慢できるわけないでしょ」
 結の身体の動きを封じるように強く抱き締められ、下から痛いほどに突き上げられる。身体は逃げることを許してもらえず、彼の陰茎が奥深くへと突き刺さり、結は彼の肩口に顔を埋めて小さな叫び声を上げた。
「ゃっ、ぁっ、こえ、でちゃっ…ゃあぁっ…」
「兄貴に聞かせちゃダメだよ」
「んんぅっ…!」
 声を聞かせてはダメだというくせに彼は腰の動きを止める様子はなく、結はぽろぽろと涙を流しながら清那の肌に唇を押し付けて自分の声を抑え込んだ。
 ぱちゅぱちゅと結合部から鳴る音がやけに大きく耳に響くような気がして、ぎゅうっと後孔を締め付ける。すると、清那のくぐもった声が耳元で聞こえ、次の瞬間に一層奥を突き上げられた。
「んんーーっ!」
「くっ…!」
 ビクビクッと身体が激しく震え、頭の中が真っ白になる。どくどくと射精する感覚を味わいながら清那に身体を強く抱き締められ、彼も結の中で果てたことを感じた。
 お互いにはぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら結は清那の肌に強く押し付けていた唇を離すと、そこには薄明りの中でもわかるくらいにはっきりと赤い跡が残っている。結は指でその跡をなぞりながら眉尻を下げた。
「は、ぁ…はぁっ……清那、ごめん…跡、付けちゃった…」
 位置的に服で隠れるかどうか際どい部分に付けてしまい、申し訳ない気持ちになってくる。そんな落ち込んだ様子の結を見て清那は結の頭を優しく撫でた。
「気にしなくて良いよ。寧ろ付けてくれて嬉しい」
「そう、なの…?」
「うん、俺はよく結に跡付けるけど、結はやってくれたことないでしょ?だから嬉しい」
 確かに清那はよく結に跡を付けたがる。というよりも知らない間に付けられているということがよくあった。セックス中は快感に流されすぎていつ付けられたのかなんて覚えていなかったが、割と際どい部分に付けられていることも多く、素面のときに鏡を見て驚くことが多々あるくらいだ。
 対して結は清那に跡を付けたのは今回が初めてだった。付けたことがないというよりも吸う力が弱いのか上手く付けることができなかったと言ったほうが良いのかもしれない。
 今日は声を我慢しなければいけないという状況だったからこそいつもよりも力が入ってしまい、結果として跡が残ってしまったようだ。
 清那は跡をなぞる結の上から自分の手を重ね、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「これ、消えないでほしいな」
「…恥ずかしいからやだ。誰かに見られたらどうするんだよ…」
「そうだな、誰かに見られたら結が付けてくれたって自慢しようかな」
「……ばか」
 恥ずかしげもなく言ってくる清那に小さく悪態を吐きながらも心の中では嬉しさもあり、結は跡を撫でていた清那の手を退かし、そこに残った跡にちゅっと軽く口付けを落とした。
 顔を上げると清那の綺麗な黒い瞳と視線が絡み合い、お互いに唇を寄せて熱い吐息を交じり合わせた。
「結、好きだよ」
「んっ、俺も好きだよ、清那」
 

 
 清那の兄が家に来て五日が経った。初日に結と清那がセックスをしていたことがバレていないか結は内心ひやひやしていたが、翌日も特に何か言われることも態度が変わることもなく、兄の様子からするにセックスしていたことには気付いていないようだった。
念のため清那にも大丈夫だったか確認をしてみたが、兄は寝付きが良い上に一度寝ると多少の物音では起きないらしい。清那はそれを知っているからこそあんな大胆に結のことを攻めたのかと思うと、納得がいきつつも先に言っておいてくれれば良かったじゃないかという気持ちにもなる。それを清那に言ったら「結が我慢しているとこが見たかった」と言われてしまい、自分の恋人はどんどんSっ気が増しているのではないかと疑ってしまう。
 
「結くん、清那は今日バイト?」
「はい、遅くなるみたいです」
「そっか。あ、結くんってお酒飲める?良かったらちょっと晩酌付き合ってくれないかな?」
「良いですよ!俺お酒好きなんですよ!おつまみ作りますね」
兄からのお酒の誘いに結は喜々として乗り、簡単なおつまみを数品用意した。
清那と兄はよく似ているからなのか、結は清那がいない状況で彼の兄と二人きりになったとしても特段居心地の悪さを感じることはなかった。寧ろ、昔から一緒にいる近所のお兄さんのような感覚で相手が接してくれるため、兄との時間も心地良く感じているほどだ。こんなこと言ったら清那が嫉妬してしまいそうだから決して口にはできないが。
 お酒を飲みながら他愛のない会話をしていると、ほろ酔い状態になった清那の兄が思い出したように問いかけてきた。
「そういえば、結くんは清那のどんなところが好きなの?」
 突然の質問に一瞬ドキッとしたが、清那の好きなところを思い浮かべると自然と笑みが零れた。酒が入っていることもあり、少し照れながらも清那への気持ちを素直に口にする。
「清那はすごく優しいし、俺のことを大切にしてくれるんです。今までは人を好きになるってよくわからなかったんですけど、清那はそれを教えてくれて…。一緒にいると落ち着くし、これからもずっと一緒にいたいなって」
「ふふっ…清那は幸せ者だな」
「そう、思います?」
「うん、安心した」
 “安心した”その言葉に結は僅かに引っかかりを覚えた。清那のような何でもできる弟がいたら兄はそんな心配することもないのではないだろうか。
兄の言葉は心の底から出たような感じもあり、結は疑問を持った瞳で兄を見つめながら首を傾げる。すると彼は微笑みを浮かべて結のことを見つめ返した。
「清那って完璧に見えるだろ?」
 その言葉に、兄の目から見ても清那は完璧人間に見えているのだと思い、素直にこくりと頷く。すると兄は手に持ったグラスを僅かに握りしめ一つ息を吐いた。
「結くん、今から話すことは独り言だと思って軽く流してくれて良いからね」
 そう前置きをした兄は清那の過去のことについて語り始めた。
 
 昔から勉強も運動もできた清那は母親から多大な期待を持たれていた。母親に期待されることを当時の清那も喜んでおり、母親を喜ばせるためにも期待されればされるほど頑張った。しかし、その頑張りは徐々に清那の心を蝕んでいってしまった。
「小学五年生の時だったかな…清那の顔色が異常に悪くて、大丈夫かって聞いたんだけど、『大丈夫、頑張れる、お母さんには言わないで』って…けど、その直後に倒れちゃってね…」
 身体に大きな問題はなかったものの、目が覚めたときには心をなくした人形のようになってしまい、清那は入院することになった。
入院したことが良かったのか、入院中に何かあったのか、幸いなことに清那はすぐに回復した。その時に明るい女の子に出会ったと言っていたからもしかしたらその女の子のおかげだったのかもしれない。
 清那は無事に退院し、このまま今まで通りの生活に戻れると思った。だが、期待を持ちすぎていた母親は清那が倒れたことで清那との関わり方がわからなくなってしまい、彼のことを避け始めた。
「母の気持ちもわからないわけじゃないけど、あの時の…清那が母を呼んでも目も合わせてくれなくなってしまった時の清那のショックを受けた顔…今でも忘れられないよ」
母親の態度が変わってしまったうえに父親は仕事の関係であまり家に帰ってこなくなり、このままではまた清那の心が壊れてしまうのではないかと思った。そこで、兄は高校入学と同時に清那を連れて実家を出た。高校一年生で小学六年の弟と二人で暮らしていくなんて無謀なようにも思えたが、兄は清那のことを守るためにはこうするしかないと決意したのだ。
「俺が家を出るって決めた時、清那は何度も俺に謝ったんだ。もっと自分が頑張っていれば、我慢していればって……謝るのはもっと早くに気付いてあげられなかった俺のほうなのに…ここの家に引っ越してからも清那は言葉にはしなかったけど、俺に迷惑かけないようにって気を遣っていたんだと思う。兄弟なんだからそんな気遣う必要ないのにな…」
 少し寂し気に語る兄に何と声をかければ良いかわからず、結は黙ってその話を聞いた。兄は手に持っていたグラスを口に付け、ゴクッと一口酒を飲んだ。
 そして、寂しい気持ちを紛らわすように口元に笑みを浮かべた。
「俺は親代わりに清那のことを見てきたから、清那が結くんと付き合って本当に幸せそうで安心したし、すごく嬉しいんだ。結くん、ありがとう……ははっ、こんな話しちゃってごめんね」
 酒の勢いで語ってしまったと言わんばかりに兄は苦笑いをしたが、今の話を聞いて結は両手をぎゅっと握り締めた。そして、兄のことをしっかりと見つめ、はっきりとした口調で告げた。
「清那のこと、この先も俺が絶対幸せにしますので」
 くさいセリフだったかもしれないが、結が言ったその言葉は紛れもなく本心から出たものだった。
 兄は結からの決意の篭った発言に一瞬目を丸くしたが、そのあとすぐに清那とそっくりな優しい笑顔を結に向けた。
「結くんは見かけによらず男らしいね。あっ、悪口じゃないからね?」
「ははっ、わかってますよ」
 二人で笑い合いながら酒を飲んでいるとリビングの扉がガチャっと開けられ、清那がバイトから帰って来た。その表情は少し疲れているようだったが、結の姿を見た瞬間にパッと明るくなり、それを見た兄は嬉しそうに口角を上げた。
「清那!おかえり!」
「ただいま、二人で飲んでたの?」
「うん、清那のこといろいろ聞いちゃった」
「え、兄貴、何話したんだよ」
 自分のいないところで何の話をされていたのか清那は気になったようだったが、結と清那の兄は目を合わせ、二人の内緒だとでもいうように笑い合った。
「清那もお酒飲む?お腹も空いてるよな。俺ちょっと作ってくるね」
結がぱたぱたとキッチンのほうへ駆けて行き、その背中を見つめる清那の肩を兄がぽんっと叩いた。兄のほうを振り返ると、その顔には安心感のようなものが浮かんでいる。
「清那、結くんのこと大切にするんだぞ」
「ん?あぁ、そのつもりだけど……兄貴、結に何言ったんだよ」
「ふふっ、それは内緒。結くんが本当に良い子で安心したよ」
ぽんぽんと肩を叩かれ、何を喋ったのか言う気のない兄に軽く溜め息を吐いたが、きっと悪いことではないだろうと清那は深く追求することなく、キッチンに向かった結が何を作ってくれるのかを楽しみに待った。
 

 
「お兄さん、また来てくださいね…ってここはお兄さんと清那の家だからそれもなんか変か」
「あははっ、また来るよ」
 兄が来てあっという間に一週間が経ち、転勤先のアパートへと帰る日になった。結は玄関先で彼のことを見送り、清那は荷物を運ぶのを手伝いながら駅まで見送りに行った。
 一人になった結が清那の部屋へ行くとテーブルの上には数冊のノートが置いてあり、結は何の気なしに一番上に載っていたノートを手にした。その表紙に書かれていたのは『五年二組 羽月清那』の文字。清那の小学生時代のノートだ。小学生にしては綺麗な文字だなと感心しているとノートの間から一枚の写真が滑り落ちてきた。
 床に落ちたその写真を拾い上げ、映っている人物をじっと見つめる。そこに映っていたのは小さく笑みを浮かべた少年…清那の面影がある。病衣を着ているその姿は先日彼の兄が話していた入院中のときの写真だろうか。そして、彼の横には色白で茶色がかった髪をした女の子。彼女は満面の笑みを浮かべながら清那の腕に自分の腕を絡め、空いているほうの手でカメラに向かってピースをしている。
「……あれ、この子…」
 結はその子どもに見覚えがあった。しかし、まだその人物が本当に自分の知っている人物なのか確証が持てず、結はその写真をスマートフォンで撮影し、母親へと送った。
 すると、母親からの返事はすぐに返ってきた。
「やっぱり…!」
 そのメッセージの内容に驚きと喜びが溢れ、こんな偶然があるのかと写真を持ったままその場で固まっていると兄の見送りに行っていた清那が帰ってきた。
「結?どうした?」
 立ち尽くしている結の傍に寄ると、結がパッと顔を上げて清那の瞳を見つめた。その表情には興奮の色が滲んでおり、嬉しそうに写真を清那に見せてくる。
「清那!これ!この写真!」
「この写真がどうしたの?」
「すごい、すごいよ!この子見て!」
「この女の子がどうかした?」
「よく見て!」
 結は写真の女の子と同じように満面の笑みを見せた。その表情はどことなく写真の中の少女に似ている。だが、写真の中の人物は女の子のはずだ。清那は疑問を持った表情のまま写真と結と見比べ、最終的に答えが出せずに結のことを見つめると彼は得意げに答えた。
「この子、俺!」
「……え?」
「あははっ、ビックリするよね。俺さ、小さい頃よく女の子に間違われてたんだよね。姉貴たちのお下がり着させられたり、母さんも中性的な服ばっか買ってくるし」
 確かに写真の中の子は男子でも女子でも着られるタイプの服を着ている。着ている人物の顔があまりにも可愛らしかったため、完全に女の子だと思われていたというわけだ。
 結の発言に清那は少しの間呆然とし、再度写真の中の子どもと目の前にいる結を見比べる。まさかそんなことがあるのかと信じられない様子だったが、目の前でニコニコと笑う結の顔を見てから、結のことを思いっきり抱き締めた。
「ずっと…ずっと会いたいと思ってた…この子がいたから俺は救われたんだ…けど、退院してから手がかりがなくて、もう一生会えないものだと…」
「ははっ、俺もまさか小さい頃に清那に会ってたなんて思わなかったよ。あの頃のことはあんまり覚えてないけど、父さんが入院してた病院に全然笑わない男の子がいたのはなんとなく覚えてる。あれが清那だったんだな」
 抱き締める清那の背中に結は手を回し、その身体を優しく撫でた。清那の身体が小さく震えているような気がして、結はぽんぽんと優しく背中を叩いていると、ふと昔のことが脳裏を過った。
 
 結が小学五年生の時、父親が怪我で入院し、よくお見舞いに行っていた。その時、父親と同じ病室に全く笑わない男の子がいたのだ。時折話しかけてみたりもしたが彼は全く反応を示さず、ずっと何処か遠くを見ているような状態であり、結はその子のことが気になってしょうがなかった。
 ある日、両親から医師と話をするから少しの間遊んでくるようにと言われ、結は看護師にあの男の子と遊んでも良いかと尋ねた。ちょうど彼へお見舞いをする人もいない時間帯であり、看護師は中庭くらいなら出ても良いと許可をくれた。
 二人で中庭に出ても男の子は相変わらず言葉を発しなかったが、結は気にせず一人でぺらぺらと喋り続けた。当時の結は落ち着きがなく、話しながら男の子の周りをくるくると回っていたのだが、運の悪いことに足元にあった小石に躓いてしまった。驚いて咄嗟に男の子の腕を掴んでしまい、受け身を取ることができなかった二人はそのまま芝生の上に倒れ込んだ。
「ぷっ…あははっ、ごめんね、焦って君のこと掴んじゃった」
「……」
 結は二人揃って転んでしまったことが笑いのツボに入ってしまい、けらけらと笑った。男の子は黙って起き上がろうとしたのだが、結はその腕を掴んで引き止め、彼を再び芝生の上に寝転がして空を見上げた。
 夏の高い青空に白い雲が流れていき、爽やかな風が二人の髪を揺らす。結が流れていく雲を指差すと男の子もその指差す方向を向いた。
「ねぇ、見て、あれ、うさぎみたい。あ、あっちは猫かな」
「……」
 風の流れで徐々に変わっていく雲の形を指で追いながら、あれは何の形だろう…と考えていると男の子が指を伸ばし、その雲を指差した。
「……あれは、丸まってる猫、みたい」
「……!」
 男の子が初めて喋った。そのことに嬉しくなった結は空に向かって伸ばしていた指先を男の子の指先へと当てた。まさか触れられると思っていなかった様子の男の子は驚いて結のほうへと顔を向け、目をぱちぱちとさせている。
結は指先だけで触れ合っていた手をぎゅっと握り締め、笑顔を見せるとそれにつられるように男の子も僅かに微笑んだ。
「やっと笑ってくれた」
「……君が笑うから」
「ふふんっ、笑顔のおまじないだよ」
「おまじない?」
「そう、嫌なことがあっても空を見て笑えば良いことが起こるって母さんが言ってたんだ。実際に良いこと起こったしね」
「…?」
 結はごろんと転がり、男の子のほうへと身体を向けた。手をぎゅっと握り締めたまま彼へと満面の笑みを見せる。芝生の緑と空の青さが結の笑顔をより一層引き立て、男の子はその笑顔から目が離せなくなった。
結はにこにことしながらもう一方の手も握りしめている手へと重ね、両手でしっかりと男の子の手を握り締めながら嬉しそうに目を細めた。
「君と話ができて、君の笑った顔が見れたことだよ」
屈託のない笑顔につられ、男の子も自然と笑みを浮かべた。
 
「結、あの時、出会ってくれてありがとう。結と出会ってなかったら俺はずっとあのままだったかもしれない」
 僅かに声を震わせる清那に、兄が語ってくれた彼の過去のことを思い出す。清那にとって辛い時期だっただろうが、結と出会ったことで彼を救うことができたのだと思うと嬉しさが込み上げてきた。
 完璧に見える清那の弱い部分。そんな部分も全て含めて清那のことが愛おしく感じられ、結は清那に抱き締められている腕の中から顔を上げ、清那の両頬を両手で包み込んだ。彼の黒い瞳を見上げ、あの頃と変わらない屈託のない笑みを浮かべる。そして、少し背伸びをして彼の唇に口付けを送った。
「昔も、今も、この先も、俺はずっと清那と一緒に笑っていくよ。笑顔のおまじないはあの時からずっと続いているからね」


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