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第五章 迷宮都市タラス

第79話 敵討ち①

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 ルカ・レスレクシオンの屋敷の地下室にて。

「うむ、二十番にこれといった損傷はない。今回は旨く行ったようじゃな。……完成まで随分と時間が掛かった」

 二十番の魔剣を分解しながらルカは満足気にいう。
 そして、背後の気配に気付いた。

「セバスちゃんか、相変わらずお前さんは気配がないのう。いったいどこから入ってきたのか。一応侵入者は全て分かる仕組みになっておるというのに」

「はい、ちゃんと玄関から入ってきましたよ? その警報装置がザルなだけでは?」 

「ふむ、まあよい。とりあえずお疲れさん。吾輩も疲れたし、さっそくお茶でも準備してくれんかのう。話はそれからじゃ」

 セバスティアーナはいつも通りキッチンにいくと、お茶の準備をすすめる。
 旅から戻ってきたのはセバスティアーナのはずなのに、彼女は理不尽を感じずにさっそくメイドの仕事にかかる。

 二人の間ではこれが日常なのだ。
 それに、どちらが疲れているかといえばルカの方が疲れているともいえる。
 ルカは常に魔力を集中させ限界まで魔法機械に向き合うのだ。セバスティアーナはそれを理解しているので何も言わない。

 それに、同居人のカイルとシャルロットのおかげで屋敷は綺麗なままだった。
 セバスティアーナはほっとすると同時に少し寂しさを覚えた。

 いつもの習慣から旅から戻ったらまず大掃除を覚悟していたのだ。

 ルカが、上の階に上がってくるとセバスティアーナはティーカップに紅茶を注いでルカの座ったテーブルに置く。

「ルカ様。報告があります。どうやら奴が復活したようです。20年以上大人しくしていたというのに……」

 一瞬動きを止めるルカだが、ティーカップを手に持ち一口飲む。

「……ふむ、やはり奴は生きていた……という事か」

「はい、モガミの里の情報によると、間違いなくアレが復活したということでしょう」

「吾輩としてはあのまま死んでくれればよかった。しかし、敵討ちか……好きではないがのう。で、奴は間違いなく南を目指して動いているのじゃな?」

「はい、それは間違いありません。奴の道中を少し妨害しました……が、それを掻い潜って真っすぐ南に進んでいます」

「ふむ、セバスちゃん、奴は意思を持ってここに来る、そういうことじゃな?」

「はい、いよいよですね。今こそ奴を狩る。友の敵討ち。やりましょう。ベヒモス討伐を!」

 いつになく語気を強めるセバスティアーナにルカは答えた。

「では二人を呼んでおくれ」

 ◆

 俺とシャルロットはセバスティアーナさんに呼ばれてルカの屋敷にある会議室に座る。

 少しだけ重苦しい空気だったが、久しぶりにいい香りのするセバスティアーナさんのお茶を楽しんでいるとルカは口を開いた。

「さて、カイル少年にお嬢ちゃんよ。君たちは『ベヒモス』を知っているかい?」

「二十番の魔剣……のことではないですよね。……伝説の魔獣、かつてエフタル王国が討伐隊を派遣するも返り討ちにあってしまった事件があったって……」

「そうね、私のおじいさまが指揮していた討伐隊だわ。そして多大な被害を出してしまったことによってレーヴァテイン公爵家は伯爵に降格させられた」

「そうじゃ、そしてカイルよ。お主の両親もそこで命を落とした。吾輩を、いや討伐隊の皆を守るために盾になって死んだ。彼らは英雄じゃった」

 …………。
 直接聞いたわけではないが、なんとなくそうなんだろうと思ってた。

「はい、それは以前聞きました。しかし、今なぜその話を?」

「……うむ、セバスちゃん、説明をたのむ」

「はい、私はモガミの里で定期的に行われる情報交換の会議に参加するために、しばらく里に帰っていたのですが。皆様もご存じの通りスタンピードの兆候を掴みました」

 そうだ、俺達はセバスティアーナさんからの正確な情報のおかげでマンイーターの群れに先手を打つことが出来た。もしその情報がなかったらと思うとぞっとする。
 セバスティアーナさんは話を続ける。

「お二人は疑問に思っていらっしゃるかと思いますが。森の王者ともいわれるマンイーターの、それも千匹を超える群れ、数とは力です。それが一体なにに怯えてここまで逃げてきたのでしょう」

 ……そうか、話が繋がった。

「ベヒモスが現れたと?」

「はい、その通りです。ベヒモスはかつてルカ様の魔剣『ヴェノムバイト』により毒に侵されました。
 致死性の魔法の毒。解毒方法を持たない魔獣は苦しみながらも年月を掛けて体を癒していたのでしょう、それこそ20年以上の時間を掛けて……」

 八番の魔剣。猛毒の細剣『ヴェノムバイト』。
 全ての生物に有効な猛毒を生み出す魔剣だ。
 解毒魔法はルカしか知らない。そして致死性の毒は彼女が死ぬまで消えることはないという。

「それでも、ベヒモスは完全に復活したという事ですか?」

「はい、毒を克服したベヒモスは森を暴れまわり、今までの飢えを満たすためにあらゆる魔獣を捕食しています。
 そして、腹は満たされたのでしょう。次は人類に対する復讐のためにこちらに向かっているのです。
 エフタル方面に向かわなかったのは、おそらくルカ様による毒の攻撃にトラウマがあるためかと思いますが……
 ですが、不幸中の幸いです、今のエフタルではベヒモスに対抗する力はないでしょう。
 エフタル共和国の最高議長のクリスティーナは、4年の任期を終え姿をくらましているとのこと、彼女がまだいるなら対策も取れたと思いますが」

「ふむ、普通なら任期を引き延ばして永久的に最高議長の座に就くものだがのう、なかなかの人格者じゃな。
 クリスティーナといったか……どこかで聞いた覚えがあるような、いや、気のせいか、吾輩に知り合いはおらんしな。
 まあ、それは別の話よ。
 ……さてここで本題じゃ。
 ベヒモスは吾輩を避けたつもりが、吾輩に向かってきておる。ここで盛大に敵討ちをしようというわけじゃ。
 準備は万端。あとはお主らの覚悟を聞きたい。お主らも充分強くなった。……まあ強制ではないがのう」

 ルカは俺達にベヒモス討伐に参加しろと言っているのだ。
 だが、どうする。そんな強力な魔獣……死ぬかもしれない戦いにシャルロットを巻き込んでいいのか。

「ひとつ質問ですが。ベヒモスをほっとくとどうなりますか?」

「さあのう、確実なことは吾輩とセバスちゃんは二人だけで敵討ちにでる。二人で勝てればそれでよし。まあ十中八九負けるがのう。そしてタラスは壊滅、首都ベラサグンも陥落するだろうのう」

 …………。

「ちょっと! さっきから意地悪な言い方して、言えばいいじゃない! 私達の力が必要だってね。……カイルも周りっくどいことばかり聞いて、あんたは最初から決めてるでしょ? それに私たちは冒険者じゃない!」

 シャルロットは仁王立ちで言う。
 ……そうだな、シャルロットが正しい。

「俺達もベヒモス討伐に参加させてください。そのためにこの魔剣を俺に授けてくれたんでしょ?」

「うむ、もちろんじゃ。頼もしく成長したものじゃ。あやつらにも今のお前たちを見せてやりたい。……だが、実際に見せるのはずっと先であってほしいのう。では作戦会議といこう」
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