上 下
59 / 92
第四章 カルルク帝国

第59話 宰相ノイマン③

しおりを挟む
 私は外交官だ。
 戦闘には興味がない。だが、責任感からだろうか。
 いや、単純に好奇心からだろう。

 あの二人はエフタル王国の精鋭部隊を相手に余裕な態度だった。
 魔法使い同士の本気の戦いなど滅多にみられるものでもない。
 それこそ極大魔法の撃ち合いなど、幼いころに読んだ本の世界だ。

 私は好奇心に抗えず戦いを近くで見ることにした。

 夜、月明かりに照らされて周囲は明るかった。

 エフタルの執行官達はグプタを少し離れた場所に駐屯していた。私はルカ・レスレクシオンの後を付けていた。
 ルカは一人だった。昼間にいたセバスティアーナというメイドの姿はない。

 私は近くの森に潜み、事の成り行きを見守る。
 周りは静まり返っているので会話がここまで聞こえてくる。

「ルカ・レスレクシオン。一人で来るとは見直したぞ。大人しく連行されることを選んだということだな? 共のメイドは逃がしたという事か。なかなか殊勝なことだ」

「うむ、吾輩は殊勝である。だがお主の言っておることは両方ともハズレよ。エフタルに戻るつもりも無ければ一人というわけでもない」

「ふん、そう言うと思っておったわ。愚かなことだ。
 ……それにな、俺はお前が昔から気に入らなかった。お前をこの俺の手で殺せるのなら、この無意味な長旅にも価値が産まれるというものだ」

「ほほう、昔からとは熱心なファンがいたものだ。吾輩はお主のことなど一ミリも知らんというのにのう」

「そういう態度が気に入らんというのだ! 皆の者、聞いたな、これよりルカ・レスレクシオンを国家反逆の罪で処刑する。いくぞ!」

 大声が聞こえる。さすが貴族という事か、戦いだというのにいろいろと口上が多い。

 しかし、相手は5人だ、それに対してルカは一人。
 どうするというのだ。

「「「ヘルファイア!」」」

 同時に放たれる魔法。
 それに対してルカは薄ら笑いを浮かべている。
 そして片手を上げると炎の魔法は消え去った。

「なに! いつの間に魔法結界を張ったというのか!」

「いやいや、種明かしをするとだ。吾輩の義手には色々と仕掛けがあってな。これから説明しながらお見せしようという趣向だ」

 ルカは義手を自慢げに頭上に上げ、そして敵に向かって前に伸ばした。

「吾輩の義手は特別製でな、初期型から改善改良を繰り返したのさ。
 実は魔剣なのだよ、正式には十九番の魔剣、吾輩の義手『ザハンド』だ。
 剣とはいったい、とか突っ込みどころはあるがギミック的には色々と凝った作りをしてある、順を追って解説をしていこうかの、では反撃を開始する。
 では行くぞ? 執行官殿。……『魔剣開放』」

 ルカの義手から強力な魔力を感じる。そして義手の指先を前方に突き出した。

「フォトンアロー!」

 次の瞬間。眩しい光が5人に襲い掛かる。
 一瞬周りは昼間のように明るくなった。

 あれは中級魔法『フォトンアロー』の威力ではない。
 下手をしたら5人が同時に放ったヘルファイアよりも威力が高い。極大魔法に近いのではないだろうか。

「おや、執行官殿だけは耐えたか。とっさの判断でシールド魔法を張ったのだろうな。やるのう。
 では解説だ、これには魔力増幅の魔法機械を仕込んでおる。
 そしてあらかじめ吾輩の魔力をストックすることで。自身の魔力出力を遥かに上回る詠唱が可能なのだ。どうじゃ、吾輩は天才じゃろ?」

「……おのれぇ。その才能を王国の為に使わずに下らんことにばかり使いおって。だが、所詮は中級魔法よ。貴様が極大魔法を使えないことは分かっている。
 ならばこれに勝つことはできまい。お前の首をいただくぞ。――極大死霊魔法。最終戦争、第二章、第三幕『亡者の処刑人』!」

 私は初めて極大魔法をみた。
 赤い魔法陣が展開されると、そこから真っ黒い全身鎧に身を包んだ騎士が出てきた。
 手には大きな剣が握られている。

 アレが噂に聞く魔術師殺しと呼ばれる召喚魔法か、中級以下の魔法を全て無効化するというではないか。
 あれを倒すには同じ極大魔法しかない。つまりルカ・レスレクシオンは勝てない?

 まずいぞ、何とか助けないと。しかし私は弱い、ここはあのベアトリクスを呼ぶべきか。それこそ私の権限を全て使って……。

 そう思い私は立ち上がろうとすると後から声が聞こえた。
 声の主は直ぐに真後ろにいて、私の首筋には冷たい鋭利な刃が寄り添う。私はまったく気付かなかった。

「ノイマン様? ここで何してるんですか、死にたいのですか? 危うく殺してしまうところでしたよ?」

 聞き覚えがある声。ルカ・レスレクシオンのメイド、セバスティアーナだった。

「そ、それは。こちらのセリフですよ。私は心配で見ていたのです。セバスティアーナ殿こそこんなところで何を?」

 私がそう答えると、彼女は手に持っていた不思議な形のナイフを下ろした。私は彼女に振り返る。

 私は、彼女の姿に心臓が一瞬停止してしまうかのような衝撃を受けた。

 黒い衣装に身を包む彼女、それは肌に密着するようなタイトなノースリーブの上着にショートパンツ。

 そこから覗く腕や脚は鍛えられており、健康的な美しさだ。彼女の黒髪と相まってか、月の光に照らされている姿はまさに美の化身。

 これ以上の美を私は知らない……。

 私の知ってる女性は皆、美しく着飾ることばかりを考えて何が美しいかなどまるで理解していないのだ。
 そう、目の前の彼女こそ真の美だ。

「……美しい。貴方こそが本物の女神だ……」

「は?」

 一瞬だけ沈黙が流れた。この時間がいつまでも続いてくれることを願わざるを得ない。

 だが、現実は残酷だ。

「訳の分からないことを言ってないで貴方は避難してください。私はアサシンギルドの連中を狩っているのです。正直に言います。邪魔です。次に見たら容赦なく殺しますよ?」

 美しい彼女の口から物騒な単語をいくつか聞いた。
 だがそれでも彼女の美しさは損なわれない、むしろミステリアスさが増してより魅力的に見える。

 ……だが、私は彼女の足手まといになるのは不本意だ。言われたとおりにグプタに戻ることにした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ
ファンタジー
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」  王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。  愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。  弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。  このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。 この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。 (なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです) 2/7 最終章 外伝『旅する母のラプソディ』を投稿する為、完結解除しました。 2/9 『旅する母のラプソディ』完結しました。アルファポリスオンリーの外伝を近日中にアップします。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...