49 / 92
第四章 カルルク帝国
第49話 冬の帝国
しおりを挟む
冬の訪れが近づく早朝、世界はまだ静寂に包まれていた。
霜が大地を覆い、木々の葉は赤や黄色に染まり、風が凍えるような冷たさを運んでいた。
この地方は雪はあまり降らないらしい。
でも遠くに見える山々はすっかり白くなっていた。
おそらく迷宮都市タラスではもう雪が降っているだろうとセバスティアーナさんは言っていた。
俺達は今、首都ベラサグンの宿屋の一室を借りて、冬がすぎるまでここで過ごすことにしている。
高級でも安宿でもない丁度良い価格帯の宿だ。
オリビア陛下やノイマンさんは、もっといい宿に泊まってもいいと言ってたが遠慮した。
セバスティアーナさんのお勧めの宿があるというので、俺達も同じ宿にしたのだ。
その宿は宮殿から程よく距離があるため、ストーカーが寄り付かないそうだ。
高級宿はいずれも宮殿前の大通りにある。
なるほど、俺達は納得した。
冒険者の仕事が無い日の午前中は、俺とシャルロットはセバスティアーナさんに特訓を受けることにしている。
午後になるとセバスティアーナさんは一人でどこかに行ってしまう。野暮用ということなので詮索はしないことにしている。
ということで、今日は冒険者はお休みだ。
いつも通りに宿で朝食を取ると、宮殿の近くにある訓練場にやってきた。
俺とシャルロットは動きやすい服に着替えているが、セバスティアーナさんはいつものメイド服だった。
「あの、訓練をするのにその服でいいんですか?」
「はい、むしろいつも通りの格好が重要なのです。暗殺者は常に戦闘服を着ているわけではないですからね。むしろ普段着で行動するのが常識なのです」
暗殺者ってさらっといったけど、俺達は聞き流すことにした。
「さて、ではさっそく訓練を開始しましょう。カイル様には当分は体術の訓練をしていただきます。
シャルロット様は魔法使いですし、そこまで体術は必要でもないですね。ご希望はありますか?」
「そうね、足腰を鍛えたいところね。長旅で結構鍛えられたと思うけど、それでも瞬発力には疑問があるわ」
「なるほど、良い考えです。でしたら、回避に重きをおいた訓練をするのがいいですね。あまり筋肉をつけても俊敏さを失っては本末転倒ですし。
……でしたら、まず走り込みですね。それから少しずつ組み手を憶えてもらいましょう」
「わかったわ、じゃあこの訓練場をぐるっと走ってくるわね」
シャルロットは勢いよく駆けだしていった。
「では、我々も始めましょう。今までは私は受けに徹していました。ですがこれからは反撃を加えていきます。覚悟はよろしいですね?」
「はい、よろしくお願いします」
俺は目を細めセバスティアーナさんの動きに注視する。彼女は相変わらず構えを取らない。
だが相変わらず隙が無い。俺はヘイストを掛け、素早く彼女の後に回り込む。
そして拳を握り、地面を思い切り踏み込む。
だが次の瞬間、俺の軸足は彼女の蹴りで払われてしまった。
一瞬の出来事だった。俺の視界には空が映っていた。
「背後に周るのは良い事ですが、それは当然相手も予想しています。
しかし先程のように足払いをされても受け身を憶えることで復帰が早くなり次に繋げることができます」
なるほどね、俺は転ばされると、こうしてボケっと空を見るのがいつの間にやら癖になっていた。
シャルロットとの決闘では何度もこういう展開を繰り返していたからな。
でも今は実戦の為の訓練をしている、気持ちを切り替えよう。
俺は立ち上がると、再びヘイストを掛ける。
「もう一本、お願いします!」
…………。
訓練が終わるころには昼になっていた。
俺はシャルロットから回復魔法を受けていた。
結構殴られた。手加減しているとはいえ結構な重さの攻撃だった。
彼女の体のどこからあの力が出てくるのだろうか。
俺はセバスティアーナさんの小さな手を見ながら思った。
「不思議ですか? これも実はモガミ流忍術なのですよ。
以前お話したように、魔法の様な効果をもたらす忍法がモガミ流忍術の『裏」で、体術は『表』だと説明しましたね。
体術も忍術の一つですので、私の様な非力な女性にもそれなりの力が出せるのですよ」
非力な女性というのは嘘だと思うが……なるほど、それで見た目以上の腕力があったのか。
「そして、この体術は極めると武器が無くても充分な殺傷力を持つようになります。その一つをお見せしましょう」
セバスティアーナさんは訓練用のカカシの前に経つと、息を整え。両足を前後に開き、腰を落とす。
初めて彼女が構えを取ったのをみた。
そして、彼女の手が前に突き出されると同時に、強烈な衝撃波が発生した。
その衝撃波は風を切り裂き、空気をゆがめ、訓練場全体に圧倒的な力の波紋を広げた。
カカシの胴体には大きな穴が空いていた。
「今のがモガミ流忍術・表『発勁』です。まあ気を溜めるのに集中力が必要ですし、発動動作も大げさです。
これを使うくらいなら最初から武器を選ぶべきですが、まあ無手の状況下でもある程度の戦いはできるでしょう、無いよりマシといったところですね。
ちなみに、他にもいくつか表の技はありますが、カイル様は剣士ですので必要ないでしょう。
あら、もうお昼ですね。ではこの辺で失礼させていただきます」
セバスティアーナさんは街のどこかへ消えていった。
午後は、シャルロットに魔法の授業をして貰うことになっている。
今だ初級魔法でつまずいている俺は少しでもマシにならないと行けないのだ。
そう、せめて水魔法くらいは憶えて損は無いしな。
霜が大地を覆い、木々の葉は赤や黄色に染まり、風が凍えるような冷たさを運んでいた。
この地方は雪はあまり降らないらしい。
でも遠くに見える山々はすっかり白くなっていた。
おそらく迷宮都市タラスではもう雪が降っているだろうとセバスティアーナさんは言っていた。
俺達は今、首都ベラサグンの宿屋の一室を借りて、冬がすぎるまでここで過ごすことにしている。
高級でも安宿でもない丁度良い価格帯の宿だ。
オリビア陛下やノイマンさんは、もっといい宿に泊まってもいいと言ってたが遠慮した。
セバスティアーナさんのお勧めの宿があるというので、俺達も同じ宿にしたのだ。
その宿は宮殿から程よく距離があるため、ストーカーが寄り付かないそうだ。
高級宿はいずれも宮殿前の大通りにある。
なるほど、俺達は納得した。
冒険者の仕事が無い日の午前中は、俺とシャルロットはセバスティアーナさんに特訓を受けることにしている。
午後になるとセバスティアーナさんは一人でどこかに行ってしまう。野暮用ということなので詮索はしないことにしている。
ということで、今日は冒険者はお休みだ。
いつも通りに宿で朝食を取ると、宮殿の近くにある訓練場にやってきた。
俺とシャルロットは動きやすい服に着替えているが、セバスティアーナさんはいつものメイド服だった。
「あの、訓練をするのにその服でいいんですか?」
「はい、むしろいつも通りの格好が重要なのです。暗殺者は常に戦闘服を着ているわけではないですからね。むしろ普段着で行動するのが常識なのです」
暗殺者ってさらっといったけど、俺達は聞き流すことにした。
「さて、ではさっそく訓練を開始しましょう。カイル様には当分は体術の訓練をしていただきます。
シャルロット様は魔法使いですし、そこまで体術は必要でもないですね。ご希望はありますか?」
「そうね、足腰を鍛えたいところね。長旅で結構鍛えられたと思うけど、それでも瞬発力には疑問があるわ」
「なるほど、良い考えです。でしたら、回避に重きをおいた訓練をするのがいいですね。あまり筋肉をつけても俊敏さを失っては本末転倒ですし。
……でしたら、まず走り込みですね。それから少しずつ組み手を憶えてもらいましょう」
「わかったわ、じゃあこの訓練場をぐるっと走ってくるわね」
シャルロットは勢いよく駆けだしていった。
「では、我々も始めましょう。今までは私は受けに徹していました。ですがこれからは反撃を加えていきます。覚悟はよろしいですね?」
「はい、よろしくお願いします」
俺は目を細めセバスティアーナさんの動きに注視する。彼女は相変わらず構えを取らない。
だが相変わらず隙が無い。俺はヘイストを掛け、素早く彼女の後に回り込む。
そして拳を握り、地面を思い切り踏み込む。
だが次の瞬間、俺の軸足は彼女の蹴りで払われてしまった。
一瞬の出来事だった。俺の視界には空が映っていた。
「背後に周るのは良い事ですが、それは当然相手も予想しています。
しかし先程のように足払いをされても受け身を憶えることで復帰が早くなり次に繋げることができます」
なるほどね、俺は転ばされると、こうしてボケっと空を見るのがいつの間にやら癖になっていた。
シャルロットとの決闘では何度もこういう展開を繰り返していたからな。
でも今は実戦の為の訓練をしている、気持ちを切り替えよう。
俺は立ち上がると、再びヘイストを掛ける。
「もう一本、お願いします!」
…………。
訓練が終わるころには昼になっていた。
俺はシャルロットから回復魔法を受けていた。
結構殴られた。手加減しているとはいえ結構な重さの攻撃だった。
彼女の体のどこからあの力が出てくるのだろうか。
俺はセバスティアーナさんの小さな手を見ながら思った。
「不思議ですか? これも実はモガミ流忍術なのですよ。
以前お話したように、魔法の様な効果をもたらす忍法がモガミ流忍術の『裏」で、体術は『表』だと説明しましたね。
体術も忍術の一つですので、私の様な非力な女性にもそれなりの力が出せるのですよ」
非力な女性というのは嘘だと思うが……なるほど、それで見た目以上の腕力があったのか。
「そして、この体術は極めると武器が無くても充分な殺傷力を持つようになります。その一つをお見せしましょう」
セバスティアーナさんは訓練用のカカシの前に経つと、息を整え。両足を前後に開き、腰を落とす。
初めて彼女が構えを取ったのをみた。
そして、彼女の手が前に突き出されると同時に、強烈な衝撃波が発生した。
その衝撃波は風を切り裂き、空気をゆがめ、訓練場全体に圧倒的な力の波紋を広げた。
カカシの胴体には大きな穴が空いていた。
「今のがモガミ流忍術・表『発勁』です。まあ気を溜めるのに集中力が必要ですし、発動動作も大げさです。
これを使うくらいなら最初から武器を選ぶべきですが、まあ無手の状況下でもある程度の戦いはできるでしょう、無いよりマシといったところですね。
ちなみに、他にもいくつか表の技はありますが、カイル様は剣士ですので必要ないでしょう。
あら、もうお昼ですね。ではこの辺で失礼させていただきます」
セバスティアーナさんは街のどこかへ消えていった。
午後は、シャルロットに魔法の授業をして貰うことになっている。
今だ初級魔法でつまずいている俺は少しでもマシにならないと行けないのだ。
そう、せめて水魔法くらいは憶えて損は無いしな。
2
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
【完結】『サヨナラ』そう呟き、崖から身を投げようとする私の手を誰かに引かれました。
仰木 あん
ファンタジー
継母に苛められ、義理の妹には全てを取り上げられる。
実の父にも蔑まれ、生きる希望を失ったアメリアは、家を抜け出し、海へと向かう。
たどり着いた崖から身を投げようとするアメリアは、見知らぬ人物に手を引かれ、一命を取り留める。
そんなところから、彼女の運命は好転をし始める。
そんなお話。
フィクションです。
名前、団体、関係ありません。
設定はゆるいと思われます。
ハッピーなエンドに向かっております。
12、13、14、15話は【胸糞展開】になっておりますのでご注意下さい。
登場人物
アメリア=フュルスト;主人公…二十一歳
キース=エネロワ;公爵…二十四歳
マリア=エネロワ;キースの娘…五歳
オリビエ=フュルスト;アメリアの実父
ソフィア;アメリアの義理の妹二十歳
エリザベス;アメリアの継母
ステルベン=ギネリン;王国の王
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる